第140話 企画倒れ

 歓楽都市ゴラクドール。


 首都セウレキアから馬車で1日半のところにあるこの都市は、私の元の世界でいうところのラスベガスっていう都市にイメージが近い感じの華やかな街だ。

 もちろん、TVや雑誌での情報だけど、近代的な高級ホテル群が立ち並ぶ様は、とても異世界とは思えなかった。

 私はギャンブルには興味がないけど、連れて行ってもらったカジノホテルはどこも大盛況だった。


「客としてこの都市に入れるのは人間だけだが、もてなす側は魔族が多い。ここは魔族が人間サマをおもてなしする所なのさ」


 マルティスは冗談交じりに云った。

 彼の云う通り、通りには人間しか歩いていなかった。

 私たちはイベント出場者として、魔族でも特例として入国を認められたに過ぎない。だから移動には馬車を使い、表通りを歩くことは禁止されている。

 魔族は明るいうちに表立って外を歩いたりしてはいけないのだそうだ。


 イベントはゴラクホールという、8万人を収容できる闘技場に似た大きな施設で行われる。そこはこの都市で最も大きな円形の施設で、人気闘士の模擬戦やパフォーマンスが行われることになっている。

 ゴラクドールでは毎年この時期になると、街を上げてのお祭りが行われる。このイベントはその祭りの催し物の一つなのだ。


 ゴラクドールへはパトロンであるゼル少年も同行し、その護衛として彼の騎士団が付いた。

 私がルキウスからの忠告を皆に話すと、ゼル少年は私たちを守ると約束してくれた。


 彼らはさっそく活躍してくれることになった。

 私たちは闘技場側が用意してくれた馬車で移動することになったのだけど、セウレキアを出てすぐに、盗賊の大集団に襲われた。

 私たちの馬車のすぐ後ろを走っていたゼル少年の馬車も同時に囲まれてしまった。

 だけど馬車に並走していた騎士団の5人が、あっという間に撃退してくれたのだ。

 馬車の中から彼らの戦いを見ていたゼフォンとイヴリスも、思わず釘付けになってしまう程の手際の良さだった。

 その後も何度か襲撃を受けたものの、彼らがすべて排除してくれたおかげで私たちは何事もなくゴラクドールへと入国できた。


 ゴラクドールへ入ってからも、私たちはトラブルに巻き込まれ続けた。

 街に入ったところで、馬車を降りてすぐにガラの悪い連中に因縁を付けられたし、ゴロツキ同士の喧嘩に巻き込まれそうになったりもした。

 いずれも騎士団の人たちが素早く片付けてくれたので、事なきを得た。


 闘技場運営委員会からの招待ということで、私たちには最上級のホテルが用意されたのだけど、ゼル少年はそれを断って高級コンドミニアムを一棟まるごと借りてくれていた。

 コンドミニアムはホテルと違い、ダイニングルームとキッチンが付いている滞在型のマンションタイプの宿泊施設だ。各階に大きなリビングルームと複数のベッドルームが付いた豪華な部屋を持つ、10階建ての建物を一棟まるごと借り上げたので他人が入って来ることがない。

 もちろんこれも委員会からの刺客を警戒してのことで、食事なども人任せにしないという気配りからだ。

 同じ建物の中にゼル少年と騎士団員たちも泊っているので、セキュリティ的にも心強い。聞けば、騎士団の中には遠くが見渡せるスキルを持っている人がいるそうで、ヘタな警備会社よりずっと頼りになる。

 既に侵入しようとしていた不審者を何人か捕まえて治安部に引き渡している。


 ここへ来てから、私たちはゼル少年の騎士団の人たちと一緒に過ごすことが増えて、私やイヴリスは彼らとすっかり打ち解けていた。

 特にユリウスが作ってくれるスイーツは、元の世界のものにとても良く似ていて毎回驚かされた。


「やっぱ女性体はいいよな~。優しくしてもらえてよ。俺なんか目の敵にされてんだぜ?」

「話してみると、楽しい方々ばかりですよ」

「そうかあ?俺なんか睨まれるし、そもそも目も合わせてもらえないぜ」

「日頃の行いのせいですよ」

「俺が何したってんだよ」

「だいたいマルティスは態度が悪いのよ。何かにつけてつっかかるじゃない」

「だってよー、あいつら完璧すぎて可愛げがないんだよ。チッ。あーあ、ゼフォンの奴もすっかり懐いちまってるしなあ」


 ゼフォンは騎士団の副団長でもあるカナンに弟子入りを許されてから、毎日のように彼の元へ通って稽古をつけてもらっている。

 とは云うものの、食事にも設備にも何一つ文句はなかった。

 マルティスは、ケチのつけどころがないことにケチをつけたい天邪鬼体質なのだ。


 私は狙われていることを自覚し、極力外出を控えていたから、彼らが話し相手になってくれることが嬉しかった。

 騎士団のメンバーのクシテフォンが弾き語りをしてくれたのだけど、あまりの美声に私もイヴリスもビックリしてうっとりと聞き惚れた。


 唯一心配だったのは、ここへ魔王が訪ねて来るかもしれないことだった。 

 もし誰かに見られたりしたら、きっと大騒ぎになるに違いない。

 神出鬼没な人だからと、ドキドキしていたけど今のところ現れる気配はなかった。


 あれから何度かこっそりドラゴンを呼び出して話をしてみた。

 あのドラゴンはカイザーという名で、私が眠っていた2年の間、もう1人の自分がどういう経験をしてきたのかを大まかに話してくれた。

 だけど、聞けば聞くほど、耳を疑った。

 特に、戦場でドラゴンに乗って魔族を片っ端から回復させたとか、死人を蘇生させたなんて話は、本当に自分がしたことなのか信じられなかった。


 そうしているうちに数日が経ち、イベント前日を迎えようとしていた。


 その一方で、怒りを爆発させていた人物がいた。

 ゴラクドールの市庁舎にはこの都市の運営管理を行っている中央管理センターがある。彼はそこの責任者で、ゴラクドールの市長でもあるギルバート・ヒースである。

 彼は苦々しい顔で部下からの報告を受けていた。


「あんな小娘ひとり始末できんとはどういうことだ!」

「も、申し訳ありません…」

「…くそっ!このままでは命令を遂行できん。私の首が危ういんだぞ!」


 この都市を含むドール地方の領主であるエドワルズ・ヒースから権限を委譲された市長は頭を抱えていた。

 エドワルズから委員会の決定だとして極秘に受けていた命令は、招待チームのチーム・ゼフォンのメンバーを事故に見せかけて殺せということだった。

 全員が無理ならば、トワという娘だけでも葬れとの指令だった。

 彼はエドワルズの娘婿であり、30代半ばという若さで市長にしてもらったのも義父のおかげで、頭が上がらないのだ。命令を遂行せねば、その立場も危うくなる。


 彼の前には治安部の責任者が報告書を手に、計画したことすべてが失敗した事実を語っていた。

 

「そもそも、ここへ来る前にザファテが始末するという話ではなかったのか。まったく、あてにならん。結局全部私に押し付けおって…」


 ギルバートは強い口調で怒鳴った。


 殺害に失敗した場合は、市内に入ってから問題を起こさせて罪に問い、裁判にかけて追放しろということだった。

 そこで彼はいくつかの計画を実行した。

 まず、街のチンピラを雇って襲わせた。

 だが彼らの周囲にいた魔族にあっけなく取り押さえられた。

 委員会が用意したホテルでは、客を装った治安部員にそれとなく喧嘩をさせて巻き込もうとしたが、それもその魔族たちに取り押さえられた。

 調べてみると、どうやら彼らについた魔族のパトロンが雇った護衛らしい。面倒なことになった。

 この都市の魔族の働き手はアザドーという組織が管理している。

 それは直接魔族を雇うというリスクを避けるためであり、必要なスキルを持つ者をリクエストすれば、アザドーがそれに見合った人材を派遣してくれるのだ。

 無論、魔族が暴れたり人間に害をなさぬようアザドーから派遣された管理官が目を光らせている。

 しかし、今回はそれがあだになった。

 今回の標的には、本来なら魔族を雇って襲撃させるべきところだったが、アザドーの目があるため、それができなかった。

 アザドーは人間社会に魔族を送り込んでいる世界的な組織だ。敵に回せば、厄介なことになる。

 仕方なく人間のゴロツキを金で雇ったのだが、魔族に勝てるはずもなく、あえなく返り討ちにあってしまった。そしてあろうことか、暴行の加害者ということで治安部に突き出されてくる始末だ。


 それで、計画を変更し、やり方を変えた。

 彼らが滞在する予定のホテルにいろいろと仕掛けを施して、刺客まで用意して待ち構えていたのだ。

 ところが、そのホテルをキャンセルされてしまった。

 周辺のレストランにも手をまわして、彼らが食事に訪れたなら、毒を仕込んで始末しようと待ち構えていたのだが―。

 彼らはホテルには来ず、よりによって自炊のできるコンドミニアムを借り切ってしまったのだ。

 想定外だった。

 それならばと、近隣の食料品店に手を回して、毒物を仕込んだ食材を購入させようとした。

 だがその試みも失敗に終わった。

 どうやら連中の中に食材鑑定スキルを持つ者がいるらしく、毒物を仕込んだ食材は購入する際にすべて排除されてしまったのだ。

 次に、コンドミニアムに隠密スキルを持つプロの刺客を送り込んでみたが、それも入口ですぐに捕らえられてしまい、またしても治安部へ突き出されてしまった。

 それ以外に何度か手練れを送り込んでみたが、すべて返り討ちに遭ってしまった。


「まったく何なんだ!魔族というのは万能なのか?」

「市長、こうなればもうイベントの当日に、模擬戦で始末するしかありません」

「結局、闘士頼みか。個人戦のチャンピオンは使えんのか?」

「エルドランですか?あれはダメです。ゼフォンの信奉者なので、話を聞いてももらえませんでした。実はいくつかのチームに金をやって話を着けてあります。すぐに動いてもらいますか?」

「ああ、頼む。それでだめなら最悪、なにか罪をでっちあげて追放するしかないな…。何か考えておけ」

「はっ!監視させておきます」


 正直、ここまで苦労するとは思っていなかった。

 これまでも、エドワルズに命令されて要人を暗殺したことが何度もあった。

 今回もそれと同様、楽に事が運ぶと思っていたのだが、すべてが企画倒れとなってしまった。

 市長の首が掛かっているギルバートは、もう手段を選んでいられる場合ではなかった。


「あの、ところで…」

「何だ?」

「このイベントのフィナーレ見物のために、ご領主のエドワルズ・ヒース様がお見えになるそうです」

「なんだって!?聞いておらんぞ?」

「この件は治安局預かりだそうで…。治安局長のグレッグ様の方で警護からホテルまですべて手配されるそうです」

「グレッグ…!あいつめ、点数稼ぎしおって!」


 この街の治安を担う治安局の責任者グレッグはエドワルズの甥にあたる男で、まだ20代だ。

 野心家で、ギルバートの地位を狙っているともっぱらの噂であるが、見たところとてもそんな器ではない。


「あんな能無しが局長だなんて、どうかしてる。ネフェルティに実務を押し付けていつも昼間っから飲んだくれてるクソ野郎のくせに」

「ネフェルティさんはご領主の姪御さんですよね。美人で優秀な方だとお聞きしています」


 部下の一言に、ギルバートはキッと睨んだ。


「グレッグに比べればの話だ。フン、どうせ今回の件が成功したかどうか結果を見に来たのだろうが、こちらに連絡も無しとは呆れる。フン、もう俺は何も協力せんぞ!治安局が何か言ってきても無視しろ」

「はっ!」


 この都市の中枢が同族経営であることは有名で、実力もないのに要職についている場合も少なくない。

 娘婿ながら、ギルバートにはそれが歯がゆくて仕方がなかった。

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