第129話 見惚れる顔
と、思った瞬間。
彼の両腕が私の身体を包みこむように抱きしめた。
「…?」
え…?
何これ…。
だ、抱きしめられてる…?
「トワ」
「…な、何…?」
私の耳が、彼の胸に当たる。
なにこれ、なにこれ。
ヤバイって…。
心臓がバクバクいってる。
「ずっと、こうしたかった」
え…?
ずっと、って…?
彼の両腕が私の身体をさらにぎゅっと抱きしめた。
「これはハグという行為なのだろう?」
「は?ハグ?」
魔王の口からまさかハグなんて言葉が出るとは夢にも思わなかった。
彼は魔王とは思えないような、子犬のような目で私を見た。
「え、あああの、あの、ちょっと…」
どうしよう、ドキドキする…。
いくらイケメンだからって、初対面でこんなこと…。
しかも相手は魔王だよ?
ありえないって…!
「どうした?」
低音の、めちゃイケボイスで囁かれると、それだけで膝から崩れそうだった。
だいたい、男の人にこんな風に抱きしめられることなんて初めてで、免疫ないんだから…!
しっかりしろ、私。
魔王がここへ来た目的をちゃんと確かめないと。
「あの…ゼルニウス…さん」
「うん?」
「あなたが魔王だとして、どうして助けてくれたの?」
「好きな者を守るのに理由はない」
「えっ…?」
反射的に私は彼を見上げた。
今、好きって云った?
魔王が、私を?
何で?
何でそうなるの?
私の知らない間に、何があったの?
魔王は信じられないくらい、優しく微笑んだ。
その顔に見惚れていた私はハッと我に返った。
いけない、このままじゃ正気を保てなくなりそう。
「あ、ああ、あの!あんまり遅くなると皆が心配するので、そろそろ戻らないと…」
「大丈夫だ。この空間では時間の概念はない。元の世界に戻っても時間は1秒と経っておらん」
「え…そうなの?」
「この空間は我の作った
「理…?」
「我が定めたルールのようなもの、だな」
自分で作った空間にルールを設けるなんて、なんだかゲームみたい。
魔王っていうだけあって、平気で不思議なことを起こすんだな。
彼は私の両肩に手を置いて、じっと見つめてきた。
珍しい金色の瞳は、まるで私のすべてを見透かしているように思えた。
それに…
見れば見る程好みの顔だ。
あまりにも整いすぎてて魅入ってしまう。
魔王の姿は人によって違って見えるっていうから、きっとこれは私の願望が入ってるんだろう。
ってことは…私はこの人に何かを期待してるんだろうか。
「おまえにこれを渡しておこう」
不意に、彼は自分の首からネックレスを外して、私の首に掛けてくれた。
それは先端に黒くて平らな石がついた、シンプルなデザインのネックレスだった。
「え?えっと…これ、ネックレス?いいんですか?」
「ああ。持っておけ。おまえを守ってくれる」
「守るって…?どうして魔王が私を守ってくれるの?私、人間なのに…」
魔王は私の左手を取って目の前に掲げた。
私の中指には黒い石のついた指輪が嵌っている。
「この指輪も、我がおまえに与えた物だ」
「えっ?」
「これを着けていれば魔族に見える」
それを知ってるってことは、この指輪は本当にこの人がくれたもの…?
私が目が覚めた時に着ていたバスローブのポケットに入っていたもので、誰かが勝手に入れたんだと思ってた。
よく見れば、このネックレスに付いている石とよく似ている。同じ素材だとしたら、やっぱりこの人の云っていることは本当なのかもしれない。
「…これ、あなたがくれたの…!」
与えたってことは、私がこの人から指輪を貰ったわけで…。
指輪まで貰うって、一体いつそんな関係になったの…?
そしてなぜそんな大事なことを私は覚えていないんだろう?
「ごめんなさい…覚えてなくって…」
「気にするな。おまえのせいではない」
「でも…なんだかモヤモヤしちゃう。だって、この指輪のおかげで闘士になれたのに」
「役に立っているのならばそれで良い」
この人、本当に魔王なんだろうか。
なんだか思ってたのと印象が違う。
マルティスは魔王について、機嫌を損ねただけで人を殺すような恐ろしい人だって云ってたけど、そんな風には見えない。
もしかしてそうして油断させておいて、捕えるつもりなの…?
「あの、もう一度確認していい?」
「うん?何をだ」
「私の能力、知ってるんですよね?この力を悪用しようとは思わないの?」
「悪用とは何をしてそういうのだ?」
「た、例えば私を軍に入れて、人間の国にもう一度戦争を仕掛けるとか…」
「くだらんな」
魔王はきっぱりと云った。
「我は魔族の安全のために力を振るうことはあっても、100年前の復讐をしようなどとは思ってはおらぬ」
「じゃあ、私を捕えようとは思っていないの?」
「おまえの自由を奪うようなことはしない。だが先程の人間を見ただろう?おまえの能力を知れば、利用しようとする者は後を絶たぬ」
「あ…うん…」
さっきのザファテのことを思い出した。
彼は私を捕えて傭兵部隊に入れようとしていた。
ガウムは私を剣で斬り刻もうとした。
魔王に正体を知られることよりも、もっと身近に危険は迫っていたんだ。
「本当は今すぐ魔王城へ連れ帰りたいと思っているのだ」
「ま…魔王城?」
「そうだ。せっかくおまえの部屋を風呂付きに改装してやったのに、まだ一度も使われていないのだ」
「私の部屋…?」
魔王城?
なにそのゲームのラスボスの居場所みたいなの。
そこに私の部屋があったって…?
「…待って。私、魔王城にいたことあるの?」
「ああ、短い間だったがな」
嘘でしょ…?
私が魔族の国の、それも魔王の城にいたなんて。
さっきこの人が云っていた、眠っている間にもう1人の私が存在してたって、本当なの…?
「魔王城では人間だとわかれば警戒される。そのためにその指輪を贈ったのだ」
「あ…!これって魔王城で魔族に見えるようにするためだったの?」
「そうだ」
スパイ目的じゃなかったんだ…!
純粋に、優しさからくれたものだったんだ…。
「だがおまえは覚えていない。そんな状態で連れ帰っても辛いだけだろう」
「うん…、それは困るわ。仲間もいるし」
「仲間、か」
一瞬、彼は目を伏せた。
そして再び私を見つめた。
「ならばせめて、おまえを守らせて欲しい」
「えっ?魔王のあなたが私を?」
守るって言っても、魔王自身が私のボディガードとかになっちゃったら、大変なことになりそうなんだけど。
余計に目立っちゃうんじゃ…?
「我自身が傍にいてそうしたいのはヤマヤマだが、人間の国では目立ちすぎる。それ故そのネックレスを渡すのだ」
「え…?これが何か…?」
私は自分の首に掛かっているネックレスの石を手のひらの上に乗せた。
「出て来い、カイザードラゴン」
『待ちかねたぞ』
どこからか声が聞こえたかと思うと、手にした石から黒い影が飛び出した。
「きゃあ!!な、何?」
目の前の上空に、巨大なドラゴンが浮かんでいた。
「ひゃああ!!!」
私は驚いて後ろへ倒れそうになった。
魔王が支えてくれなければ、草原に尻もちをつくところだった。
「ド、ドラゴン…!?」
これじゃまるきりアニメかゲームの世界だ。
『私はカイザードラゴン。おまえを護る者だ。ようやく会えたな、トワ』
「しゃべった!?」
『…やはり、私を見ても思い出せぬか』
ドラゴンは長い首をうなだれさせた。
待って待って待って…!
もうひとりの私ってば、魔王やらドラゴンやら、何いろいろやらかしてくれてんの…!
何もう、パニックよ…!
『私はおまえと契約しているというのに』
「は?契約?」
『見ていろ』
ドラゴンはそう云うと、私の目の前でゼフォンの姿になった。
「ええ――!?ゼフォン!?」
「おまえが与えてくれた擬態スキルだ。一度見た者の姿になれる。これはおまえの仲間のゼフォンという魔族だ」
「すご…。声もそっくり」
変装とかそんなレベルじゃない。
どこからどう見てもゼフォンだった。
擬態ってそういうことなんだ。
この能力も私が与えたって…?
そうかと思えば、今度は小さなドラゴンになり、私の顔の周りをパタパタと飛び回った。
ドラゴンは肩に止まるとその冷たい頭を私の頬にスリスリと擦り寄せた。
なんか、すっごく懐かれてる…。
このドラゴンと契約するって、一体どういう状況だったんだろ…?
『ずっと一緒にいたのだぞ?思い出せぬのか?』
「あの…ごめんなさい。思い出すっていうか、本当にわかんないの…」
『そうか…』
「仕方がない、あきらめて戻れ」
小さなドラゴンはがっかりしてネックレスの中に吸い込まれて行った。
気の毒だけど、どうにもしてあげられない。
だって、本当に知らないんだもの。
「なんか、申し訳ない…」
「無理に思い出す必要はない。所詮、過去は過去だ。そういうことがあったということだけ認識しておけばよい。今見た通り、カイザードラゴンは呼び出せばおまえを守ってくれる。知りたいことがあれば、呼び出して訊くが良い」
「う、うん…」
そう云われても、やっぱりモヤモヤする。
時々、『あれ?前に見たこと(聞いたこと)があるような?』っていうことがこれまでに何度かあった。
あれは、もう1人の私の体験したことなんだろうか…?
「部屋まで送ろう」
魔王はそう云うと、何もなかった空間に扉を出現させた。
その扉を開けると、その先はもう宿舎の私の部屋の中だった。
「え!?嘘…!私の部屋だ!」
まるで『ど〇でもドア』だ。
2人で部屋の中に入ると、魔王は『ど〇でもドア』をスッと消した。
「空間魔法は、一度訪れた場所ならばこのように瞬間的に自由に出入りできるのだ」
「すご…」
さっきの屋敷にも突然現れたし、空間魔法っていうものがどういうものかも今一つよくわからなかったけど、要するに瞬間移動ってことなのかな。
ん?
待って。
今のは聞き捨てならない。
「一度訪れたって…もしかして私の部屋に来たことあるの?」
「…あ」
今、「あ」って云ったよね。
彼は私から用心深く視線を外した。
それは暗に認めている素振りだった。
「私の部屋に、勝手に入ったの?」
「…すまぬ」
魔王は小さな声で謝った。
「いくら魔王でも、女の子の部屋に勝手に入っちゃダメでしょ!そういうのストーカーって言うんだよ?絶対ダメなんだから!」
イケメンだろうとストーカーは許されない。
「わかった…」
しゅんとした彼は肩を落として私に背を向けた。
魔王なのに、なんだか妙に可哀想だと思ってしまった。
「今度来る時は、ちゃんとノックして、ドアから入って来てよね?」
私がそう声を掛けると、彼はくるりと振り向いた。
「…また来ても良いのか?」
「ちゃんとルール守ってくれれば、別に構わないけど…」
「そうか、ではまた来る」
魔王はにこやかに返事をして、スッと姿を消した。
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