第45話 魔族の秘密
ふと、
彼は魔族が卵生だと知らなかったんだ。
卵生の魔族と胎生の人間じゃ、絶対に子供なんかできっこない。
もしかして、繁殖期のことすらわかっていなかったのかも?
長年研究してきたとかいって、そんな基本的なこともわかってなかったなんて、ちょっと信じられない。
女性魔族が手に入らないって云ってたから、胎生だと勝手に思い込んでいたのだろうか。
「それって人間には秘密なの?」
「ああ。繁殖期のことは種族の存続に関わる大事なことなので人間に話す愚か者はまずおらぬ」
「でも、グリンブル王国みたいに魔族と共存している国でなら話す人もいるんじゃ?」
「人間の大陸では魔族の繁殖期は来ないのだ。人間の国に長く住んでいる魔族の中には一度も繁殖期を迎えたことがない者も少なくない。話したくとも知識がない故に話せぬのだろう」
魔王がそう云うと、ジュスターが頷いた。
「恥ずかしながら、私もまだ繁殖期を経験しておりません。魔王様のおっしゃるとおり、その件に関しては、知識不足です」
「…ほう?おまえは大戦直前の繁殖期で生まれたのか?おまえならばどこの魔貴族陣営も欲しがるだろうに」
魔王はジュスターに、ニヤリと笑いかけた。
「ジュスターでも知らないんだから、人間が知らないのは当然ってことね…」
考えてみれば、人間と魔族は交流が少ないからそれに関する書物なんかも存在しないのかもしれない。人間が魔族の生態を知ろうと思ったら、直接魔族の口から聞くしかないんだ。だけど、魔族は人間にはそんなことは話さない。
「だから人間の国では女性の魔族を見なかったんだ?」
「ああ、魔族の国全体でも女性体のままでいる者はそう多くはない。子供の授乳期が終わると、繁殖期も終わり、多くの魔族は男性体に戻るからな。だが少数だがロアのように女性体のままの者もいる。女性体を好む魔公爵ザグレムなどは、自分の城の中の者をすべて女性体にさせているほどだ」
「え…。魔族にも女好きとかいるんだ…?」
「個人の好みの問題だな。パートナーが望んだり、女性体が気に入ったりとその理由は様々だが、この村のような厳しい環境では、体力に勝る男性体でいる方が何かと便利だろう」
魔王のいうことも尤もだと思う。
だけどひとつ気になることがある。
「ねえ…それじゃあ繁殖期にならないと、魔族は恋愛できないの?」
これは結構重要なことだと思う。
100年に一度の恋…なんてカッコいいけど、それじゃなんだか寂しい気もする。
「できるぞ」
魔王はあっさり答えた。
「え?」
「魔族は愛する者が現れた時に、その相手と気持ちが通じ合えば<エンゲージ>することができる。まあ、繁殖期の予約のようなものだが、<エンゲージ>をすれば、繁殖期でなくとも性別を変えることができ、性愛行為をすることもできる」
「せ、性愛…」
「それは性別を変えなくてもできるがな」
「えっ?あっ、そそそ、そうなんだ」
直接的な表現をされて、少し戸惑ってしまった。
あれ?
ちょっと待ってよ…
一瞬、聞き流しそうになったけど、それってつまり同性同士でもそういう関係になれるということなのだろうか。
さっき、魔族は基本男性体だと魔王は云った。
つまり、恋愛の初めは男性同士で始まるってことに…。
ってことは…魔族って皆、BL!?
私は反射的にジュスターの顔を見た。
…確かに、こんな綺麗な顔なら、男でも好きになっちゃうかもしれない。
もしかしたら、聖魔騎士団員同士でも恋愛感情が生まれたりする?
たとえば、こんな風に…
~注:ここからはトワの妄想~
風そよぐ高原。
カナンとジュスターが向かい合って立っている。
「団長!ずっと前から好きでした!そ、その…よければ次の繁殖期に俺とパートナーになってくれませんか?お願いします!」
カナンが勇気を振り絞って告ると、ジュスターはそのサラサラの銀髪をかき上げて、フッとクールに笑うのだ。
「困ったな。他の団員たちからも申し込まれていてね…順番待ちになるが構わないか?」
「もちろんです!俺、500年でも600年でも待ちますっ!」
「そうか、では500年後に私の子供を産んでくれ。それとも私が産もうか?」
(注:ジュスターは絶対こんなことは言わない)
ギャ――――――!!!!
ジュスターってば!
このクソイケメンがっ!
この奇麗な顔で、涼しい顔で、キラキラした笑顔で、純朴な団員たちを手玉に取るんだわ!
むむむ…罪な男…!
「おい、トワ」
魔王が何度か、呼んでいた。
「は、はいっ、え?何?」
「何かよからぬことを考えていたな?」
ギクッ。
なんでわかったんだろう…
「言っておくが魔族は年中発情している人間とは違うぞ?基本的に繁殖期以外は男女の別なく過ごすため、恋愛感情を持つこと自体が稀なのだ」
「え?そ、そうなの?じゃあ、好みのタイプにムラムラ~ッときたりしないの?」
「それを発情というのだ。種の保存は重要なことだが、繁殖期以外ではそういったことはまずない。まあ、ザグレムのような好事家は稀にいるがな」
「へえ…」
「魔族は性別など関係なく感情を大切にする。子孫を残すために女性体になるだけのことだ」
「な…なるほど。魔族にも結婚とか離婚とかってあるの?」
「そんな契約は自由を阻害するだけで意味がない。100年先の繁殖期まで同じ相手と過ごさねばならぬという契約など守れる者の方が少ない」
「そっか、魔族は長命だから…」
「だが魔族は血統を重んじる傾向にあってな。優秀な能力を持つ魔族は引く手数多だ。そういう者は恋愛感情抜きに<エンゲージ>する場合もある。相手を頻繁に変えたりすることもあるようだぞ」
「えー!やっぱあるんだ?揉めたりしないの?」
「さてな。個人的なことまでは知らん。ただ人間と違って魔族には十分な時間がある。話し合って解決できぬことはないのだろう」
「な、なるほど…」
魔族は長命で、しかも姿が変わらないから、恋愛できる時間が長い。
だからパートナーを頻繁に変えても修羅場になったりしないのか。
なんだか深いなあ。
「おまえは人間だから性別にとらわれているようだが、魔族は愛する者を性別で区別しない。女性体になるのは繁殖期だからであって、子供を作らない者は女性化しないこともある。逆に女性体を好む者は女性体同士で過ごす者もいる。魔王都へ行けば、女性体が珍しくないことがおまえにもわかるだろう」
そうか、女子同士ってのもアリなんだ…。
なんだか、目からうろこだ。
性差別がないなんて、魔族の方が種としてずっと進んでいる。
こういうところは人間も見習うべきなんだろう。
魔族にとって、繁殖期以外の性別は意味がない。
だから女性が1人でも問題が起こらない。
きっと性犯罪もないんだろう。
「魔族って思ってたよりも自由なんだね」
「恋愛は自由だが、繁殖相手には階級や能力を重視する者も多いのだ。特に魔貴族配下の上級魔族にはその傾向が強い。魔貴族は一族の血のつながりを大事にするから、より能力の強い子供を増やせば、自分の陣営の強化につながると考えているのだ」
「へえ…魔貴族同士の派閥争いみたいな感じ?」
「そんなところだ。魔族は力がすべてだからな」
魔族って能力主義なんだ。
恋愛は自由だけど結婚は資産や家柄重視っていう人間とそう変わらないのかもしれない。
「エンゲージって具体的にはどうやるの?なんか書類を出すとか?」
「人間の考え方だな。魔族は文字を持たぬのだ」
「えっ!?そうだったの?」
「そもそも文字は他者に伝えるためのものだろう?我々魔族は言葉で伝えるので必要がない」
「それじゃ、本とか手記とかは?」
「魔族は1000年を生きる長命種だ。本などという風化してしまうものに記録したところで役に立たぬ」
「な、なるほど…」
なんと…!
カルチャーショック再び、だ!
まさか魔族には文字が存在しないなんて、そんなこと考えたこともなかった。
「魔族は文字のかわりに
魔族は生まれながらに
スマホみたいで便利だ。
<エンゲージ>すると、自分の
利き腕の魔法紋が二重になっている場合はエンゲージしているってわかるそうだ。
エンゲージって婚約って意味だし、人間でいうと指輪の交換みたいなことなのかもしれない。
「ロアもかつてナラチフの領主だった魔族と<エンゲージ>していたと聞きました。その相手は100年前の大戦で人間の国へ行ったきり行方不明になり、彼女はパートナーの願い通り、女性体のまま帰りを待っているとか」
ジュスターが云った。
「そうだったんだ…」
エンゲージした相手が仮に亡くなっても、交換した魔法紋は残るらしい。相手が亡くなっている時にだけ、自分の意志で破棄できるそうだ。そうでない時は、互いの意思を確認し、2人同時に破棄せねば消せないという。
100年も恋人の帰りを待っているなんて、純愛だ。
もしかしたらもう亡くなっているかもしれないのに。
「ジュスターはそういう相手っているの?」
私がそう聞くと、ジュスターは「いません」と即答した。
「私は成人してすぐに軍に入り、大戦で人間の国に行きましたので、そのような余裕はありませんでした」
「そうなんだ…ふぅん…。あっ…」
気付いてしまった。
ジュスターってこんなイケメンなのに、経験ゼロってことを自分から告白してしまったわけで…。
いやいや、人間と魔族を同じに考えてはいけない。
私だってこの年になってもまだだし、人のことは云えない。
私の考えてることを察したのか、ジュスターは咳ばらいを一つした。
私はあわてて話を変えた。
「そ、そういえば、ゼルくんは?」
「我に繁殖期はない。我は不老不死、唯一無二の存在ゆえ、子供を作る必要がないのだ」
「そうなんだ…」
魔王は興味なさそうに云ったけど、少し寂しそうに見えた。
「恋したこともないの?」
「…ないこともない」
「あるんだ?どんな人?」
「昔のことだ。もう忘れた」
「なにその言い方。もしかして照れてんの?」
「おまえはずけずけ物を言いすぎだぞ」
少しだけ魔王の頬が赤くなった気がする。
このイケメン魔王が恋するなんて、さぞ綺麗な人なんだろうな。
だけど、よく考えたら魔王は不老不死だから、魔族と云えどもずっと一緒にはいられない。
本当は思い出したくないことだったかもしれない。
「ごめん。プライベートなことだもんね」
ふと、魔王は私に向き直った。
「おまえこそどうなんだ?好いた男はおらぬのか?」
「うーん…特にいなかったかな…」
言われてみれば、私ってゲームオタクだったし、仕事も忙しかったから恋愛どころじゃなかった。
看護師はモテるからって一度合コンに誘われたことあるけど、誰からも声なんかかからなかった。それに、私はどっちかっていうと二次元オタクだったからカレシがいなくても別に何とも思ってなかった。
「そうか」
魔王はなぜか微笑みながら頷いた。
「ならばトワ、我と<エンゲージ>するか?」
「え?」
「おまえなら我のパートナーにしてやっても良いぞ」
「何言ってんの。私は人間よ?無理に決まってるじゃない」
「魔属性を持っているおまえならできる可能性はある」
「いや、無理でしょ。第一私、魔法紋なんて持ってないもん」
「我は魔王だ。そこらの魔族と同じではない」
「魔法紋がなくてもできるって言いたいの?…じゃあ、ゼルくんが大人になったら考えてあげてもいいよ?もし出来たらの話だけど」
私は軽い気持ちでそう云った。
「その言葉、忘れるなよ」
少年魔王は不敵に笑った。
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