第144話 キマイラ襲撃

 一時間ほど前―


 魔王からの命を受けたアスタリスとサレオスは、エウリノームの部下を探していたが見つけられずにいた。

 朝からゴラクドール市内の中心部の大通りを探し歩いていたのだが、間が悪いことに市内ではパレードの参加者が大勢いたために、捜索は思うようにいかなかった。


「もしかして、エウリノームの狙いはこの祭りなんでしょうか…?」

「ああ、パレードの見物客も随分集まってきている。ここに魔獣が出たら被害甚大だろうな」

「悔しいな。早く見つけたいのに、人が多すぎる」

「だが仮装をしている者が多いおかげで我々がこうして表通りを歩いていても誰も気にしないのが救いだな」


 サレオスの云う通り、パレードでは奇抜なメイクや派手なコスチュームに身を包んだ男女が踊りながら歩いているため、一見して魔族かそうでないかの区別がつきにくい。

 広場からは大きな人形を模った山車だしが引かれ、大通りへと練り歩いていく。

 それを一目見ようと、沿道には大勢の見物客が押しかけていた。


「ところで魔王様は?」

「ああ、例のポータル・マシンのもうひとつの転送先を確かめるとおっしゃって出掛けている」

「お1人でですか?」

「魔王様ならば転移で戻って来られるし、むしろ我々が同行する方が足手まといになるだろう」

「そ、そうですね…」


 サレオスのいうことも尤もだ。

 空間を自由に出入りできる魔王は、1人の方が動きやすいに違いない。


「むっ」


 突然サレオスが唸り声を上げた。


「何です?」

「中央広場の真ん中に、人間に紛れて魔族がいる」

「どこです?」


 サレオスの示す方向にアスタリスが視線を移した。

 彼の目には、怪しいローブ姿の2人の男が映った。


「見つけた。あのローブ…!間違いない、昨日の奴です!」

「荷物を持っているか?」

「はい。皮袋を地面に置いてその前に立っています」

「…マズいな。召喚術を行うつもりか。行こう!」

「はい!」


 サレオスとアスタリスは中央広場へ人混みを掻き分けながら走った。

 だが2人はパレード目当ての人々に遮られてなかなか前へ進めない。

 それどころか、パレードの警備をしている治安局の警備兵に、魔族だというだけで追い出される始末だった。

 この国では魔族はあくまで裏方であり、人間の催しに参加することは禁じられているのだ。


「これでは間に合わん」

「サレオス様、クシテフォンに応援を頼みました」

「おお、頼もしいな」


 アスタリスは同じ聖魔騎士団のクシテフォンを遠隔通話で呼び出した。

 彼はトワの護衛についていたが、現在いる仲間で空を飛べるのは彼だけだったため、救援を要請したのだ。

 この人混みをものともせず、目的地に着くためには空から行くのが手っ取り早い。

 広場へ向かう2人の遥か頭上を、黒い翼が中央広場方向へ飛んで行くのが見えた。


 その直後だった。


 広場の方から悲鳴が上がった。


「サレオス様、あれ…!」

「しまった、間に合わなかったか…!」


 2人の視線の先には、巨大な異形の魔獣の姿が現れていた。

 

「すぐに仲間を招集します」

「そうしてくれ。人が多すぎてここでは戦えん。人気のない場所へ誘い出せないだろうか」

「はい、カナンに伝えます」


 サレオスとアスタリスの2人が中央広場にたどり着いた時、クシテフォンが2人のローブ姿の魔族を捕えていた。

 彼らの足元にあった大きな皮袋はぺしゃんこになっていた。

 それは魔獣が召喚された証でもあった。


「私はこの者らを連れて戻り、尋問しながら魔王様のお帰りを待つ。おまえたちはあの魔獣の対処を頼む」

「わかりました。お気をつけて」

「おまえたちもな」


 サレオスはそう云って2人の魔族を両脇に抱え、裏通りからコンドミニアムの方へ向かった。

 魔獣は広場にいる人間たちを蹴散らしながら地響きを立てて大通りをゴラクホールの方へ進んで行く。

 それを追いながら、アスタリスとクシテフォンは仲間を待っていた。


「思った以上に動きが速いね。足止めに苦労しそうだ」

「マズいぞ。ホールに向かっている。あそこにはトワ様たちがいる」

「もうじきカナンたちが来るから合流して作戦を立てよう」



 そして現在、ゴラクホール。

 再び、地面が揺れた。

 魔獣キマイラがゴラクホールの外壁に何度目かの体当たりをしたのだ。

 その度に人々の悲鳴があがる。ホールの外壁には防御壁が張られているはずだが、魔獣はそれを知ってか、何度も何度も体当りを繰り返している。

 このままでは壁が崩されるのも時間の問題のような気がする。

 何度目かの体当りの後、大きな破壊音と共にホールの外壁の一角が大きく崩れた。

 ついに防御壁が破られたのだ。

 ホールの観客席の後ろの壁が崩れ、そこに大きな穴が開いた。

 そこから巨大な肉食獣の目がぎょろりと覗くと、人々はパニックになった。


「俺たちで倒すしかなさそうだ」


 ゼフォンが云うとすかさずマルティスがツッコんだ。


「おいおい、マジかよ?あれ、倒せんの?んで、俺たちって言うけど、それ俺も入ってんの?」


 マルティスは、少し呆れた口調で云った。


「当然だ」

「行きましょう、ゼフォンさん!」

「でもどうやって外に出るの?人でいっぱいで出口まで行くのは無理よ」


 私は周囲を見渡しながら彼らに尋ねた。


「魔獣が開けたあの穴から出る」


 ゼフォンは観客席の一番後ろの外壁に開いた穴を指差した。

 その提案に、私はビックリした。


「え!?だってあそこからって、下まで何十メートルもあるのよ?」

「おいおい、トワ。俺たちは魔族なんだぜ?」

「え…」


 その時私は、改めて人間と魔族の違いを感じた。

 数十メートル程度の高さから落ちても魔族は平気なんだ。


「ですが問題はあの魔獣の吐く炎です。外に出た途端に焼かれてしまうかもしれません」

「それなら私が回復するよ」

「いや、おまえを危険に晒すわけには…」


 ゼフォンがそう云いかけた時、クシテフォンが空から戻って来た。


「遅くなりました。あの魔獣の件で仲間と連絡を取っていました。我々聖魔騎士団が魔獣の注意を逸らせます。皆さんはその隙に脱出を」

「おお?さすがだねえ!」


 マルティスの軽口にも動じず、クシテフォンは私の傍に来て云った。


「トワ様はカイザー様を呼び出して魔獣退治にご協力いただけますか」

「あ…!は、はい」

「カイザー…?誰の話だよ?」


 耳ざといマルティスは、私に尋ねた。


「あ…えっと…」

「トワ様、今は緊急事態です。この際、話してしまわれては」

「う、うん…」


 マルティスもゼフォンも、不思議そうにこっちを見ている。

 クシテフォンがそう云うので、私は覚悟を決めた。


「あのね、皆には内緒にしてたんだけど…私、ドラゴンを呼べるの」

「は?」

「ドラゴンだと?」

「ちょっと…いろいろあって、魔王のドラゴンを借りてるっていうか…」

「魔王のドラゴン!?マジかよ!」

「まさか…!」

「どうして魔王様のドラゴンが?」


 ゼフォンもイヴリスも驚いた表情になった。


「それはその…えーっと…」


 まさか魔王に会って直接貰ったとは言えない。


「と、ともかくそういうことだから、呼び出すね。カイザー、出てきて!」


 私は服の下に隠していたネックレスを取り出して、カイザーを呼んだ。

 するとネックレスから黒い影が現れ、上空に巨大なドラゴンが出現した。


「うお…!!」


 ホールにいた観客たちも突然現れた巨大なドラゴンに驚き、悲鳴を上げた。


「トワ様、すごいです…!!」

「嘘だろ…おい」

「トワがドラゴンを召喚した…」


 マルティスやゼフォンですらも、その光景を目の当たりにして驚愕した。


「カイザー、あの魔獣の注意を逸らせて。皆と協力して倒すの!」

『心得た』


 ドラゴンは突風と共に、ホールの開かれた天井を越えて外のキマイラの方に飛んで行った。


「では私も行きます。トワ様、お気をつけて」

「う、うん」


 そう云うとクシテフォンはカイザーの後を追って外に飛んで行ってしまった。


「驚きました…トワ様、どうやってあれを召喚したのですか?」

「えっとそれはね…えーっと、話すと長くなるから後でね」


 私はイヴリスにそう答えた。


 ホールの外に出たカイザードラゴンは、穴の前にいた魔獣をうまく誘導して、ホールから離すのに成功していた。


「よし、今の内だ」


 私たちは壁の穴のところまで移動した。

 穴から外を見ると、ものすごく高くて膝が震えた。

 高層ビルの展望台から下を覗き込んだ時みたいだ。


「うわ、マジ高い…!!」


 私はその時、ゼフォンに呼び止められた。


「トワ、おまえはここに残れ」

「え?なんで?」

「危ないからに決まっている。おまえは目視できれば回復できるんだろう?ならばここにいても問題ないはずだ」

「そ、そうだけど…」

「そうですよ、トワ様。魔獣は私たちに任せて、ここでコンチェイさんと待っていてください。終わったらお迎えに参りますから」

「イヴリスまで…。私だって皆と一緒に戦うよ!」


 するとゼフォンが振り向いて云った。


「ハッキリ言えば足手まといだ」

「ゼフォン…」


 薄々は気付いていたことだけど、『足手まとい』ってきっぱり言われてしまった。


「まあまあ、ゼフォン。わかってねーなあ。トワは俺たちと一緒にいたいんだよ。な?そんな風に言ったら可哀想だろ?」

「俺は…トワを危険に晒したくないだけだ」


 ゼフォンは目を逸らせて呟くように云った。

 私のためを思って云ってくれていることはわかってる。

 どのみち私は彼らの力を借りなくてはここから下りられない。もうその時点で足手まといなんだ。


「わかった…。私、残る…」

「そんじゃ、寂しくないように俺が傍にいてやるよ」

「マルティスさんも行くんですよ!ほら、早く弓持って!」

「ちょ、おい、引っ張るなって!」


 マルティスはイヴリスに腕を掴まれて一緒に外へ飛んだ。


「では、後でな」


 ゼフォンもそう云って壁の穴から飛んで行った。

 皆行ってしまって、私は1人取り残されてしまった。


「足手まとい…か。やっぱりどこへ行っても、役立たずなんだな…」


 肩を落としていると、背後からコンチェイが小走りでやって来た。


「おいおい、皆ここから逃げたのか?」

「ええ。魔獣と戦うって」

「ええ!?あれと戦うってのか?まったく、命知らずだなあ…」


 そこへルキウスのチームとエルドランも駆け付けて来た。


「コンチェイさん、外に治安局と傭兵部隊が到着したって。僕たちも行きましょう」

「お、ようやくか。さ、行こう」

「皆さん、行ってください。私は残ります」

「ええ?」


 私がそう云うと、コンチェイは困った顔をした。

 ルキウスは壁に開いた大穴を見て、ピンと来たようだった。


「まさか、ゼフォンたちはこの穴から飛び降りたのか?」

「ええ。魔獣を退治するって言って」

「それは本当か?」


 エルドランが駆け寄ってきて、壁の穴から外を覗き込んだ。

 そしておもむろに「俺も行ってくる」と云って、槍を手にそこから飛んだ。


「お、おい!エルドラン!!」


 コンチェイが呼びかけたが既に彼は地上に降りていた。


「まったく、無鉄砲だなあ、あいつも」

「さっすが魔族だね。この高さから飛び降りてよく無事だよ」


 ルキウスがエルドランの姿を目で追いながら云った。

 その時、場内の警備員が叫んだ。

 魔獣がホール前から移動したので、到着した治安部隊が脱出誘導するというのだ。

 通路に溢れ返った人々は安堵の声を上げた。


「トワ、私らも逃げよう。ホールの外へ出れば支援だってできるだろう?」

「コンチェイさんは行ってください。私、ここで皆を待ってるって約束したんです」

「だがここは危険だよ」


 戸惑うコンチェイに、後ろにいたルキウスが申し出た。


「コンチェイさん、それなら僕が彼女についていますよ。僕の仲間を連れて先に行っててください。あとで追いかけますから」

「ルキウスさん…」

「大丈夫だよ。僕を信じて」

「そうかい?じゃあ先に行っているよ」


 コンチェイはそう云って、ルキウスのチームの仲間を連れて通路の奥へ行ってしまった。

 壁の大穴から外を見ていた私に、ルキウスが声を掛けた。


「もしかしてここからゼフォンたちを回復するのかい?」

「えっと…それは…」

「隠さなくてもいいって。とっくにバレてるんだから」


 ルキウスは私の能力を知っている。

 それをあの市長に密告した人だ。

 そのせいであんな目に遭ったんだけど…その後狙われていることを忠告もしてくれた。信用していいのかどうか、私はまだ迷っていた。


 穴からはカイザードラゴンが炎を吐きながら魔獣を挑発し、少しでもドームから魔獣を遠ざけようとしてくれているのが見えた。


「そういえばあのドラゴン、どっから現れたんだ?」

「さ、さあ…」 


 私はとぼけたふりをしながら、こっそり手の中に扇子を呼び出した。

 これを持っていると魔力が増幅することは魔王から聞いている。

 カイザードラゴンを召喚している間は魔力を消費するらしいから、念のためだ。


 ゼフォンたちと聖魔騎士団の人たちが合流して、魔獣と戦っているのが遠目に見える。そこへ、おそらくこの国の軍隊だと思われる一団が加勢した。


「ようやく傭兵部隊の登場か。遅すぎる」

「傭兵部隊?」

「ペルケレは傭兵団を多く持ってるんだ。他国に貸し出してお金を稼ぐくらいにね」

「あれがそうなんだ…」


「…うん?」


 ルキウスは不意に空を見上げた。

 遠くのホテル街の方から、大きな鳥がこちらへ飛んでくるのが見えた。

 よく見るとそれは鳥ではなく、黒い翼を広げた魔族だということに気付いた。  

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