第27話 馬車の旅(2)

 クシテフォンが作った大きな木のテーブルに、ジュスターがテーブルクロスのように薄い水色の布をかけていた。


「ん?この布、どうしたの?」

「私が作りました」

「えっ?ジュスターが作れるのって洋服だけじゃないの?」

「洋服として作ったものを解体して再利用してるんです」

「へえー!そんなこともできるんだ?」


 ずっと気になってたジュスターのトンデモスキル<衣服創造・装着>。

 いくらなんでも奇想天外すぎるって思ってたから、どういうふうになってるのか本人に聞いてみた。


 長々と説明してくれたけど、要約するとこういうことらしい。

 この世界には目に見えない多くの元素や有機物、鉱物など、多くの物質が存在している。

 ジュスターの頭の中には3Dプリンターのようなものがあって、イメージしたものをその多くの物質を使って疑似的に衣服を創っているのだという。

 それを、各人が持つマギを使って可視化させ、装着させることで固定化され、服という現物になる。

 マギとは、この世界の人々が持つ魔力の素のことで、魔力が強い者ほど多くのマギを持っている。

 通常、服の色はそれぞれの持つマギの属性の色が反映されるらしいのだけど、ジュスターが不公平の出ないよう全員の服をそろえたいということで魔族全員が持つ魔属性の色である黒色に統一したのだ。


 彼の創る衣服は、草花などの原料から作る本来の衣服とは別の次元のもので、いわば魔力で疑似的に作った服、という感じだ。

 しかも体に装着させないと現物化しないので、服だけをポンと創ることはできないそうだ。

 服の強度や質は個人のマギの質量に依存するようで、同じように見えて実は個人差がある。

 魔力の強いジュスターの着ている服はかなり上質なものだ。

 装着後固定化すれば、その服は脱いでもそのまま残るが、個人個人のマギで制作されている服なので、当人にしか着用できないという欠点がある。万が一他人が無理矢理着ようとすれば、その服はマギと元素に分解されて消えてしまう。

 つまりジュスターの能力で洋服屋さんを開くことはできないってことだ。

 そういえば、彼に能力を付与したとき「とりあえず何か着て」とか云った覚えがある。

 その「とりあえず」が『魔法で即席の服を作る』というスキルを生んだのだろう。

 言霊ことだまスキルってちょっとAIっぽい解釈をするところがあると思う。


 で、ジュスターが自分用に作ったマントをテーブルクロス代わりに使用したというわけだ。

 衣服として着用しない限り、物を置いたり座ったりすることはできるらしい。


 ちなみに私の服も作れるのかと尋ねてみたところ、できると云った。

 だけどここで一つ大きな問題が生じた。

 服を創ってもらうためには、彼の前で全裸になる必要があるのだ。

 もうその時点で却下になる。

 そういえば、最初にジュスターがスキルを使った時、全員素っ裸だった。

 だからそういうことになるわけだ。

 スタート地点が違っていれば、裸にならなくても済んだかもしれないと思うと悔やまれる。

 一度与えたスキルは変更できないから、今更云っても仕方のないことだけど。


 それならと、裁縫などの衣服製作スキルを与えようとしたけど、残念ながら私自身を含めて適格者はいなかった。


 食卓には、色どりの良いサラダや肉と魚などが次々と並ぶ。この森で取って来た食材で作ったとは思えない。


「わあ…!すごい!」


 その豪華な食事を前に、思わず感嘆の声が漏れた。

 仕事が忙しくて、家で自炊しても簡単なものしか作ったことがないズボラな私は、自分でも女子力が低い方だと思う。彼氏でもいれば違ったんだろうけど、まだ仕事を覚えるので精いっぱいだったし、暇があればゲームしていたかったから、そんな余裕はなかった。

 全員がテーブルについたところで、待ちに待った食事を開始する。


「いただきます」


 私が手を合わせてそう云うと、皆ぎょっとして私を見た。

 そして、全員がそれを真似た。

 どういう意味なのかとカナンが尋ねたので、昔TVか何かで聞いた雑学を披露した。


「他の動植物の命を奪って食べるわけだから、命をいただきますって感謝を込めて言ってるのよ」


 それっぽく真面目に答えてみた。


「なるほど…!おっしゃるとおりですね!」


 カナンが大きく頷くと、隣にいたアスタリスはちょっと感動していた。


「すごい…僕、今までそんな風に考えたことなかったです。そうですね、大切に食べます!」

「僕も。作ってくれた人には感謝するけど、食材に感謝するなんて概念なかったよ。トワ様ってすごいね」


 ネーヴェもいつものタメ口で云った。

 すると、ジュスターが私を見て冷静に云った。


「トワ様の御言葉は、まるで造物主の啓示のようですね。肝に銘じます」


 魔族には食事の前に祈ったり何か言葉を口にしたりする習慣はないようだったけど、この時から食事の前の「いただきます」は彼らの習慣になった。

 私は早速サラダから手を付けた。


「…うん、美味しい!」


 一口食べてすぐ、美味しかった。

 サラダにはキャベツのようなシャキシャキした食感のものが使われていて、木の実がトッピングされている。なによりかかっているドレッシングが美味しい。


 私が食べるのを、じっと見守っていたユリウスの顔がほころんだ。

 あまりにも奴隷部屋での酷い食事とかけ離れていたので、私は感動のあまり思わず涙ぐんでしまった。

 皆は私がどうして泣いているのかわからず、心配したりオロオロしたり、慰めてくれたりした。


「違うよ、美味しすぎて感動してるの。皆、ありがとう」


 涙ながらにそう云うと、皆はホッとして微笑んだ。

 

 メインディッシュの分厚いステーキは、カナンが仕留めてネーヴェがスライスした、でっかい魔物の肉だ。全然生臭くないし、とっても柔らかく焼かれていた。

 鍋がないので、重ねた香草に包んで直火で焼いた、いわゆる包み焼きだそうだ。

 この味付けも、テスカの<調味料生成>で生み出した調味料によるものだった。

 <調味料生成>は、様々な材料から調味料を生み出すことができるスキルで、味付けもバラエティに富んだ料理を作ることができたとユリウスは喜んでいた。


 それからは私を含めた全員が、一心不乱に食事をむさぼり食べた。皆もかなり空腹だったのだろう。

 肉を手づかみで食いちぎるカナンの豪快な食べっぷりとは対照的に、ジュスターとユリウスは、木のフォークで小さく刻んだ肉を少しずつ上品に食べていた。

 有翼人のテスカとクシテフォンが採ってきた果実は、デザートとして最後に提供された。

 飲み物は近くの川から汲んだ水をアスタリスの水魔法で浄化して提供されている。

 肌寒いこの気温なら、温かいお茶が欲しかったところだ。


「あとは食後にお茶とケーキがあれば完璧だね」


 私が何気なく云ったケーキ、という言葉にユリウスが反応した。

 ユリウスは私の云うケーキがどういう食べ物なのかを聞きたがった。

 この世界にもスイーツはあるようだけど、ほとんどが火で炙るだけの焼き菓子ばかりで、私が思うような生ケーキのお菓子はないみたいだ。

 そういえば、魔王のところで食べたお菓子もクッキーみたいな焼き菓子だった。

 ユリウスは<食材鑑定>の能力で、その食材で作れるレシピを開発することもできる。ヒントがあれば作れそうだと云った。


「いろいろなお菓子、作って欲しいな。ショートケーキやシュークリームも作れる?チョコとかポテチもあったら嬉しいんだけど!」

「ではどんなものなのか、お話を伺っても良いでしょうか。頑張ってみますので」


 そう云うと、ユリウスの体が再び光った。

 今の会話で、彼は<S級菓子職人>のスキルを得たという。

 ものすごく感謝されたのだけど、感謝したいのはこっちの方だ。

 ユリウスは料理人としての探求心が深いようで、おそらくSS級になるのもそう遠くないと思う。


 ユリウスは立ち上がって、食材の置いてある台の側に立って、さっそく何かを作り始めた。スキルを進化させるためにはやはり作り続けて熟練度を上げるしかないのだ。

 彼は火の魔法を制御できるようで、コンロがなくても自前で食材を炙ったり、乾燥させたりできる。何かの植物から粉を挽いたりもしていたけど<高速行動>のおかげで、速すぎて彼の手元の動きを見ることはできなかった。

 しばらくして、作ったものを皿に乗せて持ってきた。

 私は目を見張った。


「わあ…!すごーい!」


 出てきたのは木の実入りのタルトと薄く焼いたクッキーだった。

 こっちの世界に来て、初めてちゃんとしたスイーツを見た気がする。


「メリルという木の実を粉にして試しに作ってみました。…ソレリーという果実があれば、トワ様のおっしゃっていたショートケーキに近づけたかもしれませんが」

「ううん、すごいわ!これはタルトっていうケーキの一種に似てるよ。今話を聞いただけでこれを作れるなんて、ユリウスってば天才じゃない?」


 タルトは見た目も色どりがきれいで美味しそうだった。

 一口食べると、とても上品な甘さで、サクサクして美味しい。クッキーの方は薄焼きせんべいのような食感でこちらも甘さ控えめで美味しかった。


「うん、美味しいわ!この甘いのって、素材の甘さなの?」

「はい、メリルの実は完熟するととても甘くなるんです。この実を乾燥させてすり潰せば甘味料になります。他のお菓子にも利用できますよ」

「マジ!?楽しみすぎるんだけど!」


 ユリウスは腕のいいパティシエになれる素質がある。

 <食材鑑定>でレシピが作れるそうだから、材料ときちんとした設備が揃ったところで腕を振るえば、もっとすごいものが出来そうだ。


 お腹がいっぱいになって、私の体調はすっかり回復した。

 美味しい食事って、生きる活力になるんだと実感した。

 食べきれなかった食材の一部をジュスターが氷魔法で冷凍し、肉を燻製にして保存食にした。長期の旅には保存食は必須なのだ。

 食料を荷馬車に積み込んで、私たちの旅はそのまま順調にいくかと思われた。


 その翌日、北上を続けているとアスタリスがこちらへ向かってくる一団を発見した。

 その一団は黒い無地の三角の旗を掲げていた。

 それを聞いたジュスターの表情が曇った。


「それは黒色重騎兵隊シュワルツランザーの旗だ。魔族狩りの巡回隊に違いない」


 魔族たちは一気に緊張感に包まれた。 

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