第132話 大司教公国の真実

 ジュスターがテスカと合流したのは地下洞窟の迷宮を抜けた先、廃墟の旧市街のはずれにある地下古墳の入口だった。

 2人を送り届けると、ロキとバルデルは戻って行った。


「団長!わざわざお越しいただいて申し訳ありません」

「いや、構わない。私が勝手に来たのだ。状況はどうだ?」

「あの、その人は?」


 テスカが視線を送ったのは、ジュスターの後ろにいる仮面の人物―カラヴィアだった。


「カラヴィアよ。ワタシのことは気にしなくていいから」

「え、カラヴィアさん…?その仮面、どうしたんです?」

「ちょっと顔にケガしちゃってさ。ワタシのことは気にしないで」

「はあ…」


 テスカは魔王の傍を離れていたので、仮面を被ったカラヴィアの事情を知らなかった。


「勝手について来ただけだ。それよりここは何だ?」

「は、はい。ここは旧オーウェン王国の王家の霊廟です。歴代の王や王家にゆかりのある者の墓ですが、地下にあったため、戦火の被害を免れたようです」

「へーえ。お墓ね。ここに何があるの?」

「つい先程、イドラが2人の魔族を連れてここへ入って行きました。僕、その魔族に見覚えがあったんです」

「知っている者か?」

「はい。1人は魔伯爵マクスウェル様のご子息エルヴィン様で、もう1人はたぶん、魔王守護将のお1人だったと思います。昔、ご領地においでになった時にお姿をお見掛けしたことがあったので、間違いないかと」

「え?エルヴィンですって!?生きてたの?」

「はい。僕も戦死したと聞いていたので驚きました」

「あと守護将って…それ誰だったの?」

「守護将筆頭のアルシエル様です」

「うっそ、マジ!?死んだって聞いてたけど…やだ、アルシエルに会いたい!どこどこ?」


 カラヴィアは途端にはしゃぎ出した。


「その仮面の姿で会うつもりですか?」

「…あ、そうだった…。やだ、アルシエルに会うのにこの顔じゃ…ショボーン」

「だったら大人しくしていてください」

「ふぁ~い…」


 3人は地下古墳へと足を踏み入れた。

 狭い石の階段を延々と下りて行き、ようやくたどり着いた場所は、床に青白い魔法円の描かれている不思議な空間だった。いくつもの古い柱に支えられた広間があり、朽ち果てた壁には何かのレリーフが掘ってあるように見えた。

 そこへ足を踏み入れた途端、ジュスターは首の後ろの毛がピリピリと逆立つ程のパワーを感じた。

 空気が冷たく、どことなくカビ臭い匂いがした。

 薄暗い部屋を照らすため、テスカが手のひらの上に小さな炎を灯そうとした。


「テスカ、灯りを着けるな。この先にいる」

「えっ?」

「今からは遠隔通話で話せ」


 ジュスターが云った通り、広間の奥に人がいた。

 彼らは柱の影に隠れて様子を伺った。


 広間の奥には祭壇のようなものがあり、その前に複数の人影が見える。

 祭壇の近くの柱には、彼らが点けたのであろう松明がそれぞれ灯っており、祭壇の内側を照らし出していた。


「あれは…イドラと…」


 そこにいたのはイドラの他に魔族が2人、そして聖騎士の制服を着た人間の青年だった。


「うん、エルヴィンとアルシエルに間違いないわ。けど、どうしてここに聖騎士のレナルドがいるのかしら」

「シッ、静かに」


 思わず声に出してしまったカラヴィアは、ジュスターに注意された。

 彼らは固唾をのんで見守った。

 ジュスターは耳を澄ませて彼らの会話を聞いていた。



 イドラたちは、祭壇の前の青白い魔法円の上に立っていた。

 アルシエルは魔法円の中に担いでいた大きな袋を下ろした。

 

「2人共、ご苦労だった」


 イドラは2人の魔族を労った。

 それはアルシエルとエルヴィン―魔族の体になった優星とイシュタルだった。


「はあ、重かった~!」

「お疲れさまでした」


 優星に声を掛けたのは、聖騎士の制服を着たレナルドだった。

 優星はジロリと彼を睨んだ。


「ってか、その前に説明してよ。どうしてレナルドがここにいるのさ?」

「優星、その男を知っているのか?」


 国境砦にいたイシュタルは、レナルドとは面識がなかった。


「ああ、あなたは優星様、でしたね」

「…え?ちょっと待て。なぜ僕がわかるんだ?魔族の姿をしているのに」


 優星は完全な魔族の姿をしている。

 ちょっと話しただけで誰だかわかるというレベルの話ではない。


「あなた方がその体になった時、その場にいたからですよ」

「なっ…!?なんで?あんたは公国聖騎士だろ?魔族は殺すんじゃなかったのか?」

「人間が魔族に姿を変えて生き返った場合の対処は、教義には定められておりません」


 レナルドはしれっと云った。

 イシュタルは眉をひそめて彼を見た。


「詭弁だな。もしやあんた、大司教が魔族だったことも最初から知っていたんじゃないのか?」

「ええ。以前から知っていましたよ」


 イシュタルが指摘したことを、レナルドはあっさりと認めた。

 これにはイドラも驚いていた。

 レナルドは若い時から大司教の傍仕えとして士官していたが、その正体までは知らないはずだと思っていたのだ。


「優星、この男は何者だ?」

「この国の聖騎士だよ。勇者候補の世話係だった人だ」

「聖騎士…?公国の聖騎士といえば、魔族討伐を教義とする大司教の親衛隊だ。そんな者がどうしてここにいる?そしてなぜ我々と会話しているのだ?」


 優星とイシュタルはイドラに視線を移したが、彼も首を振った。


「余計な詮索はしない方がいいですよ。大司教が亡くなっても、あなたにはまだ使命があるはずです。そうですね?イドラ」


 レナルドの嫌味とも取れる言葉に、イドラはムッとして反論した。


「…大層な口のきき方だな。私をここへ呼び出したのはかつての主のはずだ。なぜ貴様がここにいる?」

「通信の宝玉を使ってあなたを呼び出したのは私ですよ」

「…?どういうことだ?エウリノームの宝玉をなぜ貴様が持っている?」

「おや、主を呼び捨てとは感心しませんね」


 レナルドは意味ありげに微笑んだ。


「エウリノームの行方を知っているのか?奴はどこにいる?こんなところに我々を呼び出して何をするつもりだ?」


 イドラの問い掛けにレナルドは笑うだけで答えず、別の話をし出した。


「ここは先日ナルシウス・カッツ祭司長が見つけたばかりの、旧オーウェン王国の地下神殿なんです。ここでかの勇者シリウスは召喚されたんですよ」

「ええっ!?ここで勇者が?」

「この魔法円はまだ生きているんです。ほら」


 レナルドが指さした床を見て、優星は驚いた。


「本当だ、魔法円が青く光ってる!」

「長く地下深く閉ざされていたせいか、この魔法円にはまだ魔力が宿っているんです。ここならば強力な魔獣が召喚できるはず。そうですね、イドラ?」


 レナルドはイドラを見た。


「…なるほど。計画を続行しろということか」

「その通りです」


 イドラは頷くレナルドを睨みつけた。


「魔獣を召喚?何の話?」

「おや、知りませんでしたか?イドラは魔獣を召喚できるんですよ」


 優星はイドラを振り返った。


「もしや、各地で魔獣を召喚してたのはあんたなのか?」

「そうだ」

「何のために!?」

「最初はおまえたち勇者候補の修行のためだった」

「最初は?また魔獣を召喚して、将たちに倒させるのか?」

「…いや、違う」

「じゃあ、何だよ?」

「人間を殺すためですよ。それも大量に」


 今度はレナルドが答えた。


「は?」

「なぜだ?なぜ人間を殺すんだ?あんただって人間だろう?」


 イシュタルも優星も、レナルドを不審な表情で見た。

 だが彼は意に介さず、話を続けた。


「神殺しの魔獣テュポーンの贄にするためですよ」

「神殺し…?贄?」


 優星にとっては初めて聞く言葉だった。

 だが彼の隣にいるイシュタルは驚愕の表情をしていた。


「イシュタル、知っているのか?」

「もちろんだとも。帝国の初等教育課程で習う話だ」

「学校で習うようなことなんだ?それ、どういう話?」


 優星が尋ねると、説明を始めたのはレナルドだった。


「あなたは異世界人だから知らぬのも無理はありませんね。そもそもこの世界において、魔族の役割というのは増えすぎた人間を間引くことなのですよ」

「そのテュポーンって何なんだ?」

「魔族を創った神が魔界から呼び出した最強の魔獣です」

「神が呼び出した魔獣…?イドラがそいつを呼ぼうとしてるってわけ?」

「いいや。テュポーンを召喚するためには3日のうちに100万の人間の血肉を捧げねばならないと言われているんだ。さすがに私でもそれは無理だ」


 イドラは首を横に振った。


「じゃあどうやって…?」

「複数の魔獣を同時に召喚して集中的に人間を殺させるんです」


 レナルドは恐ろしいことを平然と口にした。


「それが贄となり、魔界の扉が開くと言われているんです」

「待てよ!そんなに人間を殺せるのならテュポーンを呼ぶ必要ないんじゃないか?目的は何なんだ?」


「魔王を殺すことだ」


 表情のない顔でイドラは云った。


「は?イドラ、あんた魔族だろ?なんで魔王を倒すのに手を貸すんだ?」


 イシュタルはイドラに向かって声を荒げた。

 イドラはか細い声で返事をした。


「私は…魔王に恨みを持っていた。魔王を殺せれば、他がどうなろうとどうでも良かったんだ。魔王は不死の存在で人の手では殺せない。唯一倒せた勇者も今はおらず、勇者候補も頼りにならん。そこで神殺しの魔獣を召喚することにしたのだ」

「不死の魔王を倒すためにはできるだけ多くの人間を殺して、テュポーンを召喚するしかありません」

「レナルド、あんた言っていることがおかしいぞ?魔王を倒すために人間を殺すなんて本末転倒だろ!?それに魔獣を呼んだところで、皆逃げるに決まってる。そんなに一度に大勢の人間を殺せるわけないよ」


 優星の指摘に、レナルドは笑った。


「逃がさないようにするんですよ。元々、この都市はそのために作られた箱庭なのですから」

「箱庭?」

「この大司教公国は、なんです」

「なっ…何だって…?」


 イシュタルも優星も、レナルドの云うことに驚きを隠せなかった。

 だが、優星はふと思い至った。

 魔族だった大司教が、なぜこの国でわざわざ魔族排斥を行い、信用させてこの地に人間を集めていたのかを。

 アマンダは地方の人間にも首都に移り住むよう勧めていた。それも大司教の方針だと云っていた。


「…まさか、人間を住まわせるために、わざと魔族排斥をしてたっていうのか?」

「そうだ。長い年月をかけて人間をこの地に集めてきたのだ。効率よくな」


 イドラの云ったことを受けて、優星はこの都市の造りを思い返した。

 周囲を高い城壁に囲まれていて、門を閉めてしまえば完全な閉鎖空間となってしまう。

 今まではそれは外敵に備えたものだとばかり思っていたが、実はそれは内部にいる人間たちを虜にするためのものだったのだ。

 その事実を知って、優星たちは戦慄した。

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