第139話 マルティスの事情

 決勝戦とエキシビションの終わった後は、次のトーナメントまでしばらく期間が空くことになる。

 その間、闘技場ではランク上げのための試合や、歌や踊りのイベントなどが開催されることになっている。


 チーム・ゼフォンはチームのランクが一気に上がり、次回のトーナメントへのシード権が与えられた。

 しばらく試合がないので、その間は優勝賞金で過ごすことになるのだけど、がめついマルティスは賞金に手をつけたくなくて、なんとか早くパトロンを見つけて生活費を出してもらおうと躍起になっていた。


 コンチェイの元に申し込みのあった他のパトロンとも会ったけど、ろくな連中じゃなかった。

 ほとんどが、私の能力の噂を確認したい者やイヴリスの精霊召喚を見世物にしようとしていた連中だった。中には、身分を偽った奴隷商人も混じっていた。女性魔族は珍しいので、パトロンになって高く売り飛ばそうと企む者もいたのだ。

 この国やグリンブル王国などでは身分証を持つ女性魔族は保護の対象となっていて、万が一誘拐や拉致などの事件に巻き込まれた場合は警備組織が迅速に動くことになっている。表立っては手を出せないから、やり方も巧妙になってくる。


「他の闘士のパトロンはもっとまともな人がいるのでしょうか」

「パトロンとか云いつつ、用心棒や使いっ走りをさせられてる奴も多いって聞くぜ?ゼフォンが現役だった時はどうだったんだ?」

「俺個人には、セウレキアの有力者のザファテという男がパトロンになっていた。今は市長になっているらしい」


 聞き覚えのある名前に私は反応した。

 ザファテって、私を拉致した奴だ。

 ガウムやルキウスの飼い主だったみたいだけど、ゼフォンのパトロンにもなってたってことは一応見る目はあるんだな。


「ただ、俺が闘士を辞めたいと言った時、すぐさま傭兵部隊に入れと命令してきた」

「えっ?傭兵になったのって命令されたからなの?」

「ああ。俺も自分の力を試したかったから、自分から進んで行ってやったんだ」

「最初からそれが目的だったんじゃねえ?結局そいつもクソだったってことだな」


 私の時と同じだと思った。

 やっぱりあの人はろくなもんじゃない。

 ザファテが私に接触してきたことは皆には黙っておいた。

 それを話すと、魔王に助けられたことも話さなくちゃならなくなるし、なにより皆に心配かけちゃうことになるから。

 魔王からは、自分とカイザードラゴンのことは仲間には云わない方がいい、と忠告を受けていた。なのでネックレスは服の下に隠している。

 魔王がこの国にいるなんてことがバレたらきっとパニックになっちゃうだろうし、仮に私が皆に、『魔王に会った』なんて云ってもきっと信じてもらえないだろう。

 それに、マルティスなどは魔王に対してあまり良い感情をもっていないみたいだし。

 魔王も私たちに危害を加えるつもりはないようだから、あえて云う必要もないと思った。


 結局私たちは、最初にパトロンに名乗り出てくれたゼルという少年魔族の申し出を受けることにした。

 すると、すぐに彼から食事会に招待された。

 彼が滞在するホテルのダイニングルームで行われた晩餐は、私たちの知ってる食事という概念を覆すものだった。

 海外の映画のお金持ちの晩餐に出てくるような長い食事テーブルに並んで座り、緊張した面持ちでいた私たちは、次々と供される豪華な食事に驚きの声を連発した。

 お誕生席に座る魔族の少年は、そんな私たちの反応を見て楽しんでいた。


 会うたびに思うけど、この子の言動は子供とは思えない。

 だいたい子供のくせに一人称が『我』ってのもどうかと思うのよね。

 そういえば魔王も自分のこと『我』って云ってたっけ。なんとなく顔つきも似ているような気もするし、もしかして魔王の真似をするのが流行ってるのかもしれない。


 晩餐で出てきた料理はどれも驚くほど絶品で、いつもは寡黙なゼフォンですらも目を輝かせて美味い、美味いと連呼していたほどだ。

 それらをユリウスが作ったと聞いて本当に驚いた。

 これだけの美形なのに料理も上手なんて、隙がなさすぎる。


 ゼル少年が武器や装備を新調して良いと云うと、マルティスは喜んだ。

 彼は決勝で弓を失っていたからだ。

 自分のお金じゃないから、きっと最高級の弓を買うに違いない。


 ゼル少年は、マルティスが決勝で私を庇ったことに触れ、私とマルティスの関係について尋ねた。

 おかしな噂を信じられても困るので、私はマルティスには他にパートナーがいることを話した。


「おいおい、こんなとこで個人情報バラすなよ~」

「ほう?では、そのパートナーはどこにいるのだ?」


 少年は興味深そうに尋ねた。


「魔族の国にいるはずだよ。もう100年以上会ってないなあ」

「どうして連絡しないのだ?エンゲージしているのなら会いたくなるだろうに」


 そうゼル少年が問うと、マルティスはフフンと鼻を鳴らした。


「あん?あんた子供のくせに、そういうことには興味あんだな。だけど、こういうことは経験した者にしかわかんねーこともあるんだよ」


 彼は偉そうに少年に上から目線で説教した。

 こんな子供にマウントとるなんて大人げないと思い、つい彼に嫌味を云ってやった。


「そんなに長いことほったらかしにされるなんて、私だったら考えられないけどな」

「俺には俺の都合があるんだよ」

「100年もかかる都合ってどんな都合よ?好きな人となら毎日だって会いたいって思うのが普通じゃないの?」

「エンゲージしたことない奴は黙っとけよ」


 するとイヴリスが口を出した。


「一族の者に聞いた話では、エンゲージすると、相手のことを考えるだけでとても幸せな気持ちになると言いますね」

「へえ、そうなんだ…?」

「そりゃ個人の見解だな。別にエンゲージしてなくたって、悲しい時とか大変な時には、好きなヤツのことを考えると元気になるもんだろ?」

 

 マルティスは腕組みして上から目線で私を見た。


「だったら尚更でしょ?どうして会いに行かないの?」


 私がトゲのある云い方をすると、マルティスは少し口ごもるようにして答えた。


「…行かないんじゃなくて行けねーの」

「え?」

「いやー、実はさ、俺、パートナーの家族に嫌われててさ。もう帰ってくんなーって追い出されたわけよ」

「それはわかる気がします」

「って、イヴリス、そりゃないだろ!」

「同感だな。俺ももし自分の身内がおまえをパートナーとして連れ帰ってきたら即座に叩き出すかもな」

「ぅおーい、ゼフォンまで…」


 その場はなんとなく笑いに包まれたけど、それが嘘であることくらい私にだってわかる。きっとゼフォンだって気付いているはずだ。

 この口のうまい男がそんなことで諦めるはずがないのだ。第一、彼は精神スキルを使えるのだから、家族を丸め込むことくらい朝飯前のはずだ。

 行かないんじゃなくて行けない、と云ってたけど、きっと何か人には云えない事情があるのだろう。

 云いたくないことを言わせたりはしないのが私たちチームの暗黙の決まりみたいなところがあるので、それ以上は聞かなかった。

 

 食事が終わった後、ホテルの部屋を出ようとした時、ゼフォンは警護のために入口に立っていたカナンに、話があると声を掛けて2人でテラスへ出て行った。

 そこでゼフォンがカナンの前に膝をついて、「弟子にして欲しい」と頼み込んでいたところを、私たちは柱の影からこっそり見ていた。

 エキシビションでのことが彼を動かしたのだろう。


「あのプライドの高いゼフォンがねえ…。こりゃマジだな」


 マルティスの云う通り、ゼフォンは真剣だった。

 弟子入りできたのかどうかは聞けていないけど、あの様子ならきっと大丈夫だったんだろう。


 宿舎に帰った頃にはもうすっかり夜になっていて、私たちは各自部屋に戻った。

 宿舎の共用のシャワーを浴びた後、部屋に戻って髪をタオルで乾かしていた時、扉をノックする音がした。

 こんな時間に誰?と思いつつ扉を開けると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。

 黒髪に金色の瞳。

 黒衣を纏ったスラリとした姿。


「ま、魔…王…?」

「ゼルニウス、だ」

「ゼル…」


 云いかけてハッと気づき、辺りを見回してから慌てて彼を部屋に招き入れた。

 誰かに見られたら大変だ。


「ど、どうしたの?急に」

「扉から入って来いというからそうしただけだ」

「あ、うん。確かにそう言ったけど。じゃなくって、こんな時間に何しにきたの?」

「好きな人とは毎日会いたい」

「…え?」

「…と思うものだろう?」

「す、す、好きな…人?って、もしかして…わ、私のこと?」

「他に誰がいる?」


 魔王はずい、と距離を詰めてきた。


「え…ええ?あの、でも、毎日は困るんだけど…」

「顔を見に来ただけだ。すぐに帰る」

「そ、そう…」


 気まずい…。

 こんな、髪も濡れててボサボサな時に来られてもさ。

 もう少し、女の子の事情を察して欲しいよ。

 でもそんなこと、この人に云ってもな…。

 

「あの、ちょっと聞いていい?」

「何だ」

「あの、その…。好きって…本気で言ってます?」

「本気だ」


 彼は真剣なまなざしで私を見つめた。

 顔から火が出そうだった。

 これってもしかして告られてる…?


「き、気持ちは嬉しいけど…、でも会ったばかりであなたのこと良く知らないし、その、何て言っていいか…」

「別に、返事が欲しいわけではない」

「え?」

「我の気持ちを知っておいて欲しいだけだ」

「はあ…」


 それでいいんだ?

 もっと強引に来るのかと思ってた。

 魔王って本当に、聞いてたのと違うんだな…。


 そこへ再び扉にノックの音がした。

 コンチェイだった。

 扉越しに彼は私に来客があると告げた。

 決勝で戦ったルキウスが私に面会を求めて来ているという。


「ルキウスって、この前市長の屋敷にいたよね。…会って大丈夫だと思う?」

「あの時だいぶ痛めつけてやったからな。それでも会いに来たというのなら、大事な話があるのだろう。行ってくるが良い。何かあれば助けてやる」

「う、うん」


 魔王がそう云うので、私はウィッグを被ってロビーまで出向き、ルキウスと会うことにした。


 ルキウスは先日の試合で、私の背中に矢を撃ちこんだ人物だ。

 だけど、試合での話だし、別に恨んじゃいない。

 だけどこの人は、あの市長をパトロンに持ってる。油断はできない。


「やあ。この前はすまなかったね」

「いえ…」


 彼はお風呂上がりの私をまじまじと見た。


「本当に普通の人間の女の子みたいだね。人間の回復士と言われても疑わないよ」


 ルキウスは意味深なことを云った。

 彼は私のことを魔族だと思っているのだ。


「あの、ご用件は?」

「ああ、うん。実は僕は先日、闘技場運営委員会に呼ばれてね」


 彼は、近々私たちがゴラクドールという都市に招待され、そこで模擬戦を披露することになると話してくれた。

 だけどそれは委員会の罠で、その道中に私の命を狙って賊が襲う算段になっていると教えてくれた。


「どうして委員会が…?私、狙われてるんですか?」

「改めて聞くけど、君、魔族を回復できるんだろ?」

「で、出来るわけないじゃないですか」

「そう?でもザファテ市長はそう思っているみたいだよ」

「ザファテ…」


 やっぱり、あの人が手を回したんだ。


「ルキウスさんもそう思ってるんですか?」

「ああ。目の前で見ていたからね。君が回復したと思ってる」

「…なのに、どうして罠だって教えてくれるんですか?あなたは市長側の人でしょ?」

「確かにそうだけど、僕はこう見えても闘士のはしくれだ。こんなだまし討ちみたいなやり方は我慢できないんだよ」

「…信じていいんですか?」

「もちろん。そうじゃなければこんなこと、わざわざ忠告しに来ないよ」


 私はルキウスをじっと見た。

 信じられるかどうかはよくわからなかったけど、確かにこんなことわざわざ言いに来る必要がない。


「1つ、聞いていいかな?」

「何ですか?」

「君は魔王と親しいのか?」

「えっ?ど、どうして…そんなこと聞くんですか?」

「ザファテ市長から聞いたんだ。こないだの乱入してきた魔族、魔王だっていうじゃないか」

「…そうなんですか?」

「とぼけなくてもいいよ。君の能力に信憑性が出たのも、あの場に魔王が現れたことが決め手になったんだから」

「え…」

「あの時魔王は君を迎えに来たんだろう?貴重な魔族の癒し手を魔王が放っておくわけがない。だけどなぜ魔王は君に闘士なんかさせているんだ?なぜ、魔族の国へ連れ帰らないんだ?」


 私自身、その答えを持っていない。

 だって、彼とはあの日初対面で、突然現れたんだもの。

 

「私にもわかりません。あの人が魔王だなんて知らないし、突然現れて市長から助けてくれただけで、それ以上のことは知りません」

「…そうか、わかった。夜分に失礼した」


 ルキウスはそれ以上詮索も意見もせず、帰って行った。

 きっと疑っているんだろう。

 部屋に戻ると、魔王はもういなかった。

 

「なんだ、もう帰っちゃったのか…。帰るなら帰るって、一言くらい言ってってくれればいいのに…」


『寂しいのか?』


 突然、首に掛けたネックレスから声がした。

 ビックリして辺りを見回したけど、そういえばネックレスの中にドラゴンがいることを思い出した。


「やだ、出て来なくてもしゃべれるの?」

『しゃべっているわけではない。私の声はおまえにしか聞こえていない』

「え…そうなんだ?ってことは今、他の人からは私が独り言いってるみたいに見えるわけ?」

『ああ、気を付けることだ』

「やだ、先に言ってよ。ヤバイ人だって思われるじゃん…」

『それより、先程の話だ。わざわざ罠にかかりに行くのか』

「聞いてたのね。だって…運営からの命令じゃ仕方ないじゃない。皆に事情を話すわよ。魔王のこと以外」

『私もこともな』

「わかってるわよ。そっちこそ勝手に出てきたりしゃべったりしないでよ?」

『承知している。人前に出る時は人型に擬態してやるから心配するな』


 そういえばこのドラゴンは人に化けられるんだった。


「ほどほどに、よろしくね」


 それから間もなく、私たちのチームに闘技場運営委員会から遠征の要請が来た。

 行き先は、ルキウスの云った通り、歓楽都市ゴラクドールだった。

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