第130話 過去を見る者

 その頃、聖魔騎士団団長のジュスターは大司教公国の地下にいた。


 トーナメントの決勝戦が始まる前、大司教公国に潜入しているテスカから魔王の元へ連絡があったことがきっかけだった。

 魔王がテスカに与えた連絡用の魔鳥は、小型の魔獣の一種で、亜空間を通って移動し、伝言をそのまましゃべって伝え、また戻って行くという習性を持っている。


 テスカからの知らせによると、大司教の亡くなった後の大司教公国で大きな動きがあったため、できれば誰か寄越して欲しいとのことだった。


 魔王からその話を聞いたジュスターは、自らテスカの元へ行くと志願し、魔王自身が彼を空間転移で送り届けたのである。

 それは大司教公国地下にあったポータル・マシンを魔王が接収してしまったために、移動手段が無くなってしまったせいでもある。


「テスカとは連絡が取れたのか?」

「まだ遠隔通話のできる範囲にはいないようです」

「そうか。テスカはエウリノームの行方を追っているのだったな。ならばサレオスを連れてくるべきだったか。あれのスキルは、姿が変わっても中身が同じであれば、その魔力で見分けられる」

「…エウリノームが姿を変えているかもしれないということですか」

「ああ。その可能性は高い。だが見つけても深追いはするな。あれは狡猾だ」

「はい」

「では我は戻るとしよう。後のことは任せる。テスカは地下通路の先の旧市街にいるとのことだ。双子の獣人族に道案内を頼めと言っておったぞ」

「かしこまりました。トワ様のことをよろしくお願い致します」

「ああ、ではな」

 

 魔王は空間転移でセウレキアへ戻った。


 1人になるとジュスターは、魔族たちの隠れ住む階下へと足を向けた。

 大きな洞穴のような地下に、大勢の魔族たちが肩を寄せ合って暮らしているのを見て、そっと眉をひそめた。

 彼らはおそらく大戦後からずっとここにいるのだろう。


 ジュスターは自ら生成した黒いローブを纏い、目立たぬようフードを被って魔族たちの暮らす場所へと歩み寄った。

 するとすぐにロキとバルデルという双子の獣人が声を掛けて来た。

 

「あんたもイドラ様の命令で来たのか?」

「…他にも誰か来たのか?」

「来たよ。おとといイドラ様とお付きの魔族が2人、地下洞窟を抜けて旧市街へ行ったけど」

「その後に黒い羽の有翼人が追いかけて来て、案内してやったんだ」


 テスカが云っていた双子の獣人が彼らであることは間違いないと思った。


「そこへ行きたいのだが、案内を頼めるか?」

「いいけど、あんたの後ろにいる人も一緒かい?」


 ロキがジュスターの背後を指差した。

 振り向くと、そこにいたのは不気味な白い仮面を付けた人物だった。

 ジュスターは驚いた。

 全く気配を感じなかったからだ。


「そうよ。ワタシ、この人の連れなの」

「おっかねえなあ、何だぁ?その面」

「ホホ、事情があるのよぉ。気にしないでいいから」


 ジュスターはフードを下ろして、仮面の人物を見た。


「カラヴィア…?」

「当たり~!ホホ、また会ったわねえ。えっと…」

「ジュスターです」

「ああ、そうそう。暗いとこで見てもやっぱオトコマエね~。奇遇じゃない?こんなとこで会うなんて」

「…あなたこそ、こんなところで何をしているんです?トワ様を探しに行ったはずでは?」


 それは魔王に焼かれた顔を隠すため、白い仮面をつけたカラヴィアだった。


「いろいろあってさ。この国がこんな有様になっちゃって出られなくなったのよ。ポータル・マシンも接収されちゃったしさあ」

「トワ様はもうとっくに見つかりましたよ」

「え?あ、そうなの?なーんだ、手間が省けたわ。で、どこにいるの?」

「…教えたくありません」

「ちょっと、ちょっと、それは冷たいんじゃない?」

「魔王様から聞きましたよ。元はといえばあなたのせいでこんなことになったと。トワ様の騎士である私が、あなたを許すと思っているんですか」


 ジュスターは冷たく云った。


「だから~、こうして魔王様から罰をもらったじゃない。反省してるわよぉ。こんな姿になって、結構大変だったのよ?」


 カラヴィアは自分の仮面を指さした。


「知りませんよ。自業自得です」


 ジュスターの冷たい態度に、カラヴィアは「冷たくしないでぇ」と云いながら彼に纏わりついた。


「ね、一緒に行っていいでしょ?アナタについて行けばトワに会えるワケよね?」

「ついてこないでください」


 ジュスターはカラヴィアの手を振りほどいた。


「邪険にしないでよ~!ワタシだって必死なのよ?」

「私は忙しいんです。あなたに構っている暇はありません」

「ああん、そんな冷たいとこもステキ!」

「いい加減にしてください。凍らせますよ」

「アッハ!冗談の通じない人ねえ~」

「ついてくるのは勝手ですが、邪魔をしないでください」

「わかってるわよ。誰に物言ってんの」


 2人のやりとりに面食らっていたロキとバルデルだったが、ジュスターがイドラの知り合いだというと、素直に地下洞窟を先導してくれることになった。

 彼らは、そこに暮らしている魔族たちを横目に見た。


 大きな穴倉のような洞窟の中は魔法具により明かりはあったが、地下独特の湿気はぬぐえず、どこかカビ臭い。

 この地下には200人程の魔族が暮らしていると云い、その他に旧市街にもまだ数百人の魔族が潜伏しているという。

 洞窟の中には作業場があり、彼らはそこで鍛冶仕事をしたり、土をこねて煉瓦を作ったりしていた。ここで作られたものが地上に運ばれ、人知れず市民たちの役に立つのだろう。


 ジュスターは彼らの食べている物を見て、眉をひそめた。

 硬く、筋張った干し肉を細く裂いて、ジャーキーのようにして食べている。

 食料はイドラが調達してくれているのだというが、決して良い環境だとはいえなかった。


 カラヴィアは前を行くロキとバルデルに問い掛けた。


「ねえ、アナタたちさ、ここを出て故郷に帰ろうとは思わないの?」

「オイラたちは主様の命令がないと帰れないよ」

「帰れないよ」

「主ってエウリノームのこと?」

「主様のこと呼び捨てしたらいけないんだぞ!」

「そうだぞ!罰あたるんだぞ!」


 ロキとバルデルは激しく抗議した。


「あー、ごめんごめん。エウリノームサマ、ね」

「この者たちは精神スキルで操られているのでは?」

「違うよ、オイラたち操られてなんかいないよ」

「いないよ。主様に従うのがオイラたちの使命なんだ」


 ロキとバルデルはキッパリと云った。


「精神スキルで操られているのではない…?」

「エウリノームに心酔してるってことかしら。やっぱ彼がいなくならないとダメなのねえ」


 カラヴィアの云ったことにロキが反論した。


「待ってくれよ、主様がいなくなったらオイラたちどうすりゃいいんだ?主様がオイラたちを生かしてくださっているんだぞ?」

「そうだぞ。オイラたちは主様の命令がないと動かないんだぞ」


 2人は必死の形相で訴えかけた。


「あらら。これは操られてるってより、擦り込みって感じかしら。エウリノームか、代理に指名しているイドラじゃないと彼らは言う事をきかないわけね」

「オイラたちは皆、主様に命を救われてるんだ。主様のためならなんでもする。主様の言う事は絶対なんだ!」


 ロキとバルデルが云うには、ここにいる魔族たちは未開拓地からの移民だったそうだ。他の領地では受け入れてもらえず不遇な時代を過ごしてきたが、エウリノームが彼らを受け入れ、自らの私兵として雇ったのだそうだ。

 それ故に過酷な環境には慣れているのだという。


「つまりはエウリノーム個人に忠誠を誓う尖兵というわけですか」

「そうみたいね。エウリノームがいなくなって、新たな主が現れるまでは、彼らはここから動かないってことねえ」

「彼らに認められるような主人など、そうそう現れるとも思えませんが」

「それこそ精神スキルで操るしかないんじゃない?」

「オイラたちにそんなのは効かないぞ」

「そうだぞ!オイラたち全員耐性があるんだ」

「オイラたちの仲間には隠密スキルを持ってる奴もいるんだぞ!」

「へえ~!すごいじゃない。隠密スキルって、気配を消せるっていうアレよね?なかなかレアじゃない」


 ロキとバルデルは褒められて少し上機嫌になった。


「もしかしてそれを知っててエウリノームは駒にしようと思ったのかしら」


 カラヴィアはジュスターに囁いた。

 双子は用心深く洞窟内を進んでいく。


「よし、棒組はいないみたいだ。あんたら、ラッキーだぜ」

「棒組?」

「この迷宮の用心棒さ」

「へーえ、そんなのまでいるのねえ」

「侵入者を見つけて排除したり、旧市街に出掛けてった仲間が仕事を投げ出して逃げ帰ってこないように見張ってるんだ。おっかねえんだぜ?デカい上に遠くが見渡せるんだ」

「…遠見のスキルを持っているのか?」

「うん、数キロ先まで見えるんだってよ」

「ほう…」


 ジュスターはアスタリスの能力のことを思い出した。

 彼の他にもそのようなレアスキルの持ち主がここにいるのかと感心したのだ。


 地下洞窟の中は迷宮というだけあって、同じような洞穴がずっと続いており、何度も分岐地点が現れる。時には三叉路、四叉路なんかもあった。

 これは道案内なしにはたどり着くことは難しいだろうとジュスターは思った。


「夜通し歩くことになるけどいいか?オイラたちだけなら半日で着くんだけどさ。あんたら普通の魔族の足だと、たぶん、旧市街へ着くのは明日の朝になるよ」


 双子の片割れが云った。


「構いません」

「え~、ちょっと休憩取りましょうよぉ」

「取るなら勝手にどうぞ」


 立ち止まったカラヴィアをジュスターは無視し、どんどん先へ歩いて行ってしまう。


「やあん、置いてかないでよ~」


 カラヴィアは慌てて彼らの後を追った。

 魔族の足は人間の倍速で進む。

 獣人族の足はその更に上を行く速さなのだ。

 もしここにカナンがいて獣化すれば、この双子よりももっと速くに移動できるだろう。


 しばらく無言で歩いていると、カラヴィアがジュスターに小声で話しかけた。


「ねえ、ジュスター。その銀色の髪、染めていたりする?」

「いいえ。生まれつきです」

「またまたぁ。本当は金髪なんじゃないの?それともつらい奴隷生活でそんな色になっちゃったのかなあ?」


 カラヴィアは無遠慮に云った。


「奴隷?」

「そのキレイな顔、面影があるんだけどな~」

「…何の話ですか」


 ジュスターは振り向きもせず答えた。


「ワタシ、あなたの正体を知っているわよ」


 カラヴィアは彼の背後から思わせぶりに語り掛けた。


「ワタシはね、魔伯爵マクスウェルから攫われた子供を探して欲しいって頼まれていたのよ。本当は人間の国に来たのもそのためなのよ」

「子供?」

「あら、知らない?そもそも100年前の戦争ってマクスウェルの繁殖期外の子が人間に攫われたことがきっかけなのよ?」

「そうですか」

「何そのうっすい反応。やっと見つけたのに~」

「…まさか、その子供が私だなんていうんじゃないでしょうね」

「そのまさかよ。言わなかったっけ?ワタシは人のオーラを見ることができるって。魔族は個別の魔法紋を持ってるのと同様に、マギや魔力にも特徴が出るのよ。それらを総称してオーラって呼んでるんだけど」


 カラヴィアからは前を歩くジュスターの表情を見ることはできなかったが、彼が多少動揺しているのではないかと思った。


「アナタ本名はジュイス、っていうんじゃないの?」

「違います」

「即答ね…。攫われた時はまだ幼かったけど、マクスウェル伯が溺愛するだけあって、ジュイスはそれはそれは美しい子供だったのよ。その子が生まれた時、魔王城に連れて来てみんなにずいぶん自慢していたものよ。特徴的なマギを持ってた子だったからよく覚えているわ」

「…そうですか」

「ワタシが見る限り、アナタのそのオーラ、間違いなくジュイスと同じなのよねえ」

「偶然でしょう」

「いや、なんで認めないかな~?」

「私はジュイスではありません」

「いやいや、しらばっくれても無駄だから!観念して認めたら?っていうか、なんで名乗り出ないのさ。魔貴族の御子息なんていい身分なのに?」


 ジュスターは立ち止まってカラヴィアを振り向いた。

 その顔には表情というものがまったく無かった。


「違うと言っているでしょう。言いがかりはやめてください」

「む~、手ごわいわね」

「私は聖魔騎士団のジュスターです。それ以外の何者でもありません」


 それだけ云うと、ジュスターは再び歩き出した。


「アナタが認めないんじゃ、感動の御対面ってわけにはいかないわねえ」

「マクスウェルなんて会ったこともありません」

「もしかして子供の頃の記憶がないの?ワタシが調べたところ、ジュイスは奴隷としてペルケレ共和国に売られちゃったみたいなのよ。都市の建築現場で働かされていたみたいだけど、奴隷の反乱が起きて、そのどさくさで脱走したらしいの。もう足取りは追えなかったわ。アナタ、今までどうしていたの?」

「…あなたもしつこいですね。知らないものは知りません」

「マクスウェルはまだ諦めていないわよ。自分の跡継ぎにするつもりで今も探しているわ。今戻ればアナタ、魔伯爵の後継者になれるのよ?」

「私には関係ありません」


 ジュスターはカラヴィアの挑発には乗らなかった。

 それでも彼女はへこたれなかった。


「う~ん、魔法紋が見られれば確認できるんだけどなあ。ね、いっそワタシと<エンゲージ>してみない?」

「嫌です」

「拒否キタコレ。即答って傷つくわ~ん」


 カラヴィアは体を捻って拗ねて見せた。

 対してジュスターは一切の表情を消していた。

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