第108話 チーム・ゼフォン
奇跡を、彼らは目の当たりにした。
銀貨一枚が金貨大枚になって戻ってきたのだ。興奮もするというものだ。
一攫千金を現実のものにした彼らが、酒場でチーム・ゼフォンがどれだけすごかったかを饒舌に語っていた。
彼らは運営のコンチェイから頼まれて、付き合いでチーム・ゼフォンの札を買っただけだったのだが、予想もしなかった展開に興奮し、それを誰かと分かち合いたくて仕方がなかったのだ。
酒場で会ったなじみの客らに一杯おごると云い、試合の様子を語っていた。
「雷光のゼフォンは健在だったよ。誰だよ過去の人っつったのは」
「いや、良かったのはイヴリスだ。ありゃ魔法剣士としても一流だ。それに色っぽいし、あれは人気が出るぜえ」
「弓のマルティスもいい腕だったな。開幕直後に回復士を戦闘不能にしてたし」
「それよりも…」
その場にいた全員が口をそろえて云った。
「あの後衛の女の子だよな」
「だよな」
「ああ、最初はちょこまか動いてなんだあれって思ったが」
彼らが笑いながら話すのは、チーム・ゼフォンの後衛にいた少女の闘士のことだ。
「へえ、どんな戦いをしたんだい?」
「おかしな魔法具を持った女の子が一番後ろから、魔法士の口に水をぶっかけたのさ。たしか水鉄砲、とか言ってたな」
「ああ、あれはケッサクだったな。詠唱しようとするたびに、その水鉄砲で口を塞がれて魔法が撃てなかったんだよ。魔法士はびしょ濡れになってずいぶん怒ってたな。その間に弓で倒されちまった」
「あんな戦い方、初めて見たよ。たしかに詠唱できなけりゃ魔法は撃てないもんな」
「その子、魔族だっていうけど、一見人間の女の子にしか見えないんだよ。だから余計に面白くてな」
「へえ、なんだか面白そうだな。次は絶対見に行くよ」
「次は俺も賭けるぜ!」
酒場の男たちの盛り上がりは夜通し続いた。
その夜、私たちパーティは勝利報酬をもらって宿で軽く打ち上げをしていた。
そして私はマルティスに叱られていた。
「だから、おまえは目立つなって言っただろうが」
「目立ってないってば。魔法具で攻撃してただけだもん」
「おまえの攻撃で、客席から笑いが起こってたじゃねーか!」
「いいじゃないですか!トワ様大活躍でしたし」
「そうよね?活躍したよね?いやーこの水鉄砲、意外に威力があってビックリしたわ。それに狙ったところに行くし」
イヴリスの励ましに気を良くした私は、初めての戦闘経験を思い出してちょっと興奮した。なによりこの武器、人を傷つけないところが良い。
「トワ様が魔法士の口を塞いでくださったから簡単に倒せたんですよ」
「フフッ」
「イヴリスもそいつを甘やかすな。次から面倒なことになるじゃないか」
「次から?」
「役に立たない後衛なら放っておいてもいいだろうが、あんな動きをしたら次から真っ先に狙われるだろ」
「あー、なるほど」
「なるほど、じゃねえ!こうなると戦い方を見直さないとな…」
「狙われてもなんとかする。俺には防御の範囲バリアスキルがある」
「私だって<物理・魔法反射盾>スキルを持っていますよ」
2人は得意気にマルティスに云った。
「え…。ちょっとお2人さん?いつの間にそんなスキルを…?」
「ついでに言えば<ダメージ吸収>と<腕力増強>もあるぞ」
それは先日ゼフォンが私の<言霊>スキルを調べるために、会話の中で取得したスキルだ。
「うっそ!それってダメージを自分の体力回復に回せるって無敵なヤツじゃね?ゼフォン…あんたやっぱ個人戦出ろよ!」
ゼフォンはフッと笑った。
スキルを私から貰ったことはマルティスには内緒なのだ。
「わかった。じゃあトワのことはおまえたちに任せるよ」
「おまえに言われるまでもない」
酒場で購入してきた
「ところでマルティスさんは、ここでいくら稼ぐつもりなんです?」
マルティスは麦酒の泡を鼻の下につけたまま、しばらく考えた。
「う~ん、そうだな。最低でも金貨1万枚、ってとこかな」
「い、1万枚!?」
みんなが驚いたのでちょっと計算してみると…日本円で約10億くらい!?
さすがの私もこれには声を荒げた。
「闘技場でそんなに儲けるのに何年かかるのよ?!私はあなたたちと違って年をとるのよ!?」
「わかってるって。あくまで目標だよ。ほら、目標は大きく持ったほうがいいだろ?」
「呆れた奴だ」
「どこまで本気なのよ…」
初戦を勝利した私たちは、2回戦に進むことになった。
次の相手はいきなり中級ランクのチームになった。
初戦を圧倒的な力で勝ったため、相手チームのランクが急に上がったらしい。
コンチェイは、初戦で勝利した初登場チームは、大抵2戦目で潰されるように試合が組まれることが多いのだと裏事情を教えてくれた。この闘技場は甘くないのだぞと教えるためだそうだ。
コンチェイが相手チームのことを教えてくれた。
次の相手、チーム・モライは魔法士中心の遠距離パーティだそうだ。
人数はこちらより1人多い5人で、そのうち魔法士が3人。回復士が1人、前衛の重装兵はゼフォンと同じ槍士だ。
リーダーのモライは火を使う中級魔法士で、他に風、水の下級魔法士がいる。槍士と回復士は中級クラス。相手が近づく前に火力で倒すという戦法で勝ち上がってきた。
「物理攻撃は防御バリアでなんとかなるが、魔法で狙われたらイヴリスが守ってくれ」
「心得ました」
「中級程度の魔法士なら、私の水鉄砲の出番ね!」
「あー、まあ、ほどほどにな」
2回戦。
チーム・モライの面々は、下級ランクのチーム・ゼフォンなど、眼中になかった。
彼らは皆若い人間のチームで、10年前のゼフォンのことなど知らなかったから、下級ランクの初出場チームなど敵ではないと、最初から侮っていたのだ。
「いいか、聞いたこともないチームなんかに負けるはずはない。俺たちは決勝に行くんだ」
リーダーのモライはそう意気込んでいた。
彼らにとっては、初登場のチームがたまたま初戦を勝ち抜いてきた程度の認識しかなく、相手の研究すらしていなかった。
そして試合が始まると、彼らは自分たちの認識が甘かったことを思い知ることになるのだった。
開幕と共に、ゼフォンが雷属性の広範囲攻撃スキルを放った。
思わぬ属性攻撃に、魔法士たちは
回復士が回復しようと詠唱を始める前に、水鉄砲が口を塞いだ。その間にマルティスが弓を撃った。
電撃と矢の同時攻撃に前衛の重装槍士が対応できずにいると、イヴリスが素早く走り込んで来て、槍士にジャンピングハイキックを食らわせた。
槍士は転がって受け身を取ったが、そこへゼフォンの激烈な槍スキルが撃ち込まれ、槍士は闘技場の隅まで吹っ飛んで意識を失い、戦闘不能になった。
その間、マルティスは回復士に向けて矢を射かけていた。
リーダーのモライが
イヴリスはその魔法士たちの正面に立ち、魔法反射スキルを発動すると、半透明の盾が彼女の前に出現した。
魔法士たちが撃った魔法はその盾で反射され、彼らは自分が撃った魔法でダメージを受けた。
回復士が魔法士たちを回復しようと詠唱を始めると、水鉄砲がその口を塞いだ。
その間にもゼフォンは強力な攻撃でモライの防御壁を崩そうとしていた。
とにかくゼフォンの強さが際立つ。
ゼフォンの渾身の攻撃により、モライの防御壁は破壊されてしまった。
防御壁が無くなると、マルティスの弓があっさりと回復士の肩を射抜いて戦意喪失させてしまった。ダメージを受けて後方に下がっていた魔法士2人にはゼフォンが迫る。ゼフォンが槍を振ると、魔法士2人は敗北を宣言して早々に戦線離脱してしまった。
1人取り残されたリーダーのモライは、それでも諦めず、広い闘技場内を駆け回って距離を取った。そこから魔法を撃つも、イヴリスの盾によって反射されてしまう。
彼は自分の前に再び防御壁を展開してから、イヴリスを避けてマルティスのいる後方へ魔法を撃とうと詠唱を開始した。
しかし、どこからか、詠唱するモライの口めがけて水が飛んでくる。
この水は防御壁をものともせずにモライを直撃してきた。
(なんだ、これは水の魔法か?)
詠唱しようとすると、口の中に水が飛んできて「がふがふ」と詠唱できなくなる。
いや下手をすると水が気管に入って息が出来ずに溺れてしまいそうになる。
移動しながら詠唱しようとしても追尾するように常に口の中に水が入ってくるのだ。
(なんなんだ!この水、どこから飛んでくる?)
その水はイヴリスの後方から飛んできていた。
おかしな魔法具を持った女が、その発生源だった。
モライは水を無視して詠唱しようとすると、今度は鼻や目に水が入ってきてむせてしまう。
「げほっごほっ!くそっ!いい加減に…!」
いつの間にか、目の前に魔族の女剣士がいた。
驚いて目を見開いていると、女魔族がニヤリと笑った。
その直後、みぞおちに膝蹴りを食らって、息ができなくなり、意識が飛んだ。
今回も3分ちょいの完勝で、マルティスが弓を高く掲げて観客にアピールした。
「勝者、チーム・ゼフォン!」
審判の声が上がった。
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