第124話 パトロン
闘技場のVIP席で、魔王は苦虫を潰したような顔をしていた。
「魔王様、バリアを壊しましたね」
ユリウスが嫌味を含んだ云い方をした。
「そしてあのチームのリーダーの動きを重力魔法で封じたでしょう?」
「そういうおまえもあの魔法士の真後ろの客席まで移動しようとしていたではないか」
「…トワ様が弓矢を受けた時点でもう我慢の限界でしたから」
心を見透かされたユリウスは魔王を見た。
「しかしそろそろ潮時だな。こんな大衆の面前で力を使ったのだ。聡い者には気付かれ始めている」
「客も騒ぎ出していましたしね」
「時間の問題だな」
魔王は席を立った。
そこへ、カナンが声を掛けて来た。
「魔王様、お願いがあります」
試合後、闘士たちの宿舎の周りは騒然となっていた。
魔族のチームが初めて決勝トーナメントで優勝したことは、驚くべきトピックだったからだ。
コンチェイが宿舎に群がる人々の対応に苦慮していた。
宿舎の中にもプロモーターだのパトロンになりたいだのという人々が押しかけてきていた。
その中には、マルティスの回復能力について教えろと食い下がる者もいた。
急激な周りの変化に、ゼフォンたちは戸惑うばかりだった。
コンチェイが一通り対応してチームの控室に戻ってきた。
「うっかり外を歩くこともできなくなりましたね」
イヴリスが苦情を訴えた。
「まあまあ、これも有名税だって。報奨金もたっぷり出るし、いいじゃないか」
「…お金はあるに越したことはありませんが、代わりに何かを失った気がします」
宿舎に戻ってから、ゼフォンはずっと無言だった。
その彼がようやく口を開いた。
「今後、トワを戦闘に出すのはやめよう」
「おいおいゼフォン、今日はまあ、アレだったけど次から気を付ければいいだけの話じゃないか」
マルティスの言葉にゼフォンは首を振った。
「今日の試合で、トワの存在が重要であることが露呈してしまった。普通のパーティなら、回復士以外の後衛が倒れても放置するところだが、我々はそうしなかった。少し知恵の回る者ならば、その理由を探ろうとするだろう」
「確かにそうですね…」
「いやいや、大丈夫だって」
マルティスは食い下がった。
「魔族を回復できる者がいるなんて誰も信じないって」
「ではおまえがトワを体を張って助けたことはどう説明するんだ」
「じゃあ、こうしよう。俺が身を挺してトワを守ったのは、トワが俺のパートナーだからだって公表すればいい。それなら納得がいくだろ?」
「個人的には納得いかん」
「どうしてあなたのパートナーなんですか」
「おまえらな…。だいたいトワがいなかったら、スキル連発できんだろーが」
「…奴らの狙いは最初からトワだった。俺はそんなことすら見抜けなかったんだ」
「…私も。自分の力に己惚れていました」
その場がシーン、と静まり返った。
「トワはどうしてる?」
マルティスがコンチェイに尋ねた。
「寝かせてきたよ。回復したとはいえ、傷の痛みのショックが残ってるんだろう。おまえが矢を抜いた時、絶叫していたからな」
「悪かったと思ってるよ…」
「私たち、トワ様が人間だということを、失念していましたね…」
「ああ、痛みに強い魔族とは違うんだよなあ…俺もうっかりしてた」
「むっ」
ゼフォンが急に壁の方を向いて構えた。
「どうした?」
マルティスがゼフォンを振り向いた。
「いや…気配を感じたんだが。気のせいか…」
その頃、トワは隣の部屋のベッドで眠っていた。
そこに1人の人物が現れた。
黒髪に金色の瞳をした青年―魔王ゼルニウスだった。
彼は音もたてずにベッドに近づくと、トワの顔を覗き込んだ。彼女は彼のよく知っている黒髪をしていた。
ベッドの脇には栗色のウィッグが置いてある。
なるほど、これを被っていたのかと彼は納得した。
呼吸で上下している胸の上に乗せられている指には、彼の贈った指輪が嵌っている。
それを見て魔王は優し気に微笑んだ。
彼の指が、そっとトワの頬に触れる。
たった数か月会わなかっただけで、こんなに懐かしく、愛おしいと思うことが不思議だった。
記憶のない彼女を魔族の国へ連れて帰るのは気の毒だと躊躇していたが、あんな試合を見せられてはもうここへ置いておくわけには行かない。
もし自分を覚えていなくても、このまま異空間を通って魔王城へ連れて帰るつもりだった。
魔王がトワを抱き起そうと触れた瞬間、ふいに彼女の目が開いた。
「トワ…?」
いや、違う。
なぜならその瞳は彼と同じ金色をしていたからだ。
『勝手なことをしないで』
その言葉はトワの口からではなく、直接頭に響いてきた。
「…どういうことだ。おまえは、誰だ?」
『今更聞くことでもないでしょう』
「まさか、おまえは…」
トワは再び目を閉じた。
魔王は驚いた表情のまま、しばらく彼女の顔を見つめていた。
トワは何事もなかったかのように、静かに寝息を立てている。
魔王はトワの額に口づけをひとつ落とすと、再び異空間へ消えていった。
翌日、私たちはコンチェイからエキシビションの試合があることを聞かされた。
上級トーナメントが終了した後は、ファンサービスのためのイベントが行われ、その中で、一般から募集した腕自慢たちと試合を行うエキシビション・マッチが行われることになっているという。
「客サービスの一環だよ。気軽に考えりゃいい」
「客と戦うって、負けてやった方がいいのか?」
マルティスがコンチェイに問う。
「いや、怪我をさせない程度に勝ってくれればいい。どうせ挑戦者は人間ばかりだ。多少の怪我なら回復士が付くから問題ないさ」
「下らん遊びだ」
ゼフォンは吐き捨てるように云った。
「そうそう、君たちのパトロンになりたいと申し出てきた人がいるんだが」
「おっと、ついに来たか!」
「パトロンって何?」
私にはあまり馴染みのない言葉だった。
「俺らに金を出してくれる支援者のことさ」
「ああ。生活周りまで援助してくれる人だよ」
「つまりはバックアップしてくれるお金持ちってことですね」
「わかった、スポンサーってことね」
マルティスたちの説明にようやく合点がいった。
コンチェイは咳払いをしてそれに付け加えた。
「まあ、パトロンになる理由は、賞金額のキックバック以外に、有名人を連れまわしたいとか、金持ち仲間に自慢したいとか、パーティとか社交界で横にはべらせたいとか、要は自分の権力を誇示したいってとこだな。だから闘士の衣食住まで面倒みてくれるし、生活レベルを上げさせてくれるんだ。まあ、夜のお相手をさせるなんていう奴もたまにいるから、気を付けんといかんがな」
「夜の…?って、ええ――!??それ、パワハラな上にセクハラじゃない!そんなの嫌よ!」
「そういう奴もいる、って話だよ。それは人間の話で、魔族のパトロンがつけばそういう心配はない。ちょうど、今回申し込んできた魔族のパトロン希望者が会いたいって言ってきてるんだ。今夜会いに行ってみるかい?」
私たちは、その魔族のパトロンに会うために、市内の高級ホテルに出かけた。
上位の闘士は皆パトロンを持っている。有名闘士になると複数のパトロンを持つこともあるんだそうだ。
大抵は大富豪の人間か、どこかの貴族がなることが多い。
その代わり、パトロンの主催するパーティやらイベントやらには客寄せのために出席したりしなければならない。パトロンに対する接待も重要なのだ。
パトロン候補がいる部屋は高級ホテルの最上階のスイートルームだった。
「さすがお金持ちは違うねえ」
マルティスは感心した。
私は茶髪のカツラをしっかりと被っていた。
「金持ちの魔族ってことは、どっかの魔貴族なんだろうな」
マルティスの言葉にイヴリスはビクン、とした。
それに気づいたゼフォンが云った。
「心配するな。マクスウェルの一族なら断る」
「ありがとうございます」
イヴリスはホッとした。
そうか、イヴリスは魔貴族の一族だから、そういうこともあるんだ。
身内がスポンサーについたらやりづらいだろうな…。
エレベーターで最上階に行くと、黒服姿の1人の魔族が待っていて、うやうやしく一礼した。
それはユリウスだった。
「ユリウスさん!?」
「ようこそ、トワ様。皆様も、お待ちしていました」
ユリウスを初めて見たイヴリスは目をパチパチさせて「すごい美形ですね」と私に耳打ちしてきた。
「奥で私共の主人がお待ちです」
「パトロンになりたいって、ユリウスさんのご主人だったの?それならそうと言ってくれればよかったのに」
彼はそれには答えず、ただ笑顔を見せるだけだった。
彼に案内されて部屋へ入ると、だだっ広いリビングルームが広がっていた。
その部屋の中央に置かれた豪華なソファに座っていたのは、10歳くらいの魔族の少年だった。
黒髪で金色の瞳を持つ、超美少年だ。
ドクン。
彼を見た時、一瞬、時が止まったような気がした。いや、止まったのは私の心臓かもしれない。
それくらいの衝撃が私の胸の中に走った。
黒髪に金色の目。
私はその子から目が離せなかった。
初めて会ったはずなのに、なぜかすごく気になる。
「子供…?」
マルティスは驚いていた。
するとユリウスが紹介した。
「こちらはゼル様。魔貴族ネビュロス様の一族の御子息にございます」
この少年は、繁殖期外子で人間の国へ留学しているらしく、たまたま私たちの試合を見て気に入ったということだった。
「おまえたちの試合、見せてもらった。なかなか良かったぞ。今後はおまえたちをサポートしたいと思う」
この少年、子供だけど随分と大人っぽい話し方をする。
自分のことを我、とか云っちゃって…。
「それで、試合を見ていた我の部下たちが、どうしてもおまえたちと手合わせしてみたいと言い出してな。今度のエキシビションに出すことにした」
「ほう?」
ゼフォンは興味を持ったようだ。
「我の聖魔騎士団の精鋭と本気で戦って欲しいのだが、どうだ?」
「いいだろう」
ゼフォンは少年の話を受けた。
「ただし、そこの者には外れてもらう」
「え…?」
少年は私を指さした。
「わ、私?」
「でないと不公平だろう?」
「な…!」
マルティスは思わず声を上げかかったが、なんとか平常心を取り戻した。
「何の話ですかね?」
「フッ、とぼけなくても良い。傷や魔力を回復されては分が悪いからな」
「魔力を回復?一体何のことです?」
マルティスはあくまでとぼけるつもりのようだ。
「我に隠し立てはせずとも良い。とぼけるならそれも一興。ともかくその条件で試合をしてくれ」
「ああ。正々堂々と戦ってやるさ」
マルティスは少年に睨まれていることを意識して、わざと挑発するように云った。
面会はそれで終わり、マルティスは検討するとだけ云って、その場では返答しなかった。
ユリウスが丁寧に私たちの見送りをしてくれた。
その際、私にだけ箱に入った手土産を渡してくれた。
そうして私たちは宿舎へと戻った。
「あいつ、やべえぞ。トワが魔力を回復させてたことまで知ってる」
マルティスは動揺していた。
「やはり、決勝戦でのことで、バレてしまったんでしょうか?だけど、魔力回復に関してはこれまで誰にも指摘すらされてなかったことなのに」
イヴリスも戸惑いを隠せない。
「ここで議論していても仕方がない。で、どうするんだ、マルティス?試合はともかく、パトロンの件は?」
「うーん、正直あのガキ、得体が知れないんだよな。目が怖いっつーか…。ま、いくつか他の話を聞いてみてから判断しても遅くはないかもな」
私はあの少年が気になって仕方がなかった。
だけどそれは黙っておいた。
おかしな趣味があると思われたら、それはそれで困るからだ。
「あ、そうだ。お土産貰ったんだった」
帰り際にユリウスから貰った箱を開けてみた。
中身はお菓子だった。
私はそれを見てビックリした。
色とりどりのマカロンが並んでいたからだ。
「この世界にもマカロンがあるの…?」
「へえ、それはマカロンというのですか?すごく綺麗ですね」
それは色も形も、そして味も完璧だった。
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