第37話 勇者候補と国境砦戦
エリアナたちが砦に駆け付けた時には、外壁に馬車が通れるほどの大きな穴が開いていて、もはや国境としての機能を失っていた。
「これ、あいつらがやったの…?」
「嘘だろ…?だってこの壁ってバリアが…」
国境の壁の表面には常時魔法具による強力な<
それがいとも簡単に破られたことが衝撃だった。
砦の中は崩れた壁の破片やら瓦礫やらで足の踏み場もなかった。
「さっきの連中は魔族の精鋭部隊だったわけか。道理で強かったわけだ。少人数でここを落とす自信があるってことかよ」
「将、見てよ!さっきの魔族たちが飛び回ってる!」
開いた大穴から砦の広場に入った勇者候補が見たのは、侵入した魔族たちが砦の中で暴れ回っている光景だった。
黒い翼の魔族が宙を舞い、砦の中に何かの液体を撒いているように見えた。
おまけにオレンジ色の肉食獣が砦中を駆け回り、兵士たちを追いかけ回している。
「なんだありゃ…」
「あの獣、何なの!?」
「魔族が使役してる魔物じゃない?とにかく、あの魔族たちを止めなくちゃ、砦がなくなっちゃうよ!」
「お、おう!行くぞ、ゾーイ!」
「はい!」
将、優星、ゾーイは瓦礫を乗り越えて砦の奥へ入って行った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
エリアナとアマンダも慌てて彼らの後を追いかけた。
だがその時、砦の中央の建物が大爆発を起こした。
「きゃあっ!」
2人の頭上から瓦礫の雨が降り注ぐ。
彼女たちは慌てて屋根のある場所へ避難した。
目の前で、鎧を着た兵士が飛んできた石の塊に押しつぶされた。
「ひっ…!」
エリアナは思わず目を背けた。
爆発音が立て続けに起こり、バラバラと石の塊が飛んできている。
魔族たちは、砦の外壁や建物に向かって攻撃をしていた。
そのため、破壊された石やレンガなどの破片が大量に降って来て、その破片に当たって負傷者が続出した。
「これじゃ動けませんね」
「う、うん…。ゾーイたちが助けに来てくれるのを待つしかないわね」
そのゾーイは降ってくる瓦礫から、盾で将と優星を守りながら砦の中を進んでいた。
魔族を探したが、その姿すら捉えることが出来なかった。
空を飛んでいる魔族を見つけて優星が弓を射たが、素早すぎてまるで当たらない。
「くそっ!攻撃が当たらないよ!」
「それよか爆発がやべえよ。こりゃ魔族どころじゃねーぞ」
あちこちで爆発音が聞こえ、建物は次々と破壊されていった。
低層階が爆破されると、脆くなった上層階が崩れ落ちてくる。
「あの連中、この砦自体を破壊しようとしてるんじゃないか?」
「なるほどね、あの人数でこの砦にいる兵を相手にするのは難しいもんね」
「感心している場合ではありません。もうこの場に残るのは厳しいかもしれません」
「ああ、早く砦から出た方が良いかもしれないな」
「あれ?エリアナとアマンダは?」
その時彼らはようやく2人の少女が後ろにいないことに気付いた。
「なんだ、どうしてこうなった!?」
砦の守備隊長は声を荒げていた。
連隊長のイシュタルの後を引き継いで、副官から守備隊長に昇進した彼は、ある程度の小競り合いは覚悟していたものの、こんな風に砦に乗り込んで攻撃してくるとは予想もしていなかった。
何の前触れもなく、突然国境の壁が破壊された。
最初は勇者候補が何かやらかしたのかとも思ったが、そうではなく魔族の襲撃を受けたのだ。
兵士が代わる代わる報告に来るが、侵入した魔族が何人で、どこがどう攻撃されているのかすらもわからず混乱を極めた。
ともかくも、兵らに侵入した魔族を排除せよと命じたが、この広い砦の中のどこに魔族がいるのか、探すところから始めなければならなかった。
そうしているうち、砦の建物が次々と破壊され始めた。
それで今度は、砦を守れと命じた。
兵士たちは、正確な情報を得られないまま、砦を守れと云われてもどうすればよいのかわからなかった。
みるみるうちに砦の中は瓦礫の山になっていき、その惨憺たる有様になすすべもなく立ち尽くした。
おまけに先日、砦に現れたオレンジ色の獣が再び現れたことに気付くと、兵士たちはその恐ろしさを思い出して、戦うことを放棄してしまった。
「くそ…魔族は補給が止まっていて弱っているのではなかったのか?協定さえ延長していれば…!そうだ、オレのせいじゃない。悪いのは本国だ。こんなところで死んでたまるか」
守備隊長は文句を云いながらも、撤退の準備を始めた。
「この砦はもう持たない!門を開けて外へ逃げろ!」
誰かが叫んだ。
それで兵士たちは砦側の門へ殺到した。
兵士数人がかりでリールを回し、ようやく門を開けると、そこから兵士たちは我先にと脱兎のごとく逃げ出して行った。
一方、砦の中には勇者候補たちがまだ残っていた。
エリアナとアマンダが避難していた場所も崩れ出し、そこから逃げるしかなかった。
そんな彼女たちの前に現れたのは、黒い蝙蝠の翼を持つ魔族だった。
金髪に黒いメッシュの入ったその魔族は、クシテフォンだった。
彼は彼女らを見つけると攻撃する手を止めた。
エリアナは迷わずその魔族に魔法で攻撃した。
だが彼は素早く飛び回り、彼女の魔法は躱されまくった。
「あーーもう!!何なのよぉ!あんの
「素早くて、予測できない動きをしますね」
「こうなったら、避けられないくらいの速さの連弾を撃ってやる」
エリアナの手からマシンガンのように火の玉が連続で撃ち出された。
さすがに今度はそのうちの何発かが魔族を直撃した。
「フッ、どうよ!」
ところがその魔法は魔族の手に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「え!?何?どういうこと?」
「エリアナ様、あれは…魔法を吸収しているようです!」
「吸収!?そんなことできるの?!」
アマンダが説明した次の瞬間、その魔族は手のひらを返すと、そこから同じ火の玉をエリアナたちに向けて撃ってきた。
「わわっ!ちょ、待って!」
火の玉は彼女らの足元に着弾し、2人はあわてて飛び退った。
「う、撃ち返してきた!どうなってるの?」
「聞いたことがあります。相手の魔法を吸収して、それをそのまま返すスキルがあるって…!でもそんなの、伝説上のことだと思ってました」
アマンダが指摘した通り、それはクシテフォンの<魔法吸収・放出>スキルによるものだった。
しかも彼はそれっきり攻撃して来ず、宙に浮いたまま、飛んでくる大きな瓦礫の塊を魔法で撃ち落としていた。
まるで2人を守っているかのように。
「どうして攻撃して来ないんでしょう…?」
アマンダが疑問を口にしたが、それをエリアナは舐められていると曲解した。
「あいつ、遊んでるのよ。バカにして…!」
エリアナのイライラは限界に達しようとしていた。
「こうなったら吸収できないくらいの超強力な魔法をぶち込んでやるわ!」
「え?エリアナ様、ま、まさか…」
「究極奥義よ。<
「ええっ!?ダメですよ!こんな場所で使ったら、私たちも無事じゃ…」
「今使わないでどうするのよ!どうせこの砦はもうダメなんだから吹っ飛んだところでどうってことないわ!」
「無茶苦茶ですよ、エリアナ様ぁ!」
アマンダの言葉も激高したエリアナには届かなかった。
彼女は精神を集中させて、奥義魔法を撃とうとしていた。
それは彼女が魔物退治の最中に会得した最高位の魔法だ。
その魔法を、アマンダは以前、魔物退治の際に一度だけ見たことがあり、その威力のすさまじさに驚いたものだった。
「エリアナ様、いけません!砦にはまだ人が残ってるかもしれないんですよ?!」
「いたってもう死んでるわよ」
アマンダの忠告も虚しく、彼女は無詠唱で魔法を発動させた。
彼女が差し出した掌の上に、10センチくらいの炎の塊が出現した。
エリアナはそれを手で何度もこねるようにどんどん大きくしていった。
やがてそれは直径1メートル程にもなった。
「フフ、どうよ?これなら避けられないでしょ?」
アマンダの顔色が変わった。
以前魔物を屠った時は、10センチくらいの大きさだった。
それでも凄まじい爆発だったのに、あの大きさの塊が破裂したらこの砦どころか、付近の森一帯まで木っ端微塵になるだろう。
エリアナはその塊を持ち上げ、上空にいる魔族に向かって投げつけた。
「吹っ飛んじゃえー!」
「ダメ―――――――!!」
アマンダの悲鳴が上がる。
彼女は次の瞬間、死を覚悟した。
(お父様、お母様、先立つ不孝をお許しください…!)
アマンダは目を瞑って祈った。
だが、覚悟していた爆風も熱もいつまで経っても襲って来なかった。
「…?」
そっと目を開けると、エリアナが空を向いて立ち尽くしていた。
アマンダは状況が呑み込めず、辺りをきょろきょろと見回した。
エリアナの手には炎の塊はなかった。
空中を見ると、あの魔族の姿もない。
しかし、爆発した形跡はない。
彼女の放った魔法の塊はどこへ行ってしまったのだろうか。
「な、何が…」
アマンダが云いかけた時、エリアナの正面に1人の銀髪の魔族がどこからともなく舞い降りた。
エリアナは眩しそうに目を細めた。
たなびく銀色の長い髪は美しく、神々しささえ感じさせた。
「天使…?何て美しいの…」
エリアナはその長い銀の髪に見惚れていた。
「こんなものを爆発させたら、あなた方も死んでしまいますよ」
涼しげな声でそう云った銀髪の魔族は、頭上を指差した。
彼の頭上には、大きな氷の塊が浮かんでいた。
「ひいっ!」
アマンダは思わず声を上げた。
エリアナもあんぐりと口を開けて、呆然とそれを見ていた。
「う…そ…。私の炎の魔法を、あの大きさの熱を、凍らせたの?」
大きな氷の塊は、彼の後方に落ちてガシャン!と音を立てて粉々に壊れた。
それはエリアナが放った炎の塊が凍ったものだった。
「あれを凍らせるなんて…ありえない…」
「エリアナ様!」
ボーゼンとするエリアナに、アマンダが駆け寄り、彼女の名を呼びながら抱きついた。
「エリアナ様!無事でよかった…!」
それにも構わず、エリアナは銀髪の魔族に目を奪われていた。
それはジュスターだった。
「もしかして、助けてくれたの…?」
彼はそれには答えず、うっすらと唇だけで微笑んだ。
その瞬間、エリアナの瞳が潤むように揺れたのをアマンダは見逃さなかった。
「ここはもうじき崩れます。早くお逃げなさい。出口はあちらです」
ジュスターは、エリアナたちに優しく道を示した。
エリアナの目はもう彼に釘付けになっていた。
「は…はい…」
「エリアナ様、逃げましょう!」
アマンダがエリアナの手を強引に取って、彼の指し示す方へと走り出した。
「あ、あのっ…!お名前を…!」
エリアナが彼の名前を聞こうと振り返った時、もう姿を消していた。
ちょうどそこへ2人を探しに来た将たちと合流し、一緒に砦から脱出した。
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