第137話 再会
「エリアナ様、今の見ました?やっぱりあの魔獣も召喚されたものだったみたいですね…」
アマンダがエリアナの傍に来て、恐る恐る云った。
「そうみたいね。一体誰が…」
その2人の元へジュスターがやって来た。
「エリアナさん、皆さん、ご協力感謝します」
ジュスターはエリアナたちとその背後にいた騎士団に向かって、丁寧に礼を述べた。
「そんな…、お礼を言うのはあたしたちの方よ…」
そう云いながら、エリアナはジュスターの美しすぎる顔に釘付けになっていた。
その彼が、不意に彼女に話し掛けた。
「レナルドという人間を知っていますか?」
「え?あ、はい…、公国の聖騎士で、今はオーウェン軍の騎士団に所属していますけど…。それが何か?」
エリアナはジュスターにそう答えた。
そこへ優星が近づいて来た。
「彼のことは僕から話すよ」
ジュスターは頷いて、彼に任せることにした。
優星が「話がある」と云うので、エリアナは将とゾーイにも声を掛けた。
「あん?魔族が俺たちに何の用だよ?」
「聞いてもらいたいことがあるんだ」
妙に馴れ馴れしいこの魔族を、将やゾーイは訝しんだ。
この額に立派な角を持った、赤髪のイケメン魔族は、国境砦にもラエイラの魔獣討伐の時にもいなかった、初めて見る魔族で、将たちを知っているはずがないのだ。
騎士団が市民たちを広場から誘導し始めたので、将たちは魔族たちと広場の隅へと移動した。
歩きながら将は、仮面をつけたカラヴィアに視線を送った。
「俺はあんたより、そっちの仮面のヤツの方が気になるんだがな」
「あら、ワタシ?」
「ああ。あんた、あの火事の時礼拝堂にいたよな?何者なんだ?」
「ホホ、ただの魔族よ。人間を騙していたあいつを許せなかっただけ。この仮面は顔の傷を隠すためなの。気にしないで」
カラヴィアは明るく笑った。
「気にしないでって言っても気になるわよ…」
エリアナがボソッと呟いた。
「それより、話ってなんだよ」
将から鋭い視線を受けた魔族の優星は、初めは少し戸惑っていたが覚悟を決めて話し出した。
「…あのさ、正直に話すから、聞いてくれるかい?」
「…その言い方…なんか優星みたい」
「それ、俺も思ってた」
エリアナの意見に、将も同意した。
ゾーイとアマンダも顔を見合わせて頷いた。
だがそれはどこからどう見ても魔族だ。
「そりゃそうだよ。信じられないかもしれないけど、僕は優星アダルベルトなんだ」
「は?」
「何言ってんだ、あんた」
「そうよ。だってあなた完全に魔族じゃないの」
「だから、これには事情があるんだって」
彼は自分が魔族になった経緯について説明した。
力説する魔族を見て、将もエリアナも何かを感じ取ったようだった。
それは優星が良くしていた仕草をその魔族がしていたからだ。
「確かに辻褄はあってるけど…、信じられないわ」
「だって完璧な魔族だもんな。あくまで優星だっていうんなら、何か俺たちしか知らないことを言ってみろよ。そしたら信じてやるよ」
「うーん、そうだなあ…」
将がそう提案すると、彼はしばらく考えていた。
そして何かを思いついたように話し出した。
「あっ、そうだ。アレサって集落のこと、覚えてる?僕たちがグリフォンを退治しにいった時に泊った村。あそこでさ、ゾーイがアンダージャージを初めて見せてくれたじゃん?全身タイツみたいだって超ウケたよね?…クッ…ハハ、あの時のゾーイは今思い出しても笑えるんだけど」
目の前の魔族はクスクスと声を出して笑い出した。
将とゾーイは驚いて顔を見合わせた。
「ホントに優星なのか…!」
「今の話は、我々3人しか知らないことです」
「そういや、あの時、あんたたち随分楽しそうに笑ってたわよね」
「はい、エリアナ様。私もよく覚えています。私たちは2階でその笑い声を聞いていましたから」
エリアナとアマンダも、アレサ村でのことを思い出していた。
男性3人が階下で楽しそうに笑い合っていたあの夜のことを。
魔獣狩りに駆り出され、皆で不平をぼやきながらも、まだ平和だったあの頃。もう随分昔のことのような気がした。
「信じてくれ、本当なんだ、僕は優星なんだ!知らない間にこんな体になっていたんだよ!」
将たちは、未だ半信半疑だったが、優星しか知らない事実を次々と突きつけられると、もう信じざるを得ない状況になっていた。
優星はようやく自分の言葉が彼らに通じたと思った。
そして彼をこんな目に遭わせた張本人がレナルドであることを知ると、将とエリアナだけでなくゾーイやアマンダも驚きを隠せなかった。
「本物の僕の体は<貫通>スキルを取られてレナルドに殺されてしまったみたいなんだ。ラエイラでレナルドに呼び止められて、その直後から記憶が無くて、気が付いたらこんな姿になっててさ…」
「あのレナルドが…マジかよ」
「信じられません…」
将もゾーイもまだ信じられずにいた。
「けど、確かにあの時のレナルドの態度は不自然だったわ。やっぱりあたしたちに嘘をついてたのね」
「そうだな」
「でも、魔族になっているなんてそんなこと…」
「彼の言っていることは本当だ」
急に話に入って来たのは、カラヴィアの腕の中で気絶していたはずのイドラだった。
「あらイドラ、気付いたの?」
「ああ、面倒を掛けさせて済まなかった。もう、大丈夫だ」
事情を知るイドラも加わって、将たちは信じたくないような話をこれでもかと聞かされたのだった。
「じゃあ、あのまま大司教が生きていたら、あたしたちも殺されてたかもしれないのね…」
エリアナは身震いした。
そんな彼らを最も驚かせたのは、レナルドが魔大公エウリノームという魔貴族の生まれ変わりだという事実だった。そして彼が人を殺してスキルを奪うという恐るべき能力の持ち主だということだった。
「生まれ変わり…?そんなことがあるのか?」
将は呆れ気味に云った。
「僕も同じようなもんだよ。要するにそういうことだろ?」
優星は自嘲気味に云った。
将は何と声をかけていいやら困ってしまった。
その空気を察して話題を変えたのは優星自身だった。
「それはそうと、将たちは今どういう立場にいるんだい?」
「大司教が死んで、新聖オーウェン王国になったおかげであたしたちは「勇者」ってことで騎士団より上の位を貰ったの」
「へえ!ついに勇者認定されたわけか。おめでとう」
「ああ、まあな。おかげで待遇は以前よりずっと良くなったぜ。相変わらずメシはマズいけどな」
将は笑いながら肩をすくめた。
その様子から、優星には彼らが以前よりも居心地が良い場所にいることがわかった。
「だけど、国を乗っ取られて、大司教公国の市民たちは反対しなかったのかい?」
「あたしたちもだけど、この国の人々は何の問題もなく受け入れたわ。大司教が魔族だったってこともあって、大司教公国自体に不信を抱いてたみたいよ。だから逆に彼らは救世主って感じで迎えられたわ」
「そうなんだ。そういや新しい王様ってどんな人なの?」
「それがね…。大聖堂では新王の戴冠式の準備を進めてるらしいけど、その王の姿は誰も見たことがないのよ」
「お披露目の日までは秘密らしいぜ」
「なんでだろう?暗殺を恐れて?」
「そんなとこじゃねえ?」
ジュスターとテスカは、少し離れたところでエリアナたちの会話を聞いていた。
「あの、団長」
「何だ」
「さっき、地下神殿で人間の騎士と話していたことですが、あれ、どういう意味なんですか?」
「…何がだ?」
「シリウスって言ってましたよね?それって100年前の勇者の名前ですよね」
「…そうだったかな」
ジュスターはあまり話したくなさそうだとテスカは感じた。
「…あの、団長が言いたくないなら、僕もう聞きません」
「すまんな。そのうち話す機会もあるだろう」
テスカはジュスターを全面的に信頼している。
人間の国に取り残された時からここまで生きて来れたのも、トワに会えたのも彼のおかげだと思っている。
だから余計なことは聞かないし、彼が嫌がることはしたくない。
ジュスターの方も、プライバシーに踏み込まず、適度な距離を保ってくれる聖魔騎士団と共にいることは心地よかった。
広場の周囲を見回していたジュスターは、オーウェン王国騎士団が恐る恐るこちらの様子を伺っていることに気付いていた。
「そろそろ移動した方が良さそうだな」
「…そうですね。いつあの人間たちが襲い掛かって来るかもしれませんし」
テスカの云う通り、中央広場から移動しつつある騎士や市民たちの目は、魔獣を倒してくれたことには感謝しているようだったが、遠巻きに警戒しているのがわかる。やっぱりこの国の人間たちには「魔族は敵だ」という擦り込みがなされているのだ。
「移動と言ってもねえ…どうするの?」
いつの間にかカラヴィアがジュスターの隣にいた。
「ここへ来た時みたいに、アルシエルさんに転移してもらえばいいんじゃないですか?」
「転移って、どこへ?」
「もちろんトワ様のところです。さっきの話だと、強く願えばその人のいるところへ行けるらしいですし」
「おー、それいいじゃない!賛成!」
カラヴィアはさっそく優星にそれをお願いしに行った。
「そうだね。僕らはここを出た方が良さそうだ。これ以上ここにいたら将たちにも迷惑がかかってしまうし」
「あ…まあ、そうね。あんたのその姿は目立っちゃうし」
「変装しても、その額の角は隠せそうにないしな」
「…うん」
将とエリアナは目の前の魔族を優星だと認識はしているものの、やはりこれまでと同じようにはいかないと感じていた。
優星もそれはわかっていた。
もう、以前とは違う。
彼は魔族なのだ。
「じゃあ、僕ら行くよ」
「行くってどこへ?」
エリアナが優星に尋ねた。
「えっと…どこ?」
優星はカラヴィアに答えを委ねた。
「トワのところよ」
「えっ?」
カラヴィアの返事に反応したのは優星だけではなかった。
「今、トワって言った…?」
「言ったわよ」
「それってあたしくらいの女の子のこと?」
「フフッ、そうよ。アナタたちあの子のこと覚えてたのね?」
思わせぶりなカラヴィアを、将とエリアナは問い詰めた。
「トワって、勇者候補だったトワのことか?」
「あの子、生きてるの!?」
「生きてるわよ」
「ってか、なんであんたがトワを知ってるんだよ?」
「それはヒミツ❤ていうかワタシよりジュスターの方が良く知ってるわよ。ね?」
「え?そうなの?ジュスター様?」
エリアナは反射的にジュスターを見た。
彼は表情を変えずに頷いた。
「トワ様は今ペルケレ共和国にいらっしゃいます」
「ペルケレ…?それどこ?」
「グリンブル王国の東に位置する大国です。傭兵と闘技場が有名な国ですよ」
エリアナに問われたアマンダが答えた。
「僕らはトワ様に忠誠を誓った騎士なんだよ」
テスカの云ったことに鋭くエリアナが反応した。
「え!?どういうこと?騎士って!?」
「トワ様は我々の命の恩人なのです」
ジュスターの言葉に将とエリアナは顔を見合わせた。
「は?命の恩人ってどういうこと?ジュスター様は魔族でしょ?それでなくてもあの子、回復士としては最低ランクだったのよ?」
「それ、本当に俺らの知ってるトワなのかよ?命の恩人なんて、信じられねーよ」
将たちは疑ってかかっていた。
テスカは口を尖らせて何か云い返そうとしたところをジュスターに止められた。
カラヴィアはフフ、と笑う。
「疑うならあんたたちも一緒に行く?」
「い、いや、俺たちは…」
将はエリアナ、そしてゾーイとアマンダに視線をやった。
「ううん、トワに会いたい気持ちはあるけど、あたしたちはここを離れるわけにはいかないわ。魔獣被害の後始末もあるし、即位式の準備もあるし」
「そっか。ま、そのうち会えるかもしれないわよ」
「ああ…。トワに会えたらよろしく言っておいてくれよ」
「うん、会いたいって伝えておいて」
「わかったわ」
カラヴィアは、自問自答している優星を振り向いた。
「イシュタム、大丈夫…?ペルケレって僕知らない土地だけど、転移できる?」
「ペルケレならワタシ、行ったことあるわよ」
『ならば問題ない。私ハ人の思念を読んで転移する。強い想いがあればソコへ向かうことができる』
「強い想い…。わかった、トワのことを強く思えばいいんだね?」
「トワ様のことなら、僕の方が強く思ってるよ!」
横から口を出したテスカに、彼はたじたじとなった。
「あ…じゃ、じゃあお願いしようかな…」
得意げなテスカにジュスターが云った。
「テスカ、おまえは彼らに同行してトワ様の元へ戻れ」
「は、はい。でも団長は?」
「私はここに残ってエウリノームを追う。魔王様にはそのようにお伝えしてくれ」
「わかりました」
「私も残る」
そう云ったのはイドラだった。
優星がそのイドラの腕を掴んだ。
「ダメだよ。あんたは僕らと一緒に来てもらう」
「な、なぜだ?」
「だってあんた放っといたら魔獣を召喚しちゃうじゃないか」
「う…」
イドラは何も云えなくなった。
いつの間にか優星との立場が逆転してしまっていた。
こうしてジュスターを除く優星たち魔族は、勇者たちに別れを告げてその場から転移した。
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