第43話 カマソの奇跡
カマソ村の村長ジェンマは村で一番大きい自分の家を私たちに提供してくれた。
村長は黒いひげをたくわえた貫禄のある人物で、2000年近く生きているという。
魔族は長命だと聞いていたけど、見かけは30~40代くらいにしかみえないから、やっぱり魔族ってすごい。
だけど、どこか暗い表情をしている。
村長は上級魔族で、森の精霊と会話ができるという特殊なスキルの持ち主だった。
森の中で通信や索敵系のスキルが使えなかったのは、森の精霊がカマソ村を第三者に発見させないために妨害していたからだと村長は話した。なので、村長に受け入れてもらうと、聖魔騎士団のスキルは森の中でも使えるようになった。
かつて村長はある魔貴族の幹部だったが、陰謀に巻き込まれ出奔したそうだ。そして部下たちと共にこの森に住み着いた。
同じように魔貴族の支配から逃れて来た者たちを受け入れて、今の人数になったという。
彼らがロアたちを匿ったのは、そういった成り立ちがあったからだった。
カマソ村には100人ほどの魔族が住んでいるが、そのうち20人程がロアの連れてきた部下だった。今では皆、村に溶け込んで仲良くやっている。
彼らの生活は基本、自給自足だが、それでも不足する衣類や生活用品などは森で収穫したものを近くの町で売り、得た金銭で購入している。それほど豊かとは云えないが、身分の差や貧富の差などもなく、自分たちのルールの中での自由な暮らしは何者にも代えがたいとカマソの民は云う。
聖魔騎士たちは、持ち込んだ食材が多すぎて馬車に乗りきらないからと、村人たちに料理を振る舞うことにした。
広場の一角に張られたテントの下に村共同の調理場と井戸があり、彼らはそこを借りて食事の準備を始めた。
その様子はわいわいと楽しそうで、まるでキャンプに来た学生みたいだった。
「あの、トワ様」
調理場を見ていた私に、ロアがおそるおそる話しかけてきた。
「先程、魔王様に伺いました。トワ様には魔族を癒すお力があると…」
「ええ」
「もし、そのお話が本当なら…お願いしたいことがあるのです」
ロアが一緒に来て欲しい、というので私は彼女の案内する場所へついていった。
なぜか魔王とジュスターも付いてきた。
ロアに連れて行かれたのは、村の奥に張られた大きな革張りのテントだった。
その中に入っていくと、木製の簡素なベッドが10台程並んでいて、数人の魔族が寝かされていた。
その魔族たちは大怪我をしていた。傷が深く、息が荒い。かなり苦しそうに呻き声を上げている。
手前に3人と、奥の方のベッドにもう1人の魔族がうつ伏せで寝かされていた。
私は手前の3人の様子を見た。
「これは…刃物で切られた傷ね」
「彼らは先日来たネビュロスの手の者に、見せしめとしてやられた私の部下たちです」
「向こうで寝かされている人は?」
「…つい先ほど亡くなりました。あれはこの村の村長の子ソルジュです。私のために、関係のない者まで巻き込んでしまいました。回復ポーションを買うお金もなく、苦しむ彼らを見守ることしか…」
ロアは唇を噛みしめて云った。
村長の表情が暗かったのは、息子を亡くしたせいだったのか。
手前の1人は顎から腹まで一文字に斬られており、出血がひどく患部を押さえた布がどす黒く染まっていた。
「…ひどい傷…」
おそらく人間なら即死だろう。
その隣の魔族は2人共、上半身に火傷の痕があった。
「こっちの2人は魔法で攻撃されたのね」
「はい。それも不意打ちで」
ロアが悔しそうに唇を震わせて云った。
魔王は奥でうつ伏せで寝かされている死者を見ていた。
「この者は背中を切られているな」
「ネビュロスの部下は、話し合うだけだと言って村に入ろうとしました。私がそれを拒否すると立ち去ると見せかけて、背後から攻撃してきたのです。ソルジュは私を庇って…」
「なんと卑怯な。武人の風上にもおけぬ」
ジュスターは珍しく怒りの感情を見せた。
「村長が精霊の力で村の入口を閉ざして連中を締め出してくれなければ、もっと被害が出ていたでしょう」
ちょうどそこへ、村長がやって来た。
私たちに挨拶をすると、暗い顔をして横たわる息子の前に立った。
子供を亡くした親がどれだけ悲しむか、元の世界で経験している。
だけど今は、生きている人を優先させなければならない。
私はロアに声をかけて怪我人の傍についた。
おそらく彼女はまだ半信半疑なのだろう、私が怪我人に振れると、思わず身を乗り出しそうになっていた。
怪我がかなり深いので、一人ずつ確実に治すことにした。
「回復」
そう云って、1人目の怪我人の傷を癒した。
深かった刀傷は跡形もなく奇麗に消え去った。
我ながらすごいなと思う。
やがて、その魔族が目を覚ました。
「ハッ!なんだ、俺はどうした…?」
「おお…!」
「ロア…様…?」
ロアはびっくりした顔をして、その魔族を見た。
彼は体を起こして自分の体を確かめた。
「傷が消えている…!」
「本当に回復されたのだな…!!」
私は続けて他の2人も癒した。
そうして3人共が元気になって、お互い抱き合って喜んでいた。
ロアも感情を爆発させて、涙を流して喜んでいた。
村長は目を見開いて驚いていた。
良かった、成功したみたいだ。
ロアは喜び、何度も私に感謝の言葉を述べた。
でも…。
私は村長と、彼の前で横たわっている息子を見た。
できれば助けてあげたい。
だけど…蘇生魔法には一度失敗している。
あの時は、デボラ先生から教わった通りやってみたけど、見事に
今度そんなことになったら、村長は二度も息子を失うことになる。そんな残酷なこと、私にはできない。やっぱり、やめた方がいいのかもしれない。
第一、私にはまだ、蘇生魔法の仕組みがよくわかっていないのだ。
そもそも蘇生魔法って何だろう?
どうして
「ねえ、ゼルくん。蘇生魔法ってどうやったら成功すると思う?」
「おまえ、あの者を生き返らせるつもりか?」
「…うん」
「ふむ。おまえならできるやもしれんな」
「いや、できないから訊いてるのよ」
「…あの、トワ様」
「ん?」
魔王との会話に入って来たのはジュスターだった。
「人は体が死ぬと、その意識は体から抜け出て、魂となって数時間は周囲を揺蕩っているといいます。この者はまだ亡くなってから時間も経っていないようですし、体を治した上で、その魂を戻してやれば蘇生できるのではないでしょうか」
「簡単に言うけど、そのやり方がわからないのよ」
「蘇生魔法というのは、体に魂を戻す魔法なのです。不死者になってしまうのは、時間が経ちすぎて本人の魂が失われ、別のモノが入ってしまうからです。それは大抵、悪霊と呼ばれる精霊の一種だと言われています」
「へえ…随分と詳しいのね」
どうしてジュスターがそんなことを知っているんだろう?
不思議に思ったけど、今はそれを問いただしている時ではない。
「でも、その人の魂がどこにあるかなんて、どうやってわかるの?私には人の魂なんて見えないよ」
私の言葉を受けて、魔王は村長に尋ねた。
「村長、おまえは精霊が見えると言ったな。死者の魂は視えるか?」
すると彼は首を横に振った。
「いいえ、魔王様。私に見えるのは自然界に存在する精霊のみで、人の魂を視ることは出来ません。しかし、魔王様の使役するドラゴンならば、視えるやもしれません。魔族は死ぬと魂が魔界へ還ると言います。ドラゴンは魔界とこちらの世界を自在に行き来できる存在だと伺いましたので」
「なるほど」
「カイザーなら視えるの?」
「試してみるが良い」
「うん」
私はその場でカイザーをミニドラゴンの姿で呼び出した。
「ねえ、カイザー。亡くなった人の魂って視えたりする?」
『死んだ者の魂?いや、マギを見ることはできるが…』
と云いかけたとき、カイザーの体が光った。
『おお…!』
「やはり適性があったようだな」
『視える。大いなる自然の源流が見えるぞ!これは…不可視のものを可視化する<霊力可視化>だ…!』
カイザーはそう云って、自ら獲得したスキルを吟味していた。
魔王はカイザーがこの力を私から与えられると確信していたようだ。
「良かった…!じゃあこの人の魂が近くにいるかどうか視て」
『…その者の頭上にまだ揺蕩っているぞ。今も村長の頭の上で自分の体を見下ろしている』
「村長の近くにいるのね?」
「おお…!ソルジュ、そこにいるのか?」
村長は自分の頭上に両手を伸ばした。
だが掴まえられるわけはなかった。
「その魂、留めて置ける?」
私がそう云うと、再びカイザーの体が光った。
『スキルが<霊力可視化・干渉>に進化したぞ。可能だ』
「じゃあお願い、つかまえておいて」
『たやすいことだ』
ミニドラゴンのカイザーは、パタパタとその翼で村長の頭上に舞い上がり、何もない空中で、小さな前足でなにかを掴んでいるように見えた。
『掴まえたぞ』
「なんとも便利なものだな」
魔王は感心しながら云った。
「やってみるね、蘇生魔法。カイザー、その魂を連れて来て」
『承知した』
「トワ様、息子を生き返らせてくださるのですか?」
「できるかどうかわからないけど、やるだけやってみるわ。失敗したらごめんなさい」
「おお…!よろしく願いします」
村長らが見守る中、私の肩にカイザーが着地した。
私はまず、死亡した魔族の傷を完璧に癒した。その上で、カイザーが持っている魂に呼び掛けた。
「ソルジュ、自分の体に戻りなさい。あなたはまだ生きられる。もう一度、命を取り戻すのよ」
そこからはデボラ先生に教わった通りに、遺体の前で両手を組んで祈りをささげた。
「蘇生魔法、発動―」
『おまえの言葉に従い、この者の魂が体に吸い込まれて行ったぞ』
カイザーが解説してくれた。
すると、横たわっていた死人の体が一瞬まばゆく輝いた。
間もなく、死んでいたはずのソルジュは目を開け、ゆっくりと体を起こした。
私はそれを固唾をのんで見守った。
ジュスターは、彼が
どうか成功していますように…。
ソルジュは、辺りをきょろきょろと見回した。
すぐ近くに村長が驚いた様子で立っていることに気付いた。
「あ…お父さん」
「お…、おお…!!私がわかるのか?」
「当たり前じゃないですか。あ…れ?そういえば俺は…助かったのか…?」
ソルジュが村長に話しかけた。
「おお、ソルジュよ…!!」
村長とその息子はひしと抱き合い、涙を流して喜び合った。
先に治癒された魔族たちとロアも、この2人の姿に感動していた。
彼らはさすがに死者が蘇るとは思っていなかったようで、めちゃくちゃ驚いていた。
ソルジュが村長と抱き合って涙を流しているのを見て、ようやく彼が蘇ったことを理解した。
「ああ、信じられぬことだが、これは確かに我が子ソルジュだ。たった今、我が息子が蘇った!こんな、こんな奇跡が起こるなんて!」
抱き合い喜ぶ彼らを見て、私はやっと一息ついて立ち上がった。
「…成功したのよね?」
『ああ。よくやった』
「はぁ~良かった~~!」
『疲れているようだな、トワ。私はこれで戻る』
「うん、ありがと、カイザー」
カイザーは仕事を終えるとネックレスに戻った。
気が抜けたせいか、私は思わずよろけてジュスターに抱き留められた。
彼は心配そうに私の肩を抱いて、顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、ありがと。ホッとして力が抜けちゃっただけ。ジュスターのおかげよ」
「いえ、私は何も。すべてはトワ様のお力によるものです」
「でも、ジュスターってば魔族なのに蘇生魔法のことなんかよく知ってたわね」
「人間の国での生活が長かったもので。聞きかじった程度の知識です」
「そうなんだ。おかげで助かったわ」
その後ろでは少年魔王が睨んでいた。
「どさくさに紛れて何をしている」
彼は、ジュスターから引き離すように私の手を引っ張った。
「気安く触らせるな」
「ちょっ…、ゼルくんってば、何よ。ちょっと支えてもらっただけじゃない」
魔王は私の手を握ったまま、じっと見つめた。
「おまえはすごい。癒すだけにとどまらず、死者まで蘇らせるとは」
魔王はそう云って、握った私の手の甲に口づけをした。
「な、なな、何してんの!?」
「まさに神のごとき所業だ。おまえは我の誇りだ」
「そんな大袈裟な…。だいたい、蘇生魔法には一回失敗してるのよ?ジュスターの助言とカイザーがいなかったら、成功してなかったわ」
「謙遜するな。おまえは世界で初めて魔族を蘇生させるという偉業を成し遂げたのだぞ?」
村長と息子のソルジュがやってきて、私の前で跪いて頭を下げた。
「トワ様、本当になんとお礼を言ったら良いか…!」
「ああ、あなたは神です。創造神イシュタムの遣わされた救世主に違いありません!」
いつの間にかテントの前には、騒ぎを聞きつけた村の魔族たちが集まって来ていた。
先にテントを出たロアが、今このテントの中で起こった奇跡を皆に説明したのだ。
元気になったロアの部下と、蘇ったソルジュが彼らの前に姿を現すとカマソの村人たちは歓声を上げた。
怪我人のみならず死者まで蘇ったと知り、村中が驚きと興奮に包まれた。
村長とロアは私の手を握って何度も何度も感謝の言葉を口にした。
その後、私と魔王の前に村人全員が平伏した。
「奇跡の女神、トワ様!」
「魔王様が救世主をお連れくださった!」
「トワ様、万歳!!魔王様、万歳!!」
彼らはそう口走って私や魔王を崇めた。
私のしたことがどれほど大変なことなのか、魔王は村人たちの前で自慢気に語った。
これ以上ないほどちやほやと褒めちぎられて、褒められ慣れていない私は、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
一応、今回は亡くなって間がなかったから、たまたま蘇生に成功したのだと皆に云っておいたけど、どこまで理解されたかは謎だ。
その時、大勢の村人たちの前で、私のお腹が盛大にグゥーッと鳴った。
(うわあ!私のお腹、何で今鳴るの―――!)
一瞬、静けさが訪れた後、村中が大爆笑に包まれた。
その場にいた魔王も村長も、ロアでさえも大笑いしていた。
(は、恥ずかしいーっ!!
こんな大勢の前で、私のお腹はどうして空気読んでくれないのよぅ!)
私は恥ずかしさのあまり思わず両手で頬を覆った。
緊張していたせいか、今まで空腹だったことを忘れていたのだ。
そして、魔力を使うとお腹が減るということを思い出した。
「もうやだ…恥ずかしくて死にたい」
「トワ様、そんなことで死んではいけません」
私が云ったことを真に受けたジュスターが真顔で私を見つめた。
魔王ですら笑っていたのに、彼だけは笑っていなかった。
「いや、本気にされても困るんだけど…」
もしかして彼には、冗談が通じないのだろうか。
「そろそろ食事ができる頃だ。広場へ行くぞ」
魔王が私の手を取って広場へと歩き始めた。
他の者たちも後についてぞろぞろと広場へ移動した。
その間も、先程の言葉を真に受けたジュスターは心配そうに私に云った。
「腹の虫が鳴るのは健康な証拠です。恥ずかしいことではありません」
「あ、もういいから…恥ずかしいから蒸し返さないで」
「虫が空腹を教えてくれるのは自然なことです」
普段無口なくせに、マジで何を云ってるのだろう。
本当に私が死ぬとか思ってるんだろうか。
「えっとね、これって虫じゃなくって、胃がからっぽの時、収縮して音が鳴るだけなのよ」
正解を教えてあげたらジュスターはビックリした顔をした。
「お腹がすいてますよと教えてくれる、体に良い虫が住みついているんじゃないのですか?」
この顔で、真顔で云うから、ずっこけるかと思った。
「プッ!」
思わず吹き出してしまった。
何その超可愛い発想!子供みたい。
イケメンなだけにとんだギャップ萌えだ。
でも本質は間違っていないから否定もしづらい。
私は笑いをこらえながらジュスターの顔を見上げた。
「ジュスターって天然なんだね」
彼にはその意味が通じなかったのか、不思議そうに首を傾げた。
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