第136話 魔獣討伐戦

 レナルドを追って驚異的なスピードで旧市街から飛んできたジュスターは、シリウスラントを囲む高い城壁の上に立った。

 彼が到着した時、既に市内は魔獣出現によりパニック状態になっていた。


 城門からは、巨大な双頭の魔獣が首都シリウスラントの市街中を暴れ回っているのが見えた。

 オルトロスが駆けるたびに地震かと思う程の地響きが起こった。

 道行く市民たちは突然の魔獣の出現に慌てふためき、逃げ惑った。

 家の中に逃げ込んだものの、オルトロスによって建物ごと踏み潰されて圧死してしまう者もいた。

 家の中も安全ではないことを悟った人々は、市外へ逃げようと城門へ殺到したが、門番はおらず、門は下ろされたまま沈黙していた。

 都市の中の市民たちは逃げ場を失い、完全に閉じ込められてしまったのだ。


 ジュスターは、逃げ惑う市民を避けるように路地裏を通ってレナルドを探した。

 だがその姿はどこにもなかった。

 おそらくは大聖堂内部に逃げ込んだのだろうと思われたが、大聖堂入口付近には大勢の市民たちが助けを求めて集まっており、大変な混乱の最中にあって近づくことが出来なかった。

 

 市内に緊急を知らせる鐘が鳴り響いた。


「仕方がない、魔獣を止めるのが先か」


 ジュスターは仕方なく、レナルドを追うのを諦めた。


 市内各所には新聖オーウェン王国の軍が出動し、被害など現状を把握しようとしていた。

 その中には新聖オーウェン王国に帰順した将たち勇者候補の姿もあった。

 彼らは元々ホリーが嫌いで、彼女が大司教代行を務めるなら、この国を出るつもりだった。

 そこをナルシウス・カッツ祭司長に誘われ、新聖オーウェン王国軍へ協力することにしたのだ。

 彼らは新聖オーウェン王国軍の特別顧問という好待遇で迎えられ、この時も軍と共に市内へ偵察に出ていて魔獣に遭遇したのだった。


「マジかよ…。どっから現れたんだ、あんなデカイの」

「あれ、何ていう魔獣?」


 エリアナたちの視線の先には、巨大な四つ足の魔獣が飛び跳ねていた。


「双頭、蛇の身体と尻尾…おそらくあれは魔獣オルトロスだと思います」


 勉強家のアマンダが答えた。

 すると、エリアナの顔色が変わった。


「へ、蛇!?ひえっ!ごめん、あたし無理!!」

「無理とか言ってる場合かよ!」

「だって!蛇とかヌルヌルしたヤツ超苦手なのよ!」


 将と云い合っている間にも、魔獣の巨体が家の屋根を踏み潰しながら縦横無尽に駆けていくのが見えた。


「これはヤバイぞ…。尋常じゃない被害が出る」

「それ以前に、素早くて全然追いつけないじゃない…!あんなのどうやって倒すのよ?」


 ドスンドスン、と地響きを立てながら走り去る魔獣の姿をエリアナは茫然と見ていた。

 遠目に振り向いた魔獣の口から人間がぶら下がっているのが見えて、彼女は息をのんだ。


「ちょっと…!あの魔獣、人を食べるの…?」

「そのようです」

「ひえぇ」

「とにかく、人がいると戦いにくい。一旦市民をどこかに避難させないと。城門はまだ開かないのか?」


 将がゾーイにそう云うと、彼は首を振った。


「いえ、それが…城門を開けるための鎖が何者かによって切られていたらしく、修復には数日を要するかと」

「嘘でしょ…!それじゃ門は開かないの?」

「マジかよ…。俺ら、閉じ込められたってのか…!」


 将は遠くに見える城門を見て焦りを見せた。


「中央広場へ向かいましょう。そこが市民の避難場所になっています。騎士団の本隊もそこにいるはずです」


 ゾーイの提案に一同は大きく頷いた。


 勇者候補たちは中央広場へと向かい、オーウェン王国軍の騎士団と合流した。

 するとそこへ魔獣が現れた。


 魔獣に慣れている彼らはすぐに戦闘態勢を取り、攻撃を開始した。

 エリアナと将はゾーイとアマンダの支援を受けてオルトロスの2つの頭を同時に狙った。

 エリアナの魔法は弾かれたが、将の剣戟はオルトロスの蛇を跳ね飛ばした。


「魔法は効かねえが、物理攻撃は有効みたいだぞ!」


 オーウェン騎士団は最初こそ巨大な魔獣に恐れをなしていたが、勇者候補たちの戦いぶりを見て奮起し、将とゾーイの指揮に従って攻撃を始めた。


 エリアナの足元に、オルトロスの身体から弾き飛ばされた蛇が数匹ベチャッ!と落ちた。


「ひぃぃ!!や、やっぱ無理―!!将、後はお願い!」


 エリアナは苦手な蛇を避けようと、ずざーっと後ろへ下がっていった。

 だがまだ蛇はウネウネと動いていて、彼女に飛び掛かった。

 背後にいたアマンダが叫んだ。


「エリアナ様、危ない!!」


 その時、誰かが彼女を庇うように前に出て、飛んでくる蛇を両断した。

 蛇はカチンコチンに凍って地面に落ちると、パリン!と音を立てて粉々に崩れた。


「え…?」


 目の前には黒いマントの人物が立っていた。


「大丈夫ですか?」


 その人物は彼女を振り向いた。

 エリアナはその目を大きく見開いた。

 黒いマントから覗いたのは銀色の長い髪。

 凍るようなブルーの瞳。


「ジュスター様…!?」


 それはエリアナが見間違えるはずのない人物、ジュスターだった。


「蛇は魔獣の体から離れてもしばらくは生きています。気を付けて」

「あ…ありがとう…!で、でもどうしてここに?」

「そんなことより今は魔獣を倒すのが先決です」

「は、はい」


 そこへ将たちが慌ててやって来た。


「おい!なんでそいつがいんだよ!?」


 将とゾーイはエリアナの隣に見知った人物がいることに気付いて問い詰めようとした。

 ジュスターは黒いローブを着用していて、一見して魔族とはわからない姿をしているが、彼らはその人物が人間ではないことを知っている。

 騎士たちも広場の市民たちも、まだ彼の正体には気付いていないようで、騒ぎにはなっていない。


「説明は後で。今は協力してあの魔獣を倒しましょう」


 ラエイラでのジュスターの手際を見ている勇者候補たちは、彼の云うことに素直に頷いた。


 オルトロスは魔法攻撃を受けると、体毛の蛇が防御壁となって本体へのダメージを軽減させてしまうことがわかった。少しでもダメージを受けると蛇は体から離れて、毒の牙で反撃してくる。そしてオルトロスの身体にはまた新たな蛇が生えてくるのだ。

 その蛇に噛みつかれた何人かの騎士が毒で倒れた。

 アマンダら回復士は彼らの治療に奔走した。


「魔法攻撃はダメだ。物理攻撃をメインに切り替える!弓部隊攻撃開始!槍部隊前へ!魔法士部隊は飛んできた蛇の対処に当たれ!」


 将たちは勇者と認められており、軍の指揮権を与えられている。

 それ故、騎士団への命令はスムーズに伝わり、騎士たちはすぐに作戦行動に出た。

 将は魔法剣、ジュスターは氷を纏った剣戟でオルトロスにダメージを与え、エリアナは飛んでくる蛇を片っ端から燃やした。

 その攻撃はオルトロスの動きを一瞬だが止めた。

 オルトロスは双頭の片方に大きな傷を負った。

 その働きに、騎士たちからも「さすが勇者だ」と歓声が上がった。


 だが傷を負ったオルトロスは更に暴れ出し、その場から大きくジャンプして、再び街中を移動しはじめた。

 しかも、手負いのためか前よりも速度が上がり、デタラメに走り回っている。

 複数の騎士団の分隊がオルトロスの後を追おうとしたが、将が止めた。魔獣のスピードには馬でも到底追いつけないからだ。


「くそっ、攻撃云々の前に追いつけねー」

「せめて動きを止められればいいのですが」

「そうはいうがゾーイ、さすがにあれを止めるのは無理だろ。速すぎる。それに街の中ってのがネックだぜ」

「うん、あたしの地の魔法もここじゃ使えないしね」


 絶望的な気持ちでエリアナは周囲を見回した。

 中央広場には家を破壊されたり焼け出されたりして避難してきた市民たちが保護を求めて続々と集まってきていた。

 ここで大きな魔法を使うわけには行かなかった。


 その時、広場にいた市民たちから悲鳴が上がった。

 将たちは何事かと声のする方を注視した。


 大勢の市民たちがいる中央広場の真ん中で、空間の一部が突然歪み始めた。

 その空間の歪みから、複数の人物が現れた。

 それを見つけたジュスターは、いち早く駆け寄った。


「テスカ!」


 転移してきたのは、テスカとイドラを抱えたカラヴィア、優星の4人の魔族たちだった。


「団長、ご無事で!」

「今のは転移…か?」

「はい、この人が転移魔法を使ったんです」


 テスカは優星を指差した。


「彼が?」


 ジュスターは眉をひそめて優星を見た。

 彼が知る限り、転移魔法を含む空間魔法を使用できる者は魔王しかいない。

 突然魔族が転移してきたのを見て、広場にいた一般市民たちはパニックになった。


「魔族だ!魔族が現れた!」

「ひぃぃ!助けて!!」


 優星の額には大きな角が生えていて、ひと目で魔族とわかる。

 多くの人々が恐れたのは、彼のその異形の姿だった。


「あらら、めっちゃ人間がいるじゃない。なんでこんなとこに転移しちゃったわけ?」


 カラヴィアからそう詰め寄られると優星は困った顔をした。


「僕ら勇者候補は大聖堂からあんまり出たことなかったからさ。大聖堂からこの大広場をよく眺めてたんだよ。街の中って言うとそれを思い出しちゃって」

「あんたの中の神様が、それを読み取ってここへ転移したってわけね」

「うん…申し訳ない」


 転移してきた魔族たちは困惑していた。

 それも当然のことだった。

 魔族排斥の国で、白昼堂々と街中に魔族が立っていることなどありえないことなのだ。

 そこへ将たちが武器を片手に駆け付けた。


「おまえら、どうやって入って来た?城門は閉まってるはずだぞ!」

「将…!」


 将を見た優星は思わず彼の名を叫んだ。

 久々の再会だった。


「あん?てめえ、なんで俺の名前を知ってんだ?」

「ああ、そうか…今の僕は魔族なんだ」


 優星は将を前にしても名乗ることはできなかった。


 王国軍の騎士たちが武器を手にやって来て、優星たちを取り囲んだ。

 ジュスターが彼らを庇うように前に出て、騎士たちに向かって礼を取った。


「どうか武器を収めてください。私たちはあの魔獣を追ってやってきました。あれを倒したら出て行きます。それまで協力をお願いできませんか」


 騎士たちは動揺した。

 この状況で、どう判断したらよいのかわからなかった。

 彼らは助けを求めるように将たち勇者の方を見た。


 そこでエリアナが一歩前に出て、大声で叫んだ。


「皆、安心して!この魔族たちは敵じゃないわ!あたしがあの魔獣を退治するために連れて来たのよ!」


 突然の宣言に将たちも驚いた。


「今は魔獣を何とかする方が先でしょ?だったら手を貸して!」


 驚いているジュスターに、彼女はウィンクして見せた。

 王国軍の騎士たちは彼女の剣幕に押され、剣を退いた。

 もしこれが大司教公国の騎士団ならば、魔族の言葉などに耳を貸さず問答無用で剣を振るっただろう。

 現状を把握して臨機応変に対応できる王国軍に、エリアナは安堵した。


「そういうことだ。今は魔族だの関係ない。あの魔獣を倒すぞ」


 将が騎士たちにそう命じると、彼らは敬礼した。

 ジュスターから状況を説明された優星たちは、魔獣を倒す算段を始めた。

 そこに将たちも参加し、魔獣を迎え撃つ場所を決めて、そこへ誘い込もうという作戦を立てた。


「しかし誘い込むったって、一体どうやって?」


 将の疑問にはテスカが答えた。


「僕が連れて来るよ」

「連れて来るって…、あのスピードだぞ?」

「平気だよ」

「けど、連れて来たところで、どうやってあの魔獣の動きを封じる?」


 将は不安そうに口走った。


『我に任せておけ』


 そう云ったのは優星の口だ。


「今のは神様の方?ややこしいわねえ」


 カラヴィアがぼそつと呟いた。


「ではテスカ、頼む」

「お安い御用です、団長」


 テスカはそう云って背中から黒い翼を出して宙に舞い上がり、将や騎士団に「行ってきます」と手を振った。


「…おい、冗談だろ?追いつけるわけねーって…」


 将はそう云ったが、テスカは飛び立ったかと思うと目にも止まらぬ速さで移動して行った。


「はっや!!おい、嘘だろ…」

 

 テスカには<高速行動>というスキルがある。

 魔獣ごときに速さで後れを取ったりはしないのだ。


 しばらくして、テスカが飛んで戻って来た。


「連れて来たよー!」


 空中でテスカが叫んだ。


 数キロ先から立ち上っている土煙がこちらへ向けて移動してくる。

 魔獣が追ってきている証拠だ。

 やがて巨大な双頭の魔獣が、地響きを立てて彼らのいる中央広場へ走ってきた。

 広場の人々から悲鳴が上がった。


「来るぞ!」


 将が叫ぶ。

 騎士たちも魔族たちも構えた。


『皆、そこから動くな』


 優星はそう云うと、魔獣の正面に立った。

 だが優星自身は戸惑っていた。

 それが自分の意思ではなかったからだ。


「ちょ、待って。何するつもり?」

『黙って言うとおりにしろ』

「は、はい…」


 優星は自分の中にいるイシュタムの声の言うとおりにした。

 彼は両腕を前に伸ばすと、スキルを発動させた。


『<圧縮重力ハイグラヴィティ>』


 彼は胸の前で手のひらをパンッ!と打ち鳴らした。

 すると、彼の正面に走って来たオルトロスは突然立ち止まり、何か見えない力に上から押さえつけられたかのように姿勢を低くした。

 それはまるで無理矢理をさせられている犬のようだった。


 優星が胸の前で両手を組んだまま、唸り声を上げるとオルトロスの体は目に見えない上からの圧力で押しつぶされて行った。


「ひっ…!」


 悲鳴を上げたのはエリアナだった。

 魔獣はバキバキと鈍い音を立てて潰されていき、緑色の血や肉片が辺りに飛び散った。危機を感じた魔獣の体毛の蛇は次々と魔獣から飛び出した。

 それを騎士団や将たちが総出で始末している。


 なおも魔獣は押しつぶされ、骨も肉もひしゃげて完全にぺしゃんこになってしまった。

 その跡には、気色の悪い色の絨毯が敷かれているように見えた。


「げ…グロい…。なんちゅー攻撃だよ…」


 将はその現場をモロに見て眉をひそめた。

 エリアナは正視できず、顔を背けていた。


「あれは重力魔法ですね。あんな大きな魔獣を押しつぶすなんてすごい力だ。あの魔族、何者でしょう」


 ゾーイが感心したように云った。


 ジュスターは魔獣の潰された場所に行き、黒い塊のような核を長刀で破壊した。

 すると押しつぶされた魔獣の遺体はさらさらと黒い粉になって、跡形もなく消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る