第106話 闘技場の奴隷たち

 コンチェイに連れられて向かった先は、闘技場の裏口だった。

 頑丈そうな鋼鉄の扉には鍵が掛けられている。

 中から魔族が体当りしても壊れないようにしているのだろう。


「今から行くところは最下層に属する魔族の下級闘士の支度部屋だ。ビックリするなよ」


 裏口の扉を鍵で開けると、闘技場の地下への階段が続いていた。


「ゼフォン、あんたは最初から強かったからここへは来たことないだろ」

「ああ。だが、下級闘士が酷い扱いを受けているのは知っている。特に魔族はな」


 コンチェイは頷いて、下級闘士について話してくれた。


「仕事にあぶれた魔族がたどり着く先は大抵ここだ。中にはゼフォンのような上級魔族もいたりするが、ほとんどが中級魔族だ。ここで闘士になれば、最低限食っては行けるからな」


 試合に出場した闘士には勝っても負けても試合ごとに日当が支払われる。

 下級ランクの闘士の1回の日当は人間も魔族も同じで、1日の食費にも満たない程度だ。

 だから彼らは日当と勝利ボーナスを稼ぐために、ほぼ毎日闘技場に出る。

 特に魔族の下級闘士は悲惨だ。

 人間の闘士は、闘技場専属の回復士によってある程度の傷は回復してもらえる。

 だが回復手段のない魔族は自力で回復するか自分でポーションを用意するしかないため、戦いの中でダメージを負わぬよう、自分から負けを認める者が多い。魔族のポーションは高額で、下級闘士にはとても手が出せないからだ。

 人間の闘士たちはそれを知っていて、魔族をカモにしているのだ。

 それでも彼らは食うために戦うことを止めない。


 階段の突き当りの扉の前でコンチェイが止まり、「ここだ」と云いつつ扉を開けた。

 そこは、地下のため薄暗く、大部屋の中に粗末なベッドがいくつも置かれていてすべてのベッドに魔族が寝かされていた。窓には鉄格子がはまっていて、まるで大きな牢屋みたいだった。

 それに汗と血の混じったような、ひどい臭いがした。


「ここが支度部屋…?」


 なんだろう、この感じ。

 これと同じような光景を、どこかで見た記憶がある。

 どこで見たんだっけ…。


「こいつらは全員奴隷闘士だ。以前の戦いで負った傷が癒せずにただ死を待つだけの者もいる」

「…奴隷…?!」


 私は絶句した。

 イヴリスも思わず口を押えていた。


 人間と違ってポーションしか治療方法がない魔族は、自己回復スキルを持つ者以外は、時間をかけて自然治癒するしかない。

 元々体力の高い魔族は、そう簡単には死なないが、自然治癒にも限界はある。

 怪我が大きければ大きいほど、回復は遅いのだ。


「ここにいる魔族たちはほとんどが奴隷で、闘士の相手をするために売られてきたんだ。だから彼らは動けるようになればすぐに闘技場に出なければならず、怪我が治る暇すら与えられない。死んだって奴隷はすぐに補充されるから、彼らも生き残ろうと必死なんだよ。私にはどうすることもできず、ただ幾人もの魔族の死をここで見送ってきたんだ。彼らの命の重さは賭け札1枚よりも軽いんだ」


 ベッドに寝ている者たちの中には、火の魔法で焼かれたのか、全身が焦げたまま、四肢が壊死している者もいた。痛みから呻き苦しんでいる。

 人間ならとっくに命を失っているのだろうが、なまじ体が強いばかりに、こうして長く苦しんでいるのだ。


「頼む、お嬢さん。マルティスの言うことが本当なら、こいつらを救ってやってくれないか」

「…わかったわ。やってみる」


 なぜか不思議と、できないという気がしなかった。

 ここにいる全員を回復させられると、自分の中の何かが教えてくれる気がした。

 私は、特にひどい症状の魔族を個別に癒した後、部屋で寝ている魔族たちを、広範囲回復魔法で癒した。

 それは無意識にしたことだったけど、皆はすごく驚いていた。


 ベッドでうなされていた魔族たちは、途端に元気になり、起き上がって体の具合を確かめだした。

 魔族たちは奇跡だと口々に云い、「治った治った!」と飛びあがって喜んだ。

 コンチェイをはじめ、ゼフォンとイヴリスも目を丸くしてその光景を見ていた。

 マルティスは押し黙ったまま見ていた。


 コンチェイは、そこにいる魔族たちにこう言った。


「こちらのお嬢さんが特別にポーションを分けてくださったんだ。お礼をいいなさい」


 さすがに回復魔法を使ったというわけには行かないと思ったのだろう、コンチェイは気を利かせて奴隷たちにそう云った。

 彼の言う事を信じた闘士たちは皆、涙を流して私に感謝した。


 でも、元気になった彼らは、また闘技場に行くのだ。

 奴隷の闘士の役目は、下級闘士の昇級試験の相手を務めたり、魔獣と戦わされたり、上級ランクの闘士の練習相手にされたりといろいろだ。中には新しい武器の試し斬りをしたいから斬らせろなんていう注文もあるという。

 寿命が長く体の強い魔族は、奴隷として重宝するということで、アトルヘイムの魔族狩りで捕らえられた魔族などが、ここへ良い値で売られてくるのだそうだ。

 元気になって喜ぶ彼らを見送る私の心境は複雑だ。


「ありがとうトワさん。感謝するよ。正直、マルティスから話を聞いていたけど、半信半疑だったんだ。でも、こんなに見事に回復させるなんて、この目で見てもまだ信じられない。あんた本当にすごい人だね。まるで神様だ。ありがとう。本当にありがとう」


 コンチェイは私に何度も頭を下げて礼を云った。


「私、定期的にここに来て、彼らを回復してもいい?」

「ほ、本当かね?それは助かるよ」


 そこへマルティスが割り込んできた。


「おっと、もちろんタダとは言わないよな?こっちだって食ってかなきゃならないんでね」

「ちょっとマルティス!がめついわよ!」

「おまえは黙ってな。こっからは商売の話だ」


 コンチェイは少し考えて、答えた。


「それじゃあ今回の魔法具の他に、あんたらの装備を用意してやる。それでどうだ?」

「いいだろう」

「ごめんなさい、コンチェイさん。呼んでくれれば、私はいつでも来ますから」

「ああ、こいつには慣れてるから気にしなさんな。とびきりの魔法具を作ってあげるから、待ってな」


 このやり取りをゼフォンとイヴリスは無言で見ていた。

 彼らのマルティスを見る目には不信感が見て取れた。

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