第116話 公国の明日
勇者候補たちは、炎に包まれた礼拝堂の裏口から脱出した。
アマンダとゾーイは負傷した市民の元へ戻ると云って、駆け出して行った。
辺りに煙が立ち込める中、将とエリアナは、人込みに紛れて逃げるシンドウの姿を見つけた。
2人は後を追いかけた。
「おい!待てよ、あんた!話を聞かせろよ!」
後ろから声を掛けられたシンドウは、振り向いて足を止めた。
そこにはもう1人、礼拝堂で一緒に居た女性もいた。
「勇者候補か。…いいだろう」
シンドウは将たちを自分たちのアジトとして使っていた隠れ家に招いた。
そこは古びた一軒家で、一見空き家のように見えた。
だがそれはカムフラージュで、裏口の納戸から地下室へ入れるようになっていた。
地下室にはいくつか部屋があり、彼らはここに潜伏して皇女を隠していたという。
殺風景な部屋の中には長テーブルと椅子が数脚あり、将たちは思い思いに椅子に腰かけた。
シンドウは彼らに話して聞かせることにした。
その内容は、彼らを驚かせるものだった。
この国が魔族排斥を謳っているものの、その実大聖堂の地下に多くの魔族を飼っていること、市民たちを騙すためにたびたび『生贄』と称して地下の魔族を旧市街地へ放ち、討伐して見せていたことなどを聞かされた。
そして、勇者召喚自体が実験の1つであることを知らされた。
「実験て、何の実験だ?」
「肉体を持たない転生者を召喚することだ」
「それって、たしかカッツって祭司長も言ってたわよね。あたしたちは体ごと召喚された転移者だって」
「俺もそうだ。だが本当の勇者は転生者なんだそうだ」
「前から思ってたんだけどさ、肉体を持たないで召喚された人って誰の体に入るの?死んだ人?」
「器のことについては知らない。ただ、そのために準備された特別な肉体だと思う」
「特別…」
「大司教が俺に言ったのは、本物の勇者は聖属性のスキルを持つということだった」
「聖属性のスキル?」
「そういや、俺が聖属性のスキルを会得した時、やたら褒めてたな…」
「あたしは聖属性なんて持ってない…。やっぱり勇者じゃないんだわ」
エリアナは不安そうに云った。
その彼女に声を掛けたのは、シンドウの後ろにいた女性だった。
「あなたは魔力が強いから、公国の宣伝に使えると思われたのね。勇者がいるとなれば他国への牽制になるから」
「あなたは?」
「私はダリア。人魔同盟という組織の元リーダーよ。放逐された異世界人や魔族を助けているの」
「人魔同盟って何?」
「人間と魔族の共存を目的とした組織よ」
「へえ…!そんなのあるんだ?」
エリアナが元居た世界でも人種差別や不平等に対して抗議を行う団体はいくつもあった。この世界にもそれと似たような組織があることに彼女は感心した。
そして、優星を保護していないかと尋ねると、残念ながらそういう者には出会っていないと云った。
「それで、今まで勇者召喚で呼ばれて勇者になれなかった奴らは、どうなったんだ?」
「…途中で放逐された者以外、ほとんどの者は死んだわ」
「死んだ!?どういうことだよ?」
ダリアの言葉に将は食ってかかったが、彼に答えたのはシンドウだった。
「殺されたんだ、大司教に」
「嘘でしょ…!」
「実験だって言ったろ?勇者なんて嘘っぱちさ。例の研究施設で人体実験されるんだ。連中は異世界人の力を研究して、利用しようとしてるだけなんだ。異世界人だけが花粉の抗体を持ってるなんてことがわかったのもその成果なのさ」
「なんてこと…!そんなの酷すぎるわ…!」
エリアナはあまりの恐ろしさに声を震わせた。
それでもダリアは話を続けた。
「人魔大戦の時に召喚された勇者は確かに魔王を倒したわ。だけど、それを召喚したのは大司教ではなく、滅ぼされたオーウェン王国の生き残り魔法士だったの」
「え?生き残りって…だって…異世界召喚って100人以上の魔法士が必要なんじゃないの?」
「普通はね。でもその魔法士はたった1人で成し遂げたと記録されているの。曾祖母からそう聞いているもの」
「曾祖母って…ひいおばあちゃん?」
「ええ。私の曾祖母は人魔大戦の時、勇者シリウスと同じパーティーで戦ったの。旧オーウェン王国にはこの国の魔法士よりも遥かに優れた魔法士がいたらしいわ。名前はアロイスといって、神託を受けて異世界召喚をしたそうよ」
「神託って、神様かよ。途端に嘘くさくなってきたな」
「そうね。でも旧オーウェン王国には創世の女神が実在したという記録も残っているそうだから、案外本当に神様は身近にいたのかもしれないわ」
ダリアは少し笑って云った。
彼女自身、その話は眉唾だと思っているのだろう。
「異世界召喚自体はもっと昔から行われていたそうだけど、その頃呼ばれた異世界人は少し強い魔法が使える程度で、皆、本物の勇者ではなかったわ。だけどアロイスが召喚したのは本物の勇者だった。だって魔王を倒したんだもの。だけどその勇者はその後どうなったと思う?」
「行方不明って聞いてるけど…。まさか…殺されたの?」
「ええ。しかも、仲間に毒殺されたらしいの。毎日少しずつ食事に盛られていたみたいで、気付かなかったのね。無敵の勇者も毒の耐性は持っていなかったようで、徐々に弱っていったらしいわ。その後密かに亡くなったんじゃないかしら」
「どうしてそんな…」
「たぶん、強すぎたんだろうな。魔王を倒した後、強すぎる勇者の存在が疎ましくなった奴がいたんだ」
将の意見にダリアは頷いた。
「私も同じ意見よ。毒殺した勇者の仲間は、誰かに精神スキルで操られたって曾祖母は話していたらしいわ」
「ハッ!用済みってことかよ。救世主が、仲間に殺されたなんてさすがに公表できないよな」
「だから勇者が死んだこと、隠してたのね」
その時、エリアナはハッとした。
「じゃあまさか優星も!?急にいなくなったのは…!」
「残念だけど、おそらくはもう生きていないでしょうね」
「…なんだって?!」
「あなた方2人がいれば十分だとでも判断したのかもしれないわ。もしあなた方が勇者として覚醒した時、少しでも扱いやすくするために、人減らしをしたのかもね」
ダリアの発言に、将もエリアナも言葉を失った。
「くそっ…!そんなのアリかよ…」
「嘘よ…嘘…!きっと、どこかでまだ生きてるわ。優星は要領がいいもの、そう簡単にやられたりしないわよ…」
エリアナの言葉に、ダリアは黙って首を振った。
落ち込む彼らに、シンドウは声を掛けた。
「こんなことに巻き込んで、悪かったな。俺はこの国がこれまで勇者候補にしてきたことを市民の前で断罪するつもりだったんだ…思わぬことになっちまった。大司教が魔族だったってのも予想外だった」
「あんたらも知らなかったってのか?」
「ああ。俺たちは帝国の皇女を誘拐して帝国軍を首都へ侵攻させ、大司教を追い詰めようとしたんだ。そこへあの仮面の女が突然現れて、協力してくれると言ったんだ」
「本当に、魔王のドラゴンが現れたり、おかしな仮面の人が出てきたり、一体どうなってるのかしら」
シンドウもダリアも事の顛末に戸惑っているようだった。
「あの仮面の奴は何者なんだ?」
「詳しくは知らない。どこからかやって来て、俺たちに協力したいと言ったんだ。たぶん、魔族だと思う。大司教に恨みがあったみたいだ」
将の問い掛けにシンドウが答えてくれた。
「私たちはこれからグリンブル王国へ行くけど、あなたたちはどうする?」
ダリアが将とエリアナに尋ねた。
「良ければ私たちと一緒にグリンブル王国に来ない?住むところと仕事を用意してあげるわ」
ダリアの申し出に、2人は顔を見合わせ、そして返事をした。
「あたしたちはここに残るわ」
「どうして?もうここに用はないでしょ?」
「仲間が本当に死んだのかどうか、確かめたいの」
「ああ、俺はまだあいつが死んだとは思えないんだ。だから、探したい。もし生きてなくても、遺体でもいい、見つけてやりたいんだ」
「その後のことは、それがハッキリしてから考えるわ」
「…そう」
「でもダリア、あなたの申し出には感謝するわ」
「何かあったら、グリンブル王国のこのポストに連絡して」
「ありがとう」
ダリアはポストの番号を書いた紙をエリアナに渡した。
勇者候補の2人が礼拝堂近くまで戻って来た時、礼拝堂の火事は収まっていたが、建物はすっかり焼け落ちてしまっていた。
その前で大声で指示を出している緑のローブの女性がいた。
「あれ、ホリーじゃん。戻ってきてたんだ」
「ああ、回復士の?俺あの人苦手」
「あたし、未だに許せないんだよね。あたしを置いてったこと」
「ほっとけよ。向こうにゾーイがいるぜ。あっちで瓦礫の撤去手伝おうぜ」
「そうね。関わり合いにならないでおくわ。イライラするから」
将とエリアナは朽ちた礼拝堂の中へと入って行った。
ホリーは礼拝堂前の広場で、瓦礫の撤去や負傷者の運び出しなどの作業をしている騎士や魔法士たちに指示を与えていた。
そこへノーマンがやって来た。
彼は副長のシュタイフに命じて、瓦礫の撤去を手伝わせていた。
それがひと段落したら、皇女を連れて帰国する旨を伝えた。
ホリーは、素直な気持ちを彼に伝えた。
「あなたのこと、クソったれ野郎だと思ったこともあったけど…手伝ってくれたこと感謝するわ」
黒色重騎兵隊の魔法士が消火活動を手伝い、騎兵たちが救助作業に手を貸してくれたおかげで、大聖堂は延焼を免れ、二次被害も出なかった。
ホリーの言葉には、それへの感謝の意味も含まれていたのだが、ノーマンは苦笑いして、手を差し出した。
「落ち着いたらまた会いに来ていいか?その時は冷たくしないでくれ」
「私はこの国を立て直さなくてはいけないから忙しいの。急に来られても困るわ。…だけど仕方ないから、その時はお茶くらいは出してあげるわよ」
彼女はそう云って彼の手を握った。
翌日、ノーマンは皇女を連れて帰国して行った。
ホリーはもう彼と二度と会うことはないだろうと思いながら、黒色重騎兵隊を見送った。
「大司教が亡くなった今、祭司長である私が先頭に立ってこの国を導いていかねばならない。ついに、この時が来たんだわ」
彼女は大聖堂を見上げた。
これからは自分がここの主になると信じて疑わなかった。
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