第112話 鏡の中の誰か
…。
…。
誰かの話し声が聞こえる。
ゆっくりと目を開いてみた。
白い壁が見える。
ゆっくり首を動かすと、周囲が見えて来た。
それが天井で、自分が床に寝ているということに気付いた。
ここは、どこだろう?
体を動かそうとして、違和感を感じた。
手、手は動く。
足、足も動く。
どうしたんだろう。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
それでも床に手をついて、ようやく半身を起こした。
ん?
なんだろう、この感覚は…。
ふと、隣を見ると、誰かが横たわっている。
その顔には見覚えがあった。
だけど、そんな筈はない。
「目覚めたか」
僕に声を掛ける者がいた。
聞き覚えのある、くぐもった声。
見上げると、紫のローブを纏った人物が立っていた。
大司教だ。
「君の名前は?」
「…あ、あー…」
「声が出せないのか?」
「あ、うう…」
「そうか、その体を使いこなすまでにはまだ少しかかるか」
上手くしゃべれない。
どうしてだろう。
舌がもつれて思ったように動かない。
「まあ良い。その体が生き返ったのが成功した証だ」
「い…か…った…?」
「移魂術が成功したのだ」
「い…こ…じゅ…?」
「魂の乗せ換えとでも言おうか。君の魂は別の体に乗り移ったのだよ」
別の体に?
一体何の話だ?
「やはり異世界人は特別なのだな。勇者のスキルとはいえ、これまで一度も成功しなかったのに。これであの方の積年の願いが叶う」
「な…に…」
大司教は目の前に何か水晶玉のようなものを掲げて見せた。
「これが何かわかるかね?この宝玉の中にはスキルが封じられているのだよ」
「スキ…ル…?」
「君の<貫通>スキルをいただいたのだ。このスキルが君の到達点だったことは鑑定で最初からわかっていたことだったのだよ」
大司教が何を言っているのか、よくわからない。
勇者のスキル?
魂の乗せ換え?
<貫通>スキルが到達点だって?
一体何の話だ?
「足元を見たまえ。そこに転がっているのは君の元の身体だ。もう空っぽだがね。傷は綺麗に回復しておいたよ。次の移魂術の素材にするために大事に保管しておくとしよう」
元の、僕…?
では、この僕は何なんだ?
「そうか、自分の姿がわからないか」
大司教はくぐもった笑い声を立てた。
大司教が指さす方向には壁にはめこまれたガラス窓があって、鏡のようにこちらを映していた。
「あれを見よ。そこに映っているのが君の姿だ」
「あ…?」
細長い窓に映っていたのは、初めて見る人物だった。
赤みのかかった髪以外は、何ひとつ見覚えのない姿だった。
浅黒い肌に、尖った耳。
口を開けると真っ白な鋭い犬歯が見える。
顔の造作は薄暗くて今一つよくわからなかったが、逞しく筋肉量が多い肉体を持つ裸の男だ。
そして頭には鬼のような2本の角が生えている。
その特徴は明らかに人間ではなかった。
嘘だ…。
これは夢だ…。
こんなの僕じゃない。
僕の姿は…。
そうだ、僕はラエイラでサーフィンを楽しんでいたんだ。
ホテルに戻る途中で、レナルドに声を掛けられた。
…それから記憶がない。
レナルドが僕に何かしたんだろうか。
だけど、どうして?
僕は勇者候補のはずだ。
「君にはこれから私の手足となって働いてもらう。…そうだな、精神スキルを使ってやった方が良さそうだ。イドラに命じて宝玉を持ってこさせよう」
大司教の話すことが、ひとつもわからない。
僕はどうしてしまったのだろう?
「ここはラエイラの地下シェルターの奥にある『人魔研究所』というところの実験室だ。随分と長くかかったが、ようやく成功した、記念すべき第一号というわけだ。君と同時に移魂術を行った個体も成功している。やはり異世界人が成功の鍵だったというわけだ」
大司教は独り言のように話している中で、ひとつだけわかったことがある。
ここはラエイラだということだ。
ふと、足元に横たわっている人物をもう一度見た。
少し赤みがかった肩までの長髪、鼻筋の通った、誰もが羨ましがるほどの美しい顔と均整の取れた体。
そう、やっぱりこれは僕だ。
間違いなく僕、優星アダルベルトだ。
じゃあ、この窓に映っている魔族は誰だ?
僕は、誰だ?
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