第111話 お似合い

 中級トーナメントの決勝戦は、それなりに盛り上がった。

 というのも、今回はイヴリスの精霊魔法を中心に戦ったからだ。

 これはマルティスの提案でもある。

 なぜなら対戦相手のチーム・ガッデスは全員防御スキル持ちだったからだ。


 前衛は物理防御、後衛の魔法士と回復士は魔法防御に優れた相手だった。

 チーム・ガッデスは全員人間の女性のチームで、まともに戦ったら力自慢の男性に押し負けてしまいそうだが、彼女らはその強力な防御壁バリアの力で、ここまで無傷で勝ち上がってきた。

 前衛が全身鎧フルプレートの重装で大剣持ち、軽装備の剣士、後衛には魔法士2人に回復士が1人、というオーソドックスな構成だ。

 特に後衛の魔法士2人が優秀で、魔法盾マジックシールドを展開しながら同時に火力の高い属性魔法で攻撃する。


 私たちはチーム・ガッデス対策を練り、防御壁が効かない精霊魔法を主体に戦う事にした。

 前衛2人はゼフォンが押さえ、後方の魔法士2人には精霊を当てる。

 イヴリスには精霊が攻撃している間、魔法防御盾を展開してもらって、その間にマルティスは、回復士を倒すという算段だ。

 そして私の役目は、回復士にできるだけ回復させないよう詠唱を邪魔することだった。


 この日、イヴリスが召喚したのは炎の最上級精霊<フェニックス>だった。

 火の鳥の姿をした<フェニックス>は自己修復能力を持っているため、召喚時こそ多くの魔力を必要とするが、総合的に見ればランニングコストが低い精霊で、扱いやすいそうだ。


 そしてなにより凄まじいのが広範囲火炎魔法<火炎サークル>だ。

 これは攻撃する相手をサークル状に囲み、囲んだ相手に向けて自動的に火炎魔法が放射されるという恐ろしい精霊魔法だ。

 例えて云うなら、コンロの炎の真ん中に立っているようなもので、しかもその火は内側に向かってフレアを飛ばしてくるのだ。

 一度囲んでしまえば、あとは放っておいても中にいる者が焼け死ぬまで攻撃し続ける自動スキルに変化する。

 チーム・ガッデスの魔法士と回復士の2人は、私の水鉄砲攻撃に気を取られているうちにこのサークルに囲まれてしまった。

 サークルから延々と放たれる炎の放射に、最初こそ魔法防御で耐えながら回復士が回復していたが、やがて魔力が尽きそうになると魔法士が降参の合図を出した。

 2人がリタイアしてしまうと、精霊はスキルを中止し、残っている他のメンバーへ攻撃を移した。途端にチームのバランスは崩壊してしまった。

 前衛2人は物理防御を持っていたが、ゼフォンの雷属性スキルの前では無力だった。それ以前に、戦士としての実力に歴然とした差があった。

 最後に残された魔法士の女性も、ゼフォンとイヴリスに囲まれてその場で手を挙げて降参した。


 こうして私たちチーム・ゼフォンは、見事中級トーナメント優勝を果たしたのだ。


「おめでとう。君らならやると思っていたよ」


 コンチェイは心から喜んでくれた。


「トワもよく頑張ったじゃないか。あれこれいう者もいるようだが、今日の活躍を見たら何も文句は言わせないよ」

「あ…ありがとう、コンチェイさん」

「次はいよいよ上級トーナメントへ挑戦だな。ここからは今までのようにはいかないと覚悟してくれ」

「だろうな。上級ともなると、個人のレベルも違うだろうしな」


 コンチェイの激励に、マルティスは弓の弦を張り替えながら答えた。


「上級トーナメントは来月だ。まだ少し時間があるし、準備をしとかなくちゃな。コンチェイ、武器を新調したいんだが」

「わかった。明日武器商人のところへ行こう。それよりだ。今夜はささやかながら祝勝祝いをしよう。いつもの酒場で待っているよ」

「おー、ありがとよ!」

「ありがとうございます、コンチェイさん」


 イヴリスは礼儀正しく礼を云った。


 その夜は闘技場近くの酒場を貸し切りにして、祝勝会が開かれた。

 酒場の主人は私たちのチームに最初から賭けてくれていたお得意さんで、ずいぶんと儲かったと云い、お酒と料理を振舞ってくれた。

 その場には私たちを応援してくれている馴染みの客やコンチェイの知り合いの魔族など、気心の知れた仲間たちがいて、共に祝杯をあげた。


 マルティスはお酒が入って饒舌になり、ご機嫌で深酒し、最後には酔いつぶれてしまった。

 お酒の飲めない私は主に料理を食べる係で、イヴリスと他愛もない話をしていた。

 ゼフォンは静かにお酒を飲んでいて、コンチェイや酒場の店主らの話を聞いていた。

 夜も更けてきて、そろそろお開きにしようということになった。

 酔いつぶれたマルティスをコンチェイが担いで先に酒場を出たので、私たちもそれに続いて宿舎に戻ろうとした。

 店の外に出た時、路地から私とイヴリスの前に黒いマントを羽織った複数の人影が現れた。

 一瞬、また女性魔族狙いの輩かと思ったけど、彼らは魔族だった。


「何者ですか!?」


 イヴリスが私を庇って誰何した。


「イヴリス様ですね?」


 黒マントの人物の1人はそう云った。

 イヴリスはハッと気付いた。


「あなたたち…」

「知り合いか?イヴリス」


 背後からゼフォンが声を掛けた。

 イヴリスは頷いた。


「ようやく見つけましたよ、イヴリス様」

「お父上がお待ちです。さあ、帰りましょう」


 どうやら彼らはイヴリスの家の者らしい。


「嫌です。私は帰りません」

「こんなところで闘士をしているなど、お父上が知ったらどれほどお怒りになるか」

「私は自分の意志でここにいるのです。邪魔をしないで」

「どうしてもお帰りにならないというのならば、腕づくでも連れて帰りますよ」

「やれるものならやって見なさい!」


 イヴリスは構えた。


「無理矢理連れて行くとは聞き捨てならん。イヴリス、俺も加勢するぞ」


 そう云ってゼフォンがイヴリスの隣に並んだ。

 すると黒マントの人たちは後ずさりした。

 明らかにビビっている。

 たぶん、昼間の闘技場での戦いを見て、ゼフォンの強さを知っているからに違いない。


「イヴリス様、我々を困らせないでください」

「困らせてるのはそっちでしょう!もしどうしても戻って欲しいというのならば、父上本人が説得に来るべきです!」


 イヴリスがきっぱり云った。

 すると彼らは顔を見合わせて頷いた。


「わかりました。今日のところは引き揚げます。ですがこのことはお父上に報告します」

「どうぞ。私は戻りません。この決意は固いのです」


 黒マントの魔族たちはそのまま夜の闇に消えて行った。


「今の人たちって、イヴリスのおうちの関係者?」

「はい。父の部下たちです。きっと闘技場での試合を見ていたのでしょう」

「探しに来たんだね」

「…ええ」

「俺たちのことはちょっとした話題になっていたらしいからな。特にイヴリス、おまえの精霊召喚は珍しいと評判だ。人づてに、魔族の国にまで伝わったのかもしれんな」

「まあ、いつかはそうなるだろうと覚悟はしていました」

「あの人たち、きっとまたくるんじゃない?」

「何度来ても同じです。押し付けられた相手とパートナーになるなんて絶対に嫌ですから」


 そうか、イヴリスはそれが嫌で家出してきたんだっけか。


「ゼフォンさん、加勢してくださってありがとうございました」

「いや、人の意思を無視するような行動が許せんだけだ。迷惑だったなら謝る」

「とんでもないです!嬉しかったです」


 イヴリスが笑顔でゼフォンにそう云うと、なんだかゼフォンははにかんだようにそっぽを向いた。

 あれ?

 もしかしてゼフォンてば…?


「イヴリスがいなくなったら寂しいもんね」

「まあ、トワ様!嬉しいことをおっしゃってくださいますね!」

「ゼフォンだってそう思うでしょ?」


 私はわざと彼にそう云った。


「まあ、な」


 やっぱり少しはにかんでる。


「フフ、ゼフォンさんにそう思ってもらえるなんて光栄です」


 イヴリスはそんなゼフォンを真っ直ぐな目で見つめた。

 心なしか、ゼフォンの顔が赤いような気がした。

 2人はこれまで一緒に旅をしてきて、闘技場では背中を預けて戦う戦友同士だけど、なんとなく波長が合っているなと思うことがあった。

 魔族には男女の別はなく、繁殖期以外で恋愛感情を持つことは稀だと聞くけど、この2人はなかなかお似合いだと思った。

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