第133話 古の伝説
この世界に生まれた人間や魔族が、幼少期に必ず教わる物語がある。
それは創世期の伝説である。
この世界を創った太古の神は、世界を導く担い手として人間を創った。
人間たちは神の手を離れ、この世界で繁栄を続けた。
やがて人口は爆発的に増えて行き、当然のごとく食料が足りなくなり、争いを繰り返すようになってしまった。
美しかったこの世界も戦争により荒廃し、破壊されていった。
すでに人間たちは独自の進化を遂げ、創造主である太古の神ですら制御できなくなってしまった。
太古の神は、増長した人間たちに罰を与えると同時に、世界に調和をもたらすため、人間と対局にある種族をこの世界に置こうと考えた。
太古の神は、魔界の番人であるイシュタム神に、この世界の半分を与える代わりに新たな種族を生み出し、人間の数を半分まで間引くよう依頼した。
大前提として、神は自らが生み出した生命を直接殺すことはできないらしいのだ。
魔界は、この世界を創る際に出た
世界の半分をもらう約束をした魔界の神イシュタムは、太古の神との約束を果たすため、魔族という種族を生み出してこの世界へと送り込み、人間と争うように宿命づけた。人間に比べて力も魔力も凌駕する魔族は、圧倒的な武力で人間たちを追い詰めて行った。
だが人間側もただ殺されるのを待ったりはしなかった。
人間たちは団結し、回復魔法を駆使して魔族と戦った。
戦いが長引くにつれ、回復手段を持たない魔族は劣勢になっていった。
その上、人間に比べて繁殖周期が長い魔族は、その数を減らしていく一方であり、それに対して人間は魔族よりも短命だがその分繁殖力が強く、逆に人口は減るどころか増える結果となってしまった。
窮地に陥った魔族たちを助けるためにイシュタム神はこの世界に
肉体を持たねば、神はこの世界に直接干渉できないからだ。
イシュタム神が降臨して最初にしたことは、魔族の逃げ場を作るために、自分が貰うはずの世界の半分に魔の森を創ってカブラの木を生やし、人間を寄せ付けないようにしたことだった。それがそのまま今の魔族の国になった。
その上でイシュタム神は、太古の神との約束を果たそうと考えた。
手っ取り早く人間を大量殺戮するために、魔界から最強の魔獣テュポーンを召喚しようとした。だがテュポーンをこの世界に呼び出すためには多くの魔力を必要とする。
イシュタム神の現身では魔力に限りがあるため、現地調達することにした。
それは人間の血肉を贄として魔力に変換することだった。
そのためにイシュタム神は魔界から多くの魔物を召喚し、3日のうちに人間を100万人殺して魔力を得たという。
この時召喚した魔物はその後繁殖し、今も世界中に住み着いている。
イシュタム神によって召喚された最強最悪の魔獣テュポーンは、毒の雨を降らせ、土壌を穢しながら世界中を歩き回って人間を踏みつけ、食らい続けた。
汚染された土地では食料が実らず、少ない食べ物を巡って人間たちはお互い争い合い、協力することを忘れて自滅して行った。
そうしてたった半年で人間の人口を半分まで減らした。
目的を達成したイシュタム神はテュポーンを魔界へ戻そうとしたが、テュポーンは人間を食らううち、自我と知恵を得るようになっていた。
知恵のついた魔獣は命令に逆らい、自らこの世界の王となるべく、召喚主であるイシュタム神をも食らってしまった。
それが『神殺しの魔獣』の所以である。
ところがここで予想外のことが起こった。
自らを召喚したイシュタムの現身を食らったことで、テュポーンは魔力の供給ができなくなってしまったのだ。
それによりテュポーンは弱体化し、イシュタム配下の魔族たちは隙を見てその腹を斬り割き破り、イシュタムの現身を救出した。
しかしイシュタムの現身は毒に冒され、既に死んでいた。
魔族たちは嘆き、イシュタム神の遺体を焼いて三日三晩、復活の祈りを捧げた。
そうして四日目の朝、遺体が燃え尽きると同時に、灰の中から復活した。
それが現在の魔王だと言われている。
一説には魔王は元々イシュタム神の中にいた別人格だとも言われているらしい。
その後魔王は、太古の神の力を借りてテュポーンを魔界へ封じたと言い伝えられている。
後日、そんな話を聞いた優星は、この世界では神様というのは随分と身近な存在なのだと思った。
優星にとって神様が出てくるような神話は学校で習う歴史とは一線を画しているという認識がある。むしろ空想に近いイメージだ。
なのでイドラやレナルドが、そんな神話時代に登場する伝説の魔獣を真面目に召喚しようとしていることに少々驚いていた。
大司教公国を丸ごと人間の檻にして魔獣に食わせるとか正直、『マジか、こいつ』と思っていた。
だから、彼の隣で激高しているイシュタルと温度差があるのも仕方のないことだった。
イシュタルは何とか召喚を止めさせようとイドラを説得することに必死だった。
「私には止められない。…声が聞こえるんだ」
「聞こえるって何が?」
「魔獣の声だ。もっともっと贄を寄越せと、早くこの世界に呼び出せと語り掛けてくるんだ」
「それってテュポーンの声か?」
「おそらくそうだ」
それを聞いていたレナルドが云った。
「ようやく魔界と回路が繋がったようですね。これは頼もしい」
「回路…?」
「魔獣召喚を繰り返していると、魔界の扉にリンクしやすくなるらしいです。召喚士一族である、かの魔伯爵はそう言っていました」
「リンクできるとどうなるんだ?」
「魔獣召喚がやりやすくなる。今ではこうして贄となる物に私の魔力を込めた召喚魔法陣を描いておくだけで召喚術を発動できるようになった」
イドラは足元の皮袋の表面に描かれた魔法陣を指差した。
「まあ、それだけではないですがね…。おかげで少ない人手でも実行できるようになって助かっていますよ」
レナルドが意味深に云ったことにイシュタルが反応した。
「…まさか他にも魔獣を召喚する気か?」
「既にこれと同じような贄を準備してあります。あとは下級レベルの召喚呪文があれば簡単に魔獣を呼び出せるんです」
レナルドは足元の皮袋を足で蹴飛ばした。
すると皮袋の中から黒焦げになった遺体の頭が飛び出してきた。
優星は思わず顔を背けた。
それは礼拝堂で焼かれて死んだ大司教―タロスの遺体だった。
イドラは眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべた。
「この都市の他にも、人間だけが入国可能な場所がある」
「もしかしてラエイラのことか…?」
「それだけではない。ペルケレ共和国のゴラクドール、アトルヘイム帝都トルマ、これらの都市の内部にも既に魔獣を出現させる仕掛けを完了している」
ラエイラ。
優星はあの楽園のような別荘地を思い浮かべた。
あの素晴らしい都市でも、恐ろしい計画が進行しているなんて。
そういえば、まだ勇者候補だった頃、各地に現れた魔獣についてアマンダが調べていた。あの時も、魔法陣のついた袋だけが残されていた。
あれもこのようにして召喚されたものだったのか。
「私は…大司教に騙されていた。魔王を憎むように、仕向けられていたんだ。この200年、憎しみだけが私を生かす糧だった。そのために魔獣召喚を何度も繰り返してきた。だが大司教が死に、真実が明らかになった時、私を支えて来た憎しみという感情を失った。すべてを喪失した私に残された存在意義は魔獣召喚だけだった」
イドラはローブ越しに自分の胸をぎゅっと握りしめた。
「魔獣の声が聞こえるようになったのは、その頃だ。その声を聞くと私は…」
「無駄話はそれくらいにして、さっさと魔獣を召喚してください」
レナルドに話を遮られ、イドラはハッとして顔を上げた。
「魔獣を呼んで多くの人間を殺すのです。それがあなたのすべきことだ」
「やめろ、イドラ!神殺しの魔獣なんか呼んだら、魔王どころか世界が滅びてしまうんだぞ!古の伝説を知らぬわけではあるまい!?」
イシュタルはイドラのローブに手を掛けた。
するとレナルドは、剣を抜いてイシュタルの喉元へ突き付けた。
「そこをどきたまえ。もう一度死にたいのですか」
レナルドの放った言葉が、優星には引っかかった。
「…もう一度?…まさか、あんたが僕らを殺したっていうんじゃないだろうな?」
レナルドは突き付けた剣の切っ先を優星に向けながら、フッと笑った。
「だったらどうだというんです?」
「な…に…?」
レナルドは、剣を持っていない方の手で、ベルトに着けていた腰袋から何かを取り出した。
彼の手のひらの上にはテニスボールくらいの大きさの透明な玉が乗っていた。
「何だ、それ…」
「これは、あなたを殺して奪ったスキル<貫通>の宝玉です。これがあなたの最大奥義でした。これ以上待っても、もうあなたは有用なスキルを覚えない。用済みというわけです」
「な…何の話だよ?」
「私は殺した相手のスキルを奪う能力を持っているのですよ。もう少し、良いスキルを覚えてくれるかと期待したんですがねえ。なので移魂術の実験体として役立ってもらったわけです」
「僕を殺してスキルを奪ったって…?何言ってるんだ?そんなバカげたことあるわけがないだろ?」
「では実際にやってみせましょうか」
レナルドは腰袋に宝玉を戻し、手にしていた剣を前にいたイシュタルの胸にいきなり突き立てた。
その行動には何の躊躇いもなかった。
「ぐふっ…!」
突然のことに、その場にいた誰も動くことが出来なかった。
レナルドはすぐさま血染めの剣を引き抜くと、今度はイシュタルを一刀のもとに斬り伏せた。
「ぐあぁっ!」
彼は額から腹にかけて真一文字に斬られ、その血が魔法円の中に飛び散った。
一瞬、何が起こったかわからず、優星は目を見開いたまま立ち尽くしていた。
優星の目の前でイシュタルは血しぶきを上げながら倒れた。
「え…、イシュタル…!?」
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