第12話 これが彼らの運命
「納得がいかないわ」
三人がゲームを始めて一時間後。
スマートフォンの画面を睨みつけながら、紗良は不服を露わにしていた。
「どうしてこの男は婚約者がいながら他の女性をデートに誘っているの」
画面の向こうではグレイ王子がフローリアの買い物を手伝おうと手を差し伸べているところだった。
ゲームイベントには、イベントが発生する背景となる設定が存在する。
今回は、星妃祭という祭りをメインとしたイベントであり、主人公は攻略キャラの誰かと祭りでデートする流れだ。
ゲームをインストールしたばかりの紗良は、咲夜が攻略しやすいと勧めたグレイ王子をメインと決めて攻略していたようだが、イベント中に王子が主人公を祭りに誘ったところで眉をひそめた。
「婚約者ではない人間をデートに誘うなんて、不誠実だわ」
「ま、まあ、買い物を手伝うってだけだから」
「でも親しい女性と二人っきりなんて、知らない誰かから見ればただのデートよ。そんな状況、婚約者に失礼だと思わないの?」
真っ当な正論を呟く紗良に、由梨はですよね、と内心で同意した。
元婚約者だった紗良が言うことで、余計に現実味がある。
「ゲームをイベントから始めた紗良ちゃんには違和感ありありだよね。本編ストーリーだと、ダリアと王子は政略結婚だから互いに恋愛関係を持ってなくて、当のダリア本人が王子と主人公を取りもって背中を押してあげるシーンとかが一応あるんだよ。でも僕も、王子には気持ちを自覚した後はちゃんと清算してから頑張って欲しかったな~。ダリアが良い子だから罪悪感あるし」
「そうよね! せめて婚約を解消するまで待つべきじゃない? 婚約者の女性にも彼女にも不誠実だわ」
咲也からのフォローにも、紗良は不満気に反論した。
そう、それが普通の女性の感覚なのだ。
婚約者がいる身で別の女性に懸想することは、つまり浮気だ。
例え気持ちが通じていない相手であったとしても、婚約という約束を交わしている以上、互いに勝手が出来る身ではない。
(全面的に王子が悪いよね)
改めて、王子の所業がいかに不誠実かがよく分かった。
相手の女性を心配している紗良に、それは前世の貴方ですよと思いつつも、由梨は切なげに瞳を細めた。
ゲームのキャラクターに対しても、真っすぐ全力で怒る紗良の姿が眩しい。
「でも、婚約者の女性も不甲斐ないわね」
「え?」
「婚約してるからってぼんやりしているから横から取られるのよ。あまつさえ、浮気者を振るのではなく背中を押すなんて、優しさじゃなくて臆病なだけだわ」
懐かしい気持ちになりながらも、胸を痛めていた由梨は、続く紗良の手厳しい言葉に呆気に取られて口をつぐんだ。
ただ落ち込むのではなく、不甲斐ない女性を叱咤する姿に過去の幻が見えた。
「こんな男、例え王子であっても願い下げだと自分から振ってやれば良いのよ。私ならそうするわ」
「さ、紗良ちゃんらしいね」
心なしか鼻息荒く怒りを露わにしている紗良に、由梨は驚きつつも納得した。
誇り高く、いつだって自分の信念を貫いていたダリアの姿が重なる。
彼女もまた、グレイ王子にフローリアとこれ以上不用意に関わり続けるのなら実家を通して婚約について考えなおすと啖呵を切っていた。
王太子相手にもひるまず言い切った彼女の背中は真っすぐで、彼女は独りでも立っていられるのだなと周囲に思わせる強さがあった。
それが精一杯の強がりなのだと知っていたはずなのに、彼女の心中を図りもせず、大丈夫なのだと勝手に安心していた自分が酷く愚かで許せない。
「由梨ちゃん? 大丈夫?」
忘れもしない深く刻まれた後悔を思い出していた由梨は、咲也が目の前で手を振ったことで我に返った。
心配そうに咲也と紗良が自分を見ていることに気づいて、由梨は慌てて首を振る。
「大丈夫! ちょっとぼうっとしてた」
ここのところ前世の記憶によく触れているせいか、些細なことですぐ思考が過去に飛んでしまう。
由梨の誤魔化しに、紗良は心配そうに眉を下げた。
「移動で疲れたんじゃない? 早めに休んだ方が良いわ」
「ありがとう。でも大丈夫、本当にちょっとぼうっとしてただけだから」
「分かる。ここのソファーふかふかだし、眠くなっちゃうよね」
咲也は座っていたソファーで肘置きに頭を置いて横に寝ころんだ。
「あ、こら。貴方はちゃんと男子用の部屋に戻らないと駄目よ」
「はーい」
返事をしつつもまだ居座る気満々の咲也に、紗良の眉間に皺がよった。
しかし、合宿初日の交流時間ということもあり、仕方ないという風にため息をつくだけで留めてくれた紗良に、由梨は苦笑した。
不思議な縁で集まった三人の魂に、由梨は感慨深く二人を見る。
(前世でも、何かが違えばこんな風に三人で過ごせたかもしれない)
例えば、リリィにもっと勇気があれば、フローリアが始めから貴族であったなら、ダリアが王太子の婚約者でなければ。
選のないことと分かっているため、由梨はため息を飲み込んで紗良に笑いかけた。
今の由梨に出来ることは、今世で出来た大切な友達を今度こそ裏切らないことだけだ。
「ほら、そろそろ自由時間が終わるわよ」
「ええー、もう?」
時計を見れば、まもなく21時になる。男子生徒は21時以降女子部屋への立ち入りを禁止されているため、咲也は部屋に戻らなければならない。
「そういえば、咲也はだれと相部屋なの? 一人じゃないよね?」
「生徒会の人だったよ。奇数で一人あぶれちゃったから、書記の人と相部屋」
「そうなの?」
これまた数奇な組み合わせに、由梨は瞳を瞬いた。
生徒会の書記と言えば、彼もまた前世の関係者だ。
(この合宿、前世関係者多すぎ)
自分が参加しておいてなんだが、知っているだけでも由梨を含めて五人の関係者が参加している。
「書記ってことは五木くんね。てっきり彼は会長と同室かと思ってたわ」
「会長と書記くん、いつも一緒だもんね」
「会長が五木くんによく絡みに行くのよ。入学してすぐ仲良くなったらしいわね」
「へえー」
運命と言うべきか、前世でも二人は仲の良い親友同士だった。それだけに、今世でもセットで見ることに違和感がない。
紗良に言われて、咲也はしぶしぶと腰を上げた。
扉を開けると、ちょうど目の前の廊下を藤宮会長が歩いていた。
今まさに話題にしていた人であり、扉を開いた状態で咲也は目を見開いた。
「あれ、21時以降は男は女子の部屋に侵入禁止だよ」
「あ、はい。今戻ろうとしたところです」
「そう、君は……ん?」
真正面に立つ咲也を見て、藤宮会長は言葉を止めた。不自然に動きが止まった会長に紗良は怪訝な顔をし、咲也は不思議そうに首を傾げる。
しかし、当の藤宮は驚き過ぎて言葉もない様子だった。
(あれ、会長ってもしかして)
そんな三人を後ろから見た由梨は、もしかしてと嫌な予感がした。
由梨もまた、以前は遠目にしか見ていなかったために、会長がグレイ王子だと気づくのが遅れたことがある。
咲也から目を離さない会長の視線が段々と上から下に行き、足元まで行くとまた上がって行く。男子を表す青いジャージを着ている咲也に会長はよろめくように数歩後ろに下がった。
「お、おとこ?」
零れんばかりに瞳を見開いて震える指でさされた咲也は、呟かれた言葉に初めて眉を寄せる。
「そうですけど」
ふわふわとした可愛いものが好きな咲也だが、彼は決して女性になりたいと思っているわけではない。ふわふわとした可愛らしい外見も手伝って度々女性に間違われたりするものの、身長だって男子生徒の平均だし、見かけによらず筋肉だってある。
間違われることに慣れているため過剰に反応することはないが、驚愕のまなざしを向けられれば不快感を露わにすることだってあった。
「何か?」
不愉快だと表すように低くなった声に、会長の肩がぴくりと揺れた。
「い、いや、ごめん。ちょっと驚いて」
「いいですよ。慣れてますから」
硬い声で素っ気なく返され、由梨にはほんの少しだけ会長が不憫に思えた。
なにせ前世の想い人が男になっていたのだ。前世で二人が結ばれたかは知らないが、どっちにしろ会長には悲劇である。
つい合ってしまった瞳からはどうして!? と悲壮な心の声が聴きとれたが、由梨にだってそんなの答えようがない。いうなれば、これが二人の運命だ。
「ちょっと、如月くんに失礼じゃない」
会長のあまりのショックの受けように、紗良が抗議するように前にでた。
最近仲良くなった友人が珍しく怒っていることを察したようで、彼を庇うように前に出ている。怒っている人でも守るように前に出る辺りが紗良らしい。
「ああ、本当にごめん」
紗良の言葉に我に返った藤宮は、再度咲也に謝った。
紗良が前に出たことで目を丸くしていた咲也は、藤宮の謝罪に一つ息をつくと次の瞬間にはいつもの笑みを浮かべていた。
「いいよ、本当に慣れてるから」
声のトーンが変わり、その変わり身の早さに会長は今度はぽかんとしていた。
「それよりほら、早く部屋に戻らないと、21時過ぎちゃった」
「あ、ああ、そうだな」
逆に咲也に急かされる形になった藤宮は、急いで振り返ると何故か由梨の名前を呼んだ。
「この前のお詫びをしたいから、連絡先を教えてくれないかな」
「え」
「というか、この合宿の責任者として、全員の連絡先を知っておかなければならないんだけど、君のをまだ知らなくて」
「あ、そういう」
そう言われえてしまえば断りにくい。
急かされるままに由梨のスマホには会長の連絡先が入り、会長と連絡先を交換することとなった。
「あとで連絡する」
小声で告げられた内容に急いで首を横に振るも、振り返らず去って行った会長には気づかれることなく終わってしまった。
「由梨さん、大丈夫? あの人に何かされてない?」
「今のところは大丈夫だけど」
「なんか最近変なのよ。この間も急に謝って来たし。ほんとどういう心境の変化かしら」
不思議そうに首を捻る紗良はまだ優しい会長に慣れないのか、気味悪げに両腕をさすると部屋に戻って行った。
(あとで連絡するって、何を話すつもりだろう)
前回啖呵をきってしまったことがあとから気まずくてしかたなかったのだが、あちらからわざわざ接触してくるということは、恐らく例のゲーム関連じゃないだろうか。
不安な気持ちを抱えたまま、由梨は紗良に言われて持ってきた荷物の整理を始めた。
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