第127話 黒髪の美青年

 私は斬られるのを覚悟した。

 だけど一向に痛みが来ない。

 そっと目を開けてみた。


「あれ…?」


 私を拘束していたルキウスと魔法士、それに前に立っていたはずのガウムが、剣を持ったまま床に這いつくばっていた。

 ガウムは白目をむいて泡を吹いていた。

 一体何が起こったのだろう?


「随分と勝手な真似をしてくれるな」


 その声は、扉の方から聞こえた。

 開いた部屋の扉の前に見知らぬ人物が立っていた。

 それは黒い服に黒いマント、腰に赤いサッシュベルトを巻いた、黒髪の見知らぬ青年だった。

 彼を見て、私は息をのんだ。


「だ…誰だ貴様!どうやって入って来た!?」


 ザファテが叫んだ。

 彼の護衛をするはずのガウムたちは全員床で倒れている。

 扉の向こうにも人が倒れているのが見えた。


「ありえん。この屋敷にはグリンブルから取り寄せた最新式の防御壁バリアが張り巡らされているのだぞ!この化け物め、どうやって入ってきた!?」


 化け物…?

 この人のことを云ってるの?

 ガウムたちを一瞬で倒したから…?


「貴様は何者だ!」

「雑魚に名乗る名はない」


 黒髪の青年はザファテの問いには答えず、手を前にかざした。

 すると、ザファテの身体が宙に浮いた。


「ぅわわわ!」


 彼は悲鳴を上げて、天井近くまで浮き上がり手足をじたばたさせていた。


「や、やめて、下ろしてくれ!頼む!!」


 ザファテは青年に懇願した。

 彼が手を振り払うような仕草をすると、ザファテの体はそのまま落下し、激しく床に叩きつけられた。


「ぐふっ!」


 かなりの衝撃だったのか、ザファテは床に血の混じった吐瀉物をまき散らした。

 それに構わず、青年は私の方へと歩いて来た。


「あ、あの…?」


 青年の視線が私の足元へ注がれた。

 見ると、ルキウスが私の足を掴もうと手を伸ばしていた。

 彼はまだ辛うじて意識を保っていたのだ。


「きゃっ!」


 私は思わず椅子から立ち上がって避けた。


「貴様…」


 青年はギロリとルキウスを睨んだ。

 その途端、ルキウスの体はものすごいスピードで宙に浮きあがり、天井を突き破って見えなくなった。

 呆気にとられた私は、穴の開いた天井を見上げていた。

 するとけたたましい悲鳴と共に、ルキウスが落下してきた。


「うわああ!」


 彼の体は床がへこむほどに叩きつけられた。

 ルキウスは口から血を吐いて、今度こそ気絶した。

 普通なら、四肢が砕けてしまいそうな程の衝撃だったのにも関わらず命があったのは、落下する直前にルキウスが自分で防御スキルを発動したからなのだろう。

 

 私は、あまりのことに言葉を失って立ち尽くしていた。

 そして黒髪の青年を見た。

 その姿はあまりにも美しくて、目が離せなかった。


 この人、誰なんだろう…?


 青年は私の傍に歩み寄って来た。

 圧倒的なオーラに、私はその場を動くことが出来なかった。


「きゃっ!」


 いきなり彼は私を両腕で抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 私は驚きすぎて声を出すことすら出来なかった。


「…少し痩せたか?」

「えっ?あああ、あの…?」


 え?

 え?

 何で?

 何が起こってるの?

 っていうか、顔が近い…!

 近くで見ると、クラクラするほどのイケメンなんですけど。


 非常事態だっていうのに、ついそんなことを思ってしまった。

 そんな場合じゃないのに。

 でもでも、だって、この人…私の理想の男性そのものなんだもん。


 そんな1人パニック状態になっている私をよそに、床に這いつくばったザファテが青年に語り掛けて来た。


「ま、待て…き、貴様、魔貴族か?いや、その恐ろしい姿は、もしや魔王守護将…?」


 ザファテはよろよろと立ち上がり、振り絞るように言葉にした。

 だけどその言葉に私は違和感を感じた。

 恐ろしい?

 この超絶イケメンつかまえて、このオジサン、さっきから何云ってるんだろう。

 もしかして恐ろしいほどのイケメンってこと?


「誰が我の前に立って良いと言った?」


 黒髪の青年がそう云うと、ようやく立ち上がったザファテは再び強制的に膝を折らされた。

 ザファテは土下座姿勢のまま、顔を上げることも出来ず呻き声を上げていた。

 そのザファテに、青年は凄みのきいた声で云った。


「2度とこの娘に手を出すな。次は貴様ごとこの国を滅ぼす」

「ひっっ…!ま、ま…さか、あなた様は…魔…ぐふっ」


 云いかけたザファテは再び床に頭を擦りつけることになった。

 今のって魔法?

 まるで上から強い力で押し付けられているみたいな。

 でもこんなの見たことない。


 そうしてこの部屋にはもう、意識のある者は私たち以外にいなくなった。


「あ、あの…助けていただいてありがとうございます」

「礼には及ばぬ」

「えっと…、あなたは誰か、私の知り合いの友人の方とか…ですか?」


 その青年は私を見下ろしながら、ため息をついた。


「…本当に忘れてしまっているのだな」

「え?」

「おまえは忘れているだろうが、我は以前からおまえのことを知っているのだ」

「え…?嘘…。だって私、アトルヘイム帝国からずっと旅をしてきてて、その前は大司教公国にいて、外に出たことなかったんですよ?」


 こんな美形と知り合って、覚えてないとかありえない。

 そうよ、今日初めて会ったんだから。


 その時、廊下の方から声が聞こえた。

 騒ぎを聞きつけて、屋敷の者が駆け付けて来たんだろうか。


「場所を変えよう」


 黒髪の青年は、私の耳元で「目を瞑っていろ」と囁いた。

 突然のイケメンの接近にドキドキした私は、云われた通りにぎゅっと目を瞑った。

 それはほんの数秒のことだった。


「目を開けても良いぞ」


 お姫様抱っこされたまま、耳元でそう告げられた。

 ふと、風が顔に当たるのを感じた。


 ん?

 なんで風?

 部屋の中にいたはずだけど…。


 目を開けると、やっぱりこの心臓に悪い顔が間近にあった。

 それよりも驚いたのは、目に見える風景が変わっていたことだった。

 そこは風が心地よく吹き抜ける草原だった。

 一体、いつの間に屋敷を出たの?


「ここは…どこ?」


 彼が私を降ろしてくれたのは、見たことのない場所だった。

 涼やかな風が吹き抜ける小高い丘の上で、一面に野原が広がっている。

 視界には青い空と野原だけが映っていて、建物も人影もない。

 風が、私のウィッグの髪をなぶる。

 ここはセウレキア?


「ここは我が亜空間に創り出した場所だ」

「亜空間?…現実の世界じゃないってこと?」

「亜空間は空間と空間の狭間にある。故にここには我と我が導いた者しか来ることが出来ない」

「あなたが創った…?」


 創ったってどういう意味だろう。

 そもそも亜空間っていうのがよくわからない。

 異次元とか異空間とか亜空間とか…それってSFとかの世界よね…?


 私が不思議そうな顔をしていたのがわかったのか、彼は首を振って「理解しなくても良い」と云った。

 私に理解できたことは、ここは内緒話をするのにはピッタリな場所だということだ。


「こんなに広くて綺麗な場所に私たちしか来れないなんて、なんだか勿体ないですね」

「誰にも邪魔されぬ場所を創りたかったのだ。時々、現実から逃げたい時に、ここへ来て昼寝をしている」

「秘密のサボり場所ってことですか」

「サボりとは人聞きが悪いな」


 彼はクスッと笑った。

 その顔がまたとても魅力的で、思わず見惚れてしまう。

 いけない、いけない。

 いくら超絶イケメンだからって、どこの誰かもわからない人と二人きりだってことにもっと危機感を持たないと。


「あの、あなた、魔族…ですよね?お名前を聞いてもいいですか?」


 超絶イケメンだけど、金色の瞳と魔族特有の尖った耳をしている。


「おまえの目に我の姿はどう映っている?」

「え?どうって…めっちゃ…イケメンですよ?あ、イケメンって美形の男性ってことで…」

「なるほど。記憶を失くしてもおまえにはそう映るか」


 容姿に関していえば完璧だ。

 文句のつけようのない、私の理想のドタイプ。

 中身についてはまだよくわからないけど。


「我はゼルニウスという」

「ゼル…ニウス…?」


 その名を聞いた時、胸がモヤモヤした。

 どこかで聞き覚えがあったからだ。

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