第42話 ナラチフの領主
時は少し遡る。
馬車を守るジュスターの前に複数の人影が現れた。
「お前たちは誰だ」
「我らはカマソの村の者だ。貴様ら、性懲りもなくまたやって来たのだな?」
そう云って現れたのは10人程の魔族たちだった。擦り切れた服を着て、手作りっぽい弓やこん棒を持っているけど、魔王によれば全員上級魔族らしい。
「カマソ?一体何の話だ?」
ジュスターは首を傾げたが、その反応に魔族たちはムキになって叫んだ。
「しらばっくれるな!この森はどこにも属さない、我らカマソは自由の民だ。貴様ら魔貴族の下僕になるなどごめんだ!この前みたいな卑怯な真似はさせんからな!」
「…魔貴族?」
カマソの魔族たちはジュスターを見て、魔貴族だと云った。
確かに彼の衣装は美麗でそう見えなくもないのだが。
「なにか勘違いしているようだな」
だが彼らは聞く耳を持たなかった。
カマソと名乗る魔族たちは、馬車の中の私たちに気付いた。
「そっちの馬車の中にいる奴も降りろ」
ジュスターは、氷魔法で作り出した氷の
「馬車に近づくな」
彼は氷の鞭を軽々と揮い、カマソの魔族たちを馬車に近づけようとしなかった。
魔族たちの攻撃も、ジュスターの前では通用しない。
その実力差は明らかだった。
私と魔王は馬車の窓からそれを見守っていた。
どうやら盗賊の類ではなさそうだが、彼らの云っている魔貴族という言葉が気になった。
その時、彼らの背後からもう一人、別の魔族が現れた。
「下がりなさい。おまえたちのかなう相手ではない」
それは女性の魔族だった。
しかもすごい美人。
初めて見る女性魔族に私は釘付けになった。
「女の魔族か。こんな土地で珍しいな」
隣にいた魔王も思わず口走っていた。
「女性の魔族ってやっぱ珍しいの?」
「ああ、このような未開の地では特にな」
「ふうん…?」
この時の私は、その意味を良く分かっていなかった。
女性魔族は、尖った耳に緑色の宝石のついたピアスをしていて、金色の髪をポニーテールにしていた。やや釣り目の美女で、しゃべるたびに口の両端から牙がのぞいていた。カナンと同じ獣人系の魔族かもしれない。
スポーツブラみたいな胸当てからこぼれ出そうな豊かな胸と、へそ出しスタイルの短パンから露出する素晴らしく長くてスラリとした足には編み上げの靴を履いていた。
腹筋は割れていて、無駄な肉がまるでない。スポーツジムのトレーナーにいたらたぶんカリスマって云われるような引き締まった体型をしている。
彼女は背中に弓を背負っていたけれど、それを使わずに腰に帯びた短剣を抜いた。
短剣には大きな緑色の丸い宝石が埋め込まれていた。
「おまえがこの連中のリーダーか」
ジュスターの問いを無視して、彼女は短剣を構えて戦闘態勢を取った。
「この前来たヤツらよりも格上のようね。本気で狙いにきたというわけ?」
「何を言っているのかわからんが、私はおまえたちの敵ではない」
「よくもそんなことを言えたものだ!あんな卑怯な真似をしておいて!ソルジュは今も瀕死なんだ!」
「…言っても無駄か。仕方がない、相手をしてやろう」
ジュスターは静かにそう云って、彼女と対峙し、手にしていた氷の鞭を剣に作り替えた。
「おまえたちは、手出し無用。こいつは私がやる。おまえたちはそっちの馬車を見張っておけ」
彼女は周りの魔族たちにそう云い渡した。
「あの女魔族とジュスター、戦うみたいよ」
「ふむ。あの女魔族、なかなかの手練れだな」
「え…わかるの?」
「見ろ、あの女の持っている武器。あれは属性武器だ」
「属性武器?」
「持つ者の魔力を数倍に引き出してくれる効果のある武器のことだ」
「そんなのあるんだ?」
「短剣の柄に緑の宝石が埋まっているだろう?あれは貴鉱石といって、属性魔法を付与できる。緑の石は風属性だ。つまりあの女は風魔法の使い手ということだ。こんな地方の森であんなシロモノに出会うとはな」
「感心してないでよ!それじゃジュスターが不利じゃない!」
「大丈夫だ。ヤツは強い」
魔王はそう断言したけど、私は不安でしかなかった。
相手の実力は未知数なのだ。
素晴らしいスピードで女性魔族がジュスターに向かって突進し、短剣を繰り出す。ジュスターはそれを氷の剣で受け流す。
カンカン、と剣戟が響く。
そうして剣を撃ち合って数合目、ここまでは互角に見えた。
「なかなかやるではないか」
「あんたもね。息一つ乱れていないなんて、もしかして手加減されてるのか?」
そうして2人が戦っている隙に、周囲にいた魔族たちが馬車にそっと近づいてきた。万が一彼女が負けた時のために、私たちを人質に取るつもりなのだろう。
それに気づいた魔王は、私にカイザードラゴンを出すように云った。
魔王は、馬車の扉を勢いよく開けた。
「カイザードラゴン、出てきて!」
「元の姿で、こいつらを威嚇せよ!」
『承知!』
私のネックレスから飛び出したカイザーは、巨大なドラゴンの姿で馬車の外に現れた。
「ひいっ!!」
「ド、ドラゴン…!?」
カマソの魔族たちは、いきなり現れたドラゴンに驚き、悲鳴を上げて後ずさった。
カイザーは彼らに向かって、咆哮した。
『貴様ら、控えよ!魔王ゼルニウスの御前であるぞ』
カイザーの言葉に、魔族たちは一様に驚き、口を閉じるのも忘れていた。
ジュスターと戦っていた女性魔族も、巨大なドラゴンの出現に驚き、動きを止めた。
「ま、魔王様…だと?そんなバカな…!」
「本当だ。魔王様は復活なされた。あれは魔王様のカイザードラゴンだ。魔王様ご本人である何よりの証明だろう?」
「た、確かに…、ドラゴンを召喚できるのは世界で魔王様唯一人だけだ…」
女性魔族は短剣を鞘に戻し、ジュスターに頭を下げた。
「申し訳ない。どうやら私は剣を向ける相手を間違ったようだ」
彼女を筆頭に、10人程の魔族たちは皆、ドラゴンと馬車から降りて来た魔王の前に平伏した。
「子供…?」
『魔王は復活したばかりでまだ力が戻っておらぬのだと理解せよ』
「なるほど、それでそのお姿でしたか」
魔王の隣に立つ私を見て、女性魔族が尋ねた。
「その人間は?」
ここでもやっぱりすぐ人間だとバレてしまった。
魔族と人間とでは纏うオーラのようなものが違うらしく、魔族は人間だとすぐわかるのだ。
「これは我の連れでトワという」
「…連れ、ですか」
「あの、私たちはこの森に食糧を取りにきただけです。すぐに帰りますから…」
私がそう云うと、女性魔族は私を品定めするかの如くジロジロと見た。
「カブラの花粉を吸って平気な人間がいるとは驚きだ」
「トワ様に無礼な口を利くな。この方は私の主だ」
すぐさまジュスターが女性魔族を威嚇すると、彼女は私に頭を下げた。
「失礼しました、お許しください。どうやら我らは勘違いをしていたようです」
女性魔族は謝罪し、お詫びに自分たちの村へ招待したいと申し出た。
「よかろう。馬車の移動続きで多少疲れていたところだ」
魔王はそう云って、その申し出を受けた。
カイザーをネックレスに戻し、私たちは彼らに案内されて魔の森の中にあるカマソの村へ向かうことになった。
魔王は村へ着いたらカナンたちを呼び寄せれば良いと云って、馬車に乗り込んだ。
カマソの魔族に馬車を操ってもらい、彼らしか知らない道を通って進んだ。
女性魔族には馬車に同乗してもらって、話を聞くことにした。
「私はロアと申します。魔王直轄領ナラチフの自治領主でした。理由あってこの森に逃れ、カマソ村に受け入れてもらったのです」
「ほほう、ナラチフか。だがなぜ領主が土地を離れてここにいる?」
「それは…。それを話す前に魔王様に伺いたいことがございます」
「何だ?」
「大戦後、魔王様はご不在となられました。その間、領地を庇護していた
「
聞きなれない言葉に、私は訊き返した。
「我が直接治めている直轄領に施した庇護の結界のことだ。あらゆる災害から土地を守り、農作物の成長を促進させる効果があるのだ」
「はい。ソレリーという果実が名産品でして、経済的にもとても豊かなのです。そして同時にその結界は他の魔貴族からの侵略を防ぐ効果もあるはずでした」
「へえ…!その結界があると、入って来れないとか?」
「ええ。魔王紋のおかげで、直轄領には領主が認めた住民以外は立ち入ることはできません。住民には領主が1人1人に住民の証を授けていて、それを持っていない者は自動的に結界の外へ追い出されてしまうのです」
「じゃあ観光客とかは入れないの?」
「ナラチフ観光案内所というものが街の入口にあって、そこで許可が下りれば期間限定の証が授けられ、入ることができます」
「なるほど。パスポートみたいな感じね。カードみたいなものを貰うの?」
「トワ、魔族は<魔法紋>というものを体内に持っている。すべての情報はそこに刻まれるのだ」
「あ…そっか」
魔王の助言で思い出した。
魔族はその様々な情報を自らの体に宿る魔法紋に刻んでいるのだ。
体内にスマホを持ってるようなもので、とても便利なものだ。
「…確かに、我がこの世界からいなくなっていた間は魔王紋に魔力供給ができず、徐々に結界は弱まっただろうな。今もまだ魔力は戻っておらぬ。…そうか、結界が失われたことでどこかの魔貴族が侵攻でもしてきたのか」
「はい。結界の失われたナラチフは、魔男爵ネビュロスの侵略を受けたのです」
「…ネビュロスだと?いつのことだ」
「ほんの10年程前のことです。魔王様が戻られないのをいいことに、我が領地に軍を差し向けたのです。最初は、農産物を買いたいとやって来て、徐々にその人数が増えて行き、結界が弱まっているとわかると、やがて本性を現したのです」
「確か、ナラチフはネビュロスとダレイオスの領地に挟まれていたはずだ。ダレイオスが黙っているはずがなかろう」
魔族の国には魔王から任命された魔貴族という領主がいると聞いている。
ネビュロスというのはそのうちの1人なのだろう。
「それが、どうやらネビュロスは魔王都と通じているらしく、この件では魔子爵ダレイオスは静観しているようです。魔王都へ何度も救援を要請しましたがことごとく無視され、我々は単独でネビュロスの軍と戦う羽目になったのです」
「直轄領には魔王都から派遣された監督官と保安部隊がいたはずだが」
「ネビュロス軍侵攻後、魔王都からの命令で監督官は強制送還され、保安部隊はその活動を停止させました。ネビュロス軍に対しても、住民が投獄されても見て見ぬフリをしなければならないという理不尽な命令に、おそらく彼らも苦しんでいたことでしょう」
「…なんということだ」
魔王は怒りを含んだ声で呟いた。
「魔王都メギドラは、魔王守護将が留守を守っているはずだ。魔貴族の侵略を黙って見過ごすなどありえん」
「それが、魔王都とは連絡が取れなくなっているのです。私は手勢を率いてナラチフを出てしまいましたので、なぜそうなったのか本当のところはわかりません」
「そうか、おまえは領主の
「はい」
魔王の言葉にロアは頷いた。
また知らないワードが出て来た。
「領主の
「直轄領の領主には、領主の証が刻まれることになっている。領主の証を持つ者のみが領主の権限を持つ。ネビュロスはそれを奪うことでナラチフを手に入れようとしたのだな」
「もし領主がいなくなったらどうなるの?」
「万が一、後継者を決めずに領主が暗殺されるようなことがあれば、
なかなか用意周到なシステムだ。
それは領主を守るためのものでもあるのだろう。
魔王の説明の後、ロアは話を続けた。
「おっしゃる通りです。ネビュロスは目的のためなら手段を選ばぬ男です。私が村を出なければ、住民を人質に取られ、領主の証を無理矢理ネビュロスの息のかかった者に引き渡すことになったでしょう。そうなったらナラチフは実質ネビュロス領に組み込まれてしまう」
「領主の証って人に渡せるの?」
「はい。実は私も前領主から引き継いだのです。彼は大戦の際、魔王軍に参加すると言って、私にこの領主の証を託していったのです。愛する彼のためにも、ナラチフの領地と領主の証を守ることが私の使命でした」
よく見ると、ロアの右手の甲には、紋章のようなものが浮かんでいる。
たぶん、これが領主の証なんだ。
前領主は彼女の恋人だったのだろう。
「今、ナラチフはどうなっている?」
「詳しくはわかりません。あれ以来戻っていないので…。ですが領主にならねば、国境を越えてダレイオス領に入ることはできません。おそらくネビュロスはナラチフ領内に軍を進めたものの、足踏みしていることでしょう」
「領主が長期にわたって不在だと領民は困るのではないか?」
「仮領主として全権を弟に委任しておきました。それで一応の機能は果たせます。その場合、仮にもし私が死んだとしても、領主の証は仮領主へ自動的に移ります。ですが、ネビュロスはそのことを知りません。だから彼は私を追い続けているのです」
「そうして逃げ込んだのがカマソという村か」
「はい。私は救援を求めるために護衛の兵らと魔王都へと出発しました。ですが領地を出たところでネビュロスの待ち伏せに遭い、私たちはバラバラになって逃げました。ネビュロスの追手はしつこく、ここへ来るまでに兵の半数以上を失ってしまいました。魔王都へも何度も伝令を出しましたが音沙汰なく…」
「…酷い話ね…」
「カマソの村の方々の好意により、この数年は平穏に過ごしてきました。しかしつい先日、ネビュロスの軍の者が村にやってきたのです。近隣の街へ買い物に出たときにでも姿を見られて後をつけられたのかもしれません」
どうやら私たちはそのネビュロスの部下と間違われたようだ。
村に着くと、カマソ村の村長たちが、戦闘態勢をとって警戒していた。
この村の近くに侵入者があった、と報告を受けていたかららしい。
それはたぶんうちの食糧調達部隊のことだろう。
ロアが村長に事情を説明してくれたけど、魔王が来たと云っても少年の姿の彼では信じてはもらえなかった。
それで、再びカイザーの出番だ。
カマソ村の人々は腰を抜かすほど驚いていたけど、それでやっと信じてもらえた。
そして村長は上等な椅子を持ち出して、魔王を座らせたのだ。
カイザーにカナンたちを迎えに行ってもらい、ようやく合流できたというわけだ。
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