第48話 魔王都メギドラ

 ネビュロスの手下たちを撃退した私たちは、村人たちに見送られてカマソ村を発った。

 ロアは部下たちを村に残し、自前の魔獣馬で同行することになった。


 魔王都までの旅は、南に向かうにつれて気温も過ごしやすくなってきた。

 ほとんどが野宿だったけどそれなりに楽しかった。

 川で魚を釣ったり狩りをしたりして、魔王とその部下という垣根を越えて、一緒にワイワイと楽しんでいた。 

 私も学生時代、夏の林間学校でキャンプをしたことを思い出して、楽しかった。


 夜になると、焚火を囲んでいつもの談笑タイムになる。

 旅の間にサロードというギターに似た楽器を自作したクシテフォンが、演奏に乗せて美しい歌声を聴かせてくれる。

 その調べは中央アジアの民族歌謡のようなどこか物悲しく、心を惹かれた。皆その音色に耳を傾けながら、話をしたり物思いにふけったりしていた。


「本当にいい声ですねえ…。これほどの歌い手は魔王都にもそうはいませんよ。これならイシュタム祭の歌唱コンテストで優勝できますね」


 ロアは足でリズムを取りながら云った。


「イシュタム祭?」

「魔王都で年に1度行われている創造神イシュタムに捧げるお祭りです。メギドラホールという大きな会場で様々な芸事を奉納するのですが、市民の投票によって出場者の中から優勝者が決められるのです。歌や曲芸、工作など、生活スキル持ちのみが輝くことのできる催事イベントなのです」

「へえ~面白そう!」

「ええ。全国から観光客がやってきて、それはそれは大変な賑わいになるのですよ。芸事のみならず、製作スキル持ち《クラフター》のための展示即売会も行われるのです。この10年程は参加できていませんでしたが、以前には自作の石鹸や化粧品などを出品して、2度表彰されたことがあるのです」

「さすがね!でも当然だと思うわ。ロアの化粧品はすごくいいから!しっとりして肌がつるつるになるし、いい匂いがするもの」

「気に入っていただけて嬉しいです」


 ロアは嬉しそうに微笑んだ。

 それを聞いた魔王は、興味深そうに云った。


「我の知らぬ間にそのようなことが行われていたのか」

「はい。大戦後、沈んだ機運を高めようと魔王守護将のホルス様が始められたのです」

「ほほう、ホルスが…」

「ホルス様はS級の皮革縫製スキルをお持ちで、ご自分でも衣装や革鎧などを作られるのです。毎回、参考出品という形で見事な作品を展示なさっています。今年はもう終わってしまったようですが、次回は魔王様も何か出品なされてはいかがです?」

「ふむ。我の武具生成スキルの見せ所だな」

「え!ゼルくん、武器とか作れんの?」

「うむ」

「それ、早く言ってよ~!騎士団の皆に武器作ってあげられるじゃない」

「良い材料があれば、の話だ」

「材料って?」

「良質の貴鉱石や宝石などの鉱物資源だ」

「なーんだ。ジュスターみたいにパパッと魔法でできるわけじゃないの?」

「なーんだとは何だ。武器には耐久性と属性値が乗るからそう簡単にはいかんのだ。特に我はこの手で直接打つことにこだわっておる。なんでも魔法で解決すると思うなよ」

「わかったわよ。そんなにムキにならなくってもいいじゃない」

「フン。おまえも魔王城に戻ったら我を見直すことになるぞ」


 魔王城に戻ったら…。

 私はサレオスの言葉を思い出した。


「ねえ。魔王城に戻ったら、子供の姿だと部下に舐められたりしない?」

「少なくともサレオスは態度を変えはしなかったぞ」

「それはそうだけど…」

「今から心配しても埒が明かぬぞ」


 魔王はあっけらかんとしていたけど、私は一抹の不安を覚えた。

 やがて私たちは大陸の中央部へとやってきた。


「魔王都メギドラが見えてきました」


 御者台のアスタリスが報告すると、魔王はカイザーを呼び出した。


「カイザードラゴン、先触れとして向かい、門を開けさせよ」

『よかろう』


 カイザーは私のネックレスから出て、元の巨大なドラゴンの姿で魔王都へと飛んで行った。



 一方、こちらは魔王都メギドラの中心にそびえ立つ魔王城―。


 その通路をバタバタと走る人物がいた。

 魔王守護将の1人、ホルスである。


「大変だ、ダンタリアン!」

「どうしたホルス?そんなに慌てて」


 ノックもせずに執務室に駆けこんできたホルスに、部屋の中にいた大男は鋭く反応した。

 彼の名はダンタリアン。

 魔王不在の魔王城を預かる、魔王守護将の1人である。


「ドラゴンが現れた!」

「…ドラゴンだと?」

「今しがた、警備兵から報告があった。魔王様が召喚したカイザードラゴンが先触れでやって来て門を開けさせ、魔王様を乗せた馬車を通したと」

「まさか…!復活したのか…?いつ?」

「わからんが、とにかくお迎えの準備をせねばならぬ」

「ああ、わかった。先に行っていてくれ。準備をしてすぐに行く」


 ホルスは部屋を去ろうとして、足を止めた。


「…なあ、本当にやるつもりなのか?」

「ああ」

「気は変わらないか?」

「以前から決めていたことだ」

「…おまえの決めたことを否定するつもりはない。だが、もう一度よく考えて欲しい。我々は魔王様の臣下だったはずだ」


 ホルスはそう云って部屋を出て行った。


「ついに、この時が来てしまったか…」


 ダンタリアンは1人、溜息をついて机の引き出しにしまってあった小さな袋を取り出して握りしめた。


 魔王都メギドラは、魔族の国随一の大都市である。

 強固な城壁に護られたこの都市にはあらゆる種族の魔族が住み、その人口は軽く1000万を超える。ここに住むには、少なくとも1つ以上の上級生活スキルを持っていることが必須条件だという。


 メギドラは私がこの世界へ来てから初めて見る大都会だった。

 街の中心部には高層ビル群と云って良い程の高い建物がいくつも見えた。

 ここが異世界であることを疑ってしまうくらい、この街は東京に似ていた。

 工業や商業施設も充実している上、道路も上下水道も整備されている近代都市だ。

 元の世界と違うのは、電気やガスといったインフラを担うのが魔法だということくらいだ。


 メギドラの中心部に建つ魔王城は、高い城壁の内側に広大な城下町を抱えている。

 城の中と外、魔王都の中に2つの街があるような構造になっている。

 城下町に住んでいるのは官吏や将官などのエリートばかりで、彼ら向けの住居や高級商業施設などが建ち並んでいる。城外から城へ通っている階級の低い宮仕えの者や下士官などは城下町の高級店でショッピングできることを栄誉なことだと考えている。


 カイザーは本城前の広場に舞い降り、その場にいた者たち全員に伝えた。


『魔王が帰還した。者ども、敬意を持って出迎えよ』


 私たちの馬車はカイザーを追いかけて、魔王城の門をくぐり、城正面入口前の車寄せに止まった。


「うわあ…おっきーい」


 馬車から降りて城を見上げた私は、その大きさに圧倒された。

 高すぎて天辺が見えない。


「どうだすごいだろう?我が城は」

「うん。魔王都メギドラって大都会なのね。びっくりした」


 ここに比べたら、大司教公国なんてちっぽけなド田舎だっだと思う。

 あの大聖堂ですら小さく感じる程だ。

 魔王帰還の報を受けて、魔王本城の入口正面の大階段から慌てて魔族たちが駆け付け、ずらりと一列に並んだ。

 さすがに魔王城にいる上級魔族たちは、見るからに都会的ないで立ちをしていた。

 彼らは一列にピシッと整列して私たちを出迎えた。

 一番前にいたのは金色の短髪の大男で、体格の良いマッチョな魔族だった。


「おう、ダンタリアン。出迎えご苦労」


 馬車から降りたった少年魔王の姿に、彼はぎょっとしていた。


「こ、これはなんと…。ま、魔王様、でありますか…?」

「そうだ。転生したばかりでこのなりだが気にするな」

「そ、そうでしたか」

「魔王様、ホルスにございます。ご無事の御帰還をお喜び申し上げます」


 マッチョなダンタリアンの隣にいたのは、額の脇から2本の黒いツノを生やした、腰までもある長い深緑の髪の美女だった。


「ホルスか。女性体になったのだな。留守居、ご苦労だった」

「勿体ないお言葉です」


 魔王の出迎えのために整列していた他の魔族たちも、少年の魔王が珍しかったようで、横目でチラチラと見ていた。


「長旅お疲れでしたでしょう。お供の方々もこちらへ。お部屋へご案内いたします」

「うむ」


 ダンタリアンが云うと、少年魔王は皆に合図をして歩きだした。

 少年魔王の後に私も続く。


「むっ。貴様、人間ではないか」


 ホルスが私の前に立ち塞がった。

 するとすかさず魔王が振り向いて、ホルスに怒鳴った。


「やめよ!これは我が特別に同行を許している娘だ。無礼は許さんぞ」

「そ、そうでありましたか…!も、申し訳ありません」

「後ろの者共は我をメギドラまで護衛してきた者たちだ。最上級のもてなしを命ずる」

「心得ました」


 ホルスはさっと身を引いて通してくれた。

 ここへ来て見た2人目の女性魔族だ。

 特筆すべきなのは彼女が着用している女性用の黒い縁取りのある赤い革鎧だ。

 アニメで見たことあるような、ちょっと露出の多い、いわゆるビキニアーマーってやつでめちゃくちゃセクシーだ。ロアの話から察するにどうやら自作のようだが、コスプレ衣装みたいに見えてしまうのは私がオタクだからだろうか?

 抜群のスタイルと相まって、本当にカッコイイ。


 そしてダンタリアン。

 魔王不在の魔王都を任されていたという魔王守護将は、まるで仁王像のようだ。

 サレオスもかなりの大柄だったけど、彼はさらにその上を行くマッチョマンだった。

 上半身は筋肉隆々で、ワンショルダーのタンクトップに肩当てベルトというまるで世紀末救世主みたいな恰好をしている。このまま片腕を上げて、「我が人生に一片の悔いなし!」とか叫んでも違和感はない。


 ダンタリアンとホルスの2人がこの都市の留守を守っていて、片方が女性体ってことは、たぶんそういうことなんだろう。


 魔王城内に入ると、思わず声が漏れた。


「ふわぁ…」


 人は、本当に驚くと言葉が出ないものだ。

 その大きさと豪華さに、とにかく圧倒された。

 巨大で荘厳なお城は、入口からずっと大きな通路がつづく。

 ゲームとかだと魔王城って暗くて不気味なイメージだけど、通路はピカピカに磨き上げられて、高い天井から吊り下がったシャンデリアの灯りをキラキラと反射させているからとても明るかった。

 天井には小さなサルのような魔物がたくさんいて、シャンデリアの掃除をしていた。

 この魔物たちは召喚スキルを持った者によって召喚された下級の魔物で、城内の清掃を担当しているという。どうりでどこもかしこもピカピカなわけだ。


「ふふん、すごいだろう」


 魔王は得意顔で私の反応を愉しんでいた。

 階段を登って上階へ行くと通路の両側に扉が無数にある階に出た。

 遠近感がバカになったみたいに、扉が一定間隔でずーっと果てしなく続いているように見える。


「何、ここ…」

「ここは迷いの通路だ。一度中に入ってから部屋を出ると別の扉に出るので、自分がどの部屋にいたのかわからぬ仕掛けになっている。我が城に無断で忍び込む不届き者への備えだ」

「泥棒対策ってわけね。入られたことあるの?」

「あくまで備えだ。我がいる間は侵入などされたことはない。宝物庫には我しか近づけぬ仕掛けが施してあるしな」


 魔王が得意そうに話していると、ダンタリアンが声を掛けてきた。


「魔王様は上の執務室の方へどうぞ」

「わかった。ではまた後でな」


 魔王はそう云って、ダンタリアンと共に階段を登っていく。


「他の皆様はこちらへ」


 私たちはホルスに案内され、先ほどの迷いの通路にある一室へと案内された。

 カイザーはとうに私のネックレスに戻っている。外にいた兵士たちは大きなドラゴンが忽然と消えたことにさぞ驚いていることだろう。


 案内された部屋は、外からは想像もできないくらいの広さで、テニスコート1面分くらいの広さがあった。室内には豪華なソファが2つ、テーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。

 部屋の壁の真ん中には扉があり、どうやら隣の部屋と続き部屋になっているようだ。

 窓のない部屋の壁にはたくさんの絵が飾られ、高そうな壺とか彫刻が無造作に配置されている。


「凄い部屋だね。魔王ってお金持ちなんだ?」


 私がぼそりと云うと、ロアが答えた。


「お金持ちなんていうレベルじゃありませんよ。そもそも魔族の国の通貨はここ魔王城で作られているんです。直轄領には金山や貴鉱山もたくさんありますし、個人的な資産だけでも人間の国がいくつも買える程の財をお持ちです」

「そうなんだ…!」

「ここが国の中心ですからね。魔王様がいらっしゃらなくとも、多くの大臣が実務を担って政を滞らせぬようにしているんです。優秀な官吏ぞろいだと評判ですよ」


 日本でいうところの霞が関という感じだろうか。

 だけどここでひとつ疑問が生じた。


「でもさ、たしか魔族って文字を使わないのよね?仕事ってどうやってるの?」

「話し合いで進めるみたいですよ。魔王城の方々は会議の数が尋常ではないと伺っています」

「なるほど…!でもさ、お城に勤めてる人ってすごくたくさんいるんでしょ?全員会議に呼ぶわけにはいかないんじゃない?どうやって知識を共有してるの?」

「それは<転写>というスキルを使っているんだと思います」

「<転写>?」


 魔族は、自分の見たことを映像としてそのまま魔法紋に記録することができる能力を持っている。つまり魔族の目はビデオカメラの役割まで果たすわけだ。

 <転写>スキルは、魔法紋に記録した内容を壁や地面などに投影して第三者に見せることができるというものだ。通常は口で伝えるだけだが、大勢の者に同時に伝えたい時にはこのスキルを持つ者が伝達役として呼ばれるようだ。


 良いことを聞いた。

 私は<視覚共有>を持っているアスタリスに、この<転写>スキルを与えることに成功した。

 これで彼の視ているものをミニシアターみたいに皆に映像化して見せることができるようになった。


 ちなみにこの100年程の間に魔王城の技術開発部で<転写>スキルを利用した魔法具が発明されたそうだ。

 この魔法具は<転写>スキルで投影された映像を記録し、繰り返し放映することができるもので、今や人間の街や魔王都の繁華街の建物の壁面に、大型転写幕ビジョンとして設置され、四六時中何らかの映像が流されている。


「…マジですごいじゃん…!」


 私が感心していると、突然カナンが大声で叫んだ。


「団長、扉が開きません!」


 ハッとしてアスタリスが叫んだ。


「…この部屋、外が視えない…!」

「何っ!?」

「魔法もダメみたいだよ」


 ネーヴェが魔法を撃ってみたが、何かに弾かれるように不発に終わった。


「スキルが封じられている?まさか、罠か?」


 ジュスターの声で、騎士団員全員に緊張が走った。


「トワ様、こちらへ」


 ロアが私の手を引いて、部屋の隅に避難させた。

 聖魔騎士団の皆が私を背に庇うように囲んだ。


「皆、油断するな。敵が出てくるとすれば、そこだ」


 ジュスターが指差したのは、壁の真ん中にある扉だった。

 すると次の瞬間、その扉が乱暴に開いて、武装した魔族がなだれ込んできた。

 密室状態で閉じ込められた私たちは、完全に逃げ道を絶たれた。

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