第55話 黒曜の指輪

「見事なお裁きでした」


 執務室に戻り、自分専用の椅子に座る魔王に対し、そう評したのはホルスだった。

 私は部屋の中央に置かれたソファに座った。その後ろにはダンタリアン、ホルス、ジュスターが立っている。

 他の騎士団のメンバーは新しい階級を貰ったことに伴い、別室で軍務担当者からの説明を受けている。


「これでしばらくはネビュロスも金儲けどころではなくなるでしょう」

「だけど、本当に3か月で痩せられるのかなあ?」

「私の肉体は日々の鍛錬によるものです。たったの3か月の付け焼刃で何ができるのか見物ですな」


 ダンタリアンの筋肉は、スキルのせいもあるのだろうが、近くで見ると本当にすごい。隣に立つホルスはそれを惚れ惚れと見ている。もしやホルスは、筋肉フェチだったんじゃなかろうか。


「奴のことだから、有能な部下に指導させるとか、金を払って怪しげな薬に頼るくらいのことはするでしょう。まあ、無駄だとは思いますが」


 ホルスは鼻で嘲笑した。


 彼らの話をよそに、魔王は手の中の宝玉をじっと見つめていた。

 それはダンタリアンから譲り受けた<次元牢獄>の宝玉だ。

 ジュスターが横から語り掛けた。


「魔王様、その宝玉に見覚えがおありですか?」

「ああ」

「ねえ、それ、良く見せて?」


 私は立ち上がって、魔王から宝玉を受け取った。


「やっぱりこれ…大司教が持ってたのと同じだわ」

「何だと?」

「私を召喚した国…大司教公国のトップがこれと同じのを持ってたの。その宝玉は他人の能力を鑑定できるものだったけど」

「他にも同じような宝玉があるのですか?」


 驚いた表情を見せるダンタリアンに、魔王が答えた。


「ああ、あるとも。スキルの数だけ宝玉が存在する」


 私とダンタリアンは同時に「ええっ?」と声を上げた。


「…というのは言い過ぎだが、確実に複数の宝玉が存在する。ひとつの宝玉に1つずつ、違うスキルが封じられているのだ」

「それじゃあ、あの鑑定も宝玉の力だったってこと?」

「おそらくな。他人の能力を鑑定するのは無属性の探知系レアスキルだ。それを自分の力と偽って人心を掌握しているのだろう」

「え~!詐欺じゃん!あの大司教、めっちゃ偉そうにしてたくせに、宝玉のスキルを使って鑑定してただけなんてありえなーい!」


 叫ぶ私を横目に見て、魔王はクスッと笑った。

 ジュスターは真顔で魔王に尋ねた。


「そのような宝玉の話はこれまで聞いたことがありません。一体どこから…」

「知らぬのも無理はない。これは世には決して出ないものだと思っていた」

「魔王様はご存知だったのですか?」

「我はこの宝玉を作るスキルを持つ者を知っている」

「え?これってスキルで作ってるの?」


 予想外の話を聞いて驚いた。


「そうだ。この宝玉はな、他人から奪ったスキルを封じて作るのだ」

「どういうこと…?」

「これは<能力奪取・宝玉化>という魔属性の物理化型スキルの成果物だ。殺した相手のスキルを奪い、奪ったスキルを宝玉に封じるという珍しいスキルだ」

「た、他人を殺してスキルを奪う…?しかもそれを宝玉にするの…?」

「これがあれば、魔法の使えない者でも使えるようになる。但しこのスキルは魔属性ゆえ、聖属性の宝玉は作れぬ。つまり回復系スキルの宝玉は存在しないということだ」

「そんな恐ろしいスキルがあるんだ…」

「それが魔大公エウリノームの固有ユニークスキルだ」

「魔大公エウリノーム…?」


 その名を聞いて、ダンタリアンもホルスも驚いていた。

 魔大公エウリノームは魔貴族の筆頭で、魔王に次ぐ権力と地位を持つ大貴族だという。


「しかし、魔大公は大戦中に、率いていた部隊ごと行方不明だと報告を受けています。生死不明のため、今も代替わりできずに領主代行を務めている息子のエイブラが行方を捜していると聞きますが…」

「十中八九、奴は生きている。そしておそらくは人間の国にいる」


 私は驚きと共に恐怖さえ感じた。

 他人を殺してその能力を奪うなんて怖すぎる。

 本当に、この世界にはまだまだトンデモスキルがあるのだ。


「それじゃ、そのエウリノームって人が商人のふりしてネビュロスに宝玉を渡したの?精神スキルの宝玉を使って」

「いや。その可能性は低い。エウリノームはネビュロスと面識があるし、素性を隠したいのなら自ら出向く必要はない。奴の部下か、あるいは魔王都に混乱を起こそうと画策する別の者なのか、今のところ判断はつかぬ」

「そっか…。でも怖いね。どうしてそんな人が魔大公なの?」

「奴の親、つまり先代のエウリノームが、寿命の尽きる者以外からはスキルを奪わせぬと我に約束したのだ。この宝玉のおかげでエウリノーム陣営は魔貴族の筆頭になるほどの力を得ることになったからな。親としては庇いたくもなるだろう」

「だけど、レアスキルを持ってる者はいつ狙われるかって恐怖でしかないじゃない」

「そういった混乱を避けるため、奴の固有スキルについては公表していなかったのだ。宝玉も、決して一族以外には渡さぬと誓約していたはずだったのだが」

「…実際は魔王の目を盗んで人を殺してスキルを奪ってたってことよね…」


 その時、ホルスが「なるほど」と頷いた。


「以前、魔王様が我ら守護将に固有スキルを不用意に人に話すなとおっしゃっていたのはそういう理由だったのですか」

「そうだ。奴の耳に入れば命を狙われかねんからな。まあ、我がいるかぎり、そのようなことはさせぬが」

 

 私は手の中の宝玉をじっと見てから、魔王に返した。


「こんな小さな宝玉のために人が死んだり、争いがおきたりするんだね…」

「だが制約はある」

「え?」

「この宝玉には使用制限があるのだ」

「制限?使ったらなくなっちゃうとか?」

「ああ。宝玉によって使用制限の回数が違う。しかも使えば使う程劣化するという欠点があるので戦争には向かぬ。ダンタリアン、お前の使ったこの<次元牢獄>は、使い古しの劣化品だったぞ」

「そ、そうだったのですか…。お恥ずかしい限りです」


 ダンタリアンは恥ずかしそうに頭を下げた。

 魔王は手にした宝玉をダンタリアンに見せながら問い掛けた。


「ダンタリアン、おまえはこれを勇者のスキルだと言ったな?」

「はい。ネビュロスからそう聞きました」

「ネビュロスは強力な精神スキルによって操られていた。つまり、操った相手がそう吹き込んだわけだ」

「…偽物、でしょうか?」

「いや、注目すべきはこの<次元牢獄>が、空間魔法のスキルだということだ」


 魔王はチラッとジュスターに視線を送った。


「空間魔法…?魔王様の他に使える者がいたということですか?」

「いや。この世界で我以外に空間魔法を使用できる者はおらぬ。ただ1人の例外を除いて」

「それは…?」

「勇者シリウスだ」

「ということは、この<次元牢獄>の宝玉は本当に勇者のスキルだったと…」

「ああ、間違いない」

「えっ?でも…待って、その宝玉のスキルが勇者のものだとしたら、勇者はエウリノームに殺されたってことにならない?」

「そういうことになるな」

「しかし、勇者が魔族に倒されたという話は聞いたことがありませんが」


 ダンタリアンの言葉に、ホルスも頷いていた。


「だが、勇者は姿を消しているそうではないか」

「あ、うん。そう聞いたわ。行方不明になったまま消息不明だって」

「エウリノームが密かに勇者を殺し、スキルを奪って遺体を隠したのだとしたら辻褄が合う」

「そんな…!」

「エウリノームは今も人間の国で好き勝手にスキルを奪っているに違いない。奴は我が復活することを見越して、邪魔をさせぬために魔王都に乱を起こさせたに違いない。この宝玉がダンタリアンに渡るよう画策し、あわよくば我を<次元牢獄>に幽閉できれば良いと考えたのだろう」

「…卑怯な」


 魔王の言葉に反応したジュスターは、強い口調で云った。


「魔王様、そのような者を野放しにするわけには参りません。もし人間の国にいるのならば、即刻見つけ出して捕らえるべきです」

「だけど一体どうやって?居場所もわからないのに」


 私の疑問に答えてくれたのは魔王だった。


「宝玉の出所を探れば良い。鍵となるのはグリンブル王国の商人だ」

「確かに…ネビュロスは宝玉をグリンブル王国の商人から買ったと申しておりました。精神スキルが解けた後でもそれだけは記憶していましたから、事実なのでしょう」


 ホルスの説明に魔王は頷いた。


「グリンブル王国の商人…」


 グリンブル王国。

 すべてのカギはそこにある気がする。


「ねえ、だったらグリンブル王国に行ってみようよ」


 私は軽い気持ちで魔王に提案した。

 するとジュスターがすぐに異論を唱えた。


「何をおっしゃるんです!トワ様は、そもそも人間の国を追われてこちらへ来たのではありませんか。なのにまた人間の国へ行くというのですか?」

「あれは大司教公国の話だし、グリンブル王国とは国交がないから大丈夫よ」

「…確かに、グリンブル王国は、魔族を受け入れているため、魔族撲滅を唱える大司教公国やアトルヘイム帝国などとは距離を置いています。おそらくトワ様のことを知る者はいないでしょう」

「でしょ?」


 ホルスがそう云ってくれて助かった。

 だけどジュスターは心配顔でなおも云った。


「ですが、なぜ急にそのようなことを言い出すのです?」

「それは…、ほら、その商人に話を聞けばエウリノームの行方も分かるかもしれないし」

「エウリノームのような危険な人物がいるとわかっているのに、そのような場所へトワ様がお出かけになる必要はありません。調査なら我々にお命じになればよいことです」

「あ…、まあ確かに、そう、だけど…」


 ついでに学校に通ってみたいから、というのが本音だけど、さすがにこの場では空気読めていないみたいで云い出しづらい。

 ジュスターの口撃に狼狽えていると、魔王が助け舟を出してくれた。


「…そうか、おまえにグリンブル・アカデミーの話をしたのは我だったな」

「魔王様、一体何のお話なのですか?トワ様に何を?」


 ジュスターは矛先を魔王に変えた。


「我がトワにグリンブル・アカデミーに行くよう勧めたのだ」

「アカデミー?」


 話の見えない彼らは首を傾げるばかりだった。 

 魔王はしばらく私を見つめて、微笑んだ。


「よし、わかった。では我もグリンブルへ行くとしよう。我が一緒ならエウリノームも手出しはできぬだろう」


 魔王の宣言に慌てたのはダンタリアンとホルスだった。


「ええっ?!魔王様ご自身が、人間の国へですか?!」

「それは危険です!もしバレたら大変なことになりますよ!」


 そう云って、2人は猛反対した。


「だいたい、魔王都に戻ってこられたばかりではないですか…」


 ダンタリアンがため息交じりに云うと、魔王は彼を見上げて、ニヤリと笑った。


「我がおらずともおまえたちがいれば、あと100年くらい大丈夫だろう?」

「お人が悪い…」


 魔王の言葉の意味を悟って、ダンタリアンはタジタジとなった。

 確かに彼は魔王不在のこの100年、自分が治めて安泰だったと魔王本人に言い放ったのだが。


「我は遊び半分で行くわけではないぞ。エウリノームの行方も気にかかるが、一番の目的は勇者が我に施したこの忌々しい封印を解くためだ」

「え…?そのお姿は転生したばかりでまだお力が戻っていないからではなかったのですか?」

「おまえたちには言っていなかったか、ダンタリアン。100年前、勇者シリウスは固有スキルを使って我の魔力を封じたのだ。忌々しくも、その効力は転生した今でも失われておらず、このざまだ」

「そうだったのですか…」

「勇者がいない今となっては、直接解除してもらうわけにもいかぬ。だがそのスキルについて調べられれば、封印を解くカギになるはずだ」

「それは、どうやって調べるの?」


 それにはホルスが答えてくれた。


「それでしたらグリンブル王国には大戦後に出来た、門外不出の禁書庫があると聞いたことがあります。そこには勇者に関する資料もあると聞きます。それを手に入れれば、封印解除の手がかりになるのではありませんか」

「ふむ。行ってみる価値はありそうだな」


 魔王は椅子から立ち上がった。


「というわけだ。トワにも手伝ってもらうつもりだが、文句はないな?」

「は…」


 ジュスターはそれ以上もう意見しなかった。


「幸い、この姿のおかげで我が魔王だと気づく者はいないだろう。留守の間、国のことはお前たちに任せる。問題はないな?」

「わかりました」

「では、我が聖魔騎士団は護衛としてお2人に同行いたします」


 ジュスターは納得していないようにも見えたが、きっぱりとそう云った。

 ここで話したことすべてが決定事項となった。

 ダンタリアンはやれやれ、と肩をすくめた。


「仕方がありません。では、ひとつ進言させてください。グリンブル王国には魔族と人間が揉めた場合に備えて、ネビュロスが王国公認の治安維持機構なる組織を作っています。

 私は行ったことはありませんが、ネビュロス曰く、魔族の権威を見せつけるために王城にもひけを取らない豪華な建物を王国内に作っているとか。魔王様に相応しい滞在場所かと思いますが、いかがでしょう?」


 ダンタリアンの提案に、「いいだろう」と魔王は頷いた。


「ではその交渉は私が致しましょう。ネビュロスに最高のもてなしを約束させます。もちろん滞在費用は全額出させますので、ご安心を」


 ホルスは不敵に笑った。

 割と軽く考えて発言したことが、なんだかどんどん大事になっていくことに不安を覚えた。

 でも魔王が一緒に行ってくれるのなら心強い。

 なんだかんだ云って、彼はいつも私を助けてくれる。


「では直ちに準備に取り掛かります」


 そう云うと、ダンタリアンとホルスは足早に退出して行った。

 魔王はジュスターにも退出を命じ、私にだけ残るようにと声を掛けた。


「なんか、ごめんね」

「なぜ謝る?」

「だって、私のわがままに付き合ってもらったみたいでさ」

「いや、良い機会だ。我も行ってみたいと思っていた」

「アカデミーに?」

「ああ。実は大戦よりも以前に、かの国のアカデミーに空間魔法を使った魔法具を提供したことがあってな。それがどこまで開発が進んでいるのか、見ておきたいのだ」

「そういえば前にそんなこと言ってたね」

「…おまえの願いを叶えるのはなにもカイザードラゴンだけではないのだぞ?」

「やだ、あの決闘の時のこと、まだ根に持ってるの?」

「…いや、それはそうと、おまえに贈り物がある」


 魔王はおもむろに私の左手を取った。

 彼は私の中指に、黒い石のついたシンプルな指輪を嵌めた。


「うむ、ピッタリだな」

「え?何?この指輪…」

「この黒曜石には我の魔力が込められている。これをつけていれば我の魔力に覆われて人間だとバレることはない。城外へ出ても大丈夫だぞ」

「ホント!?」


 魔王城に来てから城内をうろついていると、事情を知らない魔族たちの注目を集めてしまうことが何度もあった。

 そもそも、魔族にはカブラの花粉を吸って平気な人間がいるという認識がないから、私が人間だと気付くと見間違いではないかと、二度見していくのだ。

 だからといってなにか騒ぎが起こったり、嫌がらせされたりするようなことはなく、あえて見て見ぬふりをしている印象を受けた。

 もしかして、ここに人間がいたことがあったのだろうか。


「ゼルくん、ありがとう」

「ずっと城内にいるのも窮屈だろうと思ってな。それがあれば気晴らしに外へ出掛けられるだろう」


 私は魔王の金色の目を見つめた。

 私がここへ来た時から、内緒で作ってくれていたんだと思うと、ジーンとくるものがあった。


「人から指輪を貰うなんて初めてよ。大事にするね」

「いや、それは指輪の形状をしているが、ただの魔法具だ。おまえが我のパートナーになった暁には、もっと高価な、おまえに相応しい指輪を贈ってやる」

「またそんなこと言って…」

「そのためにも早く封印を解かねばならん。おまえがグリンブルへ行くと言い出してくれたのは良いきっかけだった」

「…うん。早く元の姿に戻れるよう、私も手伝うよ」

「ああ。この姿もまんざら悪くもないのだがな」


 魔王は大人びた表情で苦笑した。

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