第126話 拉致
あんなに強いと思ってた仲間たちが、あっさり負けたのを見て、私は絶句していた。
何なのこの人たち。
強すぎるんだけど。
あのゼフォンが手も足も出なかった。
「おまえの仲間を、回復してやったらどうだ?」
隣の少年が云う。
「え…」
やっぱりこの子は私の回復能力のことを知っているんだ。
「あなた、一体何者…?」
「早く行かねば奴らが苦しむぞ」
「あ、うん」
まだ聞きたいことはあったけど、少年に促されて私は席を立った。
ユリウスにお菓子の礼を云って、客席裏の階段を駆け下りた。
今は仲間の安否が気になる。
チームの控室に入った私は、ベッドに寝かされていたイヴリスとマルティスを回復させた。
ダメージ吸収スキルを持っているゼフォンは、どこも怪我を負ってはいなかったけど、無言のままでなにか考えに沈んでいた。
回復したマルティスは、私に礼を云ってベッドを下りた。
「いや~、参ったね。さすが本職だな。可愛い見かけに騙されてたけどあの坊やも相当の手練れだった」
「ナントカ騎士団って言ってましたね」
「聖魔騎士団、だ」
イヴリスのセリフをゼフォンが正した。
「聞いたこともない騎士団だったが、まあ、魔貴族のお抱えの騎士団なんか知らなくてもしゃーないか」
「あの強さは尋常じゃない。今まで戦った中でもダントツに強かった」
「あのオレンジ頭の男か。二刀流だったな。あんなのがあの魔貴族陣営にゴロゴロいるとしたらおっそろしいねえ」
「空を飛んでいた男も相当な手練れですよ。<ジン>の精霊魔法を吸収して撃ち返すなんて特殊すぎます」
「でもよ、ゼフォン。なんで防御スキルを使用してなかったんだ?使ってたらいい勝負できたんじゃねえ?」
マルティスの云うことにゼフォンは首を振った。
「いいや。最初の申し入れの時に、お互い防御スキル無しで戦おうってことにしたんだ。たぶん、向こうも同程度の防御スキルを持ってたはずだ」
「へえ…ガチンコじゃねえか」
「向こうも純粋にゼフォンさんとの戦いを愉しみたかったのでしょうか」
「おそらくな。久々に俺も全力を出せたてスッキリしたが、悔しさも残る」
「私も…自分の未熟さを思い知らされました」
イヴリスはシュンとした。
「相手は職業軍人だったんでしょ?そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?」
私が励まそうとすると、イヴリスは「そうじゃないんです」と否定した。
「トワ様の回復にいかに頼っていたかがわかって、反省してるんです」
「それは別に…反省すべきことなの?」
「いえ。反省すべきはそれを自分の実力と勘違いしていたところなのです」
「それはあるかもな」
マルティスはそう云って私をじっと見た。
「あいつら、おまえを知ってるようだったぞ」
「え?私は知らないけど?」
「だよなあ。だいたい魔貴族と接点がある人間なんているわけないもんな」
「うん…」
あの男の子のことは気になるけど、面識はないはずだ。
「あ、私コンチェイさんのとこ行ってくるね」
「奴隷の治療に行くのか?」
「うん。今日のイベントでお客にやられる役の奴隷が結構いたし」
私は控室を出て、闘技場の裏口へ向かった。
魔族の奴隷に怪我人が出るとコンチェイから連絡が来て、その都度こっそり回復しに行っているのだ。
今日のイベントではまだ連絡はないけど、魔族の奴隷たちがまるで物のように扱われ、魔法や武器の的にされていた。以前から何とかできないものかと何度もコンチェイに掛け合ったけど、運営委員会の方針には逆らえないし、逆らえばクビにされてしまう。そうなれば委員会はコンチェイの代わりに思い通りに動いてくれる新しい世話役を寄越して、奴隷の扱いは今よりもっと酷くなるに違いない。
闘技場の中では、まだイベントが続いているようで、客席から歓声が聞こえる。
誰もいないのを確認して、地下室へと向かう。
ところがその入り口で私を待ち伏せしていた人物がいた。
「よう、水鉄砲士」
「あなたは…たしかガウム」
「覚えててくれて光栄だな」
それは以前トーナメントで戦ったガウムという男だった。
マルティスを闇討ちさせた悪い奴だ。
気が付くと、周りを数人の男たちに囲まれていた。
「何の用?」
「一緒に来てもらいたい」
「どこへ?」
「さるお偉い御仁のところさ。断ることはできねえぞ」
「待って、仲間に言ってから…」
「その必要はない。おい、連れて行け」
「ちょっ…」
半ば無理矢理彼らの馬車に乗せられた。
馬車の中では人相の良くない連中に囲まれて、身動きが取れなかった。
そのまま数時間、馬車に揺られて連れて来られたのは、同じ都市とは思えない程静かな郊外に建つ、大きな屋敷だった。
「ここは俺たちのパトロンであるザファテ様のお屋敷だ」
「ザファテって誰?」
「はあ?嘘だろ…?貴様、知らんのか?このセウレキアの市長で、この国の実力者だぞ!」
「うん、ぜんっぜん知らないわ」
ガウムはどうだと言わんばかりに自慢してきたけど、私の薄い反応にがっかりしたようだ。
馬車から下ろされた私は、ガウムにお屋敷の中へ連れて行かれた。
屋敷の中は中世の貴族の宮殿のような豪華さで、廊下にも高そうな家具が置かれている。
私が通されたのは、豪華さとは無縁な殺風景な部屋だった。
広い部屋の真ん中に椅子がひとつだけ置かれている。
私はそこに座るよう命じられた。
ガウムに見張られながら待っていると、扉が開いて見知らぬ人物が入って来た。
「ザファテ様、例の娘を連れて参りました」
ガウムは頭を下げた。
「少々強引に来てもらったようで、悪かったね」
ザファテという人は明るい栗色の長い髪を首の後ろでひとつに縛っているおしゃれな感じの40代くらいの男性で、仕立ての良さそうな丈の長いグリーンのジャケットスーツを着ていた。
「申し遅れたね、私はザファテ・ロウ。ペルケレ共和国合議会のメンバーの1人で、セウレキアの市長をしている」
ザファテは整えられた顎髭に手をやりながら、自己紹介をした。
要するに彼はこの国の権力者だということだ。
「その市長さんが私に一体何の用なんですか?」
「先日行われた決勝戦のことなんだがね」
「はあ…」
「入って来たまえ」
ザファテが合図すると、扉からまた別の人物たちが入って来た。
私には見覚えのある者たちだった。
「あなたは…!」
「やあ、決勝戦ぶりだね」
それはチーム・ルキウスのリーダー、ルキウスとメンバーの魔法士だった。
彼らはザファテに頭を下げ、ガウムの隣に並んだ。
「どうして…」
「ザファテ様は僕らを支援してくださっているんだ」
「パトロン…ってこと?」
「そういうこと」
ルキウスはニコリと笑った。
戦いの時はよく見ていなかったけど、彼は茶色の巻き毛の、なかなかの美青年だった。
隣の魔法士の男性は特徴のあまりない顔立ちで、悪く云えばモブっぽい。
「私は仕事で見に行けなかったのだが、彼らから決勝戦での報告を聞いて、どうしても君に確かめたいことがあって来てもらったのだよ」
「確かめたいこと…?」
私はギクリとした。
「彼らの報告では、決勝戦で君のチームのマルティスという弓使いは、短時間に立て続けにダメージを完全回復させたと聞いている。運営には自己修復スキルだと申告しているようだがね。我々の認識としては、魔族の自己回復系スキルでは短時間にあれほどに連続回復することは不可能だ」
やっぱりその話か…。
マルティスも怪しまれたかもって云ってたもんね。
「あ、あれはポーションを使ったんです」
私は用意していた答えを云った。
ザファテは私の顔を見て笑った。
「魔族のポーションは連続して使用しても効果がないことを知らないはずはないな?」
「えっ?そうなの?」
あれ、魔族専用ポーションって、そういう設定だったっけ?
あっちゃ~、すっかり忘れてたわ…。
「しかも君が試合中に背中に負った傷も、試合後には完璧に消えていたそうじゃないか。控室にいた他の闘士が見ていたそうだよ。本当のところ、どうなんだね?君は魔族を回復できるのかね?」
「で、できません」
「ではどうやったのか、教えてくれないか?」
「そ、それは自己修復スキルで…」
「ほう?では君たちパーティの中には自己修復スキル持ちが2人もいるというのかね?実に珍しいことだ。魔族全体の中でも1%くらいしかいないと聞くが」
ええっ?
自己修復スキル持ちって、そんな珍しいの?
だってマルティスはそう云っとけば平気だって…。
「あ、あの、ポーションも使ったりしたので…」
「君たちの控室には魔族用ポーションなど置いていなかった。使用した形跡もなかったようだが?」
「え…っと…」
ああ、自分で地雷踏んじゃった。
困った、何て云おう…。
「フッ、苦しい言い訳だね」
半笑いでそう云ったのはルキウスだった。
「そろそろ認めたら?僕らは間近で見ていたから、わかるんだよ」
「…嘘よ」
「いいや、僕は以前から疑っていたんだよ。もしかしたら君がゼフォンたちの魔力を回復させているんじゃないかってね。だから仕掛けてみたわけ」
「仕掛けたって…」
「わざと君を狙ったんだ。そうしたらどうだい?彼らは必死で君を守ったよね。あの弓士の男なんて君を守るために無抵抗で魔法を撃たれていた。あんなことができたのは、君が回復してくれるって思ってたからなんだろう?」
見透かされてる。
全部、この人の思惑通りだったってわけ?
「違います」
それでも私は、否定して沈黙を守った。
この場ではそれしかできなかった。
ザファテは私の前にツカツカと歩み寄った。
「君が認めなくとも、疑いがある以上、放っておくことはできないんだよ。実はね、このことは闘技場運営委員会でも審議の対象となっていてね。私も委員会の会議に出席する予定なのだよ。その際、君には出席して真偽のほどを証言してもらうことになる」
「…証言したら、どうなるんですか?」
「これは世界を揺るがす一大事だ。魔族を回復できる者の存在など、あってはならないことなんだよ」
あってはならないって、それもう答えが出てるんじゃない。
要するに私の存在を許さないってことよね?
「もし君が魔族を回復できるということであれば、君の身柄は政府が預かることになる」
「政府!?」
「このことが公になれば、各国から君は狙われることになるからね」
「な、なんでそうなっちゃうの?私なんか只の闘士なのに」
私の頭は混乱した。
勇者候補から落ちこぼれて追放されて、一文無しで旅をしてきてこの国で闘士になったのに…。
そんな私を巡って、今度は国レベルの話?
まさかまさかよ…。
「私が最も恐れているのは、君の存在を復活したという魔王が知ることなのだよ。もしそうなれば、魔王は君の能力を使って100年前の復讐をするかもしれん。君を擁して再び戦争をしかけて来たら、もはや我々に打つ手はなくなる」
「せ、戦争…?」
「このことが公になれば、間違いなく君は処刑されるだろう」
「え…!」
なんとなく予想はしていたけど、こうしてハッキリ言葉にされるとかなり怖い。
「そこでだ。君にひとつ、提案があるんだ」
「提案?」
「私が君の後見人になってあげようじゃないか」
「後見人って…どういうことですか?」
「君が私のいうことを聞いてくれれば、君の素性を隠す手伝いをしてあげよう。委員会での報告も私が手心を加えればいくらでも誤魔化しがきく」
「えっと…それであなたに何のメリットがあるんですか?」
「私は闘士の他に、傭兵部隊を持っていてね。その中には魔族も大勢いるんだよ。傭兵部隊の中には人間の回復士もいるんだが、知っての通り魔族は回復できないからね。君が彼らを回復してくれたら、私の傭兵部隊は無敵になる。あの
「私に、闘士を辞めて傭兵部隊に入れっていうんですか?」
「そうだ。それが君に残された唯一の生きる道なんだよ。政府に拘束されたら一生幽閉されるか、殺されるかだ。あるいは魔王に捕まって戦争の道具にされるか」
この人、云っていることが矛盾してる。
傭兵部隊だって、戦争の道具じゃない。
「…回復なんかできないって言ってるじゃないですか」
「じゃあ今ここで調べてみるかね?」
ザファテが合図すると、ルキウスと魔法士が私の身体を左右から拘束した。
「な、何をするつもり?」
ガウムが剣を手にして私の前に立った。
「今からこのガウムが君を切り刻む。死にたくなければ自分を回復してみせるんだな」
「そんな…!」
「自己修復スキルでないことを証明するために、死なない程度に連続で攻撃する。君には長く痛い思いをさせてしまうが、回復できるのなら問題なかろう?」
「へっ、悪く思うなよ。これも仕事だからな」
「回復なんてできないって言ってるじゃない!」
「できなければ死ね。疑うべきは罰するということで私が君を処刑したことにする。私の役に立たぬのなら君に価値などないのだよ」
どうしよう、この人本気だ。
この状態じゃ逃げることもできない。
でも大人しく殺されるのなんてごめんだ。
だけど…ここで回復できることがわかれば拘束されて傭兵部隊に入れられちゃう。
あ~、もうどっちにしても最悪じゃない…!
ガウムが剣を振り上げた。
誰か、助けて…!!
その瞬間、私は覚悟して目を瞑った。
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