第50話 魔王の宝物庫

「アスタリス、あれは魔王様本人に間違いないか?」

「うん、確かだよ。こっちへ来いって手招きしてる」


 少年魔王は通路に並ぶ扉の一つに手を掛けた。

 彼はその扉を開けて、カナンたちに手招きした。


「皆、俺に続け!」


 カナンは後続に向かって叫び、少年魔王が入っていった扉に飛び込んだ。

 残りのメンバーも続いて扉の中へと入って行った。

 ジュスターに抱えられていた私は、カイザーが追手を食い止めているはずの後方を見た。

 後ろは煙幕でまったく見えなくなっていた。

 おそらくカイザーがやったのだろう。


「カイザー、戻って!」


 私が後方の煙幕に向かって叫ぶと、カイザーは黒い影となってものすごいスピードで私のネックレスに吸い込まれた。

 私を抱えたジュスターが最後に部屋に入ると、扉は勝手に閉まった。

 そして扉自体が消えて何もない壁になってしまった。

 部屋の中に入った全員がそれに驚き、何かの罠かと身構えた。

 その部屋は6畳間くらいの広さしかなく、全員が入るとぎゅうぎゅう詰めになってしまった。

 その中央には少年魔王が立っている。


「やはりおまえたちも襲われたか」

「ゼルくん!無事だったの?」

「ここは我の城だぞ。何を心配することがある?」

「だって…!」

「先程ホルス様から、魔王様が囚われたと伺ったのです」


 ロアが心配そうに言葉を掛けると、少年魔王は不敵に「大丈夫だ」と笑った。


「しかし、ここは一体何なのですか?」


 アスタリスがきょろきょろと辺りを見回す。

 彼の<目>を以てしても部屋の外の様子は見えなかったようだ。

 扉が消えてしまった部屋は、窓も何もない密室となっていた。


「この城には我しか知らぬ仕掛けがいくつも施してある」

「さっきのスキルや魔法が使えない部屋もですか?」

「ああ、おまえたちは防犯用の来客室に通されたのだな。隣の部屋に兵を伏せておけるので、警戒すべき相手は最初にあの部屋に通すのだ。ホルスはおまえたちを罠にかけるためにあの部屋を使ったのだろう」


 ホルスは最初から私たちを殺すつもりだったんだ。


「じゃあ次元…ナントカとかに捕らえられたっていうのは?」

「<次元牢獄>のことか?ダンタリアンがそういうスキルを使ったのだ」

「…って、大丈夫だったの?」

「大丈夫だからここにいる。封印されているとはいえ、我は空間魔法が使えるのだぞ。あんなちゃちな牢獄を破ることなぞ造作もないわ。勇者がどうのこうの言っておったが、蓋を開けてみれば三流のスキルだった」

「魔王様、空間魔法ってどんな魔法ですか?」


 訊いたのはアスタリスだった。


「異空間への干渉を可能にする魔法だ。空間を捻じ曲げたり別次元の空間へ出入りしたりできるのだ」

「異空間を自由に行き来できるなんて、す、すごいです!さすが魔王様!」

「まあな」


 人の気も知らないで、魔王は得意気にフフン、とか鼻を鳴らしながら説明している。

 なんだか腹が立って来た。

 私は魔王の傍に寄ってその頬を両手でぷにっとつまんだ。


「にゃにをする」

「フフン、じゃないわよ。もう…!」

 

 そう云いながら、私は膝をついて彼の小さな体を抱き寄せた。


「トワ…」

「心配したんだからね」 

「お前はもう少し我の力を信用しても良いと思うぞ?」

「だって、まだ力が戻ってないって言ってたじゃない」

「あれくらい、どうということもないさ」


 少年の手が、私の頭を撫でる。

 その仕草は大人びていて、少しドキッとした。


「心配をさせて悪かった…」

「魔王様、この部屋には出口がありませんが、いつ出られるのですか?」


 空気を読まぬジュスターが会話に割って入った。

 魔王はちょっとだけムッとした表情になったけれど、ジュスターへ視線を向けて返事をした。


「安心しろ。今この部屋は移動する箱になっているのだ」

「移動する箱?それってまさか、エレベーター?」

「ふむ、おまえはこの仕掛けを知っているのか?」

「知っているっていうか、私のいた世界にもあったから。人を乗せて別のフロアに移動するっていったらそれしかないもの」

「おまえの言う通りだ。この部屋は今、目的の場所へ移動している。見ていろ、目的地についたら扉が現れる」

「目的地って?」

「宝物庫だ」


 しばらくそうしていると、何もなかった部屋の壁に突然扉が現れた。


「着いたぞ」


 現れた扉から外に出てみると、そこは先程までの通路ではなく、真っ暗な空間だった。


「宝物庫へは、我の魔力に反応して動くこのエレベーターでしか行けないようになっているのだ」

「へえ…そりゃ泥棒も盗めないわけね」


 魔王は、私の手を握って暗闇の中を歩いていく。

 一歩歩くごとに両脇に明かりが灯る。

 なんだかテーマパークのアトラクションに入った気分だ。


 不意に魔王は立ち止まり、何か唱えると、何もない空間に巨大な扉が現れた。

 彼が手で触れると、扉は重そうな音を立てて開いた。

 扉の中に入ると、そこには天井の高い博物館のような空間が広がっていた。

 透明なショーケースが一定間隔に置かれており、その中には様々な武器や装備、アクセサリーなどが展示されている。

 聖魔騎士たちは目を輝かせてそれらを見た。


「どうだ、見事なものだろう?これらは我が作った自慢の品々だ」

「ええ!?これ全部!?」

「そうだ。最初は長い年月を生きるにあたって、暇つぶしに製作を始めたのだが、次第に熱中し始めてな。そこいらのS級鍛冶職人などには負けんぞ」


 魔王はドヤ顔で云った。

 確かにすごいけど、誰に見せる為でもなくわざわざこんな展示ケースに入れて飾るとは、なかなかのマニアだ。


 聖魔騎士たちは1つ1つ興味深そうに見ている。

 更に歩いていくと、奥は武器庫になっていた。

 壁に飾り棚が設置されており、槍や剣、鉄扇、斧、暗器など多種多様な武器が飾られていた。

 西洋っぽい剣や日本刀、中東世界の曲刀など、世界観もバラバラで、まるで武具の博物館のようだ。


「ここにあるものなら何でも持って行って構わないぞ」

「えっ!?本当ですか!?」

「すべて属性武器だ。自分に合うものを選ぶが良い」

「魔王様、気前がいい!」

「やったー!」


 団員たちは歓声を上げた。

 彼らは思い思いに武器を吟味し、手に取った。


「本当にいただいてよろしいのでしょうか」

「ああ、ロア、おまえにはその弓が良かろう」


 ロアは魔王に勧められたエメラルドグリーンの宝石のついた弓を手にした。

 ジュスターは柄にアクアマリンの宝石がはめ込まれた長刀を選び、皆それぞれの属性にあった武器を選んだようだ。

 確か、貴鉱石って宝石のついた武器は高価なんだって云ってた気がする。

 さすが魔王、太っ腹だ。


「トワ、おまえにはこれをやろう」

「え?」


 魔王が私に手渡した物を見て、思わず声を上げた。


「これ…扇子じゃない!どうしたの?」

「昔、異世界から召喚された人間と知り合う機会があってな。その者が持っていたものを真似して作ってみたのだ」

「えっ?召喚って100年前の勇者が最初じゃなかったの?」

「いや、もっと前の話だ。召喚術自体はあの国ができるもっと前から行われていたのだ」

「そうなんだ…。でもこの扇子、すごく綺麗…」

「気に入ったか?」


 それは長さ30センチくらいの大きめの扇子だった。

 要の部分には直系2センチ程の、白く輝く宝石が嵌っていた。もしかして、ダイヤモンドだろうか。

 扇子を広げてみると、ちょうど顔が隠れるくらいの大きさだった。

 扇面の部分には和紙ではなく白い布が張ってある。

 その布には日本画のようなタッチで花と鳥の絵が描いてあった。

 こんな立派な扇子、見たことない。

 博物館に展示されてもいいレベルだ。


「試しに聖属性に対応している宝石を使って属性武器を作ってみたのだ。我には無用のものなので、おまえにやろう」

「ありがとう…!ねえ、この扇子の絵ってゼルくんが描いたの?」

「書き写しただけだ。たしか、ソータツ、とかいう有名な絵師が描いた絵だとか。なかなか良い物だったので、そのままの形で再現したのだ」

「へえ、案外上手じゃない。絵も上手いなんてすごいわ」

「そ、そうか?」


 魔王は照れたようにはにかんだ。

 魔族って文字は書けなくても絵は描けるんだ。

 素人目に見ても上手だ。

 元の扇子を持っていた召喚された人って、もしかして昔の日本人だったのかな。


「この石ってダイヤモンドだったり?」

「ああ、よく知っているな。それはこの世界でも貴重な石だ。それを持っているだけでおまえの魔力を増幅してくれるはずだ」

「ダイヤって聖属性の石だったんだ?でも大司教公国では見たことなかったなあ…」

「人間の国ではほとんど手に入らぬ鉱物資源だからな。買おうとすればかなりの高額になる」

「…い、いくらくらい…?」

「大したことはない。人間の街が一つ買えるくらいだ」

「うはっ!そんなの、貰っちゃっていいの?」

「構わん。使える者が所有してこその武器だ」


 凄いことをサラッと云う。

 でも確かに扇子を手にしていると、力が湧いて来る気がする。


 そういう魔王も体に釣り合わないほどの大きく立派な杖を持っていた。


「ゼルくんの杖も凄いじゃない」


 杖というより錫杖というべきもので、その上部には七色に輝く六角形の大きな宝石が乗っていた。

 

「フフン。この宝石はすべての属性を魔法で組み合わせて作った我のオリジナルだ。そこらの魔法士ごときには使いこなせぬ代物だ」

「へえ~!」

「これを創るのに100年かかった」

「ひゃ、100年!?単位がバグッってる…。けど、こんなおっきいの、持って歩くの大変じゃない?ゼルくんの背より高いじゃない」

「心配無用だ」


 そう云うと、魔王の杖はあっという間に彼の掌に吸い込まれて消えた。


「消えた!?」


 驚いているうちに、再び彼の手に杖が出現した。


「また出た…」

「我の創った武器は最初に自分の魔力を武器に送り込むことで、自身の専用武器にできる特性を持っている。そうすると任意で自らのマギの中に仕舞うことができるのだ。便利だろう?」


 魔王の言葉を他の団員たちも聞いていたようで、皆、持っている武器を出したり仕舞ったりし始めた。


「なんだか手品みたい」

「装備をマギ化させられる技術は、この世で我にしかできぬことだ。おまえもやってみると良い」

「私にできるかな…」

「できるさ。扇子に意識を集中してみろ」


 私は扇子に集中して魔力を注いでみた。

 するとダイヤが輝きを増した。


「あっ!」

「いいぞ。それでその扇子はおまえの専用武器となった。その状態で、強く握って『仕舞う』ことをイメージするのだ」

「う、うん」


 私は云われた通り、扇子を握って手の中から無くなれ、と念じた。

 すると扇子は私の手の中からフッと消えた。


「出来た!」

「では今度はそれを取り出すイメージをしろ」

「取り出すイメージ…」


 私は手のひらを見つめて「扇子出て来い」と願った。

 すると扇子は再び私の手の中に現れた。


「すごーい!これなら持ち運びに便利だし、失くす心配もないわね!」

「そうだろう」


 魔王は嬉しそうに頷いた。


「魔王様」


 私と魔王の会話に割って入ってきたのは、またしてもジュスターだった。

 またか、という表情で魔王は彼を見た。


「皆ありがたく武器をいただきました。これ以上の褒美はございません。今まで以上に働いて御覧にいれます」

「よく言った。では裏切り者を血祭にあげに行くとするか」


 魔王の激に団員たちは「オー!」と声を上げた。


「血祭りとか物騒ね…」

「そのくらいの意気だということだ。本当に殺すかどうかは奴らの出方次第だな。だいたい、おまえは反対するだろう?」

「反対…と言いたいところだけど、ゼルくんもダンタリアンには一発かましてやりたいでしょ?」

「無論だが…珍しいな」

「だって私たち、スキルを封じられた状態で襲撃を受けたのよ?あんな卑怯な真似された以上、少しはやり返してやらないと気が済まないもん」

「おまえにしては過激なことを言うではないか」

「あんな風に出迎えてくれたくせに、だまし討ちにするなんて、ちょっと頭に来てるのよ。魔王を捕らえたとか得意になってさ。同じ守護将でもサレオスさんと全然違うし。あんな卑怯な真似しておいて、少しも恥だとか感じてないみたいだし。そういう奴は一回鼻をへし折って反省させないといけないと思うわけよ」


 私は右の拳で左手をパンチした。

 その拍子に「パーン!」といい音がして、魔王はぎょっとした。


「…お前を怒らせるのはやめておこう…」


 魔王はボソッと呟いた。


「ん?何か言った?」

「いや、では皆、用意は良いか?」


 魔王の声に、ロアをはじめ、騎士団のメンバーは元気よく返事をした。

 魔王は宝物庫の床に、大きな魔法陣を出現させた。


「皆、魔法陣の中に入れ。城の入口まで一気に飛ぶぞ」

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