第143話 ゴラクホールの異変

 ゴラクホールの下見に来た私たちは、控室で同じ闘士仲間に襲われた。

 だけど、人間の闘士たちが何人かかってきたところで魔族の、それもチャンピオンのチームに勝てるはずもなかった。

 今度は聖魔騎士団の力を借りるまでもなく、私たちだけでそれを退けた。

 彼らは自分たちが闘技場委員会に金で雇われたのだと話して、逃げて行った。

 運営委員会が私たちを闇討ちしたと思ったようで、コンチェイはカンカンに怒っていた。

 運営事務局に怒鳴り込んでくると云って、彼は市庁舎に出掛けて行った。

 私たちはコンチェイと別れ、コンドミニアムへと戻った。

 部屋にいると、コンチェイが戻ってきて話をしてくれた。


「まったく埒が明かない。治安局にも足を運んだが取り合ってもくれん。この都市では魔族の安全保証はしないとかほざくんだ。まったく誰のおかげで街が回ってると思っているんだか」


 怒りをぶちまけるコンチェイに、マルティスは意外にも冷静に云った。


「だろうな。以前街で襲ってきた連中の傍に治安局の制服着た奴を見掛けたんだが、見て見ぬフリしやがった。もしかして都市ぐるみで俺たちを狙ってんじゃねえのかな」

「都市ぐるみって…まさか」

「闘技場運営委員会が関わっているのならあり得る話だ。委員会の議長はたしかこの地方の領主も兼ねているはずだからな」


 ゼフォンの話からマルティスの説は信憑性を増した。


「それって私のせいだよね…」

「いいや、俺のせいだ」


 私の言葉にマルティスが被せるように云った。


「要するに連中は『回復手段を持つ魔族』が怖いんだろうよ」

「じゃあ、このまま闘士を続けるのは無理ってこと?」

「回復魔法だけが人間のアドバンテージなんだぜ?それが無いとなったら連中はもう俺たちの出場を認めないだろうよ。勝ち目がないからな」

「そっか…。せっかくここまで頑張って来たのにな…」

「魔族を受け入れているとはいえ、所詮ここは人間の国なんだ。人間が得しない仕組みを認めたりしねえよ」

「それならそれで仕方がないじゃないですか。皆で別の仕事を探せばいいんです」


 イヴリスは開き直って明るく云った。


「まあ、この辺が潮時かもしれん。賞金もたっぷり貰ったことだし、グリンブルにでも行って仕事を探すのも悪くない」


 ゼフォンもその意見に賛成だったようだ。


「そうだなぁ。そこそこ儲けたし、そろそろ潮時かもなあ」


 マルティスはふと私の方を見た。


「おまえはどうしたい?」

「私?」

「そ。おまえの希望を聞かせてくれよ」

「うーん…確かに、なんだか面倒なことになっちゃったしね…。そのグリンブルってとこには行ってみたいかも」

「よし、決まりだな」


 私の言葉で、チームの意思決定はなされたようだ。


「そうか…、残念だがその方が良いかもしれん。所詮闘士なんて人間サマの娯楽に過ぎんからな。あんたのような貴重な娘が命を懸けるなんてバカバカしいことだよ」

「コンチェイさん…」

「じゃあこのイベントが終わったらペルケレを出るとしようぜ。これ以上ゴタゴタに巻き込まれんのはゴメンだ」


 マルティスはニッと歯を見せて笑った。

 私はまた皆で旅に出るのも悪くない、と思った。


 翌日は晴天に恵まれ、イベント日和となった。

 イベントは年に1度のゴラクドールあげてのお祭りとして、ホテル街の真ん中にある中央広場を起点に大規模なパレードから始まる。

 パレードは広場から大通りを通って、20キロ先のゴラクホールがゴールとなる。

 そのゴラクホール内では、歌や踊り、闘士たちによるデモンストレーションなどのイベントが始まっていた。

 武器を持った闘士たちが登場すると、ホールの雰囲気は闘技場そのものになった。

 闘技場と違うのは、中央の円形の闘技グラウンドが、ショーアップのための昇降式のステージになっていることだ。

 ステージの外周の奈落には楽団がいて音楽を奏でており、それに合わせて地上から3メートルほどの高さに底上げされたステージ上ではダンサーたちがチアリーダーのようなアクロバティックなダンスを披露していた。

 ステージからは東西南北4か所に通路が伸びており、それぞれの控室バックヤードへと続いている。

 そのステージを中心に、360度ぐるりとすり鉢状に観客席が取り囲んでいる。

 

 この日は人気の闘士を見ようと、客席は朝から満席だった。

 個人戦チャンピオンのエルドランと往年のチャンピオンのゼフォンが戦うというメインイベントは、この日のチケットが高値で転売されるほどの人気ぶりだった。

 そのメインイベントの前には様々なショーや模擬戦が行われることになっている。

 セウレキアの芝居小屋で人気の役者や歌手の他、10人以上の闘士で行うバトルロイヤル的なプログラムや、パーティ戦準優勝チームのルキウスたちが、魔物召喚士の召喚した人狼やリザードマン軍団と戦うというかなり変則的なプログラムも組まれている。


 ステージの東側通路でショーを見ていた私たちは、完全にショーアップされた催し物に感心するばかりだった。

 ここでの闘士同士のプログラムは、細かく打合せされた演技であり、本物の闘技場での試合のように流血沙汰にはならないことが約束されている。これは万人向けに作られた完全なるショーなのだ。

 今回このイベントに招待されている魔族はチャンピオンチームである私たちだけだ。あとはすべて人間だ。


 太鼓や笛などに合わせて、女性のダンサーたちによる華やかなショーが始まった。

 若い女性たちがお揃いのミニスカートのユニフォームを着て、キレッキレのダンスを披露している。

 こちらの世界にもチアリーダー的なものがあるようだ。


「あの子たちのユニフォーム、可愛いですねえ~!」


 イヴリスはダンサーのショーに夢中で、ノリノリで見ていた。

 彼女は別に女性体だからといって女性に興味がないわけではなく、むしろ可愛い女子が大好きだったようだ。


「トワ様」


 背後から声を掛けてきたのは、護衛についてくれている聖魔騎士団のクシテフォンだ。


「申し訳ありません。呼び出しがかかりまして、少々お傍を離れます」

「あ、はい。大丈夫です」


 クシテフォンは申し訳なさそうに頭を下げて、通路の奥へ姿を消した。


「俺たちが付いてるってのに、ったく、信用ねーのな」

「俺たちより確実に強いからな、あの男」


 マルティスとゼフォンは、クシテフォンの背を見送りながら呟いた。


 その後もショーは滞りなく続いた。

 最初に異変に気付いたのはマルティスだった。


「…なんだかおかしいな」

「何が?」

「さっきから振動がする」


 そう云った次の瞬間、地面が大きく揺れた。


「うおっ!何だ?」


 一部の客席の人々も異変を感じたらしく、騒ぎ出した。


「おい、あれ…なんだ?」

「何か上から飛んでくるぞ」

「鳥か?」


 客が見たのは、ホールの壁を越えて外から飛んできた物体だった。

 飛んできたというより、誰かが投げ入れたといった方が良いかもしれない。

 それは弧を描くように飛んできて、ステージでダンスを踊っていた女性たちのド真ん中にベチャッと音を立てて落下した。


「きゃあっ!な、何?」


 女性たちはそれを見て、が何であるか悟ると、悲鳴を上げた。


「ひいっ!」

「キャ――ッ!!!!」


 それは人間だった。

 ダンサーたちは悲鳴を上げながら、争うようにステージから一斉に逃げ出した。

 だが、降って来たのはそこだけではなかった。

 ホール内のあちこちに、同じように人間が降って来たのである。


「ひ、人が降ってきた!」

「うわぁぁぁ!」


 客席にも人が落ちて来て、その下敷きになった客もいた。

 彼らはパニックになって立ち上がり、一斉に出口へと殺到した。


 その時、控室の方からコンチェイが息を弾ませながら通路を走ってきた。


「大変だ!魔獣が現れて、すぐそこまで来てる!早く逃げろ!」

「ええーっ?」

「魔獣だって?!」


 マルティスも驚きの声を上げた。


「精霊を召喚して見てみます」


 イヴリスはその場で風の下位精霊を召喚し、ホールの上空高くへと飛ばした。

 風の精霊<シルフィー>はホール上空から都市をぐるりと一望した。

 <シルフィー>の目を通して、その光景がイヴリスに送られる。

 いつもならば、高層ビルやカジノホテルの看板など華やかな風景が見られたことだろう。

 だがこの時イヴリスが見た光景は、ホールへと続く大通りを逃げ惑う大勢の人々と、その人々を襲っている見たこともない巨大な魔獣だった。

 魔獣は人間を食らい、建物を破壊しながらこちらへ向かってくる。

 巨大な魔獣は、ライオンのようなタテガミを生やした肉食獣の顔を持ち、「ギャオォ」と吠えていた。

 タテガミの後ろには馬のような面長の動物の頭が後ろ向きに生えており、その胴体は鱗で覆われ、背中からは大きな蝙蝠のような翼が生えていた。

 尻尾は根元から二股に別れた双頭の蛇で、長く伸びた鎌首でビルの中にいる人々を襲っている。

 4つ足の先には2つに割れたひづめがついていた。

 ホールの中に降ってきた人間は、その魔獣の蹄によって跳ね飛ばされたパレードの参加者たちだった。


「なんというデタラメな獣…!」


 イヴリスは精霊召喚を解除すると、自分が見たことをそのまま皆に伝えてくれた。

 マルティスは、その魔獣が何かをイヴリスに尋ねた。

 召喚士の血統を持つマクスウェルの血を引く彼女は、魔獣には詳しい。


「あれはキマイラです」

「キマイラ…?」

「大昔に人間との戦いに召喚された記録があります。一族の系譜でみたことがあって、前の頭からは灼熱の炎を吐いて、後ろの頭からは毒霧を吐くんです。おまけに飛ぶんですよ」

「えっ!?飛ぶの!?」

「おいおい、なんでそんなのがここにいるんだよ?」

「私に聞かないでください。でも、おそらく誰かが召喚したに違いありません」

「誰かって…?魔族?」

「はい。この都市に恨みを持つ、もしかしたら我が一族の血統に連なる誰かかもしれません。あのレベルの魔獣を召喚できる魔族は他にいませんから」

「そいつが召喚された魔獣だとしたら、召喚士を見つけて倒せば魔獣は消えるのか?」


 ゼフォンがイヴリスに尋ねた。 


「いいえ。一度召喚された魔物は、最初の命令を果たすまで消えません。たとえ召喚者が死んでも」

「厄介だな」

「弱点はあるのか?」

「えっと、弱点というか、倒し方はわかります。ですが、相応の人数が必要かと」


 そう話していると、観客席からまた一段と大きな悲鳴が上がった。

 ホールから逃げようとして人々が殺到した結果、出口に向かう階段で将棋倒しになってしまい、その場で怪我人が出る事態になってしまったのだ。

 警備員たちが必死で整理しているが、人々はお構いなしに押し合い、我先に逃げようとしていた。

 人を押しのけ、踏みつけて外に脱出できた者もいたようだった。

 だが、今度は外から大きな悲鳴が聞こえた。

 イヴリスが再び精霊を出して確かめたところ、外にいた人間たちは魔獣の吐き出した業火の炎で焼かれて消し炭になってしまっていた。

 逃げようと表に出ていた客たちは、この様子を見て慌ててホールに戻ろうとし、通路は逃げるものと戻る者で押し合い状態になってしまっていた。

 すると、警備員たちがこう叫んだ。


「外には魔獣がいて危険です!このホールはテロや魔法による攻撃の対策が施されているので、ホール内にいれば安全です!席に戻ってください!!」


 それで客たちは大人しくホール内へと戻った。

 警備員たちが客たちを落ち着かせ、傭兵部隊が来るまでホール内に退避してくれと客たちを押し戻した。客たちは仕方なく座席に戻ったり、通路に座り込んだりした。

 イヴリスが見たところ、魔獣の体長は10~15メートルほどで、このホールの外壁の高さは50メートル以上はあり、そう簡単に壊されはしないはずだった。

 魔獣はホールの外壁に爪で攻撃したり炎を吐いたりしていたが、ホールの外壁には防御壁が張られていて、簡単には壊せないようだった。それでも、キマイラがホールの外壁に体当たりすると、ホールが音を立てて揺れた。その度に人々の悲鳴があがる。


 ステージ下の通路にいた私たちは、客席から通路にあふれ出た人々によって押され、いつしか身動きが取れなくなってしまった。

 まるで満員電車に乗っているみたいだ。


「こう人が多いと身動きが取れんな。魔獣と戦おうにも外にも出られん」


 ゼフォンが大勢の市民たちを見回しながら云った。


「他の闘士たちは?」


 ゼフォンが訊くと、すぐ後ろにいたコンチェイが答えた。


「とっくに逃げちまったよ。今ホールにいるのはこの後の出番を待ってたおまえたちとルキウスのチーム、エルドランくらいだ」

「なんとも機敏なことだ」


 ステージ下の楽団やダンサーたちは既に逃げ出していて、ステージ上には外から投げ込まれた人間の遺体だけが散乱している。

 気味が悪いのか、誰もそこには上がろうとしなかったので、私たちは人混みを避けるために、ステージに上がった。

 コンチェイはまだ残っている闘士たちを呼びに、控室の方へと人込みを掻き分けて行った。

 ステージ上からホール内を見渡すと、閉じ込められた大勢の人々が怯えながら肩を寄せ合っていた。

 楽しいはずのイベントが、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

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