第123話 決勝戦のハプニング

 決勝戦開始の合図の鐘が鳴った。


 いつも通り、開幕一番にゼフォンが強力な雷属性の槍の範囲スキルを放つ。

 イヴリスも初めから風の精霊<エアリアル>を召喚し、マルティスも弓のスキルで攻撃を開始した。


 チーム・ルキウスは範囲スキルに巻き込まれないようにそれぞれが距離を取った。

 チーム・ゼフォンの主力であるゼフォンに対しては、槍士がメインで対抗し、魔法士が前衛2人に支援魔法と範囲防御壁バリアを展開してスキルダメージを最低限に抑える。ダメージを負ったメンバーには後方から回復士が即座に回復させていくという戦法を取った。


 魔法士が展開する防御壁をうまく盾代わりにして、チームルキウスはそれぞれに対応していた。

 イヴリスには剣士が対応し、精霊とマルティスにはルキウスが対応した。

 剣士は精霊に対しては最初から相手にせず、召喚主であるイヴリスだけをターゲットにしていた。そのため、イヴリスは精霊への命令が行き届かず、精霊の攻撃はパターン化してしまい、容易に避けることが出来た。


 魔法士でもあるルキウスは物理防御も得意であり、上級クラスのマルティスの攻撃など苦も無く防げた。

 彼が狙いを定めたのは、マルティスの背後で魔法士に向かって水鉄砲を撃っている少女だった。例によって魔法士はびしょ濡れになっていたが実はそれも作戦の内だった。


 ルキウスは精霊魔法が防御壁を無効化することを知っていたので、あえて距離を取り、正面から撃ち合うことをしなかった。

 マルティスはチャンスとばかりにルキウスに弓矢を射ようとした。

 そこへイヴリスと戦っていたはずのチーム・ルキウスの剣士が急に襲い掛かって来た。

 剣士は素早く動ける<スキップ>スキルを持っており、あっという間に距離を詰められてマルティスは苦手な接近戦を仕掛けられることになった。

 彼は徐々に追い詰められていった。

 

「やっべ!」


 叫ぶマルティスに、剣士は剣を振り下ろした。

 咄嗟にマルティスは弓で身を庇った。

 無残にも彼の弓は真っ二つに両断されてしまった。

 さらに剣士はトドメを刺そうとマルティスに襲い掛かった。


「チッ!」

「マルティスさん、危ない!」


 すんでのところへ、イヴリスが助けに入った。


 トワは魔法士に向けて水鉄砲を撃ちながら、槍士と戦っているゼフォンを援護しようと彼の方へ駆け寄ろうとしていた。


 その一瞬、トワの周囲に誰もいなくなったのをルキウスは見逃さなかった。


「むっ」

 

 観客席の魔王は、思わず椅子から身を乗り出した。

 彼の目には、弓を引き絞るルキウスが映っていた。


 ルキウスは精霊魔法を避けるふりをしながら、弓矢の切っ先をトワに向けた。

 それに気づいたマルティスが叫んだ。


「トワ、避けろ!」

「えっ?」


 マルティスの叫びに、彼女は振り向いた。

 次の瞬間、彼女の背中を激痛が襲った。


「きゃあっ!」


 矢はトワの背の肩甲骨の上に突き立っていた。

 彼女は衝撃で前のめりに倒れ込んでしまった。


 回復士と魔法士の支援を受けた槍士と戦っていたゼフォンも、彼女の悲鳴に気づき、振り返った。


「トワ…!」


 これを見ていた魔王は思わず立ち上がって身を乗り出そうとした。

 サレオスとアスタリスが押さえなければ、そのまま闘技場まで飛んで行ってしまいそうだった。

 聖魔騎士団全員も同じように反応していた。

 

「素人どもが…!」


 カナンは思わずこぶしを握って怒りをにじませた。

 ユリウスも眉間に皴を寄せて闘技場を睨みつけていた。

 彼らはゼフォンやイヴリスが目の前の敵に気を取られて、トワを守り切れなかったことに怒りを感じていたのだ。

 だがピンチはまだ続く。


 ルキウスは倒れたトワの方へ向かって、魔法を詠唱しだした。

 倒れたままの彼女は、その場から逃げることができない。


 駆け付けようとするゼフォンの前には槍士と魔法士が、イヴリスには剣士がトワのところへ行かせまいと立ち塞がった。


「あー!もう、何やってんの!トワ様を守るのが最優先だろー!」


 ネーヴェが叫んだ。

 その時、魔王の体から漆黒のオーラが発せられるのをサレオスは見た。


「魔王様、いけません!ここでは…」

「これ以上、黙って見ていろと言うのか」


 魔王は怒っていた。

 サレオスの制止も虚しく、闘技場と客席の間に張られていた透明なバリアがピシッ!と音を立てて破壊された。

 異変を感じた一部の観客が、「何だ?」ときょろきょろ周囲を見回していたが、もちろん目に見えないバリアが破られたことになど、誰も気づいていなかった。


 だが異変は闘技場の中で起こっていた。


 トワにトドメを刺そうとしていたルキウスが、急に地面に座り込んでしまったのだ。


「くっ…な、なんだ、体が重くて…立てない…。くっ…」


 その隙に、マルティスが駆け付けてトワを抱き起した。


「おい、大丈夫か?」

「マルティス…。肩、私の肩、どうなってる?すんごい痛いんだけど…」

「そりゃそうだ。おまえ、矢が刺さってんぞ」

「ええっ?」

「自分で回復しろよ」

「ここでは無理だよ、バレちゃう」

「降参して離脱しろ。隅っこに移動してやっからそこで回復しろよ」

「でも…せっかくここまで戦ったのに」

「気にすんな。俺も弓がねえし、ここまでだよ。後はあの2人に任せようぜ」


 マルティスが自分とトワの離脱宣言をした。

 そして彼女を抱き上げたまま、闘技場の隅へ歩き出そうとした。


 動けなくなったルキウスの元へ、魔法士が駆け付けた。


「大丈夫ですか?ルキウス様!」

「くっ…。誰かが何かの魔法を使っているようで、動けない。悪いが頼む。予定通り彼女を」

「わかりました」


 魔法士はマルティスの背後から魔法を放った。

 不意打ちを食らったマルティスは、炎の塊を背中から浴びることになってしまった。


「ぐぅ!」

「マルティス!?」


 トワは苦痛に歪むマルティスの顔を見上げた。

 マルティスの背中からブスブスと焦げる匂いがした。


「おい!降参だっつってんだろ!攻撃すんなよ!」


 マルティスは魔法士を振り向いてそう怒鳴った。

 だが、魔法士は攻撃を止めなかった。

 彼はトワを庇って魔法士に背中を向け続けた。

 何発も彼は背中に魔法攻撃を受けることになったが、決して彼女を離さず、倒れなかった。

 観客席からはマルティスの服と軽鎧が黒焦げになっていくのが見え、降参宣言を無視した魔法士にブーイングが沸き起こった。


「やだ…なんで?降参って言ってるのに!」


 トワは彼を回復させ続けた。 

 魔法士は、これだけ攻撃してもまだ彼が倒れないことに疑念を抱いた。


「もしや回復スキル持ちなのか…?ならば!」


 魔法士は放てる限りの火と風の魔法を立て続けに撃った。

 その背後では、回復士がポーションを飲みながら、魔法士の魔力を回復させていた。

 これだけ魔法を浴び続ければ、普通なら黒焦げになったり傷だらけになって立ってさえいられないはずだが、マルティスの血はすぐに止まり、傷や火傷の痕も消え、元通りの姿に戻っていた。

 魔法士は至近距離でそれを見て驚愕していた。


「なぜだ…どうなってる?」


 必死な魔法士の耳に、2人のやり取りが聞こえてきた。


「マルティス、大丈夫?痛くない?」

「ああ、平気だ。回復前のほんの一瞬痛みが来るだけだ」

「ごめん、私を庇って…」

「おまえこそ、背中痛ぇのにすまねえな」


 それでハッと気づいた。

 まさか、この女が回復させているのだろうか、と。


 何度魔法攻撃を受けても、まったく倒れない彼の様は異様な光景に見えた。

 それどころか、何事もなかったようにスタスタと背を向けて歩いて行くのだ。

 この様子に、観客席からもざわめきが起こった。


「おい、どうなってる?なんであの魔族は倒れないんだ?」

「さっきから何発も直撃食らってるよな?服だって黒焦げだし」

「回復スキル持ってるんじゃないのか?」

「回復スキルってあんなに短時間に何度も使えるものなのか?」

「だとしたら不死身じゃねえか」


 そんな声があちこちから聞こえ始めて、客席はざわついた。


 その時、闘技場の審判が鐘を鳴らしながら登場し、チーム・ルキウスに注意を促した。降参した相手を攻撃することはルール違反にあたるからだ。

 一旦、試合は中断された。


 イヴリスがマルティスとトワの元へ駆けつけた時、トワの背に矢が突き立っているのを見て悲鳴を上げた。


「きゃああ!トワ様っ!!大丈夫ですか?」

「イヴリス、騒がないで、大丈夫だから…」

「そんな矢が刺さっていて…ああ、なんて酷い…!」

「おーい…俺の心配は?」

「それどころじゃありませんよ!よくもトワ様を…もう、許しません!」


 ゼフォンも彼らの元へ戻って来た。


「無事か?」

「おせーよ。見ろ、俺の弓が真っ二つにされちまった」

「すまん。あの回復士と魔法士の補助魔法に手間取っていた。トワ、大丈夫か?」

「ごめん、ゼフォン。敵の位置をちゃんと把握してなかった私が悪い…」

「おまえは悪くない。チーム全体の動きを把握できなかった俺のミスだ。もうしゃべるな。回復は?」

「できるけど、そうすると不自然に矢が勝手に抜けちゃうから、人前では無理…」

「そんじゃ俺が抜いてやるよ」


 マルティスはトワを地面に下し、彼女の背に突き刺さっている矢に手を掛けた。


「ええっ?ちょっ…待って、」


 マルティスは容赦なく矢を引き抜いた。

 矢を抜いたところから血がブシュッと噴き出した。

 抜いた矢からも血が滴り、トワの白いローブは真っ赤に染まった。


「いった――――い!!」


 トワの悲鳴が闘技場中に響き渡った。

 その声にゼフォンたちは慌てた。


 VIP席にいた魔王たちの視線はマルティスに注がれた。それは、それだけで人が殺せるのではないかと思う程の強く、抗議に満ちた視線だった。

 そんなこととは知らぬマルティスは、血染めの矢を抜いてゼフォンとイヴリスに責められていた。


「おい!乱暴すぎるぞ!」

「何をやってるんですか、マルティスさん!」

「あ…悪りぃ…。そっか、こいつ人間だったんだっけか。つい魔族のつもりで…」


 その痛みは彼女をキレさせた。


「何すんのよ!バカ!!」


 トワはマルティスの頬を思いっきりビンタした。


「いてぇ!」

「あんたには思いやりってもんがないの?!見てよ、このローブ、血だらけでもう使えないじゃない!」


 その様子に観客たちは爆笑した。

 その後、トワは他人にはバレないように自分で自分を回復したが、このマルティスの行為にはひどく怒っていた。

 審判から注意を受けて整列していたルキウスたちもそれを見て、クスクスと笑っていた。


「面白いものを見せてもらったよ。やっぱり彼女、只者じゃなかったね」


 ルキウスは意味深な言葉を彼女に向けて云った。


 その言葉は聞こえなかったが、マルティスはトワにそっと囁いた。


「おまえ、矢傷回復したとこ痛そうにしとけよ?誰が見てるかわかんねーからな」

「あ、そっか、忘れてた…」


 トワはそっと自分の肩に手を当てた。


「さて、君らは離脱だね。残りのメンバーで試合を再開しても構わないか?」


 ルキウスの挑発とも取れる言葉に、ゼフォンは一歩進み出た。


「ああ。貴様らには俺とイヴリスだけで十分だ。もう手加減はせん。即刻沈めてやる」

「はい。トワ様の仇を取ります!」


 ゼフォンが槍を構え、イヴリスも剣を抜いた。


「うおぉぉぉぉ!」


 ゼフォンは吠えたかと思うと、広範囲スキル<雷迅光>を立て続けに2発放った。

 その威力はこれまでとは比較にならないほどの凄まじさだった。

 最初の1発目で魔法士の展開する魔法防御壁を易々と打ち破り、直撃を食らった魔法士と回復士が感電状態になって倒れた。

 2発目で槍士が沈んだ。

 残ったルキウスとその傍にいた剣士を襲ったのはイヴリスが新たに召喚した木の上位精霊<ドリュアス>の魔法<落枝乱舞>だった。

 木の枝と落葉が嵐のように回転しながら、2人を攻撃する。


「凄まじい威力だ。こちらはもう魔力が枯渇寸前なのに」


 そうぼやくルキウスの顔や手は見る間に傷だらけになった。

 怒れるイヴリスは、ルキウスをターゲットに突撃した。


「よくもトワ様を撃ったな!許しません!」


 先程までは回復士と魔法士の援護があったのでなんとかなったが、1人でイヴリスと精霊の相手は少々厳しい。

 それはゼフォンの相手をしている剣士も同じだった。

 これだけ戦っていても、ゼフォンとイヴリスは全く疲れを見せず、スキル全開で挑んでくる。むしろ、初めよりもパワーアップしている。


 ふと、彼らの後方でマルティスに守られながらこちらを見ているトワが目に入った。

 この時、ルキウスにはハッキリとわかった。

 彼女の存在理由が。


「なるほどね。あの2人の魔力が尽きないのはそういうわけか。やっぱり僕の思った通りだった」


 彼は防御スキルで攻撃を防ぎながら、そう独り言を云った。

 そのルキウスの傍に、剣士がゼフォンに弾き飛ばされてきた。


「ルキウスさん、これ以上ゼフォンを押さえるのは無理だぜ」

「そうだね。こちらは回復士もいないし、これ以上は続けても意味がないね。…彼らの秘密もわかったことだし、この辺で切り上げようか。なに、勝てなかった理由をちゃんと話せば叱られたりしないさ」


 ルキウスは手を上げて、敗北宣言を行った。


「勝者、チーム・ゼフォン!」


 審判がそう云い放つと、客席から大歓声が起こり、負け札が宙を舞った。

 だが、ゼフォンもイヴリスも、そしていつもはアピールを欠かさないマルティスも喜んではいなかった。

 それは、トワを危険に晒してしまったこと、衆人環視の中でマルティスを回復させてしまったことに対する後悔からだった。

 そんな雰囲気の中、各々控室へと引き上げて行く途中でマルティスがボソッと呟いた。


「マジでヤバイかもな…」

「我々が何も言わねば真実はわからんはずだ」

「…ゼフォンて案外楽天家なんだな」

「マルティスさんの自己修復スキルってことにしとけばいいのでは?」

「あれが自己スキルだとしたら無敵すぎるだろ」


 マルティスは不安そうに云った。


 こうして一抹の不安を残したまま、チーム・ゼフォンは優勝を果たしたのだった。

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