第117話 マサラからの知らせ
人間の国には、魔族排斥を掲げるアトルヘイム帝国を除いて、魔族の入国を制限している有名都市が3つある。
1つは大司教公国の首都シリウスラント。
次にグリンブル王国の高級温泉別荘地ラエイラ。
そして3つ目が、ペルケレ共和国の歓楽都市ゴラクドールである。
ペルケレ共和国の首都セウレキアから150キロほど離れたこの都市は、娯楽とギャンブルの街である。
ただし、他の2つの都市と違って、人間に限定されるのは客として入国する場合のみであり、働いているスタッフや治安維持を担うボディガード役には魔族も混じっている。
人間に限って入国を認めるのは、ギャンブルを行う上での安全上の理由からである。
もちろん、魔力の検査はされるが、ほとんどの人間は大した魔力を持たず、また不正を行えるようなスキルを所持していないことが多いため、客は人間に限定されているのだ。
スタッフに魔族がいるのは万が一、客がスキルを使って不正を行った場合の対処のためでもある。と云いつつも、実は魔族にイカサマスキルを使わせて客を勝たせ過ぎないように調整するのが目的なのだ。
ゴラクドールにはカジノを併設したホテルが多く建っており、ギャンブル目当てにやってきた客相手に様々なショーや大会などが開催されていたり、多くの飲食店や女性が接客するいかがわしい店なども多く営業している。一大歓楽街なのだ。
世界中から観光客が集まる、ラエイラと人気を二分する都市であるが、そのイメージは真逆だ。
ラエイラを表とするなら、こちらは完全に裏である。
賭けに負けてくだをまく者同士の喧嘩や暴力沙汰などは日常茶飯事で、女性を巡っての決闘だの借金のカタに子供を売る親だの、奴隷の売買だのと、人間のあらゆる欲望が渦巻いている場所なのだ。
ゴラクドールには、毎日巨額の金が落とされるため、裏ではその莫大な利益をめぐって、様々な人間たちが暗躍しているのである。
この都市もラエイラ同様、アザドーが裏の運営に協力している。
この街の中心部にある巨大なカジノ・ホテル『ラッキー・クイーン』のカジノテーブルで、華麗な手さばきでカードを切るディーラーがいた。
彼の前に座る女性客たちは、その手元など見ておらず、ひたすらディーラーの美しすぎる顔に見とれていた。
女性たちは大量のチップを賭ける。
もはや勝っただの負けただの、大騒ぎはしていない。
彼女らはここの常連客で、ただ賭けることを楽しむ富裕層なのだ。
勝負が終わると、彼女らはディーラーの男性にアプローチをかけてくる。
だが、彼は魔族なので、その誘いを丁寧に断っていた。
彼の胸ポケットにはチップで貰った金貨だの宝飾品だのがいくつも入っていた。
休憩のために台から離れた彼を呼び止める者がいた。
「やあ、ユリウス。相変わらずいい腕だね」
そのディーラーはユリウスであった。
彼は情報収集のためにアザドー経由でここに潜入していたのだが、<光速行動>スキルのおかげで、あらゆるイカサマが可能な腕を見込まれて、カジノでディーラーを任されることになったのだ。
「マサラ…。ギャンブルをしに来たんですか?」
ユリウスを呼び止めたのは、グリンブル王都の治安維持機構本部の責任者マサラだった。
「生憎と私は商売人であって、ギャンブルはやらないんだ。少し、話をしたいのだが、時間を貰えないか?」
「向こうのバーカウンターにクシテフォンがいます。そこで伺いましょう」
ユリウスと同じくクシテフォンも、バーテンダー兼歌い手としてこのホテルに潜入していた。
彼は観光客が多いストリートでもその歌声を披露していて、既に一部の熱狂的なファンを獲得していた。
ユリウスが歩くたびに常連客や女性客らから声がかかる。
それらをうまくあしらいながら、ホテルの中にあるバーにやってきた。
「大変な人気だね」
「イカサマと忖度の賜物ですよ」
ユリウスは素っ気なく答える。
まだ昼間ということもあって、バーには人がいなかった。
クシテフォンはカウンターの酒瓶の補充をしていた。
「休憩か?ユリウス」
クシテフォンが声を掛けると、ユリウスは頷いた。
一緒に居るマサラの姿を見止めると、彼はカウンターの席に2人を案内した。
彼が「何か飲むか?」と聞くと、ユリウスもマサラも勤務中だからお酒はいらない、と答えた。
「君たち騎士団は各都市へ情報収集のために潜入しているんだったね」
「ええ。皆、主要な都市へ散っています」
「魔王様はアスタリスを伴いトワ様を探し続けており、前線基地からもサレオス様が招聘されたと聞いている」
クシテフォンはそう云いながら、2人に氷の入った果実のソーダ水を提供した。
スーツ姿の魔族が店の入口を覗き込んだことに気付いたクシテフォンは、合図を送った。
すると魔族は去って行った。
「今のは?」
「巡回警備の者だ。まだ店の看板を出していないのに客がいることを不審に思ったんだろう」
「ずいぶんセキュリティが厳しいんだね」
「過去に奴隷の反乱があったそうです。その奴隷の中に魔族が混じっていて、街を半壊させて逃亡したと聞きました。それ以来、警備には魔族が用いられるようになったそうですよ」
「魔族には魔族を、ってことか。ここでは魔族の奴隷は扱っていないんだろう?」
「アザドーが許しませんよ」
「だろうね」
「だが一部の魔族の労働者の待遇は奴隷並みと言ってもいい。首輪を着けられて人間にこき使われている」
クシテフォンは不快そうに云った。
「ああ、『魔法封じの首輪』か。闘技場での魔法禁止試合のために開発された魔法具のはずだが、悪用するケースが後を絶たないので、グリンブル政府が販売禁止を検討しているそうだよ」
「たしか中級程度の魔法を抑えるんでしたね」
「君たちには関係のない話だがね」
マサラはソーダ水の入った器を手にしたまま、隣に座るユリウスにしばし見とれていた。
「で、話とは?」
ユリウスの声で我に帰ったマサラは、ようやく本題に入った。
「つい先日商売がらみでセウレキアに行ってきたんだが、君たちはあそこの闘技場に行ったことがあるかい?」
「いえ。情報収集には人と情報の集まるこちらの方が良いだろうとのことでしたので、ゴラクドールを選びました」
「セウレキアには闘技場以外にこれといった施設はないからな」
クシテフォンも同意した。
「こちらでも闘技場の賭けについては話題になっていますよ。時々人気の闘士がこの都市へ来て模擬戦を行うと聞いています。そのチケットの争奪戦が毎回大変なことになっているとか」
「そう。人気の闘士にはパトロンがついて、大変な商売になると聞いたよ。私もそのプロモーターになろうかと考えたこともあるくらいだ」
マサラはソーダ水を一口飲んで、得意そうに云った。
「その闘技場がどうかしたんですか?」
「商談相手に、今一番人気の闘士チームが出場するという試合に連れて行ってもらったんだ。噂通りすごく強くてね。見ごたえもあったよ。だけど、私は別のことが気になってね」
「闘士…ですか」
ユリウスは眉をひそめた。
「金持ち連中が殺し合いを見て楽しんだり、金をかけたりするんだろう?」
「いや、クシテフォン、それは偏見というものだ。闘士たちの戦いっぷりはすばらしいものだったよ」
「フン。金目当てのあさましい連中だ」
クシテフォンはグラスを磨きながら辛辣なことを云う。
マサラは苦笑いするしかなかった。
「それで、何が気になったんですか?」
「そのチームにいた女の子がね、遠目にだけど知っている人に見えたんだ」
「…それは、まさか…」
「そう、トワ様に、とてもよく似ていたんだ。ただ、髪色が違うんで最初は全く気付かなかったんだけど」
そこへクシテフォンが口を挟んだ。
「今、チームと言ったな?」
「ああ、チーム・ゼフォンといって、先月デビューしたばかりなんだが、飛ぶ鳥を落とす勢いで勝ち進んで、ついに上級トーナメントの決勝にまで進んだっていう魔族のチームだ」
マサラの話を聞いて、クシテフォンは指を鳴らした。
「そういえば、俺も客から聞いたことがある。魔族のチームが決勝まで進むのは非常に稀だそうだな」
「稀と言うか、調べてみたけど今まで上級トーナメントを勝ち上がった魔族のチームはいないよ。人間のチームと違って回復できないからね」
「…なるほど。それであなたはそれがトワ様だと確信したわけですね」
「うん。回復できない魔族が人間のチーム相手に勝利するなんて、あの方の存在なしでは考えられないだろう?まあ、君たちのような強い魔族には回復なんか必要ないだろうけど」
「しかし、トワ様が闘士だなんて…信じられません。人を癒すことはあっても傷つけるようなことをするような方ではないのです」
「だが、これまで有益な情報は何ひとつなかったんだ。確かめてみる価値はある」
「…そうですね」
クシテフォンの言葉にユリウスは同意した。
マサラはニコニコしながらユリウスの顔を見た。
「君たちがここにいることを聞いて、この話をしに寄ってみたわけだけど、お役に立てたかな?」
「ええ、わざわざ情報を持ってきていただいてありがとうございます。さっそく団長に伝えます」
「何なら私のスレイプニールを貸してあげてもいいよ。ひとつ貸しということで、次の繁殖期にでも返してもらえると嬉しいね」
「おい、マサラ。図々しいにも程があるぞ」
クシテフォンがひと睨みして、マサラを脅すように云った。
「冗談だよ、冗談」
慌ててマサラは訂正した。
だがユリウスは「考えておきますよ」と云い、席を立って行ってしまった。
マサラは喜びながらクシテフォンを振り返った。
「今の聞いたか?」
「…あんた、勇気があるな…」
クシテフォンは呆れ顔でマサラを見た。
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