第32話 魔族の仲間たち(2)
彼らは100年前の人魔大戦の終盤になってから、魔族軍の増援として人間の国へと派遣されてきたそうだ。
ところが本隊と合流しようと移動していたその矢先、魔王が勇者に敗北したとの一報が入り、魔王軍は瓦解してしまった。
増援部隊が合流する予定だった本隊は、人間軍に追撃される形で魔族の国へ撤退を余儀なくされた。
本隊と合流できないまま、人間の国へ取り残された彼らは来た時に通った北国境を目指した。その頃はまだ人間の砦はなく、国境は高い壁に隔てられていた。
ところが国境は人間たちに封鎖されてしまっていて、魔族の国へ戻ることが出来なくなってしまった。
彼らは失望のあまり統制を失い、散り散りになってしまった。
終戦から数年後、カナンたちは国境近くの森の中に隠れ住んでいたが、食料が底をついたため、同志を引き連れて魔族を受け入れてくれるというグリンブル王国を目指すことにした。
地の利がないカナンたちの道のりは決して楽ではなかった。魔族の残党狩りに何度も遭い、奮闘して撃退したものの徐々に仲間を失っていった。
ちょうどその頃、別の部隊にいたジュスターと合流し、彼らは人間の集落から離れた山の中に結界を張り、魔族の隠れ里を作って住むことにした。
そこで100年もの間ひっそりと暮らしてきたという。
「100年もよく人間に見つからずに暮らせていたよね」
「ジュスター様のおかげです」
カナンは尊敬のまなざしでジュスターを見た。
彼の話によると、魔族の仲間の持つ防御系のスキルを利用して結界を張ることを思いついたのはジュスターだったという。その結界により村は、人間に見つかることもなく過ごしてきたそうだ。
「最初の頃は、近隣の村を襲って食糧や家畜などを奪ったりしていました。ですがそれでは長く暮らせないとジュスター様が助言してくださり、森を開拓して人間の見よう見まねで家畜を繁殖させ、畑を耕し、草木を植えて徐々に自給自足の暮らしをするようになりました」
「そこには何人くらい魔族がいたの?」
「最初は100人ほどでしたが、気付けば半数以下になっていました。故郷に帰りたがる者も多く、村を出て行く者が後を絶たなかったのです」
「そうなんだ…。でも結界があったのにどうして捕まったの?」
そこからはユリウスが話を引き継いだ。
「きっかけはある時、村を出て行ったはずの仲間の1人が瀕死の状態で村に戻ってきたことでした。私はその者から村を出て行った魔族たちが、あのおぞましい実験施設に捕まっていたことを知りました。その者は私の友人で、そこから命からがら逃げだしてきたと言うのです」
あの
特にあの丸眼鏡が所長になってからは、目を背けるような残酷な実験が繰り返され、多くの仲間が殺されたという。
「彼は、今ならまだ囚われている者らを生きて助けることができると、救出に行くよう私に懇願しました。ジュスター様に相談して、急ぎ有志を集めて囚われた同胞を救出するため出撃しました。しかしそれは我々をおびき出すための人間どもの罠だったのです」
ユリウスは美しい顔を悔しそうに歪めた。
「え…?罠って、どういうこと?」
「瀕死で村に戻ってきた者は、人間側に寝返った
「そんな…!」
魔族たちの村にやってきたのは、アトルヘイム帝国の魔族狩り部隊だった。
「出陣していた私たちも待ち伏せに遭い、包囲されました。必死で戦いましたが、連中は卑怯にも村の者たちを人質にとって降伏を迫ってきました。我々は仕方なく囚われの身となったのです。それからはトワ様もご覧になったとおり、あの施設で実験と称してひどい虐待を受けていました」
彼らの話を聞いて、胸が苦しくなってきた。
100人近くいた村の魔族たちは、今ここにいる7人だけになってしまったんだ。
それは私があの施設に運ばれるたった数か月前のことだった。
彼らが私と出会ったのはほんの偶然で、運が良かっただけだ。下手をすれば全員殺されていたかもしれない。
私はあの丸眼鏡に情けをかけたことを後悔した。
どんな人でも命は大切だと思うけれど、その大切な命を容赦なく奪う者には相応の罰を課すべきなのではないか。彼らの気持ちを考えると、自分の甘さを悔やむほかはない。
「ごめん…つらいことを聞いちゃって」
「いいえ、こうして救っていただけたことに感謝しています」
「そうだよ、トワ様が来てくれなかったら、僕らあの死体の山の一部になってたんだから」
ネーヴェの言葉に、他のメンバーもウンウンと頷いた。
「俺たちはトワ様に出会って、新たな命をいただきました。この命ある限り、トワ様と共にありたい。一生をかけてトワ様の御恩に報いたいと思っています」
そう懇願したのはカナンだった。
「…うん、わかったわ。これからもよろしくね」
外の風は寒かったけど、彼らのおかげでとても温かくて楽しい気分になれた。
彼らが何でもやってくれるので、私は馬車の傍で暖を取っているだけで良かった。
こうして見ていると、彼らはそれぞれ、個性的な一面を見せる。
副リーダー的存在のカナンは、ワイルドな外見とは裏腹に、実は世話焼きであることが判明した。
大皿から全員分の料理を小皿に取り分けて渡したり、食事が終わった先から、空いている皿などを次々と片付けたりと、かいがいしく世話をしている。
なんだかお母さんみたいだ。
ネーヴェは逆にカナンに世話される方だ。
天然系で、かなり毒舌なところも見せるけど、愛されキャラでどこか憎めない。
物怖じしない末っ子タイプで、誰に対してもタメ口をきいているけど、その発言は核心をつくことが多い。まあ、魔王に対しては多少気を遣って欲しいとは思う。
クシテフォンは口数が少なく、物静かで聞き上手だ。
彼といると居心地がいいのか、常に誰かが傍にいて、手元で何かしら作っていることが多い。
なにより驚いたのは、彼が時々口ずさむ歌だ。
ものすごくいい声をしていて、プロ並みに歌が上手い。たぶん、元の世界にいたらオペラかミュージカルの主役で即デビューだ。いや、外見からするとビジュアル系バンドも似合うだろう。
彼は<木工製作>スキルで、旅の間に自作の楽器も作っていた。
ウクレレのような小さなギターで弾き語りを聞かせてくれることもあった。
この世界に来てから初めて聞いた、生の歌。
ずっと何かが足りないって思っていたけど、これだったんだ。
そう、音楽。
大司教公国では打楽器や笛の演奏や信徒の合唱なんかを聞いたことがあったけど、こんなに歌が上手い人はいなかった。
これもやっぱりスキルの有無によるものなのだろう。
実に多彩な才能の持ち主だ。
私が絶賛して、もっと聞かせて欲しいと云うと、元々彼が持っていた<上級声楽家>が<S級音楽家>に進化した。
テスカはユリウスから常に新しい調味料の依頼を受けて作っているけれど、試食目的で協力している節がある。細いのに意外と食いしん坊だ。
<薬師>のスキルを得てからは、色々な薬草から毒や解毒薬を作っている。
普段のテスカはおとなしい印象で、<鳥寄せ>という有翼人固有のスキルを使って小鳥を肩に乗せてニコニコしている。だけどカナンが云うには、テスカは誰よりも血の気が多いらしい。その意味が分かるのはもっと後になってからのことだ。
ユリウスは、誰かが話をしていると、笑顔で聞いてくれる。誰にでも優しく、上品で気が利くタイプなので皆の人気者だ。しかも料理も抜群に上手いとなると、まさに非の打ち所のない、お嫁さんにしたい選手権ナンバーワンだ。でもネーヴェによれば、怒らせると人格が豹変するくらい怖いらしい。
アスタリスは戦闘スキルが皆より劣ることにコンプレックスを持っているみたいで、常に皆から一歩引いている感じがする。
彼の能力はすごく役に立つので、全然気にすることはないと思うんだけど。
なんでも彼は<遠目>能力を持つ古代種「一つ目族」の末裔だそうだ。
一つ目族はその名の通り顔の真ん中に一つだけ目がある巨人族で、進化の過程で淘汰され絶滅種族となったらしい。生き残ったわずかな末裔が他の魔族と交わり、その能力を細々と受け継いでいるという。
カナンやユリウスが彼を気にかけては、鍛錬によく誘っている。
真面目で責任感が人一倍強い彼は、村が襲われた時、自分の<遠目>能力があっても仲間を助けられなかったことにひどく責任を感じていたそうだ。
彼らを統率するジュスターは、スレンダーな美丈夫で、そこに立っているだけで他のメンバーが見とれていることすらある。
ユリウスとは真逆の冷たい美貌で、笑っているところをあまり見たことがない。
リーダーである彼は、メンバーの性格に関してはだいたい把握していて、上下関係にもそれほど執着していないみたいだ。そんなところも彼らには信頼されているようだ。
だけど彼自身についてはよくわからない。
表情が変わらないから考えが読めないし、あまり自分のことを話さない。元々口数の多い方でもないから、
時々、彼がじっと私を見つめているのが気にはなるのだけど、自意識過剰だと思われるのも嫌なので、無視している。
翌朝、私たちは前線基地を目指して出発した。
私はカイロ代わりのカイザーを肩に乗せ、御者席のアスタリスの隣に座って周囲を見渡していた。
一度来たことのある場所だ。
あの時は、この平原いっぱいに遺体が横たわっていた。
「さすがに遺体はもうないわね…。回収されたのかな」
「おそらくは魔物のエサになったかと」
「え…魔物?」
「かなり大きな魔物の足跡が残ってます。ほら、からっぽの鎧がご丁寧に砂に埋められていますでしょ?中身を食べた後に吐き出したんでしょうね。随分とお行儀のよい魔物みたいです」
「嘘ぉ…」
アスタリスの言葉に私は絶句した。
そういえばサレオスもそんなことを云っていた。
あのまま置き去りにされていたら、私もその魔物に食われていたかもしれないんだ。改めて、自分がどんなに危険なところにいたのかを知って、今更ながら青ざめた。
「トワ様、ジュスター様、こっちに向かってくる魔族の一団がいます。たぶん、基地からの偵察隊ですよ」
アスタリスが報告すると、ジュスターが馬を走らせた。
ジュスターが接触したのは、アスタリスの云った通り、前線基地からの巡回警備の部隊だった。
彼らが乗っている馬は真っ黒な毛並みの獣の顔を持つ魔獣馬だった。魔族専用の馬で、人間にはまず乗りこなせないと云われている。
「もしかしてトワか?!」
魔族の一団の内の1人が声を掛けて来た。
「え?」
前に出て来た魔族に見覚えがあった。
「あ…!あなた、確か…アンフィス!?」
「そうだよ!兄さんの云った通りだ」
それは、サレオスと出会ったあの夜、彼と一緒にいた弟のアンフィスだった。
「兄さんが、こっちの方角に知っている魔力の持ち主がいるから迎えに行けって言ったんだ」
そういえば、サレオスは魔力探知のスキルがあるって魔王が云ってたっけ。
こんな感じで転生した魔王も見つけたんだろうか。
「戻ってきたんだな」
「うん。魔王はまだ基地にいるの?」
「ああ、トワが戻ってくるのを待ってるよ」
「えっ?ホント?」
「そろそろじゃないかって、兄さんと話してたとこみたいだよ」
「そうなの…?」
どうして私が戻って来ることがわかったんだろう?
魔王には予知能力でもあるんだろうか。
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