第109話 連戦連勝

 セウレキアの闘技場近くの酒場では、賭けの話で客たちが盛り上がっていた。


「今回の下級はパーティ戦が面白いな」

「ああ、チーム・ゼフォンだろ」

「ついに決勝だな。チーム・マゴルは強いぜ」

「中級ランクのチームだからな。今度ばかりは勝てないかもな」

「リーダーのマゴルは個人戦でも準優勝したことのある剣士だしな」


 チーム・ゼフォンは下級トーナメントで連戦連勝し、ついに決勝に進んだ。

 ここまでの勝利報酬の合計は金貨5枚と銀貨50枚。金貨1枚が10万円くらいだから50万とちょっと。下級ランクの闘士は、勝ち抜かなければ大した報酬にはならないってことだ。

 優勝すれば勝利報酬の他にチームで金貨50枚の報奨金が出る。賭け金が増えればその分のボーナスも出て、チームの階級も上がる。

 階級が上がると、さらに上級ランクのトーナメントに出場する権利が得られるのだ。

 上級ランクで優勝すると報奨金で金貨200枚+ボーナス報酬がもらえる。


 闘士にはランキングがあり、パーティ戦でのチームにもランキングが付けられている。

 チーム・ゼフォンはランキング外から決勝へ進んだことで一気に35位にまで上がった。


 決勝はチーム・マゴルと対戦する。

 ちなみにチーム・マゴルの順位は19位。普通に考えたら格上だ。

 リーダーのマゴルは正統派の剣士だ。武器種別の個人戦で準優勝したこともある剣の使い手らしい。

 彼を中心に、槍士、弓士が2人、回復士が1人という構成で、完全な武闘派パーティだった。


「詠唱が必要な魔法士は短期決戦向きではないと、あえて弓士を入れているんだ」


 そうコンチェイが教えてくれた。


「魔法士がいないんじゃ、私の出番はないのかな?」

「そんなことはない、隙があれば撃って構わないぞ」


 ゼフォンがフォローしてくれた。


 決勝戦の人気は圧倒的にチーム・マゴル。

 それでも、最初の試合で大勝ちしたコンチェイの仲間たちのように、1回戦から応援してくれるコアなファンもいて、私たちに大枚を賭けてくれているらしい。

 これは負けられない。


 そしていよいよ決勝戦の幕が上がった。

 決勝戦ともなると、闘技場内にも実況が付くようになって、拡声器のような魔法具が闘技場内に設置されていて、観客に聞こえるように闘士の入場時にもいちいちコメントが入るようになった。


 チーム・マゴルの面々は全員が軽鎧を身に着け、その機動力を生かした戦法で勝ち上がってきた。

 20代から30代の人間の男性メンバーで構成されている。

 下級闘士パーティでは1、2を争う実力者チームだった。

 その触れ込みは『機微疾風の武闘派パーティ』だ。


 対して、私たちについたコメントは、『かつてのチャンピオン擁する実力未知数のチグハグパーティ』とかちょっとがっかりな感じだった。多分その原因は私の存在なんだろうなあ。


 それにしても、最初の頃に比べると、闘技場の客席はほぼ満員で、若い女性の姿も目立つ。

 どうやらゼフォン目当てらしいということが、彼女らの掛け声でわかった。

 あとマルティスも女性から声援をもらっていたのが意外だった。

 彼もまんざらでもない感じで、手を振ったり投げキッスしたりと声援に応えていたけど、イヴリスはそれを見てドン引きしていた。

 それに比べてイヴリスは早くも固定ファンがついたようで、男性からの声援が多く飛んでいた。それはコンチェイが用意した彼女専用の鎧のおかげでもあった。体のラインが良く出るようにデザインされたものでなかなかセクシーに見えた。また、女性魔族が珍しいということもあって、評判になっている。

 そして私には「魔法士を黙らす水鉄砲士」という謎の二つ名がついていた。


 開幕直後に攻撃してきたのはチーム・マゴルの弓士2人だった。

 彼らが弓を引き絞りながら精神を集中し、スキルを撃とうとしていたのがわかった。

 そこへ、私は水鉄砲の威力を最大にして彼らの顔にお見舞いしてやった。

 弓士2人の目と鼻めがけて交互に、それはさながら消防士が放水を浴びせかけるかのように放水してやった。


 観客席からは笑いが起こった。

 いい気なものだ。こっちは必死だっつーの!


 ゼフォンは、試合前にこう助言してくれた。


「高威力のスキルを放つ際には、精神集中が必要だ。急に冷や水を浴びせられれば集中力は途切れ、スキルを撃つのが遅れる。その一瞬が命取りとなる」


 傭兵として実戦経験豊富な彼の云うことには説得力があった。

 そして彼の云う通り、水を食らった弓士らのスキルの発動が遅れた。

 その一瞬の隙を、スピードで上回るイヴリスが見逃すはずはなかった。

 彼女は一瞬で弓士2人の間に入り込み、1人の弓を剣で叩き折った。そしてすかさずマルティスの弓スキルがもう1人の弓士の片腕を射抜いた。彼らは何もできないまま、両手を上げて闘技場を離脱して行った。

 リーダーのマゴルの相手をするのは前衛のゼフォンだ。

 彼は槍のリーチを生かしてマゴルを近づけさせない。

 マルティスは回復士を弓で狙うものの、回復士の前に立って防御している槍士に阻まれた。

 マルティスが舌打ちする。


「チッ、防御スキル持ちかよ」

「マルティス、私に任せて下さい」


 イヴリスが、ここまで温存してきた<精霊召喚>を行った。

 しかもそれは以前マルティスが見た小さな精霊とは違っていて、イヴリスとほぼ同じくらいの大きさの人型精霊が彼女の斜め後方に浮かんでいる。


「炎の精霊<ジン>よ!私に力を貸して!」


 それは炎を体に纏った男性型の精霊だった。


「上位精霊…ってマジかよ…!」


 マルティスすらも驚いた彼女の召喚術に、観客席からもどよめきが起こった。


「精霊を召喚したぞ!」

「すげー!こんなの初めて見た!」


 驚いていたのは客だけでなく、対戦相手も同様だった。


 炎の精霊ジンの放つ精霊魔法には、防御スキルは効果が無かった。

 魔法を防げず怯んだ槍士に、イヴリスが躍りかかった。

 回復士が詠唱しようとしていたので、私は水鉄砲で回復士の口を狙った。

 だけど回復士は自分の口元を腕で覆い隠してしまって水が届かない。


「うーん、ダメみたい」

「俺に任せな」


 マルティスが水鉄砲を撃ち続ける私の隣で、回復士に弓を立て続けに素早く撃った。

 水鉄砲に気を取れていた回復士は、多数の弓矢が迫ってくるのを見て慌てふためき、悲鳴を上げながらマゴルの背後へ逃げた。


「くそっ!舐めた真似を!」


 マゴルが怒って、水鉄砲を撃っていた私に向かって剣撃スキルを放った。

 そのスキルを、ゼフォンが展開していた範囲防御バリアが弾いた。


「よそ見をするな。貴様の相手は俺だ!」


 それからは、ゼフォンとマゴル、槍士とイヴリスという前衛2人同士の戦いになったので、私とマルティスは彼らの背後にいる回復士を狙い撃ちした。

 回復士は自分を守るよう前衛の2人に要請したが、2人ともそれどころではなかった。

 最初に弓士が2人もやられてしまったことは計算外だったようで、パーティのバランスが崩れてしまったのだ。

 前衛2人は援護されこそすれ、後衛を援護するなんてことは今までしたことがなかったらしく、助けを求める回復士に対して「自分でなんとかしろ!」と取り合わなかった。

 助けてもらえないことを悟ると、回復士は怒ってあっさりと両手を挙げて降伏し、戦線離脱してしまった。


 イヴリスは精霊ジンと共闘しているので実質は槍士と2対1で戦っているようなものだった。


 マルティスは私の傍に寄り、囁いた。


「お手並み拝見と行こうぜ」


 することのなくなった彼は腕を組んで高みの見物を決め込んでいた。

 私は周囲に気付かれぬよう2人の魔力を回復させていたので、ゼフォンもイヴリスもスキルを惜しみなく撃てる。無詠唱の強みで、誰にも気づかれることはなかった。

 なので、決着がつくのにそれほど時間はかからなかった。

 ゼフォンの電撃スキルを食らって、マゴルは沈んだ。

 イヴリスの方も、ジンの炎を援護に、剣を振るいながら槍士の懐に飛び込んで、最後はその美脚で敵を蹴り倒した。


「おおっと、番狂わせが起こりました!優勝はチーム・ゼフォン!」


 実況が伝えると、闘技場は割れんばかりの歓声につつまれた。

 負け札が宙を舞い、賭けに勝った者たちは抱き合って喜んだ。


 私たちはデビューからたった1週間とちょっとで下級トーナメントの覇者になったのだ。

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