第33話 聖魔騎士団誕生
アンフィスの案内で、私たちは前線基地の門をくぐった。
放し飼いにされているオオカミみたいな魔物たちがうなり声をあげて近づいてきたけど、カナンが睨みを利かせると、尻尾を撒いて一斉に逃げて行った。
基地の建物の中に入ると、皆は物珍しそうに周りをきょろきょろと見回していた。大戦の時はここを通過しただけで、中に入るのは全員が初めてだという。
基地の通路を歩いていると、奥からサレオスがやって来た。
「サレオスさん!」
「トワ様。ご無事の帰還、なによりです」
私がサレオスと挨拶を交わしていると、背後でテスカやネーヴェたちがキャッキャしているのが聞こえた。
「サレオス様だ!本物だぁ」
「かっこいいよね!強そうだし!」
「やっぱ威厳があるよね~!」
「うわ~、僕たち今すごい人と会ってるんだよね?」
彼らはアイドルのコンサートに来た女子高生みたいにはしゃいでいた。
「魔王様が謁見の間でお待ちです。どうぞこちらへ」
魔王は私が来ることを知って、わざわざ謁見室に基地の将官や官吏たちを集めていた。たぶんサレオスが私の魔力を感知して魔王に知らせていたのだろう。
サレオスの言葉を受けて、私の後ろで井戸端会議していた連中の興奮度が更にアップした。
「え?え?魔王様にお会いできるの!?」
「どうしよう、心の準備が…」
「お顔を直接見てもいいのかな?目がつぶれないかな?」
そんな彼らに「ほら、行くわよ」と声をかけると、彼らは背筋を伸ばした。
まるで引率の先生になった気分だ。
よく見ると、彼ら全員の制服に金色の刺繍がついていたり、肩飾りがついていたりしてちょっとだけ豪華になっていた。いつの間にかジュスターが全員の服をアップグレードさせていたようだ。
謁見の間の巨大な扉が開かれる。
なんだか懐かしい。
あの時も、ここへサレオスに連れて来られたんだった。
レッドカーペットを進むと、奥の玉座に少年魔王は座っていた。
私たちはサレオスに先導されて、側近たちの前を通って玉座の前まで進んだ。
サレオスは魔王の座る玉座の隣に守護神のごとく立ち、私たちを見下ろす形で云った。
「魔王ゼルニウス陛下の御前である。皆の者、平伏せよ」
周囲にいた側近たちは一斉に跪いた。
玉座の前まで進んだ私もそれに倣った。
私の後ろにいた魔族たちは、最初こそ少年の姿の魔王にざわざわしていたけど、ジュスターが命ずると、全員が礼儀よく膝を折って頭を下げた。
魔王が私に声を掛けてきた。
「トワ、顔を上げよ。よく戻ったな」
玉座の彼は相変わらず美少年の姿だった。
「ただいま…戻りました」
「うむ。無事でなによりだ」
「あの、カイザーを貸してくれてありがとうございました」
私は服の下からネックレスを取り出して、前に掲げた。
私が声をかけると、カイザーはミニドラゴンの姿で現れた。
「そうか。カイザードラゴンは役に立ったか」
「ええ、とっても。おかげで彼らを救い出すことができました」
私はジュスターたちを振り返った。
「その者たちは?」
「彼らは人間の
「ほう…?おまえが助けたのか?」
「えっと…」
『こやつらを回復させて助けたのはトワだが、その施設を潰したのは私だ』
カイザーがドヤ顔で云った。
ジュスターが一歩前に出て、私の隣で片膝を付き、話し出した。
「魔王様、お初にお目にかかります。私はこの者共を束ねるジュスターと申す者。我々は先の大戦で生き残り、人間の国に隠れ住んでおりましたところを襲撃され、その施設に囚われておりました。多くの同胞が殺され、我々も死を待つばかりのところを、トワ様とカイザー様に救っていただいたのです」
「ふむ。ジュスター、と言ったか。おまえはどこの軍にいたのだ?」
「…私は、遊撃部隊におりました」
「ほう?遊撃部隊とな?他の者たちもか?」
魔王が尋ねると、カナンが答えた。
「いえ、我々は魔伯爵マクスウェル配下の増援部隊に属しておりました」
…そういえばジュスターだけ皆と違う部隊だったって云ってたっけ。
よく考えてみたら彼だけは初めから上級魔族だったし、同じ部隊にいるわけはないんだ。
「わかった。お前たちの処遇は考えておこう。100年の長きに渡る不遇をよくぞ生き抜いてきたな。さぞ苦労したことであろう。これよりは我が庇護下に入るが良い」
魔王のねぎらいの言葉に、皆感極まったみたいで、アスタリスなんかは涙ぐんでいた。
人には云えない苦労もあったんだろう。
『魔王よ。こやつらはトワと契約しておる者たちだ。トワの護衛に付けてやってはどうだ?』
「契約だと…?どういうことだ」
カイザーの申し出に、魔王は怪訝な顔をした。
『トワと主従の契約を結んだということだ。私も結んでいるぞ』
「ほう…?おまえが我以外の者と契約するとはな。詳しく話せ」
『トワは<
「他人にスキルを付与できるだと?」
『そうだ。私もいくつか貰っている』
「バカな。そのような能力は聞いたことがない。俄かには信じられぬ」
『では証拠を見せよう』
カイザーはその場で、成長した魔王の姿に変身した。
それを見た少年魔王は目を見開いた。
謁見の間にいた側近たちも驚きを隠せなかった。
ジュスターたちもカイザーが魔王の姿になるのを初めて見た。
すらりとした黒衣の美青年が、玉座の美少年の前に立っている。
見慣れているはずなのに、これがあの少年の本来の姿かと思うと、感動すら覚えてしまう。
「なんだ、それは…!」
『見てわからんか。この姿は<
「それはわかっておる。なぜそんな姿になっておるのかと聞いているのだ」
『トワが人型に擬態できるスキルを私に与えてくれたからだ』
「何だと…!」
『ではこれならどうだ?』
カイザーは今度はサレオスの姿になった。
謁見室中がどよめいた。
「なんと…!それは、もしや私ですか!?」
サレオスは目をぱちくりさせて驚いていた。
何しろ、本人の目前で擬態したのだ。
「どうだ?見分けがつかんだろう?」
カイザーはサレオスの隣に並んで、彼と同じポーズを取った。
「これは一度見た人物に擬態できるスキルだ。声も本人同様に変えられるのだぞ。どうだすごいだろう?」
おどろくサレオスを前に、カイザーはボディビルダーのようなマッチョポーズを取って、ドヤ顔で云った。
「ふむ。カラヴィアとはまた違った能力で面白いな。ではその方らもトワからスキルを貰ったのか?」
魔王に問われてジュスターが答えた。
「はい。ここにいる全員がいただいております。生活スキルから戦闘スキルまで様々なものを付与していただきました」
『それだけではないぞ。トワは下級魔族だったこやつらを契約により、上級魔族に進化までさせたのだ』
カイザーはミニドラゴンに戻ると、まるで自分の手柄のように語った。
「進化ですと…!?なんと、そんなことまで…!」
サレオスも魔王の側近らも、さっきから驚きっぱなしだ。
下級で生まれた魔族が中級や上級魔族に進化することなどまずあり得ない。
進化できるのは進化可能なスキルを持って生まれたごく一部の者や種族のみだ。
「まるで神だな」
魔王はニヤリと笑って云った。
『そうだ、魔王よ。トワがなぜ魔族を癒せるのかがわかったぞ。トワは聖魔両属性を持っていたのだ』
「やはりそうか。稀有なことだがその可能性はあると考えていた」
『うむ、だがそのせいでトワは人間の国を追われることになったのだ。奴隷に落とされて食事も満足に与えられずに衰弱してな…』
カイザーが私の代わりにこれまでのことを話してくれたので、私はただ黙っているだけで良かった。だけど、その話は途中から、いかにカイザーが私を慰めたか、励ましたか、役に立ったかということにすり替わっていた。
面倒くさいので訂正もせずそのまま聞いていた。
カイザーの話が一段落した時、私はネックレスを手にして魔王に尋ねた。
「あの…これ返した方がいいんですよね?」
「カイザードラゴンよ、おまえはどうしたい?」
魔王はカイザーに問いかけた。
『私はトワと契約を結んだ。願わくばトワと共にありたい』
「…だそうだぞ。それはおまえが持っておくがいい」
「いいの?」
「カイザードラゴンがそれを望むのだ。構わん」
「ありがとう!カイザー、良かった。これからもよろしくね!」
『うむ。こちらこそだ、トワ』
正直ホッとした。
これまでカイザーには精神的にも随分助けられたから、ここでサヨナラするのは寂しすぎるって思っていた。
謁見はそれで終わった。
私は以前に泊った部屋に案内された。
ジュスターも個室を貰い、他のメンバーたちも下士官用の2人部屋にそれぞれ入った。
部屋で一息ついている私の元へ、魔王が訪れた。
「よく戻って来てくれたな」
「あ…。魔王…様。この度は受け入れてくださってありがとうございます」
私が丁寧に挨拶をすると、少年魔王は大きくため息をついた。
「そのような堅苦しい言葉遣いはよせ。前のように気兼ねなく話すが良い」
「あ、うん。…ゼルくん、まだここにいてくれたんだね」
「ああ。あの後、人間の砦から期限付きの休戦の申し入れが来てな。砦の駐留軍の半数は引き上げていった。こちらも物資不足ゆえ、受け入れてやった。おまえたちは運が良かったな」
「そうだったんだ…」
「それはそうと、お前が連れて来た者共の中に<S級調理士>スキルを持っている者がいるらしいな」
「ユリウスのこと?」
「そのスキルはお前が与えたのか?」
「うん。でも彼は元々上級スキルを持っていたのよ。すごく勉強熱心で、あっという間にS級になったの」
「そうか。そやつ、世話になるのだからと調理士長に手伝いを願い出たそうで、厨房が大騒ぎになっているぞ」
魔王は笑っていた。
考えてみれば、S級調理士は滅多にいない神レベルのレアスキルだ。
おまけに<光速行動>もあるとなれば…そりゃビックリするだろう。
長旅で疲れているはずなのに、ホントにユリウスは真面目で義理堅い人だ。
「それに、おまえたちの持って来た食材の中に食用の塩が大量にあって、大層助かっておると云っておった」
「ああ、テスカが調味料を調合できるスキルを持ってるの。ここへ来る前に岩塩を採取したからそれで大量に出来ちゃったんだって」
「…それも、おまえが与えたのか?」
「うん」
「…すごいな」
「すごいのは彼らよ。元々素養があったんだから。私はきっかけを与えただけだもん」
「ふむ、謙遜することも知っているか」
魔王は感心したように頷いた。
「良ければ、後でまた風呂を沸かしてやろうか?」
「ホント!?嬉しい!ずっとあったかいお風呂に入りたかったの!」
私の喜びようを見て、彼は満足そうに頷いた。
「腹は減っていないか?何か欲しいものがあればすぐに用意させる」
「今は大丈夫。それより少し喉が渇いたかな」
「わかった」
魔王はお茶を用意させてくれた。
久々に温かくて美味しいお茶を飲んでリフレッシュできた。
「大変な思いをしたな」
「…うん。結局、私が勇者候補として召喚された意味って何だったのかな」
「深く考えるな。人間共の思惑に振り回されたに過ぎぬ」
「うん…」
「おまえは何も悪くない。できることをやっただけだ」
魔王は優しい口調で私に語り掛けた。
優しい言葉に涙が出そうだった。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。ね、それよりどうして私が戻ってくるってわかったの?」
「言っただろう?我と出会ったことには意味があると。これは運命なのだ」
「フフッ。占い師みたいなこと言うのね」
「占いではない、起こるべくして起こったことだ」
「でもね、本当は少し迷ったんだ。私は人間だし、魔族の中にいていいのかなって」
「おまえは魔属性を持っているのだから、堂々としていれば良い。我が誰にも文句は言わせぬ」
「うん…ありがと。正直、他に頼れる人がいなかったから心強いよ。ゼルくんも困ってることがあったら言ってね?私にできることなら力になるから」
「…驚いたな。おまえからそんな申し出があるとは」
彼はククッと笑った。
「では、さっそく役に立ってもらおうか」
「えっ?」
その微笑に私は一瞬、ギクッとした。
「おまえが戻ってきたら魔王城へ連れて行こうと思っていた」
「魔王城?」
「魔王都メギドラにある我の城だ」
そう云われても私にはピンとこなかった。
魔族の国の首都がメギドラだということも初めて知った。
「どうだ?一緒に来るか?」
「うん、いいよ」
「…意外と素直だな」
「だって行くところもないし、人間の国には戻れないもん。ここへ来たのだって、ゼルくんがいるって思ったからよ」
「そうか、そうか。我を頼ってきたのか」
魔王は嬉しそうに頷いた。
「通常であれば、カイザードラゴンを飛ばして魔王都までひとっ飛びと行くところだが、今の我では魔力が足りん。面倒だが地上を長い距離、移動することになる。まあ、我の不在だった間の領地も見て回れるので、悪くはないがな。その護衛を兼ねて旅に同行させる者を選定せねばならんが、この基地の人員を割くことは避けたい。そこで、お前の連れてきた者共の力を借りたい」
「たぶん大丈夫よ。彼らは私についてくるって言ってるし、狩りも料理もできるから、長旅でも心強いわ」
「ふむ」
魔王は何事かを思案しているように見えた。
その顔は子供らしからぬ表情をしていた。
翌日、再び謁見の間に集められた私たちに魔王から重大発表があった。
魔王は、ジュスターたちのために、『聖魔騎士団』という新たな騎士団を作ると宣言したのだ。
正式な辞令は魔王都に戻ってからということだけど、なんだかカッコイイ響きだ。
『聖魔』とは聖属性と魔属性両方を持つ私のことを指す称号だという。つまり『聖魔騎士団』は私の護衛部隊ということだ。
ジュスターはその団長に任命されることになり、魔王から正式に魔騎士長の称号を与えられた。
魔王の与える称号のうち、軍事称号の一番上は魔元帥で、現在空位だそうだ。
次がサレオスが任じられている魔王守護将で、ジュスターが任命された魔騎士長は上から7番目の、中間管理職的な地位らしい。
ジュスターは聖魔騎士団長という新たな役職で呼ばれることとなる。
カナンが副団長に任命され、残りのメンバーは聖魔騎士、という身分を得た。
100年前の敗戦以来、新たな地位と拠り所を得ることとなった彼らの喜びようといったらもう、推しのチームが優勝したかのような騒ぎだった。
ただし、魔王はそれらのすべてを彼らに与えるにあたり、1つの条件を提示してきた。
「おまえたち7人だけで人間の国境砦を落としてこい。もちろんトワの回復もカイザードラゴンも無しでだ。失敗すれば聖魔騎士団設立もトワに同行することも認めぬ。この基地に残って哨戒任務についてもらう。どうだ?」
魔王は彼らにそう告げた。
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