第134話 聖騎士の正体
「…優…せ…」
うつ伏せに倒れたイシュタルは、優星に向かって手を伸ばした。
レナルドは無慈悲にもその背中にもう一度剣を突き立てた。
「がはっ!」
剣が押し込まれていくと、イシュタルの口から大量の血が噴き出した。
我に返った優星は叫んだ。
「やめろ!!何をするんだ!」
だが、レナルドは低く笑って、その剣に体重をかけ、より深く突き刺した。
「ぐふっ!う…ぐぅ…ぅ…」
イシュタルは振り絞るように言葉を紡ぼうとしたが、やがてその手はパタリと地面に落ちた。そしてそれっきり動かなくなった。
「さすが、魔族はしぶといですね。入念にトドメを刺さなければ、なかなか死なない」
レナルドは薄ら笑いを浮かべて云った。
「嘘だろ…」
最期に優星の名を呼んだ彼は、大量の血と共に魔法円の中で息絶えていた。
「イシュタル、イシュタル…ッ!」
優星は叫びながらイシュタルに駆け寄った。
だがイドラが抱き起した時には、すでにもう絶命していた。
レナルドは彼らの前で片手を掲げて見せた。
「無駄ですよ。もう死んでいます。その証拠にほら、ここに」
イドラと優星がレナルドの方を見ると、彼は手のひらを上に向けて掲げていた。
すると何もなかった手の上に、テニスボールよりやや大きめの宝玉が出現した。
「何だそれ…どこから?」
「この者の持つスキルを奪って、宝玉に閉じ込めたのです。まだこんなゴミスキルが残っていたんですね」
レナルドは不要とばかりに優星に宝玉を投げた。
彼はそれを両手で受け取った。
すると不思議なことに、その宝玉の中に封じられているスキルに関する情報が、頭の中に浮かんだ。
「何だこれ…。本当にこの中にスキルが入ってるのか…?」
「その宝玉を使えば、魔力のない者でもスキルが使えるんです。すごいでしょう?」
「だからって…なんでイシュタルを殺したんだ!?」
「やれやれ、察しの悪い事だ。せっかく私のスキルを見せてあげたというのに」
「あんたのスキル…?」
「他人を殺してスキルを奪い、それを宝玉化するというのが、私のスキルなんですよ」
「何だよそれ…!レナルド…あんた、一体何者なんだ?」
レナルドはクック、と唇を歪めて笑った。
「…そうか、貴様がそうだったのか…!」
優星の背後で、イドラは驚愕の表情を浮かべていた。
「私はね、強いスキルや珍しいスキルに目が無くてね。何をおいても欲しくなってしまうんです。それが生きる目的と言っても良い」
「レナルド…、あんた何を言ってるんだ」
「魔王もいないのにあなたのような異世界人を召喚させていたのは、この世界にはない珍しいスキルを持っていることが多いからです。まあ、一種の道楽のようなものですがね。期待外れの場合も少なくありませんでしたから」
「道楽…!?それじゃ最初からスキルを盗むために僕らを…」
「私の究極の目的は、魔王のスキル…いや魔王そのものです。魔王を殺してその体に乗り移る。これが私の望みです。あなた方の移魂術の実験成功でその願望に一歩近づきましたよ」
「人を殺しておいて、あんたって人は…!!」
優星は怒りのあまり言葉を失った。
「なるほど、そういうことか」
どこからか声が聞こえた。
「むっ…誰だ!」
レナルドは剣を構えながら、周囲を見回した。
「どおりで見つからないはずだ。まさか人間になっていたとはな」
暗がりから現れたのは2人の魔族だった。
1人は銀髪の美丈夫で、もう1人は小柄な少年だった。
優星は彼らをかつて、国境砦で出くわした魔族に似ていると思った。
「ちょっとアナタ、いきなりエルヴィンを殺すなんて酷いじゃないの!」
2人の魔族の背後から現れた、不気味な白い仮面の人物がレナルドに怒鳴った。
「仮面…?」
優星はその人物を不思議そうに見た。
この仮面の人物が、エルヴィンと呼んでいるのはイシュタルのことだ。つまり、イシュタルの元の体の持ち主を知っているのだ。
そして、イドラも彼らのことを知っていた。
「おまえたち、なぜここに…?」
イドラが彼らに問い掛けると、テスカが答えた。
「あんたを追いかけて来たんだよ」
すると仮面の人物が急に甲高い声を上げながら優星の傍にやって来た。
「キャー!!アルシエル!生きてたのね!!」
「え…?ぼ、僕のこと…?」
「ワタシよ、カラヴィアよ!」
「いや、僕は…」
優星は戸惑いを見せた。
この仮面の人物は、優星の元の体の持ち主を知っているらしいが、何と説明したものかと困惑していた。
彼らに構わず、銀髪の魔族がレナルドに近づいた。
「やっと見つけたぞ。魔大公エウリノーム」
銀髪の魔族―ジュスターはレナルドを睨みつけながらそう呼びかけた。
「はて。あなた、誰なんです?心当たりがありませんが」
レナルドは首を傾げた。
「…シリウスといえばわかるのか?」
レナルドの目がぎょろり、と動いた。
「…シリウスだと?貴様が?何の冗談だ」
レナルドの口調が変わった。
「シリウスは死んだ。生きている筈はない」
「貴様も人間になっているではないか。それと同じだとは思わないか?」
「そんな、まさか…」
「私を殺して
「そ、そんなバカな…!」
レナルドはハッとして、慌ててベルトの腰袋からビー玉程の小さな宝玉を取り出した。
それを見たジュスターは鼻で笑った。
「ほう?ずいぶんと願い事が多かったようだな。その宝玉は使えば使う程劣化するというではないか。それではもう思い通りにはならぬのだろうな」
「くっ…騙り《フェイク》だ。本人のはずがない」
「ああ、そうか、貴様が人間になったのは、その劣化した<
「う、うるさい!」
「それでは仮に魔王の肉体を手に入れても、乗り移ることはできぬだろうな」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」
優星はこんな風に狼狽えるレナルドを初めて見た。
「ハッ!滑稽な話だな。望みを叶えるためにスキルを使いすぎたのだ。そのせいで肝心な願いが叶わず、脆弱な人間に生まれ変わってしまうとはな」
ジュスターが声を上げて笑ったことに、すぐ後ろにいたテスカは、内心驚いていた。
「ねえ、そいつがエウリノームってマジ?」
カラヴィアが驚きを持ってジュスターに尋ねた。
「間違いない」
「でも、それ変装じゃなくて本物の人間よ?」
「転生したのだ」
「え…!?ちょっとちょっと…何それ、嘘でしょ…!?」
レナルドはチッと舌打ちしながらも、ジュスターに語り掛けた。
「<
「貴様と同じようにな」
「フン、邪魔をするならば貴様らも斬る」
レナルドは剣を構え直した。
「よかろう。他人の背後からトドメを刺すことしかできぬ貴様の腕前がどの程度のものか、見極めてやる」
ジュスターも長刀を自分のマギから呼び出した。
優星は何がどうなっているのか、わからないまま呆然と彼らを見ていた。
彼にはジュスターとレナルドの会話の意味はほとんど分からなかったため、説明を求めようとイドラを振り向いたが、なぜかイドラは魔法円の中に片膝をついて俯いたままだった。
ジュスターに同行してきたテスカと仮面のカラヴィアも、レナルドとジュスターの会話を興味深く聞いていて、その立会いを見守っていた。
テスカは構えた時点で既に勝負は見えていると、カラヴィアに呟いた。
「ジュイスったら、自分の身を守るために強くなったのね…」
「ジュイス?団長の名はジュスターですよ、カラヴィアさん」
「あら、そうだったわね。ホホ」
「さっき言ってたシリウスって何のことですかね?」
「さあねえ。ワタシもさっぱりよ。本人に聞いてみたら?」
2、3度、剣を交えただけで、レナルドは冷や汗をかいた。
仮にも公国聖騎士を名乗る立場にいたレナルドは、それなりに剣の腕には自信があった。
もちろん人間と魔族という越えられない実力差もあったが、このジュスターという魔族の強さは異常だと感じた。
「どうした?あの時のように私が病で臥せっている時でないと勝てないか?」
ジュスターが挑発する。
「くっ…!」
ジュスターは、刃で空を切るようにレナルドに向けて一閃した。
すると、レナルドのベルトに付けていた腰袋が裂け、そこから大小の宝玉がいくつか零れ落ちた。
「何っ…!?」
レナルドは慌ててそれを拾おうとした。
いくつか手に取ったところでジュスターの長刀が煌めき、一閃した。
拾い損ねたいくつかの宝玉はその刃で粉々に割られてしまった。
「やめろぉ!!うおおぉぉ!!」
レナルドは雄たけびを上げた。
「貴様、貴様貴様ぁ―!!よくも、よくも―!!」
激高する彼に、ジュスターは不敵に笑った。
「そこまで砕けてしまっては諦めざるを得んな」
「わ、私の大切な宝玉がぁ―!!よくも、貴様ぁ!」
「プッ、ダッサ~!」
取り乱すレナルドを見て、カラヴィアは思わず吹き出した。
「その宝玉と共に滅びよ、エウリノーム!」
ジュスターが長刀を振り下ろそうとした時だった。
突然、地面が大きく揺れた。
「な、何だ、地震?」
優星は異変を感じた。
足元から白い煙が立ち昇る。
「え…?何これ…?」
地面に描かれた魔法円が青く明滅している。
「まさか…」
優星は嫌な予感がして後ろを振り向いた。
イシュタルの遺体の横で、イドラが膝をついて俯いていた。
イドラは小さな声で何事かを呟いていた。
「きゃああ!何あれ!!」
カラヴィアの悲鳴が聞こえた。
魔法円の中が次第に巨大な黒い影に覆われていった。
やがてそれは大きな生き物の形を取った。
優星の頭上で、何か獣のような息遣いが聞こえ始めた。
彼は恐る恐る顔を上げた。
「う…嘘だろ…」
優星たちをまたぐように、魔法円の中いっぱいに、巨大な双頭の魔獣が立っていた。
大きな牙を持つドラゴンに似た肉食獣の頭が2つ、1つの体から生えている。
4つの足からは鋭く大きな爪が剥き出して伸びており、その体は、体毛の代わりに無数の蛇が生えていた。更に尻尾の先には大きな蛇が鎌首をもたげて威嚇している。
「ちょっと…!あれ、オルトロスじゃない。魔伯爵の一族以外で召喚できる人がいたなんて、驚きだわ…!」
天井ギリギリに現れた巨大な魔獣を仰ぎ見ながら、カラヴィアは呟いた。
カラヴィアの云う通り、それは伝説の魔獣オルトロスだった。
優星はハッとして魔法円の中心部に座るイドラを見た。
「イドラ、あんたが召喚したのか…!?」
「わ、私は…言われた通りに…ううっ…」
苦しんでいたかと思うと、突然イドラは顔を上げて叫んだ。
『行け、オルトロス。シリウスラントの人間を食い尽くして魔力を捧げよ』
「イ、イドラ…?何、その声…」
優星にはイドラがまるで人が変わったかのように思えた。
その声はイドラの声ではなく、別の声に聞こえた。
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