第4話 忘れていたいこともある

「まあ、悪役令嬢のことは置いといて、由梨ちゃんには出来れば早めに全ルートクリアして欲しいな。来年には第二部の配信が始まるから、それは一緒に進めていきたいもん。」

「まだ続くの、これ」


 咲也の言葉と内容に、勘弁してほしいと言う気持ちを込めて由梨は唸った。


「だってまだ学園での一年目が終わったところだし、人気が落ちない限りは卒業までは続けるんじゃないかな?」

「あー……」


 そうだったと由梨は思い出した。

 ガーデンセージ学園は三年制の高等学校だ。その後はより学力を高めたい、意欲の高い者だけが進学する大学部も存在する。


(え、つまり、この調子なら最低第三部まではあるってこと?)


 由梨の記憶通りであれば、フローリアはリリィと同じく最終学歴が高等部卒だったはずだ。彼女を主人公とし続けるのであれば、ガーデンセージ学園での物語は三年で終わる。加えて、リリィは高等部卒業直前に事故死しており、歴史通りに展開されれば彼女の悪役としての役割もそこで終わるはずだ。


 しかし、逆を言えば、この物語はその時までまだまだ続くという証明でもあった。

 第一部の一ルートだけでも相当な精神的ダメージを食らった由梨には、知りたくなかったことだ。


(卒業式……その辺りのことはあまり思い出したくないから、その前にこのゲームから離れようかな)


 死は誰にでも、平等にいつだって訪れる。リリィの死は突然に訪れ、あまりにもあっけなくリリィ・マンダリンの人生を終わらせていった。


 自己防衛の一種なのか、由梨にはリリィ最後の瞬間の記憶はない。

馬車の行き交う道に飛び出した瞬間でブラックアウトしており、迫る車輪も、受けたであろう衝撃も痛みも覚えてはいなかった。それが、由梨の防衛本能の出した結果なのだろう。


 しかし、リアルに再現された情景をを見ることで思い出してしまう可能性もあるわけで、由梨は出来る限りそんな可能性からは遠ざかっておきたかった。

 第一、例え作り物であっても過去の自分が死ぬ描写を見るなど気分の良いものではない。


「続きは……まあ、時間があるときにするよ」


 取り合えず由梨が返せたのは、そんなありきたりな言葉だった。


「そういえば、このゲームのシナリオライター分かる?」

「新人さんで、藤アリアっていうの。確か、新人発掘系の賞に出されてた話を、今のプロデューサーが拾ってゲームシナリオに抜擢したって話だよ」

「へえ、ペンネーム的に女性かな」

「多分、ね。でもペンネームで性別ってぶっちゃけ分からないよ。これが初作品だからあまり情報ないしね」


 ゲームの公式ホームページを見ても、シナリオライターについては全く経歴が載っていなかったのはそういうわけかと納得した。


(つまり手がかりはほとんどないのか)


 元凶のシナリオを書いた本人を調べようにも、その存在すら雲をつかむような気分だった。


「あ、でも一応、この人ブログやってるよ。最近は忙しいのか、ほとんど更新してないみたいだけど」

「えっ……ほんとだ」


 シナリオライターの名前とゲーム名を検索すると、それらしきブログがヒットした。


「これは噂なんだけど、このシナリオライター、実はうちの学校いるかもって話」


 ブログの最新の記事を読んでいると、急に声を潜めた咲也が楽し気に耳打ちした。


「はっ!? うそっ!?」


 由梨はばっと咲也を見ると声をあげた。


「どうしてわかるの?」

「ブログを読めば現役の学生ってことは普通に分かるんだけど、いつかの記事で学校行事関係で振替休みになったって話をちょろっとしてる日があったんだよ。その日がうちの体育祭の振休と被ってたからそんな話が出たみたい」

「……その日って、この辺りの学校ならどこも休みじゃなかった?」


 体育祭の時期なんて、だいたいどこも同じである。近辺どころか他県でだって探せば同時期に開催した地域はあるだろう。


「そ、だからただの噂。でも、推しをこの世に生み出してくれた神が近くにいるかもって思ったらワクワクするよね!」


 咲也も真実だとは思っていないのか、軽く笑う程度だった。


「一度でいいから会ってみたいなぁ」


 楽し気に笑う咲也を他所に、由梨は苦笑した。

 由梨的には会って事情を問い詰めたい気もするが、出来るだけ近づきたくない気もする。

 タイミング良くチャイムが鳴り、二人は席に着いた。




「由梨ちゃん、次教室移動だよ」

「んー……」


 咲也の呼び声に、由梨は緩慢な動きで立ち上がった。慣れない徹夜をしたせいで、どうにも全身が気怠い。明け方ゲームを終えた後は、ずっと前世とゲーム内容の相違点について考えていたため、寝不足に加えて精神的な疲れも強かった。


 ぐらぐらと揺れる頭を抑えながら、由梨はそれでも花恋について考えずにはいられない。


(まあ、考えてみれば、私やゲーム作者の他にも記憶持ちがいても可笑しくはないんだよね)


 由梨の周囲は、探さなくても前世の魂が多くいる。由梨が気づいていないだけで、記憶がある人間が他にいても不思議ではなかった。ただ、今まで出会ったことのないだけで。


(都合よくそんな人と友達になれたら、このやりきれない気持ちも多少は分かってもらえそうな気もするけど、逆に私の過去とかプライバシーがゲームでがんがんに侵害されてるから、出会いたくない気もする)


 前世のプライバシーとはなんのその、で展開されている花恋は、プレイヤーが感情移入しやすいようにキャラクターたちの人生背景を丁寧に描写している。当然、リリィの家の事情なども公開されており、偽りと真実を交えたそれを、前世を知る人間に知られるのは恥ずかしいを通り越して嫌だと思う。


(ま、王太子殿下たちに比べたらマシだけど)


 攻略対象とされている王子たちの事情は悪役のリリィに負けず劣らず丸裸にされており、より一層の恋情を煽るために、貴族や王族にありがちな泥沼なお家事情までゲームで公開されているのだから、いくら前世のこととはいえ、正直ストーリーを進めながらも彼らに同情を禁じえなかった。


(誰も自分の中の秘密やコンプレックスを大々的に公表されたくはないよ。ほんと、前世だからって勝手に使いやがって)


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