第110話 不要論

 彗星のごとく現れたチーム・ゼフォンは瞬く間に人気闘士チームとなった。

 そのせいで私とイヴリスのことが知れ渡ることになり、闘技場運営側が私たちに対するセキュリティを強化してくれることになった。

 というのも、実は私は一度、同じ闘士の人間に、控室で襲われかけたことがあったからだ。

 女の魔族は高く売れるのだと云って、私を大司教公国へ売り飛ばすつもりだったらしい。

 一緒に居たイヴリスが撃退してくれたけど、同じ闘士でさえこんなことがあるのだと驚いて怖くなった。

 その人間の闘士はその後、ゼフォンによってボッコボコにされた挙句、国外追放されたそうだ。


 ペルケレ共和国はグリンブル王国同様、中立の立場なので魔族も多く住む。

 アトルヘイム帝国の魔族狩りもここまでは来ないが、悪い事を考える者はどこにでもいる。この国は治安が良いとはお世辞にも云えないのだ。


 それを聞いたコンチェイが、このままでは闘技場運営に支障が出ると云い、警備を強化するよう運営委員会に直訴してくれたのだ。

 そのおかげで私たちは警備の厳重な人気闘士しか入れない闘士専用の宿舎に入れることになって、ホテル代が浮いたとマルティスは喜んでいた。


 下級、中級と上がって来て、次勝てば中級トーナメント優勝で、ついに上級トーナメントへ出場することができる。

 これまで魔族のチームが上級トーナメントに進んだことは一度もないそうだから、実現すれば歴史に残るわけだ。

 それに、上級クラスの決勝トーナメントに優勝すれば、報奨金の金貨200枚+ボーナス報酬が手に入る。


 ここまでチーム戦で勝ち上がってきたゼフォンには、個人戦へのオファーが舞い込んでいる。

 ゼフォン個人のスポンサーになりたいと申し出る者も現れていて、マルティスはプロモーター気取りで、それらの申し入れを処理している。

 でもゼフォンはあまり乗り気ではないみたい。

 というのも、現在の個人戦のチャンピオンの試合を見ていて、やっぱりあんまり強そうじゃないと思ったからのようだ。


「今の俺はトワに力を貰って、昔以上の実力がある。だが見たところ、今のチャンピオンのエルドランには昔の俺でも十分勝てる程度の実力しかない。これでは唯の弱い者いじめになってしまうからな」

「おーおー、言うねえ。さすがレジェンドチャンピオンは違うねえ」


 マルティスが茶化すと、ゼフォンは面白くなさそうにフン、と鼻を鳴らした。


「だがな、スポンサーが付けば新品の武器のオーダーメイドだってできるんだぜ?悪い話じゃないだろ?」

「…確かにな。この武器では物足りないと思っていた所だ」


 ゼフォンは槍の手入れをしながら云った。

 今彼が持っている槍はコンチェイが用意してくれた一般的な市販品だ。


「私の武器も、刃こぼれが酷いです。手入れをしてもそろそろ限界かと…」


 イヴリスも自分の剣を取り出して眺めていた。


「そんじゃさ、中級トーナメントの優勝賞金で武器を新調すっか。上級トーナメントに向けて、こんなボロボロの武器じゃカッコつかねえもんな。俺もカッコいい弓、見繕ってくるかな」


 マルティスも嬉しそうにしている。


「いいなあ、皆は。私の武器なんか魔法具だからデザインのしようもないもんね」


 私が不平を漏らすと、イヴリスがにこやかに云った。


「トワ様の武器はご自分の魔力で強化できますからね。これ以上ない武器ですよ」

「そうなんだけどさ…」

「コンチェイから聞いたんだけどよ、その水鉄砲、今子供の間で大人気らしいぜ。コンチェイがオーダーした魔法具屋じゃ、おまえの水鉄砲の模造品レプリカがバカ売れしてるんだとよ。おかげで儲かったって喜んでるらしいぜ」

「そ、そうなの?」

「おまえは人間の子供らにとっちゃ身近なヒーローなんだろうよ。まあ、魔法も特別なスキルも使っていないように見えるしな」

「…あのさ、それ最近よく言われるんだけど、私、大丈夫かな」

「ああ、水鉄砲不要論か」

「不要論?それ、何ですか?マルティスさん」

「人気が出てくるとさ、客からいろいろと注文つけられんだよ。賭けてんだから勝てるようにしろってな」

「どういうことですか?」


 イヴリスが意味を図りかねて首を傾げる。


「つまりね、私じゃなくて、もっと強い人を入れたらいいんじゃないかってこと。3人とも強いじゃない?だからどうせなら私の代わりに強い魔法士とか剣士なんかを入れた方がもっと強くなれるだろっていうの」

「競技場内と客席の間に万能防御壁がなけりゃ、客席から回復してもらうこともできるんだがなあ」

「今更何を言っている。それができないからトワを戦闘メンバーに入れたんだろうが」


 ゼフォンが不機嫌そうに云う。


「言いたい者には言わせておけばよい。トワ、気にする必要はないぞ?」

「う、うん…」

「そうですよ!トワ様は誰にもできないことをしているのです。それは私たちだけがわかっていればいいことです」

「ありがと…」


 でも、確かに周りから見れば不自然だ。

 武器が水鉄砲だけっていうのも、最初は物珍しさで受けていたけど、トーナメントが進むにつれて、ウケだけじゃ客は満足しなくなってきている。

 せめて、何か武器でも使えたらよかったんだけど。


 ふと、自分の指輪の嵌っている手を見つめた。

 これまで武器なんか握ったこともないこの手には、どんな武器が合うんだろう?


「私の武器か…」


 そう呟くと、ふっと、自分の手の中に、突然見たこともない扇子が現れた。


「うわぁ!」


 私はびっくりしてひっくり返りそうになった。


「どうした?」


 皆が振り向いて、私の手の中にある奇妙な物を見た。

 一体どこからどうやって現れたのか、自分でもわからない。


「なんだそれ」

「見たこともないものですね…」


 閉じた状態でこれが扇子ってわかるのはどうやら私だけのようだ。

 長さは30センチくらいはあるだろうか。

 こんな大きなモノ、一体どこから現れた?


 私はそれを広げて見せた。


「ほぉ~!面白いですね。それはどうやって使うものですか?」

「これはね、こうして使うのよ」


 イヴリスが訊くので、扇子を開いて、パタパタと自分を扇いで見せた。

 皆が興味深そうにそれを見ていた。


「自分に風を送る道具ですか。確かに暑い時には便利ですね。それにとても奇麗な絵が描いてあるところが良いです」

「そうね、素敵よね」


 マルティスは扇子をじーっと見つめていた。


「おい、その下に嵌ってる石。もしかしてダイヤなんじゃねえか?」

「ダイヤ?」

「聖属性に対応する宝石だ。めちゃくちゃ貴重な石で、すげえ高価なもんだ」

「これが…?」


 マルティスが指摘した扇子の要に嵌っている大きな石を見た。

 たしかに光を反射してすごくキラキラ光ってる。

 ああ、ダイヤって、ダイヤモンドのことか!


「この大きさなら上金貨2~3枚は下らねえかも」

「上金貨!?」


 その場にいた全員が口をそろえて叫んだ。

 上金貨といえば1枚で1000万円の価値があるという高額貨幣だ。


「んで、これどうしたんだ?」

「わかんない…なんか急にパッって現れたの」

「はぁ?んなわけないだろ!」

「だって本当だもん!」

「ちょっと貸して見ろ」


 マルティスは私の手から扇子を奪ってその石をじっと見ようとした。

 その途端、扇子は私の手に自動的に戻ってきた。


「ん?何だ?今のは…」

「さ、さあ…?」

「今、戻ったよな?おまえの手に」

「そ、そう見えたわね…」

「もしかしてこれ、持ち主を選ぶのか?」

「え?まさか…」

「トワ専用、ということではないのか?」


 ゼフォンがそう云うと、イヴリスが何かを思いついたように、手を叩いた。


「そういえば、父に聞いたことがあります。魔王様から専用武器を下賜されたことがあって、それは自分の魔力を注ぎ込むと、他の者には使えなくなるのだそうです」

「だとしても、おかしな話だ。トワは魔王になんか会ったことはないはずだろ?」

「う、うん、ない。会ったことない」

「だよな」

「だとしたら、トワ様がご自分で生み出したものでしょうか…?」

「さあな。おまえって時々こういう不思議なことが起こるよな」

「…うん」

「それは『不思議なこと』で片付けていいことなのか?」

「だってこいつが知らねえっていうんだから仕方ねーだろ」


 本当にそうだ。

 どうしてこんなものが出てきたのか、こっちが聞きたいよ。


「しかし、そんな高価な宝石がついてちゃ持ち歩くわけにはいかねーな。そもそも魔族にはダイヤなんて不要なものだしな。他の奴に見つかる前にとっとと仕舞えよ」

「仕舞うって、こんなものどこに仕舞えば…?」


 そう口にした途端、扇子は私の手の中から忽然と消えた。


「あ!…消えた」


 それを見ていたゼフォンは云った。


「もしかして、それも<言霊>の力なのではないか?」

「そ、そうなのかな?」

「もういちど、手の中に出て来いと言ってみろ」

「う、うん」


 私は、自分の手を見ながら「扇子出て来い」と言葉にした。

 すると再び手の中に扇子が現れた。


「出て来た…!」

「ビンゴだな。やっぱおまえ、すげーわ」


 マルティスは改めて感心しながら私にそう云った。

 だけど、これが何なのか、私にはわからなかった。

 こんなこと、今までで初めてだ。

 私自身、知らないことがあるなんておかしな話だ。

 

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