第93話 悪徳商人マルティス

 マルティスはどこからどうみても人間に見える。

 旧市街でゴブリンみたいな魔族しか見たことが無かった私は、こんな魔族もいるんだって驚いた。

 そのマルティスは、私に一緒にこの街を出ようと提案してきた。


「どこへ行くの?」

「ペルケレ共和国の首都セウレキアだ。そこにはでっかい闘技場があるんだ」

「闘技場?私攻撃魔法なんか持ってないよ」

「あんたの回復魔法が役に立つんだって」

「私の回復魔法なんて、たいしたことないよ」

「いやいや、あんたの回復魔法は国宝級もんだ。闘技場には魔族の戦士もいるから、きっとあんたの魔法、高値が付くぜ」

「魔族に回復魔法…?それがどうして儲けになるの?」

「知ってるか?回復士はこの世界で一番儲かる商売なんだぜ?」

「商売?」


 私にはマルティスの云っている意味が分からなかった。


「ハハッ!俺にも運が向いてきたぜ!」


 マルティスはその場で踊り出した。


「私まだ行くとは言ってないわよ」

「だってどうすんだ?あんた一人じゃ何もできないだろ?あんたの面倒は俺が見てやるって言ってんだ。その代わり、あんたは俺に協力する。どうよ?」

「面倒見るって、私子供じゃないんだから…」

「子供以下だろ。なにせ2年も面倒見てやってきたんだからな。その間もあんたには回復士やら呪い師やらといろいろ金がかかってるんだぜ?」

「何よ、今度は脅し?わかった、行くわよ…。その代わり悪いことには手を貸さないからね?」

「大丈夫、俺はただの便利屋だよ」

「便利屋?何する人?」

「何でも屋だよ」


 それから彼は私の服とか身の回りの物とか、必要なものを用立ててくれると云った。

 何しろバスローブの下は何も着ていなかったのだ。こんな格好じゃどこへも行けない。

 なんでこんな格好でいたんだろう。

 お風呂に入ってる最中に眠ってしまったとか?

 その間に何か起きたんだろうか?


 その時、バスローブのポケットに何か硬いものが入っていることに気付いた。

 ポケットの中を探ってみると、黒い石のついた指輪が出てきた。


「…指輪?」


 私はその指輪を光にかざしてみた。

 真っ黒で光をまったく通さない。


「珍しい石だな。真っ黒だ」


 マルティスが指輪を覗き込んできた。


「これ、私のかな…?」

「指にめてみりゃわかるんじゃねえ?」

「うん」


 私は無意識に、左手の中指に指輪を嵌めてみた。


「ピッタリ…」

「…何の迷いもなくその指に嵌めたな。やっぱその指輪、あんたのものに間違いなさそうだな。…ん?」

「何?」


 マルティスは難しい顔をして、私を見た。


「その指輪、外してみろ」

「うん?」


 私は云われた通りに指輪を外してみた。


「ほほう…」


 そして彼は再び嵌めてみろと云った。

 私はそれに従った。


「面白いなあ…」

「ねえ、何なの?」


 マルティスは種明かしをしてくれた。

 私がこの指輪をしていると、魔族に見えるのだそうだ。

 人間は独特のオーラを発しているらしく、たとえ変装していようと魔族にはすぐにわかってしまうらしい。

 ところが私がこの指輪をしていると、その人間独特のオーラが押さえ込まれてしまい、上級魔族が発するような漆黒のオーラを纏っているように見えるそうだ。


「つまり、この指輪をしていると、私は魔族のフリができるってこと?」

「そういうこと。珍しいもんだな。まあ、人間には見えないからこの国では普通につけてても問題ないと思うぜ」

「でもこれ、何に使うの?」

「…魔族の国に潜入するためとか?」

「えっ?スパイ用のアイテムなわけ?」

「他に使い道ないだろ?あんた勇者候補だったんだからさ、そういうこともさせられる予定だったのかもな」

「えー!魔族の国に潜入するとか?私にスパイなんてできるのかな…?」

「ハハッ。あんたにゃ無理か。頼りなさすぎるもんな」


 マルティスは失礼なことを云ってハハハと笑った。

 ムカついたけど本当のことだから云い返せない。


 私は中指に嵌った指輪を眺めた。

 サイズもピッタリのこの不思議な指輪。

 何なんだろう。

 いつ、誰がくれたものなのか、まったく心当たりがない。

 私が眠っている間に何があったのだろう?


 翌日、マルティスは私に服一式を用意してくれた。

 ご丁寧に下着まで用意してくれたので、ちょっとアヤシイ目で見た。

 すると彼は慌てて事情を説明した。

 行きつけの飲み屋の女将に、「田舎から親戚の女の子が来るので、着替えを一式用意したい」と相談したら、自分のお古を譲ってくれたのだそうだ。


 下着もスカートも紐で調節できるのでサイズ的には問題なかった。

 花柄のワンピースは派手過ぎず、なかなか可愛いかった。靴下と靴は古道具屋で買って揃えてもらった。


「よし、これでやっと外に出られるな」

「ありがとう」

「これもツケとくぜ。出世払いな」

「え~~!がめついわね!そんくらいおごってよ!回復してあげたじゃん!」

「それはそれ。俺は商売人なんだ。タダ働きはしないの」

「悪徳商人!」


 その時、事務所に来客を知らせるベルが鳴った。

 2階の住居スペースにいたマルティスは私にウィッグをつけて寝室に隠れているように云い、1階の事務所の入口へ向かった。

 階下でなにやら言い争う声が聞こえてくる。

 それから階段を乱暴に昇ってくる足音がした。

 隣の住居スペースに入って来て、なにやらガチャガチャと音が聞こえる。

 そして私のいる部屋の扉が乱暴に開かれた。


 そこに立っていたのは鎧姿の兵士だった。

 兵士は私の腕を掴んで、ベッドから退かせ、部屋中をあら探しした。


「ちょっと、何なの…?」


 私の質問には答えず、兵士は「こっちにはいない」と大声で云った。

 どうやら複数の兵士が押しかけて来たようだ。

 それから兵士は私の腕を掴んだ。


「一緒に来てもらおう」


 そう云って無理矢理私を階下へと連れて行った。

 1階ではマルティスが兵士たちに囲まれていた。

 殴られたのか、マルティスの片方の頬が腫れていた。


「ちょっと…!なにやらかしたのよ…」

「ハハッ…すまない」

「あんたってマジで悪徳商人だったの?」


 マルティスは申し訳なさそうに私を見た。


 こうして私とマルティスは兵士たちに拘束され、黒塗りの馬車に押し込められた。

 見知らぬ街で目覚めてまだ3日と経たぬうちに、私は犯罪者の仲間として城へ連れて行かれることになってしまった。

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