第16話 食後休み
「全く、すぐ人の失敗を笑う人って、私嫌いよ」
昼食後のお昼休み。
部屋に戻ってきた紗良は、苛立たし気にソファーに座ると、憤慨したまま手と足を組んだ。
「どうして怒ってるの?」
「貴方は平気なの? 何人かは貴方が鍵を壊してないって分かってがっかりした顔をしてたのよ」
「ああ」
紗良の言葉に、由梨は紗良が怒っている理由を察して微笑んだ。
「正直、自分でもヤバいと思ったし、そうじゃなくてほっとした。この一時間で感情が上がったり下がったりでそれどころじゃなかったから。それに、サクと紗良ちゃんが庇ってくれたし、今も怒ってくれてるから」
それだけで十分だと由梨が微笑むと、紗良は照れ隠しの様にツンと顔を背けた。
「今回はたまたま良かったけど、もし私や如月くんが来なかったら自分で自分のせいにしてしまっていたかもしれないんだから、もうちょっとしっかりしないさい」
「はーい」
「返事は伸ばさない!」
紗良の言葉に、由梨は嬉し気に頬を緩めて返事をした。
「それにしても、本当にどうしてあのカードキーはあんなところにあったのかしら?」
「トンカチで思いっきり叩きでもしないと割れないって言ってたもんね」
幸樹が自分で調べて見ると言っていたが、不可解な事件は全員の記憶に強く刻まれた。
「会議は順調に進んだ?」
「まだ五割ってところかしら。明日が最終日だから、今日中に六割は絶対に纏めたいところよ」
この合宿は二泊三日。実質親睦会を兼ねている毎年の合宿だが、話し合うことはそれなりにあるため、毎年最終日はなんだかんだと忙しくなる。
「明日の夕方には帰るから、お昼ご飯はバーベキューになるんだよね」
「ええ。恒例らしいわね」
「楽しみだな~」
お疲れ様の意味を込めて最終日にするバーベキューだが、今年は藤宮家用意の材料たちに生徒は目を輝かせることだろう。
「ちょっと会長の御実家に甘え過ぎな気がするわ。これで来年は元の施設に戻したら生徒から不満が出そうね」
「あり得る」
今年の合宿を自慢する生徒だっているだろう。来年も同じ待遇を期待して文化委員に立候補する生徒が勘違いしないよう、終わったあとのフォローも必要かもしれない。
今から合宿後のことを考える紗良に、流石副会長!と由梨は立ち上がった。
「お茶入れるけど、紗良ちゃんも飲む?」
「ありがとう。いただくわ」
由梨は紗良の返事を聞くと、棚から昨日見た紅茶の缶を取った。
「このハーブティー、昨日飲んだら美味しかったんだ」
昨日会長が淹れてくれたものと同じ銘柄が室内にあったため、試しに淹れてみることにした。
「あら、いつ飲んだの?」
「えっと、夜にちょっと寝付けなくって」
「遅くまでスマートフォン弄ってるからよ。ブルーライトは視神経を刺激するから良くないって言ったじゃない」
ほどほどにしなさい、という紗良の忠告に、由梨は苦笑しながらもはーいと明るい声で答えた。
ポットに入った熱いお湯を注ぎ、時間を計る。
「おまたせ」
「ありがとう」
淹れ終えたカップを机に置くと、由梨は緊張した面持ちでカップを持ち上げる紗良を見守った。
紗良がひと口飲むと、こくりと喉が鳴り、紗良がほっとしたように頬を緩める。
「確かに美味しいわね。香りも良いし」
「でしょ! 淹れ方もちゃんとネットを見てやってみたんだ」
高評価を得られたことで、由梨も笑みを浮かべてカップを手に取る。
「サクにもあとで淹れてあげよう」
「そういえば、彼遅いわね」
食後に遊びに来ると言っていたわりに、一向に訪れる気配がない。
「もしかしたら寝ちゃってるかな?」
咲也は、昔からお腹いっぱいになると眠くなる習慣があった。そのため、学校でのお弁当はいつも腹八分目で抑えているのだが、今回は美味しいカレーをお腹いっぱい食べていたのを見ている。
「じゃあ、寝かせておいてあげましょうか」
「でも、起こさないとイベント逃したって怒っちゃうかも」
遊びに来る理由は、昨日と同じく咲也の大好きな花恋のイベントだった。ひたすら音楽ゲームを繰り返してポイントを貯めるイベントらしく、昨日から何回も画面をタップする咲也を見ている。
回数を重ねるほどにポイントが貯まり、累計ポイントに応じてプレイヤーの順位が決定するシステムであるため、今この瞬間にも咲也のポイントは他プレイヤーに追い抜かれ、順位は落ちていることだろう。
「帰ったら頑張ればいいじゃない」
「それは大前提らしいよ」
寝る間も惜しんで走らないと目標の順位には届かないのだと、昨日もずっと叩いていた。もしかしたら、自分の部屋に戻ってからもやっていたかもしれない。
「仕方ない、部屋に行ってみましょう」
「そうだね」
紗良も昨日、咲也の頑張り具合を見ているため、いつもは娯楽に対して重たい腰を上げてくれた。
「確か、男子の部屋は二階の中央階段の下の向こう側だったよね」
「ええ、如月くんと五木くんの部屋は会長の部屋の隣だったはずよ」
由梨と紗良は二人で咲夜の部屋へ向かった。
「ここね」
由梨は昨夜歩いた道を再び歩き、一番奥の一つ手前で足を止めた。
扉を軽くノックすると。中から楓が出てきた。
「どうかしたか?」
「すみません、サクいますか?」
由梨の言葉に、ああ、と楓は声をあげる。
「ベットで気持ちよさそうに寝ている。どこかに出かけようとしていたみたいなんだが、あまりに気持ちよさそうだったからそっとしていたんだ」
「やっぱり……」
扉から中を覗くと、リビングの奥になるベットがこんもりと膨らんでいた。
「中にどうぞ。ここからじゃ声もかけられないだろ」
「すみません、お邪魔します」
「失礼します」
由梨は申し訳なく思いながらも、そっと部屋に足を踏み入れた。
「読書中でした?」
「ああ、気にするな」
机の上に伏せられた本を見て、由梨は眉を下げる。
すぐに咲也のもといくと、膨らんでいるかけ布団を容赦なく剥いで声をあげた。
「サク! 迎えにきたよ!」
「んん……」
窓から差し込んだ光がちょうど咲也の顔に射し、眩し気に眉を寄せた咲也は両手で顔を覆った。
「ほら、起きなさい」
「もうちょっと」
「こら」
「んー」
駄々をこねる咲也の耳元で、伝家の宝刀ならぬ単語を呟いた。
「花恋イベント走らなくていいの?」
「だめ!」
効き目は抜群だった。
驚く紗良や楓の前で、咲也はばっと布団を押しのけて起き上がると枕もとのスマートフォンを手に取る。そのまま起動しそうだった咲也の手を抑え、由梨はスマートフォンを奪い取った。
「あ、ちょっと、由梨ちゃん!」
「人様のお家でお行儀が悪いことしない。ちゃんと支度整えてからにしなさい」
叱りつける由梨はまるで母親のようだった。咲也は口をへの字に曲げながらも、問答している時間も惜しいと感じたのか、急いで洗面台へ向かった。
「お騒がせしてすみません」
「いや、仲が良いんだな」
「ただの幼馴染ですよ。あんな調子で今朝は大丈夫でした?」
咲也は寝つきはとてもいいが、寝起きがとても悪い。
今朝の朝食に遅刻するんじゃないかと心配したが、ダイニングへ行ってみれば、昨日夜更かしした由梨よりも先に席について談笑していた。
「朝はちゃんと目覚ましで起きてたぞ。数度スヌーズが鳴ったけどな」
やっぱり、一回じゃ起きられなかったんだなと、由梨は苦笑する。それでも、一人で起きられるようになったのだから、小学校の頃からすれば大した進歩なのだ。
咲也が顔を洗って戻ってくると、由梨は彼にスマホを返した。
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