第44話 大宴会
空腹は最高の調味料、っていうけど、この料理は掛け値なしに美味しい。
<S級調理士>は伊達じゃない。
私の前のテーブルに置かれたのは、でっかい塊肉が煮込まれたシチュー。
カナンに聞いたら、このお肉はドレイクボアっていう魔物の肉らしい。だけど、全然生臭くないし、柔らかく煮込んであってほろほろととろけてすごく美味しい。
主食は薄く焼いた生地の上に香草と塩漬け肉の乗ったピザみたいなものと、穀物を挽いた粉で手打ちした麺。この麺には好きな具材をトッピングして食べる。
「う~ん、美味しい!!」
私が食べるのを、じっと見守っていたユリウスの顔がほころんだ。
それを合図に村の広場で、カマソ村の人々を巻き込んでの大宴会が始まった。
宴会の名目は、魔王一行の歓迎及び、怪我人の回復と村長の息子の生き返りを祝う会というものだった。
私と魔王には村で使っていたテーブルとイスが用意された。例によってジュスターが作ったマントがテーブルクロスとして役に立った。
私と魔王の分は、お皿に盛りつけて騎士たちが運んできてくれるのだけど、100人以上いる村人たちの分は、クシテフォンが片手間に作った巨大な木皿に豪快に盛り付けられて広場の真ん中の長テーブルにドン!と置かれた。
広場には、ジュスターが用意した敷物が敷かれ、そこに皆が座って思い思いに料理を取って食べるというお花見型のバイキング形式になっていた。
村で蒸留していたお酒を村長が惜しみなく振る舞ってくれたので、宴会はさらに盛り上がった。
聖魔騎士たちも、村人から勧められた時には少しは飲んでいたみたいだけど、魔王や私のいる前で酔っぱらうわけにはいかないと思ったのか、誰も席に着かず給仕に徹していた。
皆が料理を楽しんでいると、クシテフォンが自作の楽器で曲を披露した。
すると、それに合わせて踊り出す者もいて、宴会は更に盛り上がりを見せた。
広場の一角にある調理台付近では、ユリウスを中心に村の人たちもお肉をさばいたり火の調節をしたり空いたお皿を回収したりとお手伝いをしていて、さながら人気ホテルの厨房のようになっていた。
私と魔王のテーブルに料理を運んできたテスカに、騎士団の分が残らないんじゃないかとの心配を伝えた。
「僕たちは大丈夫です。味見で十分いただいちゃってますから。なので気にせずどんどん食べちゃってください」
と、テスカは笑顔で答えた。
彼らは料理を作りながら試食をしていたらしい。
いわゆるまかないをいただいていたようだ。
食事をする必要のないカイザーは、ネックレスの中に戻ったままだ。
魔王も口いっぱいに食事を頬張っていて、うまい、うまいと手が止まらなかった。
ジュスターは私の隣のテーブルで上品に食べている。
「団長、いかがですか?」
「とても美味しくいただいているよ」
テスカの問い掛けに、彼が珍しく微笑を送ったので、彼らのやる気はますますアップした。
ジュスターは普段からあまり表情を変えることがないので、余計に嬉しかったのだろう。
カマソ村の魔族たちも皆、何日も食べてなかったんじゃないかってくらいの食欲を見せた。
「うんめぇぇ!」
「こんな美味いもの、初めて食べた!」
「本当に同じ食材で作っているのか…?」
「さすがは魔王様のコックだ、最高ですな!」
村長の息子のソルジュも、さっきまで死んでいたとは思えないほどの食べっぷりと飲みっぷりを披露し、ロアの
お腹が膨れてきた頃に、ユリウスがデザートを持ってきてくれた。
木のお皿の上に、ピンク色のアイスとゼリーが可愛く飾られている。
「メリルの木の実のアイスにカッフェのゼリーを添えてみました」
「わあ!アイス!?美味しそう!」
奇麗に飾り付けられたデザートは冷たくてとても美味しい。
アイスを冷やす氷はジュスターが魔法で出してくれたのだそうだ。
しばらく動けないほどにみんなが満腹になって、敷物の上で酔って寝そべったり、中には居眠りする者も出始めた。
私はお酒は遠慮して、デザートをペロリと平らげて超満足だった。
満腹でこのまま寝っ転がりたい気分だ。
魔王も上機嫌で「もう食えん」と私の隣でお腹を叩いている。
「トワ様」
食後のお茶を飲んでいた私の前に、ロアが跪いた。
「先ほどはありがとうございました。トワ様のお力を半信半疑でいた自分が恥ずかしいです」
「ううん、いいのよ。当然だわ」
「トワ様は誠に尊いお方です。なんとお礼を申してよいか…」
「これも何かの縁よ。気にしないで。蘇生魔法も上手くできたし、いい経験になったわ」
「ありがとうございます」
ロアは深く頭を下げた。
「それより、これからどうするの?魔貴族の手下が、また来るかもしれないんでしょ?」
「我々はこの村を出るつもりです。これ以上村に迷惑をかけるわけにはいきませんから」
すると魔王が横から口を出してきた。
「ネビュロスはしつこい性格だぞ。お前がいてもいなくてもまたこの村にやって来て、自分の配下に入れようとするに違いない。あの村長のスキルはなかなかレアだしな。魔貴族はどの陣営でも優秀な人材を欲しがっているものだ」
「…ではどうすれば…」
「まずは村の場所を知っているネビュロスの部下を始末することだ。それから魔物を何匹か周辺に放っておけ。あとは村長のスキルで村の入口を隠すのが良いだろう」
「わかりました。村長に提案してみます」
「ねえ、ロア。私たちと一緒に魔王都へ行くってのはどう?」
「えっ…?」
私の提案に、ロアは驚いたようだ。
「魔王もいるし、魔王都に戻ればきっと問題を解決してくれるわ。ね、ゼルくん?」
「別に、供回りが増えたところで問題はない」
「しかし…私のような者が、魔王様に同行させていただいてもよろしいのでしょうか」
「いいに決まってるじゃない」
「どのみち我も魔王都に戻ったらネビュロスを呼び出して問い詰めるつもりでいたからな。その証人として同行を許す」
魔王がそう答えると、ロアは再び深く頭を下げた。
「魔王様、ありがとうございます…っ!」
食事が終わって、各々が後片付けを始めている。
私も手伝おうとしたけど、その前にカナンが全部片づけてしまっていて、することがなくなってしまった。
基本的に、聖魔騎士団がいる時は、彼らが先回りして何でもやってくれるので、私は何もすることがないのだ。
何かできないかとうろうろしていると、テキパキと動く彼らの邪魔になっているような気さえして、端っこでじっとしているしかなかった。
そんな私を見かねたのか、魔王が散歩をしようと誘ってきたので、一緒に村の周辺を散策することにした。護衛としてジュスターもついて来た。
「ねえ、魔王都ってどんなところ?」
私の質問に、魔王が得意そうに答えた。
「我が作った大きくて美しい都市だ。魔王城が中央にそびえ立ち、その周囲には多くの民が住む。城門の守りは強固で、ケルベロスという上級魔獣が城門付近を守っている」
ケルベロス…ゲームでよく聞く魔物の名前だ。
まだ見ぬ魔族の国の首都…なんだかワクワクする。
「ジュスター、おまえは魔王都へは来たことがあるのか?」
魔王はジュスターを振り返った。
「いいえ、私は地方の出身で、メギドラには行ったことがありません」
「そうか。ならば2人共驚くぞ?」
「魔王のいない間、どうなってるか知ってるの?」
「現在魔王都は、大戦で留守を任せた魔王守護将のダンタリアンとホルスの2人が守護しているはずだ。我がおらずとも優秀な官吏たちが国政を動かしているので心配はしておらぬ」
「魔王守護将ってサレオスさん以外にもいるんだ?」
「魔王守護将は7人いる。その2人とサレオス以外の4名は大戦で我に同行していたが、今はどうしているのか不明だ」
「そうなんだ…」
「我も魔王都へ戻るのは100年ぶりだからな」
魔王は空を見上げて、思いを馳せているように見えた。
「そういえばさ、ここへ来るまで女性魔族ってロアしか見てないんだけど、魔族って女性が少ないの?」
私はずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。
この村に来た時も、他に女性がいるかと思ったけど、女性は村でロア1人だけだった。
前線基地は兵士ばかりだから、女性はいなくても仕方がないのかと思っていたけど、普通の村でもこんなに少ないのかと、ちょっとビックリしていたのだ。
「この辺境の村で女性体のままでいるのは珍しいだろうな」
魔王がさりげなく云った。
「え?女性体…?」
「ああ、そうか。これは人間は知らぬことだったな。魔族は雌雄同体で、自分で性別を変えられるのだ」
「…え?」
雌雄同体?
何か今、すごいことを聞いた気がする。
雌雄同体、って確かオスとメスが同じ体に宿るという意味のはずだ。
「性別を変えられるって、どういうこと…かな?」
「魔族は繁殖期を迎えると性別を変えられるのだ」
「え…?は、はんしょくき?」
魔王の言葉が意味不明で、頭がパニックだ。
「魔族には、個人差はあるがだいたい100年周期で繁殖期が訪れる。人間と違って長命な魔族は、100年に一度訪れるこの期間にしか子供が作れないのだ」
「ええ――――!?」
衝撃の事実。
繁殖期って、その期間にだけ妊娠・出産できるっていう、動物とかで聞いたことがあるヤツだ。
しかも100年に一度しか来ないって、単位が壮大すぎる。
「繁殖期に最適なパートナーを得た場合、話し合いでどちらかが女性体になって、卵を産むことが可能だ。卵は2,3日で孵化し、3~5年で成人する」
「た、卵!?」
まさかの卵生!
それは予想できなかった!
人間と同じような体型だから、絶対胎生だと思って疑いもしなかった。
パニクりすぎて脳がついていけてない。
「魔族って、卵から生まれるの…?」
「そうだ」
魔族が人間とは全く違う生き物なんだと思い知らされた瞬間だった。
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