第36話 勇者候補との決闘

 勇者候補たちが国境砦に着くと、なんだか物々しい雰囲気に包まれていた。

 砦の守備隊長に話を聞くと、一週間ほど前にドラゴンが現れ、その騒ぎに乗じて乗り込んできた魔族の国境通過を許してしまったという。その魔族たちは小人数で、恐ろしく強かったらしい。

 ドラゴンと彼らの関連性はわかっていないが、その連中は前線基地の方に向かって行ったことが確認されている。


「問題はドラゴンだな。この前の二の舞はごめんだ」

「ドラゴンは、基地に戻ったのかな?あのドラゴン、弓が効かなかったんだよね。けど、今回は<貫通>スキルがあるから大丈夫。仕留めてみせるよ」


 優星は自信たっぷりに云った。

 彼らが守備隊長と話していると、砦の警備兵が報告しにやってきた。


「少人数の魔族がこちらへ向かってきます」

「少人数?」

「馬に乗った5~6人の魔族だそうです」

「偵察じゃないの?あたしたちが見てきてあげるわよ」

 

 彼らが出撃しようとすると、守備隊長が慌てて止めた。


「魔族を刺激するのはやめてくださいよ?和平の期限は過ぎていて、延長の届けが本国からまだ届いていないんですよ。せっかくおとなしくしてくれているのに、また動き出したらこっちも対応できません。交代の兵が遅れているんですよ?」

「大丈夫、ちょっと様子を見てくるだけだって」

「それにそんな少人数でくるんだったら、戦う意思なんかないってことじゃない?和平交渉をしに来たのかもしれないわ」

「わかりました。くれぐれも挑発しないようお願いします」


 守備隊長は渋々彼らの行動を黙認することにした。


 そうして勇者候補パーティは、国境から魔族の基地方面へと馬車を出発させた。

 ゾーイとアマンダは防粉マスクを着用し、そのマントや鎧の表面には、花粉がついても滑り落ちていくコーティングがなされている。


「いちいち大変ね。そんな花粉飛ばす木なんて切っちゃうか燃やせばいいのに」


 エリアナは彼らを見て云った。

 これに反論したのはアマンダだった。


「それができたらとっくにやってますよ。かつてどこかの軍隊が、同じことを考えて中央の国境から魔の森へ進軍したことがあったそうです。ところが、森の木に攻撃しようとしたところ、火も斧も不思議な力で弾かれてしまい、まったく歯が立たなかったというのです。その軍隊は、その場でカブラの猛毒の樹液を雨のように浴びて全滅したと言われています。それはもうひどい苦しみ方だったとか」

「怖っ…」


 アマンダがまるで先生のように説明すると、エリアナは思わず声を上げた。


「魔の森って生きてるの?」

「物理もダメ、火もダメってその木、もしかして最強じゃねーの?」

「そうかもしれません。昔から魔の森には手を出してはいけないと教わっています。魔族の神の創りし森だと言われていますから、祟りがあるのかも」

「祟りねえ…この世界の人間って案外信心深いんだな」


 国境を越えてしばらく馬車を走らせると報告にあった魔族の小グループと遭遇した。

 馬車を止め、エリアナたちは降車して彼らと対峙した。

 

「偵察ごくろうさん。ここから先に行っちゃ困るんだがよ」

 

 開口一番、将が声を張った。

 しかし、魔族らは無言だった。


「口がきけないってわけ?」


 魔族の一団はたったの6人だった。

 全員が魔獣馬に乗っており、同じような黒い制服を着ていて、鎧などはつけておらず、帯剣もしていなかった。

 エリアナの云った通り、戦闘の意志はないのだろうと将は判断した。


「手ぶらで来たってことは、もしかして和平の延長の申し入れとか?」


 優星の問い掛けを無視して、魔族たちはエリアナたちの脇を通り抜けようとした。


「待ちなさいよ!このまま行かせると思う?」


 エリアナは騎馬の魔族たちに向かって火炎弾を撃ち込んだ。


「バカ!よせって!」


 慌てて将がエリアナを止めた。

 火は魔族たちを直撃したように見えた。

 将も優星も「やってしまった」と頭を抱えた。

 だが彼らは無傷で、砦方面へと馬を進ませた。


「嘘でしょ…魔法が効かない…?」

「<魔法防御マジックバリア>か。ちょっと待ちなよ!」


 優星が弓を構えた。


「<貫通>スキル、発動!」


 優星がスキルを使おうと弓を引き絞った時だった。

 突如として目の前に翼の生えた魔族が現れた。

 その魔族は空中に浮遊しながら、優星の弓と矢を掴んでニコッと笑った。


「無駄だよ。やめときなよ」

「うわぁ!」


 驚いた優星は思わず弓を放り投げ、腰を抜かした。


「バカ、なにやってんだ!」

「だ、だって魔族が突然目の前に…!」


 将がすかさず優星を庇うように前に立ち、剣を構えた。

 ところがその魔族はもう馬上に戻っていて、何事もなかったかのように馬を走らせて過ぎ去って行った。


「えっ…?今、確かに目の前にいたのに!」


 勇者候補たちは完全に無視されてしまった。


「俺たちはスルーかよ…」

「ともかく追いかけましょう!」

「くそっ!こうなれば…!」


 将は剣に魔法を付与し、最後尾にいる魔族に向かって魔法剣を振るった。

 将の放った魔法の刃は、オレンジ色の髪をした魔族の首を刎ねるかと思われた。

 ところが、その魔族は振り向きざまにその刃を軽く肘で受け止め、弾いた。


「う、嘘だろ…!?素手で俺の魔法剣を弾いた!?」


 オレンジ色の髪の魔族は馬を降りて、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 他の魔族たちは彼を置いて、そのまま国境方面へと去って行った。


「ちょっと、将!怒らせちゃったんじゃない?こっちくるわよ?」

「望むところだ」


 将は、その魔族の前で叫んだ。


「おい、魔族!俺と1対1で勝負しろ!」


 将は、基地の指揮官を倒した自分の腕に絶対の自信があった。

 慌てたのはゾーイだった。


「将様、何を言い出すんです!?1対1だなんて…」

「おまえらは手を出すな!そこで見てろよ、回復もいらねえ!」


 将はそう云って、魔族と対峙した。


「無茶です!」


 心配そうなゾーイに、アマンダが囁いた。


「ゾーイさん、大丈夫です。私にお任せください」


 エリアナと優星も、遠巻きに将を見ている。


「も~、将ったら、意固地なんだから。回復さえあれば魔族なんか余裕なのに」

「将のプライドの問題だよ。けど、アマンダ、危なくなったら回復してやってよ」

「ご心配には及びません、優星様。将様には気付かれないよう、少しずつ回復させますから」

「アマンダってば優秀よね…」


 トワと違って、という言葉をエリアナは呑み込んだ。


 将の前に立つ魔族は、オレンジ色の髪が印象的な、精悍な感じの魔族だった。髪の真ん中だけがタテガミのように立っている独特な髪型をしている。将は知らなかったが、彼はカナンという魔族だった。

 体格は将と同じくらいだったが、彼は手ぶらだった。


「おいおい、素手で俺とやろうっての?悪いけど俺は剣でしか戦わないぜ?ゾーイ、悪いけど剣をこいつに貸してやってくれないか」


 将がゾーイにそう云うと、カナンの後ろから、別の魔族が声をかけた。


「その必要はない!」

「ん…?」


 将はその魔族に見覚えがあった。


「バカな…!あいつは俺が倒したはず…!」


 それは将が前の戦いで倒したはずの前線基地の司令官だった。

 黒っぽい青い髪、堂々とした体躯、口の端から見える大きな犬歯。間違いない。

 それはサレオスだった。

 彼らに気付かれることなく、いつの間にか彼は近くに来ていたのだった。


「これを使え!」


 サレオスは、持っていた剣を鞘ごとカナンに投げて寄越した。


「…生きていたのか」


 将は舌打ちした。

 エリアナたちも倒したはずの司令官が生きていたことに驚いていた。


「まあいい、もう一回殺せばいいだけだ」


 カナンは剣をスラリ、と抜いて右手に持ち、無言のまま将の前に立った。


「よう。今から俺に倒されるんだ、無駄話はいらねえな?」


 カナンが捨てた鞘が地面に落ちた音を合図に、2人は撃ち合いを始めた。

 その2人を他の者たちは手を出さずに見守っていた。


「これ、決闘だから手出ししちゃいけないよ」


 優星がエリアナの隣で云った。


「わかってるわよ。むこうの司令官も手出ししないんだし」

「でもこっちは回復魔法を使うけどね」

「…それは人間側のアドバンテージってやつよ。ハンデはきっちりもらうわ」

「体格は互角だけど、体力的には魔族が勝ってるみたいだね。瞬発力がある」


 何十合と撃ち合っているが、どちらも決定的な決め手に欠ける状態だった。

 しかしさすがに将の息が上がってきて、腕や頬に小さな切り傷を受け始めた。

 アマンダがすかさず回復魔法をかけた。


「あの魔族、やるね。あの将をここまで追い込むなんてさ。それにさっきから息ひとつ乱れていない」

「相当な使い手ってことね」

「でも時間が長引けば回復魔法のあるこちらが有利だ。大丈夫、将が勝つよ」


 優星は自信たっぷりに断言した。

 その時、背後のサレオスが云った。


「いつまで遊んでいる?楽しむのも良いが時間がないぞ」


 すると、カナンはニヤリと笑って、剣を反対側の手に持ち替えた。


「何っ?」


 その途端、将は劣勢に追いやられていった。


「…利き腕じゃない方の腕で戦ってたんだ…」

「なによそれ。完全に舐められているじゃないの」

「ハンデだろうね。見てみなよ。圧倒的すぎて勝負になってないよ」

「回復は十分ですよ?」

「うん、アマンダ。そういう次元の話じゃないんだ」


 優星がそういった直後、将の剣が宙を舞った。


「ねえ、決闘に負けたらどうなるの?」

「…将は殺させない」


 優星はカナンに向けて弓を構えた。

 それに気付いた将は、手で優星を制した。


「優星、よせ。俺の負けだ。これ以上恥をかかせないでくれ」


 将は肩で息をしながら、潔く負けを認めると、優星も弓を下した。


「いいぜ、俺の負けだ。さっさとトドメを刺せよ」


 将はその場に膝をつき、目を瞑った。

 しかし、カナンは鞘を拾って剣を納めると、すぐさま馬に乗り、仲間の後を追って走り去ってしまった。


「な…!おい!情けをかけるつもりかよ!」


 将は去って行く魔族に向かって叫んだ。

 いつの間にか魔族の司令官も姿を消していた。


「見逃してくれたんですかね…」

「くそっ!」


 ゾーイが将に声を掛けると、魔族に情けをかけられたことに彼は憤っていた。


「僕たちの腕を確かめたかったのかもしれないね」

「ていうか、最初から相手にされてなかった感じじゃない?」


 地味にエリアナの言葉は将のプライドを傷つけた。

 その時、砦の方角から爆発音が聞こえた。


「何?今の音」

「大変です、砦から煙が!」


 アマンダの声に彼らは驚いて、国境の壁を見上げた。


「え…!?まさか、砦が攻撃されてる?」

「嘘でしょ?あんな人数で?」

「あんな少人数だったからこっちも侮って接近を許したんだ」

「奴らの狙いは砦だったのか…!」

「じゃあ、最初っからあたしたちなんか眼中になかったってこと!?」

「急いで戻りましょう!将様も、馬車に乗って!」


 ところがゾーイが御者席に乗ろうとしたところ、馬車の車輪が4つとも壊されていることに気が付いた。

 おまけに馬の手綱も外されていて、単独で騎乗することも出来なくなっていた。

 

「いつの間にこんなことに…」

「あいつらがやったのね。あたしたちが砦に戻れないように」

「仕方がない、走って戻ろう」


 勇者候補たちは仕方なく徒歩で砦に戻ることにした。

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