第125話 エキシビション・マッチ

 ゼフォン、イヴリス、マルティスの3人とエキシビション・マッチを行うのは、ゼルというパトロン希望の魔族の騎士団だという3人の魔族だ。

 カナンというオレンジ色の髪の精悍な男と、金髪に黒メッシュのイケメンでビジュアル系バンドにいそうなクシテフォン、ネーヴェというエメラルドグリーンの髪をした美少年の3人のチームだった。


 彼らは闘技場の控室で、お互いに顔合わせをしていた。

 ゼフォンはカナンと対峙しただけで、その佇まいからかなりの実力者だとわかったようだった。


「あいつは強い。手を抜くどころの騒ぎではないぞ」


 ゼフォンがそう感想を述べると、マルティスは眉をひそめた。


「おいおい、これはエキシビションだろ?マジになるなって」

「ゼフォンさんがそんなことを言うなんて…気を引き締めてかからねばなりませんね」


 そう話すイヴリスの元へ、美少年のネーヴェがやってきた。


「ねえ、あんた精霊召喚する人だよね。近くで精霊を見たかったんだ。楽しみだなあ~!」

「はあ…」

「珍しいスキルだよね!魔力消費はどのくらい?詠唱は長い?精霊を見たいから詠唱の邪魔はしないでおくね!」


 人懐こいネーヴェにイヴリスは戸惑った。

 するとマルティスがイヴリスに代わってネーヴェに云った。


「あんた可愛い顔してっけど、手加減してやれねえからそのつもりでな」


 するとネーヴェの表情が変わった。


「僕はトワ様をあんな目に遭わせたあんたらを許さないからね」


 その鋭さに、マルティスはギクリとした。

 それは、彼が『トワ様』と云ったことに対してだった。



 控室でそんなやりとりがあったことなぞ知らず、私は闘技場のVIP席に招待されていた。

 VIP席というだけあって、そこだけ独立した個室になっていて張り出したバルコニーが付いている。そこから闘技場内を俯瞰で見ることが出来る。

 ふかふかのクッションがついた椅子が並べられ、その前には飲み物などを置くサイドテーブルが置かれていた。

 私はゼルという少年魔族の隣の椅子に座って試合を見ることになった。


「あ、あの、ご招待ありがとうございます」


 お礼を云うと、少年はそっけなく「ああ」とだけ答えた。

 私が席に着くと、少年と目が合った。


「あの、どこかで…お会いしたことあります?」


 そう云うと、彼は驚いた表情をした。


「なぜ、そう思う?」

「あっ、ごめんなさい。ただそんな気がして…」

「ふぅん、意識下には微かに記憶が残っているのか?」

「え?」

「何でもない」


 そこへユリウスが冷たいソーダ水とお菓子を運んできてくれた。

 そのお菓子を見て、私は声を上げた。


「ええっ?待って、これって、ショートケーキ…?!」


 ユリウスはにっこり笑った。

 私は目を疑った。

 卵色のスポンジケーキに生クリーム、天辺には苺のような小さな果物が乗っている。

 元の世界の物とまったく同じではないけど、これはどう見てもショートケーキだ。

 どうしてここにショートケーキがあるの?

 先日貰ったマカロンにも驚かされたけど、まさかケーキまであるとは。


「ああ…夢にまで見たショートケーキ!」


 こっちの世界に来てからもう一生食べられないと思っていた。

 あのマカロンもビックリする程美味しかった。

 このケーキもきっと…。

 大司教公国のクソまずい料理で打ちのめされた私の舌が嬉しさに打ち震えている。

 私はフォークで恐る恐る一口食べてみた。


「オーマイガー!!」


 一口だけでもう美味しかった。

 まさに絶品だった!

 甘さを抑えた、ふわふわの生地に生クリームの甘さがマッチしていて極上のスイーツに仕上がっている。


「すっごい美味しい…!さすがね、ユリウス!」


 私が無意識にそう云うと、ユリウスはビックリした顔をした。

 思わず彼の名を口走っていた。

 云ってからハッと気づいた。


「あ、ごめんなさい!つい興奮しちゃって…なんか呼び捨てにしちゃった…」

「いいえ。お口に合ったようで嬉しいです」


 その後、ユリウスは試合が終わるまでずっと笑顔だった。

 褒められたのがよっぽど嬉しかったんだろうか。


 そしてエキシビション・マッチが始まった。

 最初は個人戦のチャンピオンのエルドランという魔族が、一般人の3人組と戦っていた。

 この一般人は、応募者の中から抽選で選ばれることになっているのだが、裏では金が動いていたらしい。

 要は、抽選と云いつつ金を多く積んだ者が選ばれるわけだ。

 肝心のその試合だけど…。

 傍から見ていても明らかにエルドランは手を抜いているように思えた。

 スキルも使わずに、槍の技術だけで3人組をあっという間に転ばせていた。

 観客からはヤジも取んだけど、3人組はそれでもチャンピオンと戦えて満足したようだった。


 次は魔法士による魔法技術のエキシビション。

 火、水、風、土の魔法をそれぞれ唱え、その派手さを競った。

 いずれも最上級以上の魔法士たちで、闘技場内に立てられた案山子のような人形をターゲットに、強力な魔法が披露された。


 その次は下級トーナメント優勝チームによる魔獣討伐ショー。

 魔獣はその場で魔物召喚スキルを持つ魔族によって召喚された。

 魔獣と云っても下位魔獣で、大平原に行けば普通に遭遇するような大きな狼とか熊みたいな魔物ばかりが召喚された。優勝チームがそれを見事に討伐した。


 その後は、的を置いての弓の腕を競う大会や派手な剣舞などが披露された。

 途中に歌や踊りなどのハーフタイムショーなんかもあって、なかなか盛大なイベントだった。


 そしてようやく本日のメインイベント、チーム・ゼフォンの登場である。

 客席から歓声が上がった。

 私が欠席した理由については、決勝戦での傷がまだ癒えてないから、ということになっていた。

 

 対戦相手の騎士団3人が登場すると、観客席からはチーム・ゼフォンを応援する声援が飛んだ。


 ゼフォンは槍を構えた。

 カナンも両手に剣を構えた。


「二刀流か」


 ゼフォンはカナンから発せられるただならぬ気配に、首の後ろの産毛がチリチリと逆立つのを感じた。こんなことは未だかつて経験したことがなかった。


「元チャンピオンに敬意を表して、二刀で戦ってやる。全力で来い」


 カナンはそう挑発した。

 ゼフォンの代わりにマルティスが答えた。


「そんじゃ遠慮なく行くぜえ」


 戦闘開始の鐘が鳴った。


 マルティスが弓を構え、イヴリスが<精霊召喚>を唱える。

 ネーヴェの云った通り、彼らは召喚の邪魔をしなかった。

 

 マルティスが複数の弓矢を一度に撃つ範囲スキルを使ったが、彼らには防御スキルがあったようで、矢はすべて弾き返された。


「チッ、防御スキル持ちかよ」


 一方、イヴリスは炎の精霊<ジン>を召喚し、空中から炎の魔法をネーヴェに向けて放った。

 ネーヴェは<攻撃魔法無効>を持っていたが、精霊魔法には効力を発せず、火球が彼の頬をかすめて行った。


「精霊魔法ってすごいなあ!」


 ネーヴェは素直な感想を云った。

 彼は精霊に向けて風の魔法を撃ったが、魔法は精霊を通り抜けてしまう。


「精霊って魔法防御も効かない上、普通の魔法じゃ倒せないのかあ。これは厄介だね」


 ネーヴェはぼやいた。


「要するに召喚主を倒せということだな」


 隣でクシテフォンがそうきっぱり云った。


「じゃあお願いするよ。僕は援護に回る」

「心得た」


 クシテフォンは<ジン>の放った魔法の直撃を受けたように見えた。

 だがそれは、クシテフォンの手のひらにすべて吸い込まれてしまっていた。


「精霊魔法を吸い込んだ!?」

「普通の魔法は効かないが、同じ精霊魔法ならばどうだ?」


 イヴリスが驚いていると、クシテフォンは吸収した魔法を精霊に向かって撃ち返した。

 だがその魔法は炎の精霊に吸収されてしまった。


「なるほど。自らの魔法ではダメージを受けないということか。ひとつ勉強になった」


 クシテフォンは頷きながら、精霊が発する魔法をすべて吸収してしまった。

 そして今度はそれをイヴリスに向かって放ったが、紙一重で躱された。

 精霊魔法は彼女の魔法反射盾をもすり抜けることがわかった。

 こんなことは初めてで、イヴリスは精霊魔法を撃ち返される恐怖に慄いた。


 一方、戦う相手を変えたネーヴェはマルティスに向かって驚くべき速度で魔法を連打してきた。


「わわわ!マジか!」


 彼は慌ててイヴリスの展開する魔法反射盾の後ろへ逃げ込んだ。


「くっ、何て速さだ。ホントに詠唱してんのか?」

「マルティスさん、攻撃してください!」

「お、おう!」


 マルティスはイヴリスの盾の後ろから弓を撃つが、彼らの防御スキルの前では役に立たなかった。

 おまけにネーヴェの魔法が連弾で飛んできていて、弓を撃つ暇すら与えられなかった。


「こりゃ詰んだかな」


 マルティスはイヴリスの後ろでボヤいた。


 クシテフォンはイヴリスとその後ろにいたマルティスめがけて、精霊魔法と投擲武器を交互に投げて来た。


「ちょっとちょっと、それはずるいって!」


 イヴリスの魔法反射盾ではクシテフォンの物理攻撃を防ぐことはできない。

 だが物理反射盾に代えると今度はネーヴェの魔法が防げない。

 無駄口を叩いている間に、クシテフォンの投げたチャクラムが、綺麗にカーブを描いてイヴリスの後ろのマルティスの顎を直撃した。


「ぐはっ!」

「マルティスさん!」

「ギブ…アップ…!あとはよろしく…グハッ」


 マルティスはそう云ってそのまま倒れて気を失った。


 イヴリスは<ジン>にネーヴェの相手をさせ、自分はクシテフォンを相手に剣を抜いた。

 クシテフォンは翼を出して空中を自在に駆け巡った。


「チッ…空まで飛べるとは」


 イヴリスは思わず舌打ちした。

 ネーヴェの魔法は盾で防いでいるが、クシテフォンの方は動きが不規則で全く読めない。おまけに魔法と投擲武器、どちらが飛んでくるのかもわからない厄介な相手だ。

 イヴリスは次第に焦り始めていた。


「強い…」


 イヴリスの息が上がってきた。

 それは精霊の<ジン>に魔力を使っているせいでもあった。

 いつもなら、トワが魔力を回復してくれるので、疲労感など感じたこともなかった。

 彼女がいるといないのとでは、こんなに戦力に差が出るものなのかと思い知った。


「そろそろ魔力が底をついてきたか?」


 クシテフォンの問いに、イヴリスは荒くなった呼吸で答えた。


「何…?」

「おまえたちがこれまで勝ち抜いてこれたのは、あの方のおかげだということを思い知ったようだな」

「!?」


 素早さには自信のあったイヴリスがクシテフォンの動きについていけていない。

 そうして戸惑っていると、急に体の中心部に違和感を感じた。

 

「ぐふっ…!」


 いつの間にか目の前にクシテフォンがいて、その拳が鳩尾にヒットしていた。

 イヴリスはそのままクシテフォンの腕の中で気を失った。

 それと同時に精霊も消えた。


「今の体技って、カナンに教わってたやつ?」

「ああ。実戦で使うのは初めてだったが、うまくいった」

「僕は見せ場が無くてションボリだよ」

「相性が悪かったな。だが精霊魔法を見たいからと立候補したのはおまえだろう」

「そうなんだよね~」


 ネーヴェはペロッと舌を出した。

 クシテフォンはゼフォンと一騎打ちしているカナンの方を見た。


「あとはカナンだな」

「あーあ、なんか楽しんじゃってない?」

「カナンと撃ち合える者などそうはいないからな。ユリウスの言う通り、あのゼフォンという者、相当の腕だ」


 カナンとゼフォンはスキルも使わず剣技のみで戦っていた。

 槍と二刀という異種格闘だが、その撃ち合いは見ごたえがあった。

 というのも、カナンのモーションがまるで剣舞のように美しかったからだ。

 ゼフォンは汗だくだったが、カナンからは余裕が感じられた。


「ちょっとカナンー!そろそろ決着つけてよ」

「え?もうか?仕方ないな…」


 ネーヴェに急かされると、カナンは持っていた剣を背中からくるくると回して高く放り投げ、体の前で受け取るという曲芸のようなパフォーマンスをして見せた。

 観客へのサービスだったらしく、それはそれで歓声を浴びた。

 その歓声が鳴りやまないうちに、圧倒的なスピードでゼフォンの槍のリーチ内に入った。ゼフォンが疲れから、脇が甘くなっていたのをカナンは見逃さなかったのだ。


「惜しいな。力は十分だが体の使い方が下手なせいで体力の消耗が激しい」


 カナンは2本の剣をクロスするようにゼフォンの喉元に突き付けた。

 このまま剣を押し込めば、ゼフォンは首を落とされて絶命しただろう。


「ま、参った…」


 ゼフォンは震えるような声で云った。

 カナンが剣を引くと、ゼフォンはその場で崩れ落ちるように膝をついた。


「勝負あった!挑戦者チームの勝ち!」


 そう審判が下ると、観客たちからは拍手とともにブーイングも巻き起こった。

 どうやら観客たちは、ゼフォンたちが挑戦者チームに、イベントだからとわざと負けたのだと思ったようだ。

 しかしそんなブーイングなど気にもせず、カナンはゼフォンに声を掛けた。


「ゼフォンと言ったか。なかなかいい腕だ。得物の相性を考えると俺の方が有利だったな」

「あんた、何者だ…?」

「俺は聖魔騎士団副団長のカナン。独りよがりな戦い方では大事なものは守れんぞ」


 ゼフォンはカナンを見上げた。

 肩で息をしている自分とは違い、彼はまるでストレッチでも済ませたかのように軽やかだった。

 体の使い方、体力と魔力の温存の仕方、すべてでカナンが勝っていた。

 完敗だった。

 負けたものの、ゼフォンの表情は清々しかった。

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