第107話 新闘士デビュー
マルティスはコンチェイとまだ話があるというので、彼と別れて私たちは宿へ戻ることにした。
ゼフォンが少し話したいことがあるというので、宿の近くの屋台で飲食物を買い込んで部屋に戻り、3人で遅い昼食をとった。
部屋のテーブルに食べ物を広げて、それをつまみながらゼフォンは話を始めた。
「先程おまえが使った広範囲魔法だが…。人間の回復士でいえばSS級以上だ。しかも無詠唱でそれをやってのけた。まったく驚くべきことだ」
「私もこの目で見ました!本当にすごかったです!それにあんなにすごい範囲魔法を使用しても、魔力が尽きたりしないんですね!」
「ああ…そういえば、気にしたことなかったかも」
確かに魔力が尽きるとか、考えたことなかった。
これまでそんな緊急の場面に出くわしたことがなかったから。
普通の人はどのくらいで魔力が尽きるものなのかとイヴリスに聞いてみた。
「私ならば、最初に精霊召喚を行ってしまうと、いきなりドンと魔力が失われてしまいます。召喚魔法は召喚している間もずっと魔力を消費しますので、使いどころを考えながらでないと、途中で魔力切れを起こしてしまうのです。あとは…魔法の種類にもよりますが、最も強力な魔法を使った場合、5、6発撃つと魔力が低下してしまいます。その後は自然回復をしながら武技スキルを織り交ぜて戦う感じです」
「俺も同じだな。俺の場合は魔法というより武技スキルがほとんどだから、魔力の低下はさほど気にならんが」
「ゼフォンさんは、たぶん他の人より魔力が多いんですよ」
「ふむ…比べたことがないからわからんが、そうかもしれん」
「トワさんの回復魔法は、魔力も一緒に回復してくださるので、事実上私たちは無限に魔力を使えるんですよ。これはすごいことです!」
イヴリスは嬉々として云った。
「実は闘技場での試合を見た時、トワさんにいただいたこの力を試してみたくて仕方がありませんでした」
「イヴリスは意外と好戦的だな」
「だって私、上級精霊を呼べるようになったんですよ?ゼフォンさんだってそうでしょう?」
「否定はしない。だが不要な戦闘ならしないに越したことはない。こんな見世物のような戦闘など、特にな」
ゼフォンは私に視線を移して、話を変えた。
「ところで、おまえとマルティスはどういう関係なんだ?」
「どうって?」
「私も気になっていました。どうも、彼はトワさんを利用しているようにしか見えないのですが」
イヴリスのこの発言に、私は笑った。
まあ、そう思われても仕方ないよね。
「実は私、意識不明で倒れていたらしいの。それから2年くらいずっと眠りっぱなしだったんだって。だからその間のことは何一つ覚えてないの。それをマルティスが助けてくれて、意識のない間も、ずっと面倒見てくれてたの。回復士なんかも呼んでくれて、治療に結構お金を使ってくれたんだって。目を覚ますまでの期間、面倒見てくれたことは確かだし、せめてその恩くらいは返そうと思ってるのよ」
ゼフォンとイヴリスは顔を見合わせた。
「恩を返すとは、あいつに金を稼がせることか」
「うん。彼がやりたいっていうのなら協力しようと思ってる」
「だが、あいつはおまえの価値をわかっていない。本来なら、おまえは一個大隊にでも守られるべき貴重な存在なんだぞ。それが闘士だと?どうかしてるとしか思えん」
ゼフォンは憤っていた。
そのゼフォンを諫めたのはイヴリスだった。
「だから私たちが守るんですよ、ゼフォンさん!」
「ああ…そうだ。俺たちが守る」
「じゃあ、闘技場で狙われたら2人に守ってもらおうかな」
私が軽い気持ちで云うと、2人は異口同音に宣言した。
「おまえが狙われたら、俺がおまえの壁になる」
「あなたが狙われたら、私があなたの盾になります」
息ピッタリのシンクロに、思わず笑ってしまった。
「なんだか照れくさいけど、そう言ってくれると心強いな」
私がそう云うと、2人の身体が短く光った。
「お…っ」
「あれ?またですか?」
するとイヴリスが突然立ち上がって、手足をバタバタさせた。
「あ…あああ!何です?何ですか?これ!防御系スキルが増えました…!」
「な、何?」
私は驚いて彼女を見上げた。
ゼフォンはしばらく考えていたけど、やがて私に話しかけた。
「もしや、それは<
「<言霊>スキル?…って何?」
「噂には聞いたことがある。太古の神は言葉を具現化する力を持っていたそうだ。それが<言霊>だ」
「へえ…」
「試しにやってみるか」
ゼフォンに指摘された私は、彼と会話をすることにした。
するとその後、ゼフォンの身体が2回も光った。
「やはり、か」
「すごいですね…!」
「…ゼフォンの言うことが本当なら、あんまり迂闊なことは言っちゃいけないってことになるわよね?」
「大丈夫だ。その能力は契約している俺たちにしか有効ではないようだ。マルティスのような邪な人間と契約しなくて正解だったな」
「トワさん、いえ、トワ様!素晴らしすぎます!というか、あなたは神です!もう、他に形容のしようがありません!」
「い、いくらなんでも言い過ぎよ、イヴリス」
イヴリスはキラキラした目で私を見ている。
困るんだけどな…。
こういうの聞くと、マルティスがまた何かいちゃもんつけそうだし。
「この話は、マルティスには言うな。言えばあいつのことだ、精神スキルを使ってでも無理矢理契約しようとしてくるに違いない。そして口八丁でおまえからスキルを引き出そうとするだろう」
「…完全に悪役扱いね。だけど彼、そんなに悪い人じゃないと思うんだ。ただちょっとだけ欲が深いってだけで」
「そこが問題なんだ」
ゼフォンの指摘に、私は苦笑するしかなかった。
その後、マルティスが宿に戻って来て、私たちを闘技場に登録してきたと報告した。
登録名はチーム・ゼフォン。
完全にゼフォンの知名度に乗っかっている。
登録時に、受付係の人に「本当に、あのゼフォンさんが帰ってきたんですか?」と何度も聞かれたという。
「念のため、ゼフォン、あんた個人でも登録しといたぜ」
「…余計なことを」
「今のチャンピオンとやりたいだろうと思ったからさ。ま、気が向いたらやってみなよ」
今の個人戦のチャンピオンはエルドランという傭兵上がりの魔族だという。
しかもゼフォンと同じ槍使いで、戦闘スタイルが似ていると噂になっていた。
そのゼフォンが戻ってきたとなれば、興行主から高額の報酬で依頼があるに違いないと、マルティスは考えたようだ。
「すべてにおいて金がらみだな、おまえは」
ゼフォンは侮蔑を込めてマルティスに云ったが、「誉め言葉だと思っとくよ」と意に介さなかった。
私たちはコンチェイの世話で少し安くしてくれる宿に移った。
登録したからといって、すぐに試合に出られるわけじゃなかった。
現行のトーナメントが終了しないと対戦相手が決まらないのだ。
一応、冒険者登録をしたので、待機している間に簡単な依頼を2つ3つ受けて、その義務を果たした。
そうして約束通りコンチェイが私たちパーティの武器や鎧を用意してくれた。
私専用の魔法具が出来たと、持って来てくれた。
どんなものかとワクドキしていたけど、彼が取り出したのはオモチャのピストルのようなものだった。
「…なにこれ」
「それがトワの武器か!おもしれえ!」
マルティスが楽しそうに云った。
コンチェイが使い方を説明してくれたけど、それを聞けば聞くほど私は思った。
「これ、水鉄砲よね…」
「見かけに騙されるなよ?れっきとした魔法具なんだぞ」
たしかに水鉄砲のわりに水のタンクはついていない。
片手で操作できるし小さいから私でも使いこなせる。
大気中の水分を魔法で精製して、無限に撃てる水の魔法具だという。射程と威力は使用者の魔力に応じて変化するといい、魔力の弱い者のために、横に水の威力を調節するレバーがついている。
まんま水鉄砲じゃん!
ゼフォンやイヴリスは槍だの剣だのカッコイイのに、私だけ『武器:水鉄砲』って!カッコわるぅ~。
「あ、ありがとう…。頑張る…」
「まあ、一度使ってみなって。見かけよりも結構使えるから。人は急に水を掛けられると動きが止まるもんなんだ」
なぜかコンチェイは絶対の自信を持っていた。
新しいトーナメントが行われることになり、エントリー受付が始まった。
マルティスは報奨金の額が良いトーナメントに出ると始めから決めていたようだ。
そうしてようやく私たちの最初の試合が組まれることになった。
デビュー戦になるわけだけど、下級もいいところだし、注目度は限りなく低い。
だけどデビュー戦でチーム・ゼフォンがエントリーされた時、あのゼフォンが復活して魔族パーティを組むということで、ちょっとした話題になった。
初戦の相手は人間の下級ランクパーティ、チーム・ゲッペルズ。
前衛が重装備の斧、軽装の剣使い、後衛が魔法士、回復士という手堅い構成で、下級トーナメントでは準優勝したこともあるチームだ。
賭けのオッズは圧倒的にゲッペルズだ。
何しろ、ゼフォン以外は無名だったし、そもそも個人で戦ってきたゼフォンがパーティ戦などできるのかということで、チームに対する否定的な意見が多かったのだ。
それに何より、回復士のいない魔族パーティでは耐久力に問題があることは誰の目にも明らかだ。
コンチェイは運営側だから賭けに参加はできないが、幾人かの知り合いに声をかけてチーム・ゼフォンを買うよう勧めたらしい。
チーム・ゼフォンの賭け札を買った者らも、半分付き合いで、負けを覚悟していた。
しかしもし勝てば何十倍にもなる。
そんなことがあるものかと思いつつも彼らは闘技場へと出かけた。
ゼフォンの名を聞いて興味本位で見に来た観客も多く、下級トーナメントの初戦にしては観客はそこそこ入っていた。
だがそこで、誰も予想しなかったことが起こった。
チーム・ゲッペルズは3分とたたずに敗北したのだ。
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