第135話 内に潜む者
イドラが命じると、オルトロスは獣の雄たけびを上げた。
その双頭の獣は口からビームのような光線を吐き出すと、地下神殿の天井を打ち破った。
魔獣は天井に開いた穴から、その強靭な四肢でジャンプして飛び出して行ってしまった。
そのせいで地下神殿の天井は崩落し、ガラガラと音を立てて岩盤が崩れ落ちてきた。
「うわああ!」
「ヤバイわよ!このままじゃ生き埋めだわ!」
カラヴィアが叫んだ。
「貴様らはここで生き埋めになって死ね」
レナルドは捨て台詞を吐くと、持っていた宝玉を使ってその場から姿を消した。
おそらくは<
「団長、ここは危ないです。外へ脱出しましょう!」
「すまん、テスカ。私はエウリノームを追う。後を頼む」
ジュスターはテスカにそう告げると、彼は背中から蝙蝠の翼を出し、魔獣が出て行った後に出来た天井の大きな穴から外へ飛び出して行った。
「団長!」
テスカも翼を出してジュスターに続こうとしたが、カラヴィアに腕を掴まれた。
「ちょっとちょっとー、置いてかないでよ!」
天井がさらに崩れ、瓦礫が崩落してきた。
瓦礫の落下に伴い、砂煙が舞い上がった。
同時に稲妻のようなまばゆい光が明滅し、辺りの視界を奪った。
「うわぁぁ!!」
何も見えない中、優星の悲鳴が聞こえた。
「何…?何が起こってるの?」
<素粒子化>により、降り注ぐ瓦礫と土砂から逃れたカラヴィアは、巻き上がる砂塵と明滅する光の中、目を凝らした。
そこで驚くべき光景を目にした。
ようやく崩落が止むと、地下神殿の天井は完全に崩れてしまっていて、彼らの頭上にはぽっかりと大きな穴が空き、地上の空が広がっていた。
「あーらら…綺麗に吹き抜けちゃった。これじゃもう地下とは言えないわねえ」
「カラヴィアさん、無事ですか?」
「ワタシは平気よ。アナタこそよく無事だったわねえ」
「僕には防御スキルがあるからこれくらいどうってことないです。他の人たちは無事かなあ?」
テスカが翼を出して空中から周囲を見回すと、辺り一面、瓦礫の山だった。
その中で魔法円の中にいた優星とイドラの姿を確認することができた。
どういうわけか魔法円の中は小石ひとつ落ちておらず、魔法円を避けるようにその周囲に瓦礫が積み上がっていた。
2人共無事のようだが、イドラは気を失っていて優星に抱きかかえられていた。
魔法円の中に着地したテスカは、彼らの無事を確認した。
「よく無事だったね。イドラはどうしたの?」
「魔獣が出て行った後気を失っちゃったんだ。危なかったよ…。びっくりして大声出しちゃった。これが無かったら、完全にアウトだった」
優星は手の中にあった、粉々に割れた宝玉を見せた。
「割れてるね」
「うん。たぶん、この規模の崩落を防ぐのがこのスキルの限界だったんだろうね」
それはレナルドがイシュタルから奪った<範囲防御>スキルの宝玉で、瓦礫が落下した時、咄嗟に優星はその宝玉を使ったのだ。
おそらく使用している最中に、そのスキルの限界値を超えてしまったために宝玉は耐えられず割れてしまったに違いない。
「イシュタルが守ってくれたんだ…」
優星は手の中から零れ落ちてゆく宝玉の破片を見ながら、魔法円の中を見下ろした。
「…あれ?」
優星は魔法円の中をきょろきょろし始めた。
「どうしたの?」
「ない。イシュタルの遺体が…。さっきまでそこにあったのに。どこいったんだろう?」
彼は魔法円の中にあったはずのイシュタルの遺体がなくなっていることに気付いた。
そこにあったのは、中身のなくなった皮袋とイシュタルの流した血だけだった。
その血は魔法円の線に沿って染み込んでいた。
「瓦礫の下敷きになったのかな?」
「いや、確かに魔法円の中にあったよ!…つーか、普通にしゃべってるけど、あんた誰?」
「僕は聖魔騎士団のテスカ。さっき出て行ったのはジュスター団長だよ。向こうにいる仮面の人はカラヴィアさん。あんた、魔王守護将のアルシエル様じゃないの?」
「…あ、うん…ちょっと事情があってさ、中身が違うんだ」
「やっぱり?随分雰囲気違うなって思ってたんだよね」
テスカは優星をじっと見て、彼の頭を指差した。
「その角、どうしたの?さっきまでなかったよね?」
「え、角?」
優星は自分の頭を片手で触った。
額の少し上に、大きな角が生えていることに気付いた。
「わ!何だ、これ!つ、角!?怖っ!」
そこへカラヴィアが合流してきて、優星をじっと見た。
「なんかさ~、さっき一瞬大きなオーラがアナタの中に入って行くのを見たんだけど」
「え?オーラ?」
「もしかして何か召喚されたんじゃない?」
「何かって?」
「わかんないけど…。だって、さっきの魔獣はその皮袋の中の遺体を贄にして召喚されたんでしょ?それと同じで、さっきまであったエルヴィンの遺体がなくなってるってことは、贄になったってことじゃないの?」
「でも、何も召喚なんてされてないけど?イドラは魔獣が出て行った後、気を失っちゃったし」
「う~ん、でも確かに見たのよ」
カラヴィアは腕組みをして考え込んでしまった。
「ともかくここから出ようよ。また崩落するかもしれないし」
テスカの提案で、優星たちは気を失っているイドラを連れて地上へ出ることにした。
空を飛べるテスカの手も借りて、イドラを肩に担ぎ上げた優星とカラヴィアは、瓦礫の山を足掛かりにしてようやく地上へ戻った。
カラヴィアは旧市街地周辺を眺めた。
「魔獣は…いないみたいね」
「シリウスラントへ向かってるはずだよ」
「あら、わかるの?」
「団長が追いかけて行ったんです。僕らは離れていても連絡ができるんですよ。もうその範囲にはいなくなっちゃったけど」
「へえ~!便利ねえ」
「シリウスラントかあ…。僕らはあの都市には入れないよね。魔族だし…」
イドラを肩に担ぎ上げている優星が云った。
「ワタシもこの仮面だし、昼間っから市内に入るのはキビシイかなぁ」
「イドラは意識が戻らないし、イシュタルもいなくなって、これからどうしたらいいんだろう」
カラヴィアも優星も途方に暮れていた。
「僕は団長の後を追ってシリウスラントへ行くよ」
テスカはそうキッパリ云った。
『我モソレニ同行スル』
「えっ?」
カラヴィアは驚いて優星を見た。
優星は自分の口を押えていた。
「待って…、僕今、しゃべった?」
「え、ええ…」
『魔獣ノいル場所ヘ転移スル』
「あんた、転移できるんだ?」
テスカが尋ねた。
訊かれた優星は首を横に振った。
「い、今の、僕じゃない」
「…どういうこと?」
「僕がしゃべったんじゃない!僕の中に、誰か別人がいて、そいつが勝手にしゃべってるんだ!」
「…何それ」
「へ~え」
カラヴィアは興味深そうに優星に近づいた。
「あのさあ、さっき魔法円を出てからさあ、アナタのオーラ、ちょっと変な感じなのよねえ」
「へ、変?」
「なんだかね、普通じゃないっていうか、タダモノじゃないっていうかさあ。アルシエルの中にいるアナタ、誰?」
『我ハ、イシュタム』
「イシュタムですって?」
カラヴィアは驚きの声を上げた。
それを聞いていたテスカがボソッと云った。
「イシュタムって、魔族の神様の名前だよ?何の冗談さ?」
『冗談デハない』
「はは~ん。やっぱりね。アナタのオーラさ、魔王様にちょっと似てるのよね」
「ま、魔王に?」
「どういうことですか?カラヴィアさん」
「つまりアナタの中にイシュタム神が召喚されたってことになるかしら」
「ぼ、僕の中に神様が!?な、なんで?」
『我ハ、贄ヲ得て降臨した。この体を依り代ニしたのハ、たまたま魔法円の中にいたからだ』
「え?だって…イドラもいたじゃん!」
『アレハ召喚者デあって依り代にはなラない』
「あ、そういうこと…?じゃあ、やっぱりイドラが神様を呼んだの?」
『違ウ。我ヲ呼んだのは贄となった者ダ』
「贄となった者って…もしかしてイシュタルが?」
テスカは同じ口で自問自答している優星の様子を愉快そうに見ている。
その彼を「真面目に聞きなさいよ」と肘で小突きながら、カラヴィアは優星に問い掛けた。
「イシュタルってエルヴィンのこと?」
「え?あ、…うん。実は僕ら、外見は魔族だけど中身は人間なんだ。移魂術っていう、魂の乗せ換え?みたいなのの実験体にされちゃって」
「へえ…!ラウエデス辺りがやりそうなことねえ」
「…だから僕はその、アルシエルじゃなくって、中身は優星アダルベルトっていう人間なんだ」
「えっ!?」
仮面の内側から大声で叫ぶ声が聞こえた。
「アナタ、勇者候補の優星なの?」
「僕のこと知ってるのか?」
「ま、まあね。そっか…アイツにやられたのね。気の毒に」
「…だけど、イシュタルが神様を呼んだなんて信じられないよ。だってあの時彼はもう亡くなってたはず…」
「エルヴィンは召喚士だったのよ」
「えっ?」
「彼は召喚士一族である魔伯爵マクスウェルの直系なの。マクスウェルの一族は皆、何らかの召喚スキルを持っているのよ。アルシエル、アナタだってそうよ」
「…え?!僕も?」
「エルヴィンは優秀な召喚士だったわ。神様を呼んだっておかしくないくらい」
「だけどスキルはあいつに奪われたはずだろ?一体どうやって…」
『強い思念を持つ者に我ハ応エル』
「思念…?想いってこと?」
「それだけじゃないわ。召喚士の素養のある魔族が自分自身を犠牲にしたからこそ、魔族の神は応えてくれたんじゃないかしら」
カラヴィアの意見に優星は頷いた。
『そノ解答が真実に近イ。我ハ魔族ヲ守る者。魔族ノ願いヲ叶える者』
たどたどしい言葉で自分の口から質問の答えを聞くのは、何とも奇妙なものだと優星は思った。
テスカがそれを面白がって、笑いをこらえながらじっとみているのも仕方のないことだった。
『我ヲ呼び出した者ノ願いは魔獣を退治すルことだ。我ハその願いを叶えルため、降臨シタ』
「真面目ねえ。どうせならもっと別のことお願いすればいいのに」
『魔獣ハどこにイル?』
「とっくにシリウスラントに行っちゃったよ」
テスカが答えると、優星の中のイシュタムを名乗る者は押し黙ってしまった。
『シリウスラント…、この体ノ記憶の中ニアル場所ダナ。今からソノ場所へ転移スル』
「待って、行くなら皆も一緒に来てよ!僕一人じゃ心細いよ!」
優星は必死に訴えた。
魔族である自分があの都市に転移したら、きっととんでもないことになるに違いない。その時、1人では心許なかったからだ。
それに応えてくれたのはテスカだった。
「別にいいよ、どうせ僕も行こうと思ってたから」
「ほ、本当!?良かったー!」
「でも、魔王様以外でも転移できる人がいるんだね」
「そりゃ神様だからねえ」
「カラヴィアさん、この人の言う事、信じてるの?嘘言ってるだけかもしれないのに?」
「ワタシ、オーラを見てたから。魔王様にとっても似てたのよ。そんなオーラの持ち主が他にいるとしたら、只者じゃないことは確かよ」
「ふーん、カラヴィアさんが言うんならそうなのかなあ」
「本当だってば!僕、嘘なんかついてないよ!」
「ワタシは信じてるわよ?とにかく転移できるっていうんならワタシたちも一緒に移動させてもらいましょうよ。ほら、イドラは預かるから」
カラヴィアは気を失っているイドラを優星から受け取って軽々と両腕に抱きかかえた。
『デハ、我ノ傍に集まルが良い』
自分の口から出た言葉とはいえ、この時の優星は転移というものがどういうものか、まだよくわかっていなかった。
「ね、転移って何?」
「ちょっと、それ今聞く?」
「だって聞ける雰囲気じゃなかったし」
「ま、やってみりゃわかるわよ。神様に任せておけばいいのよ」
『転移―』
優星の口がそう云うと、その場から彼らの姿は消えた。
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