第47話 招かれざる訪問者

 そろそろ村を出立しようかと思っていた矢先、ロアが恐れていたことが起こった。

 魔男爵ネビュロスの部下たちが再びやって来たのだ。


 アスタリスから事前に報告を受けていたので、前もって村人たちを安全な場所へ避難させることが出来た。 

 ロアが交渉するというので、村にはロアとその部下たちだけが残り、私たちは後方の建物の影で待機していた。


 ネビュロスの部下らは、黒髪をリーゼント風にしたラルサという上級魔族をリーダーに10人程でやって来て、村を囲む杭を蹴り倒し、無理矢理門をこじ開けて村に入って来た。

 奇声を上げながら、村の施設を蹴ったり、木の枝に干してあった果実を勝手にかじって捨てたり、唾を吐いたりと、チンピラという言葉がピッタリ当てはまるような連中だった。

 人を背中から斬りつけるような奴だから、ロクでもないとは思ってたけど、こんなに予想を裏切らない人たちも珍しい。


「入口を隠したつもりだろうが、残念だったなあ?今日は鼻が利く仲間を連れて来てるんだよ」


 リーゼントのラルサはそう云いながら、ロアと対峙した。


「ネビュロス様からの通達を伝える。ロア、おまえがおとなしく領主のプルーフを俺に渡せば、ネビュロス様は寛大にも、逃亡していたことは不問にするとおっしゃっている。おとなしく渡すなら乱暴はしないが、逆らうようならこの村の奴ら全員皆殺しにしてもよいと仰せだ」

「脅しか。汚い奴だ。…ナラチフを前線基地にして、ダレイオス領へ攻め込むつもりなのだろう?」

「さてな。おまえが知ることじゃあない。おまえはおとなしく領主のプルーフを俺に渡せばいいんだよ」

「渡したところでどのみち私を殺すくせに。誰がお前などに渡すか!」

「やっぱりそうなるよな。じゃあ、村のヤツを1人ずつ殺していくから、気が変わったら声をかけてくれよ?」


 ラルサが部下に合図をすると、彼の率いてきた連中は喜んでロアの部下たちへ襲い掛かった。

 ロアの部下たちとラルサの手下たちは交戦状態に入った。

 だが、さすがにネビュロス配下の上級魔族らは強く、ロアの部下たちはあっという間にねじ伏せられてしまった。


「ラルサ様、どうやって殺します?」

「素手でなぶり殺しましょうよ!」

「手足を一本ずつ切り落とすってのは?」

「おまえら悪趣味だなあ、おい」


 ギャハハ!と下品な笑い声をあげながら、彼らはロアの部下たちを押さえつけて足蹴にしていた。

 ラルサは、それを愉快そうに見て笑っていた。


 これを見ていた聖魔騎士たちは、怒りを抑えられない様子だった。

 そしてカナンが私に申し出た。


「トワ様。あの連中、ぶちのめしてもよろしいですか?」

「うん、これ以上黙ってられないもんね。皆を助けてあげて」


 私はそれを許可した。

 魔王も頷いて、聖魔騎士団に向かって云った。


「相手は10人程度だ。遠慮はいらんぞ」

「かしこまりました」

「一応、相手が死にそうになったら最低限の回復はするからね」

「いえ。それには及びません。あの程度の者たちを倒すのに全力を出すつもりはありませんから」


 ジュスターの言葉に、団員全員が頷いた。

 余裕で手加減できると云っているのだ。


「我はトワとここで見ておる。おまえたちの実力を存分に見せてつけてやるがよい」

「了解!」



 一方広場では、ロアの部下たちを完全にねじ伏せたラルサが、余裕たっぷりにロアを脅していた。


「ククッ、さあどうする?薄情なリーダーのせいでこいつらが痛い目に遭うんだぜ?」

「くっ…!卑怯者め」

「とっとと渡しな」


 手を差し出すラルサの前で、ロアは唇を噛みしめた。

 ところがこの瞬間、ラルサの背後では異変が起こっていた。


 ロアの部下に馬乗りになってその顔を殴ろうとしていたラルサの部下の真横に、エメラルドグリーンの髪色をした美少年がしゃがみ込んでいたのだ。


「ねえ、楽しい?」

「はあ?何だおまえ…どっから湧いた?」

「無抵抗の人を殴って楽しいかって聞いてんだよ」


 少年は態度を急変させた。

 それは聖魔騎士団のネーヴェだった。

 男は手を止めてネーヴェに向かって怒鳴った。


「うるせえな!どっかへ消えろ、小僧!てめえもやっちまうぞ!」

「アハハ。やってみなよ。殴れたらね」

「くそっ、小賢しいな!」


 男は立ち上がってネーヴェの胸倉を掴もうと右手を伸ばした。

 ネーヴェの唇が動くと、風の刃がその男の右腕をスパン!と切り落とした。

 男は一瞬、何が起こったか理解できず、地面に転がった自分の右腕を見つめた。


「え…?」

「あーらら、その腕じゃ僕を捕まえるのは無理そうだね」


 次の瞬間、その男の失われた肘から血が噴水のように噴出した。


「う、うぎゃああああ!!お、俺の腕が、腕があぁぁ!」

 

 肘から下を失った男は、悲鳴を上げて転げ回った。


「何だ?どうした?」


 けたたましい悲鳴にラルサは振り返った。

 ところが、悲鳴を上げたのは一人だけではなかった。


「ぎゃあああ!!」

「うわああ!」

「ひいっ!」

「うぎゃああ!」


 ラルサの手下たちが次々と倒されて行ったのだ。


「な…、おまえら!」


 気が付くと、広場にはお揃いの黒い制服を着た男たちがいて、その足元にはラルサの手下たちがズタボロになって転がっていた。


「ラ、ラルサ様ぁ…」

「すいやせん、こいつら強ぇ…」


 ラルサは動揺を隠せなかった。


「なんだ、貴様ら!?」


 叫ぶラルサの前に立ったのは、カナンだった。


「我らは聖魔騎士団。貴様らの傍若無人ぶり、見過ごすわけには行かぬ」

「聖魔騎士団だと?どこの誰か知らんが、俺たちは魔男爵ネビュロス様の配下の者だぞ!」

「それがどうした?」

「…なんだと?」


 ラルサは首を巡らせてロアを見た。


「そうか、ロア、おまえがどこぞの魔貴族に助っ人を頼んだのだな?小賢しい真似をしやがって」

「だったらどうだというの?」

「フン、魔戦士と呼ばれたこの俺を舐めるなよ。俺は炎の上級魔法も使えるんだぞ!」


 ラルサは村の奥に見える建物に向けて手を掲げ、炎の魔法の詠唱を始めた。


「燃えちまえ!」


 しかし、彼の手から放たれた炎の玉は、村の建物に届く前に「シュン!」と空中で消失した。


「何っ…?」


 放った本人も炎を見失って慌てた。


「くそっ!もう一度!」


 ラルサは再び同じ魔法を放つも、同じ結果に終わった。


「何だ、どうなってやがる?」

「貴様の魔法はここだ」


 炎の玉が消えた方角には有翼人のクシテフォンが宙に浮かんでいた。

 その手にはラルサが放ったはずの炎の玉があった。


「な…何っ!?嘘だろ…俺の魔法を、一体どうやって…?」


 クシテフォンは魔法を吸収する能力を持っている。そして…


「そら、返すぞ」


 吸収した魔法をそのまま放った本人に撃ち返すことができるのだ。


「ちょっ…待っ…!」


 叫び声をあげる間もなく、彼は自分で放ったはずの火をその身に受けることになった。


「あっち!あちちっ!」


 ラルサは受けた種火を両手でお手玉し、地面に投げ捨てた。

 足元の土がぶすぶすと燃えているのを踏んで鎮火させた。


「くそっ…!一体何なんだ、おまえらは!」


 気が付くと立っているのはラルサ1人だけになっていた。

 既に彼の手下は全員、聖魔騎士団によって倒され、ラルサの後ろで縛り上げられていた。

 あまりの手際の良さに、彼は呆気にとられた。

 そして、ロアの部下たちは怪我もなくピンピンして彼らの周囲に立っている。


「い、いつの間に…!」


 狼狽える彼の前に現れたのは、銀髪の美丈夫、ジュスターだった。


「私は聖魔騎士団団長ジュスター。故あってこの村を守るよう命を受けた」

「あ、あんたがこの連中のリーダーか?」

「いかにも」


 ラルサはジュスターの全身を舐めるように見た。

 そのスレンダーな体型と儚げな美貌から、ラルサは彼を侮ったようだ。


「よ、よし、俺とタイマンで勝負しようぜ。あんたが勝ったらこの村から手を引いてやる。その代わり、俺が勝ったらロアを渡してもらう。どうだ?」


 ラルサは勝手に勝負を挑んできた。

 どうも、自分に絶対の自信がある男は、タイマン勝負をしたがる傾向にあるようだ。

 ジュスターが返答する前に、ロアが口を出した。


「ジュスター殿。その勝負、私にやらせてください」


 ジュスターは表情を変えずに、前に出てきたロアを見た。


「私の部下の多くはこの者たちに殺されました。自分の手で決着をつけたいのです」

「よかろう」


 ジュスターはその場をロアに譲った。


「ふん、いいのか?俺はネビュロス様から魔戦士の称号をいただく腕前だぞ。おまえごときが俺の相手になるとでも?」

「試してみるか?先日は汚いやり口で不意を突かれたが、今度はそうはいかない。ナラチフ領主がダテではないことを教えてやろう」


 ロアは緑色の宝石が埋まっている短剣を抜いた。

 魔王によれば、魔族の持つ武器は自分の属性に対応する宝石を埋め込むことでその能力を何倍にも引き出すことができるそうだ。


「ハッ、後悔すんなよ。おまえを捻じ伏せて、<領主のプルーフ>を奪ってやる!」


 ラルサも腰に帯びた宝剣を抜いた。

 柄に埋まっている宝石の色はブラウン。地属性の武器だ。


 ラルサは開幕一番に剣を地面に沿って振り、ロアに向かって地面から小石を巻きあがらせて石つぶてを仕掛けて来た。

 ロアはそれを素早く避け、地面から飛び散った小石を交わしつつ、ラルサの懐に飛び込んだ。

 剣戟が数度響く。

 刀身の長さではロアが不利に見えたが、彼女はその身の軽さを生かしてヒットアンドアウェー作戦で対抗した。


「速いね」


 後ろで見ていたネーヴェが感想を云う。


「ああ。攻撃も正確だ。地属性の速度ではあの速さについていけないだろう」


 カナンが解説者のようにコメントしている。

 彼らの言う通り、ラルサはロアの繰り出す攻撃の速さに、徐々についていけなくなり、剣よりも魔法に頼るようになってきた。

 やがて彼の宝剣は、ロアのハイキックによりその手から宙に弾き飛ばされた。


「くっ…!」


 ラルサは片腕を押さえて膝をついた。


「この俺が負けるなど…ありえん!認めんぞ!」

「武人らしく負けを認めよ、この痴れ者が!」


 ラルサの横っ面に、ロアは思いっきりハイキックをお見舞いした。


「ぐふぅ!」


 ラルサの顔は元がわからぬほどに歪んで、そのままキリキリと宙を舞い、顔面から地面にスライディングした。


「うわ、痛そ…」


 ネーヴェが正直な感想を云ったところで、ジュスターが試合終了を宣言した。


「そこまでだ。この勝負、ロアの勝ちだ」


 ラルサたちは両腕を縛られ、広場に正座させられた。

 ネーヴェに片腕を落とされた魔族だけは足を縛られていた。

 彼らをロアの部下と聖魔騎士団がぐるりと取り囲み、見下ろしていた。

 顔に大きなアザのついたラルサは、不機嫌そうに睨んでいる。


 私と魔王が前に出ると、ラルサたちは物珍しそうに見上げた。


「む…?なんだ、子供と…人間の女?」


 ラルサは私たちを見て首を傾げた。

 そもそも魔の森に人間がいるはずがないと思っているのだ。当然の反応だろう。

 そこで魔王はカイザーを元の大きさのドラゴンの姿で呼び出した。


 巨大なドラゴンのカイザーが現れると、縛られたままのラルサたちは面食らってのけぞった。


「な…!え?…ド、ドラゴン?」

「な、なんで…!?」

『私はカイザードラゴン。貴様ら控えよ!これなるは魔王ゼルニウスなるぞ』


 カイザーの紹介を受けて、魔王は偉そうに腕組みしている。


「この子供が魔王?嘘だろ…」


 ラルサの部下たちもさすがににわかには信じられなかった。


「う、嘘だ、魔王様がこんな辺鄙な村にいるはずがない!」


 ラルサがそう叫ぶと、ロアのハイキックがその顔面に再び炸裂した。


「ぐはぁ!」

「貴様、魔王様の御前であるぞ。無礼な口をきくでない!」


 ロアの強烈なキックを食らってラルサは強制的に地面に額を付けることになってしまった。

 魔王はロアに尋ねた。


「ロアよ、この者どもをどうしたい?殺すか?」

「こやつらを殺したところで死んだ者が戻ってくるわけではありません。お裁きは魔王様にお任せいたします」

「そうか。ではその方ら、帰ってネビュロスに伝えよ。ナラチフ領主ロアはこの魔王ゼルニウスが庇護したと。領主のプルーフを奪うつもりなら我への反逆とみなし、領地すべてを没収するとな」

『寛大な沙汰だな。私なら貴様らなど今すぐにその血肉ごと食らってやるのに』


 カイザーはラルサたちに向かって威嚇するように咆哮した。


「ひぃぃっ」


 ラルサたちは縛られたまま悲鳴を上げた。

 彼らが目の前の少年を本物の魔王だと信じたかどうかは定かではないが、少なくともカイザードラゴンが出現した以上、無関係ではないと考えるだろう。


 私はネーヴェに片腕を切断された魔族に歩み寄った。

 その魔族だけはカイザーを恐れるよりも、自分の腕の痛みと戦っていた。


「ネーヴェ。さっき切り落とした腕、持ってきて」

「はあい」


 ネーヴェは自身が切断した腕を拾って持ってきた。

 看護師と言えど、切断された人の腕を触るなんて気持ち悪いだろうけど、前線基地でもっと酷い症状の魔族を多く見てきた私にとっては、どうということはなかった。

 私は完璧に切断された腕の切り口をじっくり見た。


「うん、さすがネーヴェね。キレイに切れてるわ。これならうまくくっつきそう」


 ネーヴェは褒められて少し嬉しそうだ。

 私はその腕を片腕の魔族に渡した。


「うう、お、俺の腕…?」

「痛いだろうけど、ちょっと腕をあげて、この腕をくっつけて持ってて」

「う…?」

「ちゃんと持たないと、曲がったままくっついちゃうよ?」

「は、はい!」


 魔族は痛みをこらえて私の云うとおりにした。

 そのままの状態で私は手をかざした。


「接着、回復」


 次の瞬間、魔族の腕が短く光り、切断された腕が綺麗に繋がった。


「え…?」


 その魔族は驚き、ゆっくりと指を動かした。

 彼の繋がった腕は元通りに動いた。

 奇跡を目の当たりにした魔族らは言葉を失った。


「動く…!」

「なん…だと…」

「う、腕がくっついた…!お、俺の腕が元通りになった…!」

「な、何が起こった?」


 ラルサを含む他の手下たちも相当怪我を負っていたけど、それはあえて放っておいた。ちょっとは反省するべきだと思ったからだ。


「トワ様、相変わらずお見事な手際です」


 ジュスターがそう声を掛けた。

 周りで見ていたロアの部下たちからも、拍手が巻き起こった。

 彼らの怪我はとっくに治していた。


「さすがトワ様だ」

「敵まで助けるとはなんとお優しい方だ」


 ラルサやその部下たちはポカンとしたまま、目を見開いて固まっていた。


「何が…起こった?ポーションか?いや、ポーションじゃあ腕はくっつかない」


 ラルサは信じられないと、ぶつぶつと呟きながら私を見上げた。


「あんたがやったのか?」

「勘違いしないで。別に情けをかけたわけじゃないから。あんな腕とか置いて行かれたら気持ち悪いからよ」

「あんた、何者なんだ?人間がなんでここにいる?」


 ラルサは食い入るように私を見た。

 するとまたロアのハイキックが彼の顔面にヒットした。


「ぐふぅ!」

「トワ様は魔族の救世主だ。口の利き方に気をつけろ」


 ラルサの顔にはまたアザが増えた。

 魔王は彼らに私のことを説明するつもりはないらしく、彼らの問いには答えなかった。


「よいか、おまえたち。二度とこの村に近づくな。近づけば次は確実に殺す。我が戻った以上、魔王都はすべての機能を取り戻すと思え」


 魔王は少年とは思えぬ威厳を見せた。

 ラルサたちは恐れおののき、激しく頷いた。


 その後、私のネックレスを借りた魔王は、ひとまとめに縛り上げたラルサたちを、カイザーの口からぶら下げさせて、その背に乗りどこかへ飛んで行った。

 しばらくして戻って来た魔王は、森から離れた湖の上空から、彼らを落として戻って来たと云った。

 湖に落ちた連中がその後どうなったかまでは知らないが、あれくらいでは死なないだろうと云った。


「運が良ければネビュロス領に自力で戻るだろうさ」


 そう云いながら魔王は笑った。


 実際、彼らが命からがら湖から這い上がり、ネビュロス領へ戻ったのはそれから一月後のことだった。

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