第138話 闘技場運営委員会
ペルケレ共和国首都セウレキアにある闘技場運営委員会本部の建物は、闘技場からほど近い所に建っている。
その中の一番大きい会議室では、常任理事会が開かれていた。
その場には、ガウムとチーム・ルキウスのメンバーも招かれていた。
常任理事会のメンバーは、この国の権力者たちで構成されている。
彼らは先日の上級トーナメント決勝戦について、いくつかの確認事項を検討するという名目で緊急招集されたのである。
まず、決勝戦で何者かの介入があったことの報告、それにより闘技場の客席に張られていたバリアが破壊されてしまったことに対する修理と補強についての検討意見交換が行われた。
客席から闘技場内に向けての攻撃は過去何度もあり、その都度改良を重ね、現在の魔法バリアは最新式の魔法具で最も強力なものを二重にして採用していた。
グリンブル王国から購入した際には、たとえSS級魔法士が100人がかりで魔法を撃っても壊されることはないとのお墨付きをもらっていたシロモノだった。
ところがこれがたった一度の魔法で破られてしまったのだ。
運営委員会の調査では、バリアを破ったのは強力な重力魔法だったという。
だが、客席のどこから発せられたのかはわかっていないとのことだった。
これを破られたとあっては打つ手がないと委員たちは頭を悩ませた。
その結果、このバリアを三重にしてしばらく様子を見るということで一致した。
そして最後に上がった議題は、決勝戦に出場していたチーム・ゼフォンのマルティスとトワという闘士に関する疑惑についてだった。
これに関しての報告がチーム・ルキウスのメンバーからなされた。
チーム・ゼフォンのメンバー、マルティスが攻撃を受けた際、何度も回復術が行われたと、ルキウスは証言した。
その回復速度と間隔は、恐るべき速さだったという。
マルティス本人は自己回復スキルだと申告しているが、過去100年の記録から、自己回復スキルではありえないと判断された。
「それで、その後ろにいたトワという魔族の闘士が回復していたというのかね?いくらなんでも突飛すぎやしないかね?」
「荒唐無稽な話だ。あり得ん」
それは理事会のメンバーから相手にされない報告だった。
「では私がそう思う理由を述べましょう」
ルキウスはこれまでのチーム・ゼフォンの戦いについての分析を行った。
その内容は理事会メンバーを唸らせるものだった。
「決勝戦後、闘士の控え室で彼らに会った闘士によれば、トワ自身の怪我も完全に治っていたということでした」
「そうまで言うのならば、なぜその本人をここへ出頭させていないのかね?」
理事会のメンバーから、当然と言えば当然の意見がなされた。
理事会の中心メンバーでもあるセウレキアの市長ザファテはその理由に関して、恐るべき事実を述べた。
その内容は、その場にいた全員を戦慄させ、驚愕させるものだった。
「実は先日、私は彼女を屋敷に招き、この一件について尋問したのだ。するとそこへ魔王らしき男が現れて、彼女を連れ去ったのだ」
「魔王だと?」
「それは本当に魔王だったのか?」
「ああ、大きな角の生えた、恐ろしい大男だった。黒い髪に金色の瞳をしていて、凄まじいオーラを感じた」
「え?ザファテ様、私が見たのはスマートでキザな長髪の男でしたが…」
ザファテの言葉にガウムが異論を唱えた。
「なんだと?いや、そんな筈はない。貴様、何を言っているのだ」
「いえ、確かにこの目で見ました。優男風の美男でしたよ」
「いいや、あの邪悪な姿は魔王そのものだったぞ!」
そこでパンパン、と手を打つ音がした。
それがガウムとザファテの言い争いに終止符を打った。
「見た者が皆違うことを言う。それこそが魔王である証拠ですよ」
それは理事たちを束ねるエドワルズ・ヒースであった。
彼は、ペルケレ共和国合議会の委員長でもある。
「では魔王本人がこの国に現れたということですか」
「そういうことになりますね」
「それが本当だとしたら、由々しき問題だ!」
「復活したという噂は本当だったのか…!」
「…もしや、バリアを破ったのは魔王なのか?」
「…まさか」
「なるほど、それならば納得もいく」
10名ほどの理事会メンバーらはざわめき、魔王についての不安を口にする。
「落ち着き給え、諸君。ここで震えていても何の解決にならない」
ヒースがまとめ役らしくその場を収めた。
そして彼はその視線をザファテに移した。
「ザファテ市長。あなたが理事会よりも先にその娘と会った目的は何ですかな?」
「え?あ、ああ…その、会合の前に少し調べておきたいと思いまして」
「ほう?尋問してしゃべりましたか?」
「いえ、素直に認めないもので手こずりました」
「で、そこに魔王が現れた、とおっしゃる?」
「そ、そうです」
ヒースはザファテをじろりと睨んだ。
「もしや、娘に何かしようとしたのではありませんか?魔王はその娘を助けにきたのでは?」
「と、とんでもない!何もしていませんよ!ただ、スキルを確認しようとしただけです」
「あやしいな、本当か?」
「市長、あんたまさかその娘に手を出したんじゃないだろうな?それが魔王の怒りを買ったとしたら、あんたの責任になるぞ?」
「そうだ、買わなくても良い怒りを買ったとなれば大問題だぞ!」
理事会メンバーの矛先はザファテに向けられた。
「ご、誤解もいいところだ!私は何もしておらん!!このガウムもその場にいたんだ!なあ、そうだろう?」
「は、はい、その通りです!」
ザファテは自身の無実を主張し、ガウムも市長を擁護した。
だが彼らの追及は止まなかった。
それを止めたのは、またしてもヒースだった。
「まあ、過ぎたことをとやかく言っても始まらない。それはともかく、魔王が現れたということは、やはりその娘の噂は本物ということになりますね」
「な、なるほど…」
「魔族を回復できる者がいるなんて…!信じられない」
「しかし、魔族を癒せる者が現れたということは、人間にとっての脅威に他ならない。実際に見た感想はどうかね?」
ヒースに意見を求められたルキウスは、自分なりの説明をしてみせた。
「その回復速度は詠唱なしの速攻で、回復力はSS級以上だと思われます。過去の戦いを振り返ってみると、どうやら範囲回復と魔力供給もできるようですから、恐るべき能力です」
「…なんと恐ろしい」
「そんな娘、殺してしまうべきではないか?」
「そうだ、不安要素は取り除くべきだ!」
理事会のメンバーが過激なことを云い始めた。
「何を言ってるんだ!すでに魔王がその身辺に現れたのだぞ?娘を殺して魔王の逆鱗に触れたら、あなた方は責任取れるのか?かのオーウェン王国の轍を踏むつもりだとでも?」
ヒースが反論した。
すると、ザファテもそれに同意した。
「そ、そうだ!それはダメだ、あの男は私に言ったんだ。あの娘に何かあればこの国を滅ぼすと…!」
ザファテの言葉に、理事会のメンバーは口をつぐんだ。
ルキウスは、日和見な連中に溜息をつきながらも、思っていた疑問を口にした。
「しかし、腑に落ちません。なぜ魔王はそんな貴重な娘に闘士などをやらせているのでしょうか」
「確かにおかしな話だ」
「何か企んでいるのでは?」
「わざと娘に闘士をさせて、何かあればそれを口実に我が国を征服しようと考えているのではないか?」
「魔王ならば、そんな口実など必要ないだろう。滅ぼそうと思えばやり方なぞいくらでもあるはずだ」
「では何があるというのだ?」
いくら議論を重ねても、その答えは出なかった。
そしてその議論は、魔王がこの国にいることに対する不安へと流れていった。
「その娘を密かに拘束し、軟禁してしまったらどうだ?」
「人質にして魔王を追い出すというのは?」
「バカを申すな。人質を殺しても解放しても、魔王が報復しないという確約はないんだぞ?」
「かといって、魔族を回復できるという者を野放しにはできんぞ?」
「だがその娘、今のところ試合以外では特に問題を起こしているわけではない。様子を見てはどうだ?」
「何を言っておる。今は魔王がこの国にいるという事実が問題なのだ!」
「ならば娘をこの国から追放すれば、魔王もいなくなってくれるのではないか?」
「追放するにしても罪状は?あれは優勝チームですぞ?」
「確かに。優勝チームは注目度も高い。理由もなく追放などすれば闘士や観客たちから詰め寄られることになります。闘技場の運営が難しくなりますぞ」
「ならばあの娘の素性を公衆の面前で暴いたらどうです?その上で魔王と繋がりがあると断じれば客も納得するでしょう」
「その場に魔王が現れたらどうする?全員抹殺されるのがオチだぞ」
「ううむ…」
再び全員が押し黙った。
ここで1つの提案をしたのはザファテだった。
「でしたら、良い方法がありますぞ。今度人気闘士をゴラクドールに派遣し、イベントを行うことになっているのです。イベントでなら不祥事などをでっち上げられるし、ゴロツキを雇ってあのチームを襲わせれば、暴力沙汰を起こしたとしてあの娘共々チームを罪に問うこともできます」
「なるほど」
「待て、待て!それでは魔王をゴラクドールに誘い出すことになるではないか!それは困る!」
エドワルズ・ヒースは1人反対した。
なぜなら、歓楽都市ゴラクドールを含むドール地方は、彼の領地だからだ。
「おや、ヒース委員長。このイベントはそちらのお声がかりのはず。祭りのメインイベントではありませんか」
「そ、それはそうだが…。そもそもゴラクドールは人間の客しか入国を認めていないんだぞ!魔王なんかが出て来たら大パニックになるではないか!」
激高するヒースに対し、ガウムが提案した。
「万が一、闇討ちが失敗してゴラクドールへの入国を許したとしても、イベントの最中に娘を殺してしまえば、イベント中の事故で済ませられます」
「殺すと言っても、あの娘は回復できるのだろう?」
「毒殺はどうだ?即効性の毒ならば回復する余地もなかろう」
理事会の他のメンバーからも意見が飛んだ。
「やるなら勝手にやってくれたまえ。私はそんなリスクを背負いたくない!」
ヒースは1人、拒否した。
他の委員たちはこの策に乗り気で、反対する者は誰もいなかった。
ペルケレ共和国の中でも、ヒースの領地にあるゴラクドールは尤も潤っている娯楽都市であり、他の理事たちからのやっかみを受けていることは、彼自身もわかっていた。
特にザファテは、自分の都市セウレキアの利益のことしか考えておらず、あわよくば魔王をゴラクドールへ追い出して、エドワルズ・ヒースの評判が下がれば儲けものだ、などと考えてすらいたのだ。
「まずはゴラクドールへ向かわせる道中で、ゴロツキ共に始末させるとしましょう。あるいは闘士に金をやって刺客に仕立て上げれば、試合中の事故として処理できます。もし仕損じた場合でも、先程言ったようにイベント中に罪をでっちあげて追放処分にすれば良いのです」
ザファテの提案に、ヒースは苦虫を潰したような表情になった。
「確かに、有名闘士たちの試合は市内の祭りの出し物のメインイベントだ。それ目当てに多くの観光客が訪れる。万が一にも魔王の攻撃などがあれば大きな被害が出てしまいかねん。我がゴラクドールはこの国一番の人出を誇る都市だ。何かあれば我が国全体の名誉に係ることだぞ!」
「もちろんわかっておりますとも。ゴラクドールはヒース委員長のお膝元です。万が一のことがあってはいけません。必ず、魔王が出て来る前にあの娘を始末すると約束しましょう。頼んだぞ、ガウム、ルキウス」
「はっ、ザファテ様、お任せください」
ガウムとルキウスは頭を下げた。
エドワルズ・ヒースだけが渋い表情をしていたが、ザファテをはじめ他の理事会メンバーは薄笑いを浮かべていた。
こうして委員会は全員一致でチーム・ゼフォンをセウレキアから追い出し、始末することに決めたのだった。
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