第35話 勇者候補の魔物退治

 一方、勇者候補たちはというと、大司教公国の領土内に魔物が現れたというので、魔物退治に駆りだされていた。


「これじゃあ、勇者っていうよりモンスターハンターだよなあ」


 馬車の中で、伸びをしながら将がボヤいた。


「そんなカッコイイもんじゃないわよ。人使いが荒いったらないわ」


 エリアナは苦々しく云った。

 彼らは首都から馬車で3日の距離にあるアレサという小さな集落に向かうところだった。


「確かにね。ここんとこ毎週魔獣退治に駆り出されてるもんね」

「まあ、いいけどな。やっぱり実戦が大事だってわかったからさ。優星だって実戦で新しいスキルを覚えたばっかだろ?」

「ああ、<貫通>のこと?」

「あのスキル、強力よね。<防御壁バリア>も<魔法障壁マジックバリア>も破壊してダメージ入れるんだもの。羨ましいわ」

「こないだのバジリスク・トードって石のカエルの魔物にはあれが無かったらヤバかったよな」

「そう言ってもらえると役に立ったみたいで嬉しいよ」


 優星は2人の勇者候補に褒められて、少々照れた様子だった。


「本当ですよ、優星様。あれは本当にお見事でした」


 そう云ったのは3人と同じ馬車に乗る回復士のアマンダ・ライトナーである。

 彼女は左遷されたホリーの代わりに新たに勇者候補パーティの一員となった優秀な回復士である。

 そして馬車の御者を務めるのは、彼らの盾となるゾーイ・シュトラッサーという重装兵だ。

 ゾーイは26歳で、魔法騎士団に所属するS級重装騎士アーマーナイトだ。盾に防御魔法を付与できる<魔法盾マジックシールド>というスキルを持っている。

 <魔法盾>は、盾に物理と魔法を防御するバリアを張ることができる強力なスキルである。場所が固定される<防御壁バリア>と違い、盾を自由に動かせるので、汎用性が高い。


 回復士のアマンダは19歳という若さでS級回復士になった超エリートだ。回復魔法はもちろん、魔力を他人に融通することができる<魔力供給>スキルを持っており、魔法士との相性は抜群だ。これは単に魔力を回復させるのではなく、アマンダの魔力を分け与えるスキルで、供給を受けた者の魔力の質を向上させる付加価値が付く。

 この2人を加えたことで、勇者候補パーティは安定して戦うことができるようになった。


「今度の魔物は、報告によればグリフォンって魔物らしいよ。上が鳥で下半身が四つ足の肉食獣なんだってさ。僕らの世界でいうと鷲とライオンが合体したみたいな感じかな」

「そんな魔物どっから沸いたってーのよ」

「さあ?僕に聞かれても…」

「なんだか最近、多くない?」

「確かにな」


 勇者候補たちには、ここ最近立て続けに、各地での魔物討伐依頼があった。

 それはちょうどトワが送られた研究施設リユニオンがドラゴンに襲撃され、彼女が行方不明になった頃からだった。

 

 大司教からもたらされたのは、トワが送られた研究施設リユニオンが魔族の襲撃に遭い、壊滅したという事実だった。トワはそれに巻き込まれておそらく命を落としたのだろうということだった。

 トワの死を悼む間もなく、彼らは遠征に駆り出されたのだ。


 アレサ村のはずれに、その魔物はポツンといた。

 草原にただ1匹、その巨大な魔物は眠っていた。

 優星の云った通り、上半身は鷲で、大きな翼とくちばしを持ち、下半身はライオンのような四つ足で、鋭い爪と蛇のような尻尾を持っていた。

 アレサは100人に満たない小さな集落で、人的被害はなかったが、村の家畜が襲われ、農作物や家などが壊される被害が出ていた。

 グリフォンは村の家畜を食べて、満腹になって寝ていた。


 勇者候補パーティは、この隙に奇襲をかけた。

 まずは優星の弓で翼を撃ち抜き、グリフォンを飛べなくした。

 目を覚ましたグリフォンは、鋭い爪と嘴で攻撃してきた。

 それをゾーイが盾で防ぎ、将の魔法剣とエリアナの魔法で攻撃した。

 すると怒り狂ったグリフォンは口から毒液を吐いた。

 強力な酸のようで、毒液がかかった地面からは煙が立ち上り、草はみるみるうちにドス黒く変色した。


「皆さん私の後ろに下がってください!」


 盾を構えたゾーイが前に出る。

 グリフォンはあたりかまわず毒液を吐き続けた。

 ゾーイがそれを魔法盾で防ぐ。


「ヤバイぞ、集落の方へ移動し始めた!優星、止められるか?」

「やってみる!」


 優星が矢を二本同時に射て、グリフォンの両目を潰した。

 グリフォンのけたたましい声が上がる。

 視力を失ったグリフォンはその場でぐるぐると回転し始めた。

 翼をバサバサと羽ばたかせて、旋風を起こした。

 その瞬間つむじ風がその場に吹き荒れた。


「きゃあ!」

「エリアナ!」


 体重の軽いエリアナが飛ばされそうになった。

 その彼女の腕を将が咄嗟に掴んで引き寄せる。


「あ…ありがと」

「おまえは軽すぎんだよ。風には風で対抗する。いけるか?」

「もちろん!誰に言ってるのよ」


 この頃の勇者候補パーティは連携がよく取れていた。

 優星の弓がグリフォンの翼を立て続けに射抜き、風が止んだ。

 グリフォンの動きが一瞬止まった隙をついて、エリアナは風の魔法<風斬切ウィンドカッター>で右の翼を、将は魔法剣に風の斬撃を付与し、左の翼を同時に切断した。


「ギャアアア!」


 グリフォンは無防備に頭を空に向けて悲鳴を上げた。


「今よ!」

「ああ!」


 エリアナの魔法と将の斬撃が同時にグリフォンの頭を切断した。

 グリフォンの巨体は地響きを立ててその場に倒れた。


「ふぅ…」

「こないだみたいに究極奥義を出すまでもなかったわね」

「今回もお見事でした」


 トドメを刺した2人の元へゾーイが駆け付ける。


「あの程度、聖騎士団なら倒せるんじゃない?」


 エリアナの言葉に、ゾーイは首を振った。


「倒せるかもしれませんが、皆さんほどスムーズには行かなかったでしょう。おそらくあの毒液で怪我人も出たでしょうし。討伐に時間がかかれば、集落にも被害が出たかもしれません」

「そうですよ、エリアナ様以上の魔法の使い手なんて滅多にはいませんし、将様と優星様の強力な武技スキルがあってこそです」


 後方で<魔力供給>を行っていた回復士のアマンダがやや興奮気味に云った。

 褒められた彼らはまんざらでもなさそうだった。


 ものの数分でグリフォンを倒した勇者候補たちに、アレサの集落の人々はどうしてもお礼がしたいと申し出た。

 いつもなら倒してすぐに撤収するのだが、この日はもう夕暮れ時ということもあって、申し出を受けることにしたのだった。


 食事を御馳走になり、勇者候補パーティには家具付きの空き家が提供された。1階を男性3人が、2階を女性2人が使うことになった。


 ベッドが4つ並んだ部屋で、3人の男性たちはそれぞれ寛いでいた。

 ゾーイが奥の空きベッドの隅で鎧を脱いでいた。

 将と優星は手前のベッドに腰かけたまま話をしていた。


「ねえ、将。こんなに働かされているのに僕たち、いつまで勇者候補なんだろうね」

「大司教次第だな。あの水晶玉みたいな道具で鑑定して合格しないといけないらしいからな」

「あれって他人のスキルを見るだけじゃないの?」

「レナルドから聞いたけど、将来的に獲得できるスキルも、魔属性以外なら見えるみたいなこと言ってたぜ?」

「へえ?予知的な?」

「そいつの完成系が見れるってことじゃね?具体的なことは言ってくれねーけど」

「それじゃ、将来取得できるスキルがわかってるってこと?なんで教えてくんないんだろ?」

「さあな。ハッタリだったりしてな」

「あり得るね。あの大司教、胡散臭いもんね」


 優星はさりげなく隣に座る将の肩に、ポンと手を置いた。


「もし将が勇者になっても、僕をパーティから外さないでよ?」

「なんだよそれ。お前が勇者になることだってあんだろ」

「僕はたぶん無理だよ。大司教の態度を見ればわかる。きっともう能力値の限界に来てるんだ」

「勝手に決めてんじゃねーよ」


 将は、優星の手を振り払ってベッドから立ち上がった。


「おまえ、勇者にならずにどうすんだよ?」

「僕は君の力になりたいと思ってる」

「な…」


 優星は将を見つめて、真顔で云った。


「なんだよ、急に真顔で気持ちわりぃこと言うんじゃねーよ」

「あはは、ごめんごめん。でも、本気だよ」

「お二人共、まだまだこれからですよ」


 鎧を脱いでアンダージャージ姿になったゾーイが云った。

 彼に視線を移した優星は、すかさずツッコんだ。


「なにそれ、鎧の下ってそんな感じなんだ?」

「鎧自体が重いので、鎧下はなるべく軽いものにしています。花粉対策用に、頭巾フードもついてるんですよ」


 そう云って、ゾーイは首の後ろについていたフードを頭に被って顎紐を締めた。それは顔の表面だけが露出しているが、ピッタリと体にフィットした茶色い全身スーツだった。

 その姿に将は思わず吹き出した。


「わははは!おまっ、それじゃ全身タイツじゃねーか!」

「本当だ!あははは!」


 優星がそのたとえにツボったようで笑い転げている。


「そ、そんなにおかしいですか?」


 ゾーイにしてみれば、これは騎士団の支給品なので、何がおかしいのかわからなかった。


「これは、花粉が隙間から入り込まないように、全身を一枚布で覆っている優れものなんですよ。伸縮性も、ほら」


ゾーイは全身タイツで、両手両足を動かしておかしなストレッチを始めた。

その姿が余計に彼らの笑いを誘っていることにも気付かずに。


「いやそれ、わざとやってるでしょ!そのクソ真面目そうな顔でそれ、マジウケるんだけど!」

「そういうの、コントとかでしか見た事ねーヤツ!もじもじスーツってか?」

「それそれ!そういうの着て踊ってみた動画上げてるヤツがバズってたけど、こっちのが面白いって!」


 優星と将の笑い声が聞こえたので、2階にいたエリアナたちも聞き耳を立てていた。


「楽しそうですね。将様と優星様があんなに笑うなんて珍しいです」

「…そうね。なんかいいことでもあったのかな?」

「ゾーイさんもなんだか楽しそう…」

「それは確かに珍しいわね」

「いいなあ…」

「ん?」

「あっ、なんでもないです!」


 笑い合う彼らとは対照的に沈んだ表情のエリアナに、アマンダは尋ねた。


「どうかされましたか?エリアナ様、時々暗い顔をなさって…」

「うん、以前いた仲間がね、行方不明になったの。レナルドはたぶん生きていないだろうって言うんだけど」

「ああ…噂は聞いています。何でも勇者候補に魔族が紛れ込んでいたとか」

「違うわ。あの子は魔族じゃない。何かの間違いなのよ。あたし、助けてあげられなかった」

「エリアナ様のせいじゃありませんよ」

「そうじゃないの。あたし、自分より能力が劣るからってあの子を見下してたの。あたしたちは異世界から来た仲間だったのに…。この世界の連中に、あたしはすごいって思われたくてさ、仲間内で優劣つけて、あの子を傷つけて、くだらないプライドを保ってたんだって、今になって気付いたわ」

「エリアナ様…」

「どうしてもっと話をしなかったんだろう。あの子のこと、もっと気にかけてあげてれば…。魔族だなんて疑われずに済んだかもしれないのに」

「そんなにご自分を責めないでください。エリアナ様はご立派です。ちゃんとご自分に与えられた仕事をこなしていらっしゃるじゃありませんか。エリアナ様たちは多くの民の命をお救いくださってるんですよ。過ぎたことを悔やむより、今は成すべきことを成しましょう?」

「うん…」

「さ、明日も早いですし、寝ましょう」


 アマンダに促されてベッドに入っても、エリアナはなかなか寝付けなかった。

 自分がこんな気持ちでいるのに、階下では暢気に笑い合っている将たちを少し恨めしいとも思った。


 翌日、エリアナたちが出発しようとしていた時、倒したはずのグリフォンの死体がなくなっていると村人から報告を受けた。いついなくなったのか誰も知らないという。


「どういうこと?昨日、確かに倒したわよね?魔物って倒すと消えるの?」

「いえ、そんなことはないはずです。だれかが解体して持って行ったりしなければ…でもそんなこと…」


 アマンダは首を傾げた。

 グリフォンが横たわっていた場所には、何かを踏み潰したような変色した後があるだけだった。


「そういや毎回、倒した後の死体をどうしたのか確認していなかったけど、誰かが片付けてるんだって思ってたわ。誰かが持って行ったのかしら?」

「あれだけの大きさの物を一晩で解体し、我々に気付かれずに運ぶなんてことが可能でしょうか?」


 ゾーイの云うことは尤もだ。

 ではなぜ消えたのか?

 エリアナがいつもの調子で「きっと草原狼ステッペンウルフが食べたのよ」という推理を披露したが、骨すらも残っていないのは不自然だという将の指摘で却下された。

 結局、誰もその答えを持っていなかった。


 農作物や畑に被害の出た村人たちに、アマンダは首都シリウスラントへの移住を持ちかけた。

 首都郊外にはまだ農園を開ける土地がたくさん残っていて、公国は魔物の被害を受けた者たちの移住を推進している。収穫が安定するまで税を免除することも約束されているので、これまでにも多くの者が首都へ移住を決めている。

 しかし、この村の人々はそれを断り、この地で頑張っていくと伝えた。


「ねえ、毎回ああやって村人を勧誘してるの?」

「あ、はい」

「大司教公国も人が多くなって大変なんじゃない?」

「そんなことはありません。大司教様はどんな人間でも受け入れるようにとおっしゃっておられます。本当にお心の広い、お優しい方です」

「ふぅん?あんな実験施設を作ってるくせにねえ…」


 ゾーイが「出発します」と呼びに来て、彼らは集落を後にした。


 大司教公国へ戻る途中に立ち寄った町で、アマンダは連絡用のポストに公国騎士団から伝言が届いていることを知った。

 ポストに届いていた伝言は、大司教からの「今すぐ北国境砦に向かって欲しい」との指令だった。

 研究施設リユニオンから逃げ出した魔族が、北国境砦方面へ向かっているというので、至急追って欲しいというものだった。

 ポストの欠点は、タイムラグが出ることであるが、連絡する方も受け取る方もそれはある程度計算済みなのである。


「施設から逃げたっていうけど、もう結構時間経ってない?」

「そういやドラゴンが出たって聞いたけど、その後見たって話も聞かねーな」

「その魔族、大陸を歩いて移動してるんならギリ間に合うかもね」

「とにかく、命令通りこのまま国境砦へ向かいましょう」


 ゾーイが皆を促した。

 

「チッ。またあそこに行くのかよ。寒いの苦手なんだよな。町で防寒具買って行こうぜ」


 将は舌打ちしながらボヤいた。

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