第131話 亡国の企み

「それより、この国で何があったのか教えてくれませんか」


 ジュスターは振り向かずにカラヴィアに尋ねた。

 彼はテスカからは大司教公国での異変について、細かい説明を受けていなかった。


「えっ?何かあったのか?」

「何があったんだ?」


 先を歩くロキとバルデルも興味深そうにカラヴィアを振り向いた。


「地下にいるあんたたちが知らないのも無理はないわねえ。あれは今から一月ほど前かしら。大司教が死んだ後しばらくは、祭司長のホリー・バーンズって女が大司教代行を宣言して大聖堂を牛耳っていたんだけどね」


 カラヴィアは淡々と語り始めた。


「あの日、ワタシはこの国を出るつもりで城門を通ろうとしてたわけ。そしたらさ、突然、見たこともない赤い鎧の軍隊が市内へ乗り込んできたのよ。気になってさ、後を追ったの」


 一個大隊の騎馬軍は、何の前触れもなく、また混乱もなく整然と現れた。

 彼らは、大聖堂の正門前まで来ると立ち止まった。

 大聖堂の門番を務める兵らは、どういうわけかすんなりと門を開けた。

 そこへ駆けつけたホリー・バーンズは門兵に詰め寄った。


「なぜ門を開けたの!?どうしてここに来る前に対処できなかったの!?」


 ホリーは誰彼ともなく怒鳴り散らし、門兵らを叱責した。

 そして大聖堂の中にいる聖騎士と魔法士たちにただちに集まるよう命じた。


 1人の赤い鎧の騎士が馬から下りて、ホリーの前にやって来た。

 被っていた兜を脱ぐと、そこから艶やかな赤髪と、まだ若く美しい女性の顔が現れた。


「あなたがホリー・バーンズ祭司長か。私はこの赤の騎士団の指揮官カーラベルデ・イシュキックと申す」


 この一個大隊の指揮官だというカーラベルデは自己紹介をした後、こう叫んだ。


「我らは新聖オーウェン王国軍である。これよりこのシリウスラントを新生オーウェン王国の都とし、新たな王朝を開くことを宣言する。この大聖堂を我らが居城とすると定めた。汝ら、即刻明け渡されたし」

「は!?一体何を言っているの?そんな要求通るわけがないでしょ!」


 驚いたホリーは、その要求を拒絶した。


「オーウェン王国などとうの昔に滅びたわ!悪い冗談はよしてちょうだい。はいそうですかと渡すわけがないでしょう!?」


 そうしている間に、ホリーの背後には、大聖堂の中から出て来た魔法士たちが続々と集まって来た。

 その人数は赤い軍隊を凌駕していた。

 それを心強く思ったホリーは、勝ち誇ったように叫んだ。


「ごらんなさい!我が国は魔法王国なのよ?この優秀な魔法士たちの前では、おまえたちが何人集まっても敵ではないわ。消し炭にされたくなければ、即刻立ち去りなさい!」


 自信満々のホリーに対し、カーラベルデは少しも怯まなかった。


「それはどうかな?」


 女騎士が合図を送ると、ホリーの背後にいた魔法士たちは一斉に大聖堂の門から出て踵を返し、カーラベルデの後方に整列した。


「…な、何!?どうしたの?あなたたち、何をしているの!?戻りなさい!」


 ホリーの制止も聞かず、魔法士たちは続々と大聖堂の門から出て行き、赤い騎馬軍の列に並んだ。

 魔法士のみならず、聖騎士たちまでもがそれに倣った。

 大聖堂の門を挟んで対峙するホリーとカーラベルデのそれぞれの背後にいた軍勢は、あっという間に逆転してしまった。


「一体どういうこと?待ちなさい、あなたたち、戻りなさい!」

「無駄だ。バーンズ祭司長。彼らは既に我が新聖オーウェン王国の軍門に下っているのだ」

「う、嘘よ、どうしてそんな…!」


 ホリーは門を出てゆく魔法士たちに邪魔だとばかりに突き飛ばされ、いつしか地面に膝をついていた。


「どういうこと?待って、待ちなさい!」

「やれ、往生際が悪いねえ」


 魔法士たちの最後方からやって来た人物が、彼女に声を掛けた。


「あ…あなたは…ナルシウス・カッツ祭司長…!」


 それは4人の祭司長の1人にして歴史学者のナルシウス・カッツだった。


「どうしてあなたが…」

「おや、言ってなかったかね?私はオーウェン王国の末裔なのだよ」

「そ、それは知っていたわ。だけど、こんな連中となぜ…」

「こんな連中?君のようなよそ者に云われる筋合いはないね」

「よそ者ですって?」

「そもそも大司教公国はオーウェン王国亡き跡に鎮魂のために作られた仮初めの国に過ぎない。今も昔もこの地はオーウェン王国のものなのだよ。住民もその末裔が多いことは君も知っているだろう。我々はもうずっと前から王国の復活のための活動を人知れず行ってきたのだよ」


 カッツは半笑いでホリーにそう告げた。


「ずっと…前から?」

「そうだとも。鎮魂の時間は大司教の死と共に終わった。オーウェン王国は新たな王と共に復活するのだよ」

「そんなこと、勝手に宣言していいと思っているの?」

「勝手にではない。オーウェン王家の正統な血筋を引く方がいる。そして私がようやく遺跡の中から失われた王冠と玉璽を見つけたのだよ。これで立派に国が興せるというものだ」

「あ…あなた、そのために遺跡の発掘をしていたの?」

「無論、それだけではないよ。私は学者だからね」


 ナルシウス・カッツは笑いながら彼女の前で振り向いた。


「大司教公国など、人魔大戦のどさくさでアトルヘイム帝国がオーウェン王国を占領するための大義名分として置いた傀儡国に過ぎん。大司教が亡くなって形骸化した今こそ、復活するチャンスなのだ」

「そっちこそどさくさに紛れてこの国を占領しようだなんて、やってることは帝国と同じじゃないの!」

「あんな連中と一緒にしないでもらいたいね。早くここを明け渡したまえ。君、魔法士たちから評判が悪いよ?」

「なんですって…!?」

「悪いが、君の味方になってくれる者はここにはおらんよ。人望がないと自分で気付いていないのかね?」

「なっ…!」


 ホリーは怒りのあまり、ぶるぶると両手を震わせた。

 ここにいる魔法士や騎士たちは、以前からこの事態を知っていて準備していたというのだ。

 知らなかったのは、ホリーだけだった。

 その事実は彼女のプライドを著しく傷つけた。


「こ、こんなことがまかり通ると思っているの?この国はアトルヘイム帝国の自治領なのよ?帝国が黙っているわけがないわ!」

「そんなことはとっくに織り込み済みだよ。我々が何の準備もしていないと思うのかね?」

「くっ…」

「アトルヘイム帝国は魔族との戦いに便乗して、敗れた我が国を侵略した盗人だ。今こそ我々はその支配から自由になるべきなのだ」

「わ、私は帝国に顔が利くのよ!軍を出してあなたたちを追い出すよう依頼するわ!」


 するとナルシウスは声を立てて笑った。


「はっはあ、あの軍隊長のことかね?さて、無事に帰りついていれば良いけどねえ」

「何ですって…?あなた、彼に何かしたの?!」

「それを君に語っている時間はないよ。ともかく命までは取らないであげるんだから、とっととこの国から出て行きなさい」

「く…っ」


 ホリーは仕方なく、とぼとぼと1人、大聖堂を追われるように出て行った。

 それと入れ替わるように、赤い軍隊は大聖堂の中へと堂々と入場した。

 それ以降、新聖オーウェン王国を名乗る一派は大聖堂を占拠し、首都シリウスラントを無血で制圧してしまった。


 そこまで話して、カラヴィアはホホホ、と高笑いした。


「あの時のホリーの顔ったらなかったわよ!1人だけハブられてんの!アッハ!いっつも高飛車な態度だったからさあ、カッツがやり込めてやりたくなった気持ちもわかるのよねえ~」


 大司教公国においてカラヴィアは4人の祭司長のうちの1人、リュシー・ゲイブスという人物に姿を変えていたので、ホリーとカッツはかつての同僚なのであるが、どうやらホリーという女性は相当嫌われていたようだ。


「それ以来、ホリーは行方不明らしいけど、あの女のことだからきっとどこかで生き延びているんでしょうね。性格はともかく回復士としての腕は超一流だから」


 カラヴィアは忌々しいとばかりに毒を吐いた。

 ジュスターは、そんなカラヴィアに質問を投げかけた。


「あの国には勇者候補がいたはずですが、彼らはどうしたんです?」

「ああ、あの子たちも新聖オーウェン王国に帰順したみたいよ。あのホリーって女とは元々そりが合わなかったようだから」

「しかし、そうなるとアトルヘイム帝国が黙っていないでしょうね」

「そうねえ。この国が独立するとなれば、きっとまた軍を派遣してくるでしょうしね」

「…大聖堂が戦に巻き込まれるとなると、ここも安全ではなくなりますね」

「うーん、確かにね。はやくここから逃げた方がいいんだけどねえ…」


 その話を聞いていた先頭のロキが振り向いた。


「なあ、今の話だと大聖堂の住人が変わったのか?」

「そうね。新しい住人がお引越ししてきたって感じかしら」

「主様は?」

「とっくにいないわよ。アナタたち、見捨てられたっていい加減気付きなさいよ」

「そ、そんなこと言うなよ!」

「そうだぞ!きっと主様は戻って来てくれるってオイラたち信じてるんだからな!」

「もう~~!!本当はもうわかってんじゃないの?エウリノームはもういないって」


 カラヴィアはイラついて意地悪そうに云った。

 ロキとバルデルは云い返そうとしていたが、悔しそうに肩を震わせた。


「オイラたちだって…薄々はわかってんだ」

「主様はもうずっと長いこと姿を見せないし、イドラ様もどこに行ったか知らないっていうし。…やっぱり主様はオイラたちを捨てたんじゃないかって」


 ジュスターは2人の獣人を見て、気の毒に思った。

 下級や中級魔族は、強い魔族の庇護下でしか生活できないように生まれついているのだ。

 彼らを国に帰すためには、エウリノームの代わりに誰かが指示を出さねばならないだろう。


「アナタたちさあ、イドラの言う事なら聞くんでしょ?」

「イドラ様は主様の代理だからな」

「ならイドラと一緒に魔族の国へ帰れば?北国境では人間の砦を建設中で、今なら簡単に突破できるわよ?」

「それは無理だよ。古参の奴らの中には主様の言う事しか聞かねえって言ってる連中もいるんだ。イドラ様も彼らを従わせるのは難しいって言ってたもん」

「フウン、そっか。イドラの奴も帰そうとしたんだ?あんだけ大勢いると、なかなかまとまらないものなのねえ。どうしたものかしら…」


 不意にジュスターはカラヴィアを振り向いて囁くように云った。


「カラヴィアさんがエウリノームの姿になって命令すればいいんじゃないですか?化けられるんでしょう?」

「化けるって、何よその言い方。失礼ねえ。それはワタシも考えてたわよ。どっちみちこの顔が治ってからじゃないとなーんにもできないんだけどね」


 カラヴィアは唇を尖らせて答えた。

 彼女は仮面を着けているためその表情は読み取れないが、真剣に彼らの今後について考えているようだった。

 軽薄でおチャラけているイメージの彼女だが、意外な一面もあるのだなとジュスターは思った。

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