第39話 緊急会合

 北の国境砦が魔族に落とされたことは、衝撃を持って各国へ知らされた。

 これを受けて、急遽各国の首脳による緊急会談が中立国のグリンブル王国にて行われることになった。


 大司教公国からは大司教の名代としてリュシー・ゲイブス祭司長が出席することになり、勇者候補パーティが護衛として同行することになった。

 彼らは当時国境砦にいたため、その様子を会議で証言する役目も担っていた。

 砦の守備隊長も無事に逃げおおせていたが、本国に強制送還され、砦を守れなかった責任を問われ、審問会に掛けられるそうだ。

 男性3人は馬車を護衛するように馬に乗り、エリアナとアマンダはリュシーと共に馬車に乗っていた。


「…そうですか、そんなに強かったんですか」

「ええ。以前戦った魔族とは比べ物にならなかったわ。将なんかプライドをへし折られて、かなり凹んでたもの」

「でも無事に帰りつけて良かったですね」

「砦の兵士たちと一緒にアトルヘイムの駐屯所へ逃げ込んだのよ。アマンダがそこで兵士たちを回復してあげたら、お礼にって馬車を貸してくれたの」

「アマンダさんは優秀ですからね。皆さん喜んだでしょう」

「いえ、そんな…」


 リュシーに褒められてアマンダは恥ずかしそうに俯いた。

 エリアナは面白くなさそうに頬を膨らませていた。


「ね、リュシー。耐性持ちの相手にはどうやって対抗したらいいの?あいつら防御系のスキルを持ってたみたいで、ダメージが通らなかったのよ」

「ふむ。防御系というと、魔法耐性か魔法防御スキルですかね?残念ながら、耐性に対抗できる魔法はなく、相手より強い魔法を撃つしかありません」

「やっぱり優星の弓スキルに頼るしかないのね」

「エリアナさん、自分一人で戦おうとはしないことです。あなた方はパーティでいてこそ勇者なのですから」


 リュシーは目尻にしわを寄せて、にっこりと笑った。

 エリアナは大きくため息をついて馬車の窓から外へ視線を逸らせた。

 彼女が考えていたのは、砦で助けてくれたあの銀髪の魔族のことだった。

 彼はなぜエリアナたちを助けてくれたのだろう?

 気まぐれだろうか、それとも彼女が女だったから?

 あれほどまでに砦を破壊した魔族の仲間が、たかが人間1人に情けをかけるだろうか?

 答えの出ないことを彼女は延々と考えていた。


 彼女たちを乗せた馬車は、大都会グリンブル王都の大通りを走り抜け、丘の上に聳え立つグリンブル城へと入城した。


 グリンブル王国は、大陸中央に位置する温暖な土地で、魔族排斥派と共存派に分かれた国々の中で中立を保っている経済大国である。


 緊急会議が開かれるのはグリンブル城内にある大会議室で、部屋の中央にどんと置かれた楕円形の円卓に各国のお偉方や関係者がずらりと顔を揃えていた。

 勇者候補たちは、円卓につくリュシーの後ろに護衛として立っていた。

 会議の議長を務めるのはグリンブル王マステマ2世だ。

 この日は、グリンブル王国とは国交のないアトルヘイム帝国からも幹部クラスの将官が来ていた。


 国境砦が落ちた事実を確認する中で、将たちはありのままをそこで話した。

 伝え聞く魔族の強さに、首脳たちは一様に呻き声を上げた。

 そしてたった数人であの砦が落とされたという事実に戦慄した。


 ともかく、早急に砦と国境の壁を再建しなければならない、というのが各国の一致した意見だった。

 各国が再建資金を分担することになった。

 具体的には、魔族との中立を宣言している沿海州諸国やグリンブル王国などが、砦を修復するための物資や職人の派遣などの人的援助を表明した。

 砦再建の期間中、国境の警備をアトルヘイム帝国の黒色重騎兵隊シュワルツランザーと、ペルケレ共和国の傭兵部隊が交代で務めることになった。

 そこでペルケレ共和国合議会議長のエドワルズ・ヒースが心配事を挙げた。


「その間、魔族が国境を攻撃して来ないように、何らかの条件を出して協定を結ぶ必要がありますな。金か食料といったところですが…」


 するとアトルヘイム帝国から派遣されて来た情報局長のマニエルという男が手を挙げた。


「マニエル殿、何か案がおありか?」

「以前捕えた下級魔族から、前線基地では塩が足りていないと聞いたことがあります。交渉材料に使えるのではないかと」

「わかりました。塩は我がグリンブル王国が用意しましょう。魔族の基地との交渉はマニエル殿にお任せしてもよろしいか?」

「結構です」

「ではそちらはお任せする。事の次第を議事録にまとめて各国へ報告していただきたい」

「もし交渉が失敗した場合は?魔王が復活したとも聞き及ぶし、魔族が大挙して攻めてくるのでは?」


 不安を口にしたのはエドワルズ・ヒースだった。

 その疑問には再びマニエルが答えた。


「今、魔族がこちら側へ攻め込む理由はありません。魔王は復活したらしいが、今すぐどうこうなるわけでもないでしょう」

「ならばなぜ砦を落としたのだ?」

「おそらくですが、前線基地に物資が足りないと云うのは事実なのだと思います。奴らの本国で何か不測の事態が起こっていて、もしかしたら基地の将官は本国へ召還されるのかもしれません」

「なるほど、それで後顧の憂いがないようにこちらの砦を落としておいたということか」

「ええ。こちら側がヘタに刺激しなければ交渉は受け入れてもらえると思いますよ」

「そ、そうだと良いが…」

「たった数人で砦を落とせるほどの強者らがいるのにも関わらず、それ以上の攻撃を仕掛けて来ないことが何よりの証拠かと」

「ふむ…」

「他に何かある方は?」


 議長のグリンブル王が円卓を見回した。

 農作物の流通を手掛けるヨナルデ組合の幹部が手を挙げた。


「ヨナルデ組合のウブル書記殿」

「今回の件で、一般市民に動揺が広がっています。特に魔族に無知な田舎の人々は『魔族は人間を捕って食らう』などという迷信を信じていて、外出を避けるようになり、一部の地域で穀物の流通に支障が出ています。これは由々しき事態です」


 ウブルがそう云うと、ヨナルデ大平原より南西部にあるビグリーズ公国の公主がその言葉を引き継いだ。


「実は我が国にもそれと同じようなことが起こっており、一部の農作物が出荷できなくなっております。その原因の一つに、近頃ヨナルデ大平原での大型の魔物の出現が相次いで報告されていることが挙げられます。周辺には小さな村も多く、護衛を雇う余裕もないことから、怯えて農作業を止めてしまう村も少なくありません。我が公国騎士団を派遣せざるをえない状況が続いており…大変困っておる次第です」


 これについては勇者候補たちにも心当たりがあり、自分たちもこれまで何匹も大きな魔物を倒したと報告した。

 

「これは放置できぬ問題ですな。人類の食料危機に繋がる」


 円卓をドン、と叩いたのは、ペルケレ共和国のエドワルズ・ヒースだった。


「魔族の置き土産ではないのか?」

「たしか人魔大戦でも大型の魔獣が魔族によって召喚されたと記録にありましたな」


 グリンブル王が云うと、円卓についている者たちはざわめいた。


「まさか、魔族の仕業だと?」

「魔獣を召喚して、また街を襲わせるというのか?」


 その質問にはゾーイが答えた。


「我々が倒した魔獣は、いずれも北国境近くに出現しており、意思を持って村を破壊するというより、ただそこにいてたまたま近くの村を襲っているという感じに見えました」

「たまたま、だと…?信じられん」

「近くに魔族の姿は確認しておりませんし、計画的な行動とは思えません」

「ふむ…。ところで中央と南の国境は大丈夫なのかね?」

「中央国境は問題ありません。我が国が魔貴族と共同で管理しておりますからね」


 各国首脳の心配をよそに、中央国境管轄のグリンブル王は断言した。

 南の国境砦を支配下に置くガベルナウム共和国は欠席だったが、その近隣諸国からは、南国境も特に異常はないと報告された。


 それで、これはやはり魔族とあからさまな敵対行動を取っているアトルヘイム帝国と大司教公国への警告なのではないかと、各国からの批判が寄せられる結果となった。


「よろしい。では魔物退治は我らでお受けいたしましょう。ですが100年前、魔族から人間を守り抜いたのは誰だったのか、諸侯らはご存知のはずでは?」


 マニエルはそう云って矛先を躱した。

 その隣に座していたリュシーがそこで初めて手を挙げた。


「100年前の忌まわしい出来事の記憶はなかなか人々の記憶から拭い去ることは難しい。我が国はそのような苦しみから人々を救うために作られたことをお忘れではありませんか?」


 リュシーの言葉は説得力があった。

 誰もそれに異を唱えることをしなかった。


「そこで我が国は、この度の北国境砦陥落による人心の不安を取り除くため、大司教の全国行脚『大布教礼拝』を開始することと致します」

「おお…!!」

「是非、我が国にお立ち寄りいただきたい!」

「うちにも是非!」


 リュシーの宣言に、それまでこの事態を招いた責任を舌鋒鋭く責め立てていた各国首脳陣は、手のひらを返したように歓喜の声を上げた。


「『大布教礼拝』って何?」


 エリアナがアマンダに尋ねた。


「シッ!後でご説明しますから、お静かに」


 その後も雑多な取り決めが行われ、会議は終わった。

 人々が退出した後、部屋に残った勇者候補たちにアマンダが先程の説明をした。


 『大布教礼拝』とは、不定期に行われる大司教公国の一大イベントだ。

 大司教が有能な回復士たちを引き連れて、西大陸全土を約2年もの年月をかけて巡る癒しの旅のことである。

 大司教公国の回復士は腕はいいが高額な報酬が必要なので、庶民には滅多に呼ぶことができない。

 だがこの『大布教礼拝』が行われている地では、無料で回復士の治療を受けられるチャンスなのだ。

 そのため、『大布教礼拝』がやってくる都市では多くの人が集まり、ちょっとしたお祭りムードになる。大司教公国にとってはお布施や信者を獲得できるチャンスであり、招致する国においては人が集まることで経済効果も期待でき、市民たちは招致してくれた国家に対し感謝と忠誠を捧げるという好ましい結果を生む重要なイベントなのだ。


「前回行われたのは、7年前で、アトルヘイム帝国皇帝カスバート3世の即位20年を祝してのことでした。その時は2年半かけて西大陸全土を巡り、多くの市民から寄付が集まったそうです。地方からの公国への移住希望者も大勢来ました」

「へえ…ちょっとしたお祭りってわけね」

「はい。とても儲かったと聞いています」

「世知辛いな。結局お金なんだね」


 呆れた声を上げる優星の背後から、リュシーが現れた。


「まだ居残っていたんですか?もう帰りますよ。そうそう、あなた方にも『大布教礼拝』に大司教様の護衛として同行していただきます」

「あたしたちも?」

「大司教公国には勇者がいると宣伝するそうですよ」

「…嘘ばっか。まだ候補じゃん」


 エリアナはそう云ったが、間もなく彼らは異世界から召喚された勇者パーティとして、長きにわたる全国行脚の旅に出ることになるのだった。

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