第142話 対峙する者たち

「おまえは勇者がそのスキルを駆使して我を倒したと思っているようだが、それは違う。確かに勇者シリウスは我を追い詰めた。だが不死の我を殺すことは出来ぬと悟って、我に取引を申し入れてきたのだ」

「取引だと…?う、嘘だ、勇者は確かに魔王を倒したはずだ!」


 レナルドは混乱して叫んだ。


「云ったはずだ。我は不死身だと。勇者のスキルを以てしても一時的に封じるだけで我を殺すことは出来ぬ」


 サレオスもアスタリスも勇者と魔王が一騎打ちをしたことは聞き及んでいるが、その実態までは知らされていなかった。

 彼らは勇者が魔王に持ち掛けた取引がどのようなものだったのか、そして耳慣れない<生々流転フルドリバース>という言葉の意味を計りかねていた。


「魔王様、<生々流転>って何なんですか?」


 アスタリスが魔王に尋ねた。


「勇者の持っていた固有ユニークスキルだ。勇者シリウスは、特別な運命を持つ者だった。そのスキルを使用すると、運命を自在に操れる効果があったといわれているそうだ」

「えっ?運命を操れる…?それって無敵じゃないですか!!そんなこと、本当にあるんですか?」

「シリウスはそう言っていた。事実、我は100年もの間復活できなかった」

「勇者って、やっぱりすごいんですね…!」


 アスタリスは素直に感心した。


「だがエウリノームよ、おまえは<生々流転>に選ばれなかったようだな。人間に転生したのでは、願ったことの半分も叶わないではないか」

「…ですが、唯一私の固有ユニークスキルだけは受け継ぐことが出来ました。これさえあれば問題ありませんでしたよ」

「そうか、おまえは転生するために自ら命を絶ったのだな」

「…どのみち前の体は寿命が近かったのです。寿命が尽きる前に若い体を手に入れようと転生を願ったのです」

「転生!?そんなことができるんですか…?」

「それが<生々流転>というスキルの力だ。だが宝玉は劣化していく。使えば使う程、思い通りに行かなくなるということだ。実際、魔族ではなく人間に転生してしまったことがそれを証明している。そう都合の良いことばかりではないということだ」


 魔王の指摘に、レナルドは口をつぐんでしまった。

 それが正しい指摘だったということだ。


「エウリノーム、おまえが転生してまで生き延びたかった理由は、まだ見ぬスキルを得るためだったはずだ。だが人間に転生したことでどちらもその機会を失った」

「私に説教するつもりですか」

「いいや、忠告だ。<生々流転>によっておまえがその姿に転生したことには意味がある。ならばその運命を受け入れるべきなのだ」

「…知ったことか!私は魔族に戻る。そのために移魂術の実験を繰り返してきたのだ。あとは<生々流転>が私の望みを叶えてくれる。もうすぐ…もうすぐ叶う」


 レナルドは思わず本音をぶちまけてしまった。


「魔王様、この者が魔王様のお命を狙うのならば捨て置けません。いずれにしても、こやつは今はただの人間。宝玉を取り上げればすべての問題が解決します」


 サレオスは腰に帯びた剣を抜き放った。


「フッ、私は貴様らの想像もつかぬスキルをたくさん所持しているのだよ」


 そう云いながら、レナルドの姿が瞬時に消えたかと思うと、サレオスの背後に現れ、その喉元に剣を突き付けた。


「あなたのスキルも奪ってあげますよ」

「くっ…、ぬかった」


 レナルドはサレオスの首を斬ろうとしたが、腕が動かなかった。視線を移して初めて、魔王に剣を持つ腕を掴まれていることに気付いた。


「何っ!?」

「バカが。空間魔法の使い手である我の前で<瞬間跳躍テレポート>など子供騙しだ」

「魔王っ…!」

「我の部下に刃を向けた報いを受けよ」


 魔王は、レナルドの腕を掴んで捻じり上げた。

 その隙にサレオスは身を躱し、レナルドから距離を取った。

 魔王は掴んだ指先から炎を放った。

 炎はレナルドの腕を伝って全身を包み込み、瞬く間に燃え上がった。


「ぐぁああああ!」


 激しく燃えるレナルドの悲鳴が響き渡った。

 アスタリスが思わず後ずさってしまうほど、炎の勢いは凄まじかった。

 だがレナルドは、全身を炎に包まれながらもよろよろと歩き出した。

 おそらくは宝玉か回復系アイテムを使ったのだろう、間もなく火は収まり、ブスブスと黒い煙を全身から立ち昇らせていた。

 彼は呻き声をあげながらも、<瞬間跳躍テレポート>スキルを使ってその場から逃げた。

 アスタリスは、その目で彼の痕跡を追った。


「あいつ、ポータル・マシンを使って逃げるつもりですよ!追わないと!」

「放っておけ」


 魔王は素っ気なく云った。


「しかし、魔王様…逃がして良いのですか?」


 サレオスの言葉に、魔王は首を横に振った。


「そう長くはもたぬ」

「で、でも、魔王様の炎を受けてもまだ生きていました。炎耐性スキルでも持っていたのかもしれません」

「だとしても我の炎はじわじわと体の内部を焼いて行く。ポーションや回復魔法で延命はできるだろうが、あれで生き延びた人間はおらぬ」

「じゃあ、放っておいても死ぬと?」

「あれを治せる者はトワだけだ。ただし奴が魔族だったならばの話だがな」


 魔王はそう呟いた。

 

「それに、奴が本当にテュポーンを召喚できるのかどうかにも興味がある」

「魔王様…」

「フッ、あのスキルがどう作用するのか、見届けてやろうではないか」


 他人事のように笑う魔王を見て、サレオスは複雑な表情をしたが、そのまま膝を折った。


「魔王様、助けていただき感謝いたします。奴に殺され、スキルを奪われるところでございました」

「人間と言えど、甘く見るな」

「肝に命じます」


 サレオスは頭を垂れた。


「アスタリス、奴と一緒に乗り込んできた部下たちを探せ」

「は、はい。でも、すいません、僕顔を見ていなかったです…」

「大きな袋を持っていたはずだ。それを手掛かりに探してみたらどうか。私も魔力探知で探してみよう」


 サレオスはアスタリスを励ますように云った。


「は、はい。わかりました。やってみます」


 彼らが移動しようとすると、ちょうどマシンの小部屋から出て来たユリウスと鉢合わせした。


「ユリウス、戻ったのか」

「良かった。まだいらしたのですね」


 ユリウスは魔王の前で一礼した。


「どこに行っていた?」

「グリンブル王国の都市ラエイラです」

「ほう?」

「ラエイラの広場の地下シェルターの奥にポータル・マシンが設置されていました。そしてその先には、コルソー商会がスポンサーになっている『人魔研究所』という施設がありました」

「『人魔研究所』だと?」

「はい。以前、私たちが破壊した大司教公国の研究施設リユニオンの後継施設だそうです。そこの施設長だったラウエデスという人間が所長を務めているとか」


 ユリウスの報告にアスタリスは眉をひそめた。


「ラウエデスだって…!?あいつ、性懲りもなくまだ続けているのか…!」

「ついさっき行って見て来たわりにはやけに詳しいではないか」


 魔王の指摘にユリウスは少し笑った。


「実はその施設は既にアザドーの監視下にありまして、以前の仲間だったグリスという魔族が監視役として派遣されていたのです」

「なるほど。そいつからの情報か」

「はい。『人魔研究所』はコルソー商会の研究事業所として登記されていて、グリンブル王の認可を得ています。大司教公国の名は一切出していない上、研究室の責任者にはセキ教授を据えてあるとかで、アザドーも最初は不審に思わなかったようです」

「セキ教授だと…?」

「ポータル・マシンを横流ししていたアカデミーの教授だそうです。空間魔法の蓄電方法を発明した高名な科学者で、アカデミーをクビになった後はそこで研究を続けていたとか」

「…なるほどな。新型のマシンはそこで作られていたのか」

「そんな優秀な人がどうして横流しなんかしたんですかね?」


 アスタリスの質問にユリウスが答えた。


「セキ教授の1人娘が重篤な病だとかで、大司教公国からS級回復士を派遣してもらう見返りにマシンを横流ししていたという疑惑がもたれています」

「それじゃ脅迫されて…?」

「ええ。娘は治療と称してどこかに移されているようですが、おそらくは人質に取られているのでしょう。現在アザドーが捜索中です」


 ユリウスの説明に、魔王は思案顔になった。


「その研究所は大司教がいなくなった後も機能しているのか?」

「むしろ大司教がいなくなったことで資金を自由に使えるようになり、以前よりも動きが活発になっているようです。もしかしたら現在の国とも繋がりがあるのかもしれません」

「なるほど」

「魔王様、潰してもよろしいでしょうか?」

「我に許可を取る必要はないぞ。最初からそのつもりなのだろうが」

「ええ。ラウエデスという狂人は、思いつく限りの残酷な手段で殺してやりますよ」


 ユリウスは口の端を釣り上げて微笑んだ。

 その顔はなまじ美しいだけに凄絶なほどに邪悪に見えた。


「そんな顔をトワの前で見せるなよ」

「…失礼しました」


 ユリウスは口元を手で隠した。

 アスタリスは、ユリウスが拷問していたマリエルのことを思い出した。

 この穏やかで美しいユリウスには、隠されたもう一つの顔があることを知っている。

 魔王はそんな彼の本性を見抜いていたのだろう。


「だがそのセキ教授とやらは保護しろ。優秀な人材をむやみに殺してはいかん。人質がいるのなら助けてやれ」

「心得ました」

「アザドーには上手く説明しておけよ」

「それは問題ありません。アザドーには貸しがありますので」

「金か?それで奴らをアゴで使っているわけか」

「…否定はしません」

「まるでアザドーの幹部待遇だな」


 魔王の嫌味にももう慣れた風で、ユリウスは軽くあしらっている。

 実際、彼は潜入先のカジノで相当稼いでいて、ホテルを運営管理するアザドーにもかなりの実入りがあったのは事実だ。


「では私は準備をして向かいますので、これにて失礼します」


 ユリウスは魔王に一礼して風のように消えた。

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