第49話 裏切りの対価

 同じ頃、魔王ゼルニウスは、ダンタリアンに案内され、上階にある執務室へと入った。


「おまえがここを使っておるのか」

「…はい。恐れ多きことと知りながら」

「フン、まあ、留守を任せたのは我だからな」


 ダンタリアンは扉を背にして立ち、部屋の中央のソファに腰を下ろした魔王をじっと見ていた。


「どうしたダンタリアン」


 魔王は扉の前から動かない彼に視線を向けた。

 ダンタリアンは後ろ手に扉のカギを閉めた。

 彼は、おもむろに手のひらを前に突き出した。


「いでよ、<次元牢獄>!」


 ダンタリアンが叫ぶと、突如魔王は周囲2メートル四方の鉄格子の檻の中に閉じ込められた。


「やった!」


 ダンタリアンはガッツポーズをした。

 だが魔王は少しも慌てることなく、檻の中に閉じ込められたまま、ソファで寛いでいた。


「ダンタリアン、これは何の真似だ?」


 魔王は、足を組んだまま、ダンタリアンに尋ねた。


「魔王様、なぜ戻ってこられたのです。戻って来なければこんなことをせずに済んだものを」

「ここは我の城だぞ。戻って何が悪い」

「この100年、あなたがいない魔王城は平和そのものでした。この私が治めていたのですから」

「あれで治めていたといえるのか?ここへ来る際に通って来た主要道路は補修もされずあちこちガタガタだったぞ」

「…あ、あとで補修部隊を派遣するつもりだったのです!」

「それに直轄領地の管理もできておらんようだ。貴様、魔貴族どもに舐められているのではないか?」

「そ、それは…ええい!そんなことはどうでもいい!ともかく魔王様、あなたの時代は終わったのだ!あなたをこうして異次元の牢獄に閉じ込めることが出来たのだからな!」

「我を閉じ込めて代わりに魔王を名乗るとでもいうのか」

「私は今やこの国の王も同然。今更あなたに戻って来られても困るのです」


 すると魔王は笑った。


「な、何がおかしい!?」


 ダンタリアンは憤った。


「身の程知らずも甚だしいぞ。おまえごときが王だと?笑わせるな。魔族の王がどういうものか、おまえは何もわかっておらぬ。魔貴族共に狩られて終わりだぞ」

「何とでもいうがいい。その檻の中では、もはや何もできはしない」

「本当に、おまえは愚かだな。哀れですらある」


 魔王は檻の中でじっと腕を組んでダンタリアンを見ている。


「虚勢を張ったところでこの<次元牢獄>からは抜け出すことはできん。これはかつてあなたを倒した勇者のスキルなのだからな」

「ほう?それは初耳だな」

「その檻の中ではどんな魔法も異次元空間に吸い込まれてしまい、牢から脱することは不可能なのだ。魔王様といえど、勇者の技には抗えぬはず」

「フン、誰に吹き込まれたか知らぬが、勇者のスキルとやらをなぜおまえが使える?」

「これを手に入れたのだ」


 ダンタリアンの手には水晶玉のような宝玉が握られていた。


「ほう、それにスキルが封じられているのか」

「…さすが魔王様。よくご存知で」

「貴様、誰かに入れ知恵されたな?」

「いいえ、これは私の意思です」

「いいや、おまえは気付いていないだけだ。バカめが。だれぞの口車にでも乗ったのか。そんな三流品を買わされおって」

「私を惑わそうとしても無駄です。人間の国は金さえ積めばなんでも売ってくれる。勇者のスキルでも、情報でも」


 魔王はしばらく考えていて、口を開いた。


「なるほど。その人間の国との連絡役はさしづめネビュロスあたりか」


 ダンタリアンは驚いて目を見開いた。


「…どうしてそれを…」

「おまえの浅い考えなどお見通しだ。我は魔王だぞ」

「フ、フン、それがわかったところでどうだというのだ。その牢獄の中では手も足も出まい」


 ダンタリアンは宝玉を握った手を前に突き出した。


「異次元の永遠の牢獄の中で朽ち果てるが良い」


 ダンタリアンは宝玉を握った手を下へと動かした。

 すると魔王の入った檻は、ゆっくりと執務室の床に沈むように消えていった。


「ふふふ…ハハハ!やった、やったぞ!魔王を捕らえた!次元牢に閉じ込めてやった!」


 ダンタリアンは誰もいなくなった執務室で大声で笑った。



 一方、階下の応接室にいた私たちは武装した魔族の襲撃を受けていた。

 私たちはついさっきここへ来たばかりなのに、どうしてこんなことに?


「皆殺しにせよとの命令だ。殺れ」


 襲撃者のリーダーらしき者が部屋に入るなりそう云った。

 部屋の中だからか、武装した魔族たちは長い得物ではなく、剣を持って襲い掛かってきた。

 この部屋ではスキルも魔法も使えないため、単に腕っぷしの強さがものをいう。

 こちらは丸腰だし、おそらく敵は舐めてかかっているのだろう。

 そこに隙が生まれた。

 魔法を得意とするネーヴェとテスカは、私を庇うようにして部屋の隅に下がり、その前にはジュスターが立った。

 カナンやユリウス、クシテフォンたち武闘派の団員たちが前に出て襲撃者を迎え撃った。

 最初に扉から入ってきた数人をカナンとクシテフォンが倒すと、後続の敵を扉でせき止めるようにして1人ずつユリウスとアスタリスが倒した。

 そのせいで後続の襲撃者たちは、狭い扉から1人ずつしか攻め込めないという、なんとも効率の悪い戦い方をしていた。

 ユリウスが<光速行動>で隣の部屋へと殴り込みに行くと、カナンもそれに続いた。

 隣の部屋からは激しい物音と悲鳴、叫び声が聞こえた。

 クシテフォンとアスタリスは、隣の部屋から逃げてくる者らを待ち伏せし、次々と倒していった。

 ロアも、その2人を援護していた。

 みんな、凄い。

 魔法やスキルなんか使わなくても、あっという間に襲撃者全員を倒してしまった。


「一体どういうことなの?」


 私はジュスターの肩越しに問い掛けた。

 それに答えたのはロアだった。


「どうやら我々は罠にかけられたようです」

「罠?」

「裏切り者がいるということでしょう。こうなると、魔王様が心配ですね」


 私はハッとした。

 サレオスの言葉が私の脳裏に蘇ってきた。

 彼は、魔王都には魔王の帰還を歓迎せず、害を加えようと企む者もいるかもしれないと忠告してくれたのに。


「魔王守護将が裏切ったっていうこと?」

「ええ。おそらく魔王様が不在の間に彼らが権力を握ってしまったがために、お戻りになった魔王様が邪魔になったのでしょう」

「そんな…!魔王を助けに行かないと!皆、力を貸して!」

「もちろんです」


 隣の部屋から通路に出た私たちは、槍を手にしたホルスがゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるのを見た。


「ホルス様…」


 ロアが息をのんだ。

 仮にも相手は最強と云われる魔王守護将の1人だ。


「これは驚いた。魔法もスキルもなしに、丸腰でどうやって一個小隊の襲撃を切り抜けた?」


 やっぱり、この人が私たちを襲わせたのだ。


「あなたが私たちを襲わせたの?なぜこんなことを…」

「黙れ人間」


 ホルスは私を冷たい目で見た。

 ジュスターが私を庇うように、前に立った。


「なぜ我々を襲う?説明してもらおうか」


 彼は冷静な声で云った。


「貴様らは魔王様が連れて来た客だ。魔王様と共に消えてもらうのが筋というものだ」

「消えて…って、魔王に何かしたの!?」


 私の問い掛けに、ホルスは目を細めた。


「今頃魔王様はダンタリアンによって<次元牢獄>に囚われている頃だ」

「な…!?」


 <次元牢獄>が何なのかわからなかったけど、魔王がピンチなことだけは確かだ。


「どうして魔王を裏切ったの?あなたは魔王の部下なんでしょう?」

「そうです。魔王守護将ともあろうお方が、守るべき主を裏切るなど、武人として恥ずかしくないのですか!?」


 ロアの叫びに、ホルスはフッと鼻息を漏らした。


「おまえたちにはわかるまい。これまでどれだけ私たちが恐怖に支配されてきたのかを」

「恐怖…?」


 そういえばサレオスもそんなことを云っていた。

 かつて魔王は恐ろしい存在だったと。

 そして、どうやらサレオスが危惧した通りの展開になってしまったみたいだ。


「だからって、こんなだまし討ちみたいなやり方は良くないわ!言いたいことがあるなら堂々と言えばいいじゃない!」

「トワ様のおっしゃる通りです!不服があるのならばなぜ黙っているのです?主が道を踏み外したなら正しい道に進むよう手助けをするのが臣下の役目ではありませんか!」


 ロアは舌鋒鋭く非難した。


「黙れ!」


 ホルスは怒鳴った。


「おまえたちにはわからぬ。魔王様は絶対的な存在だ。臣下である私やダンタリアンは恐れ多くて話しかけることすらままならなかったのだ」


 ホルスの云うことは、あのゼルくんからは想像もできなかった。

 そんなに魔王は恐れられていたのか…。


「魔王様が急にいなくなって、大戦後の敗戦処理は大変だった。それでもこの100年、魔王様不在のこの国を我らは平安に治めてきた。もはや恐怖で支配する時代ではないのだ」

「何が平安よ」

「何…?」

「直轄領のナラチフが襲われてたのに、どうして知らんぷりしてたわけ?」


 私の言葉に、ホルスはほんの少し表情を変えた。

 私はそれを見逃さなかった。


「…知ってて放置してたのね?」

「何のことだ」

「このロアはナラチフの領主よ。侵略を受けて、助けを求めるためにわざわざここまで来たのよ」

「…ナラチフ…か」


 ホルスは否定しなかった。

 ロアはホルスを睨みつけた。


「ホルス様、どうなんです?もし、そうなら、私はあなた方を許しません」

「だとしても、おまえたちにはもうどうすることもできぬ」

「それがこの国の守護将の言うことですか!多くの領民が囚われ死んだのですよ!」

「済んだことだ。そして魔王様はもういない。おまえたちがどう騒ごうと、その事実は変わらぬ」


 ホルスは槍を構えた。


「おまえたちにはここで死んでもらう」


 ホルスの背後から大勢の兵たちが駆け付けるのが見えた。

 アスタリスが声を上げた。


「うわ、大勢こっちに来るよ!」

「私が時間を稼ぐ。カナンたちはその間にトワ様を連れて逃げろ」


 ジュスターは、そう云いながら、ホルスの前に立ち塞がった。


「ダメ!そんな死亡フラグみたいなセリフ言わないで!」

「…トワ様?」

「皆、逃げるわよ!アスタリス、追手のいない方へ案内して!」

「こっちです!」


 私はホルスに背を向け、ジュスターの腕を掴んで、アスタリスの後について駆け出した。


「カイザー、出て来てホルスを止めて!時間を稼いで!」

『承知した!』


 私たちと入れ替わりにカイザーが、ホルスの見知った人物となって現れた。

 さすがにこの通路で元のドラゴンに戻るのは狭すぎた。


「あ…あなたはサレオス殿!?なぜここに…!」


 カイザーの擬態能力を知らないホルスは、サレオスの出現に混乱した。

 

「ここからは一人たりとも通さぬ」


 突然出現したサレオスに、ホルスをはじめ、兵士たちは攻撃を躊躇しているように見えた。

 カイザーは廊下を埋め尽くすほどの兵士たちに向かって火炎弾を放って煙幕を張った。

 兵士たちはゲホゲホと咳き込んでいる。

 その隙に、私たちは迷いの通路を奥へ奥へと走ってゆく。


「トワ様、なぜ私を連れて逃げたのです?」


 ジュスターは私に腕を引かれながら問いかけた。


「あんな大勢の敵の前に一人で置いていけるわけないでしょ?ジュスターが強いのは知ってるけど、どうせなら私が見てるところで活躍してよね!」

「わかりました。必ず良い所をお見せします」


 彼はそう云うと、追い抜きざまに私を抱きあげてそのまま走り、前方を走るネーヴェたちにすぐに追いついた。

 魔族の足って本当に速い。

 だけど、走っているその通路は、多くの扉がある迷いの通路だった。

 果ての見えない通路を、私たちはひたすら走った。


 先頭を走っていたカナンに、後ろを走るアスタリスが叫んだ。


「カナン、魔王様がいるよ!」

「何っ?しかし、先程ホルス将軍が…。本当に魔王様なのか?」

「見間違えるわけないよ。ほら」


 アスタリスが指さす通路の遥か向こうに、小さな人影が立っていた。

 それが少年魔王であることをアスタリスの目は捉えていた。

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