第31話 魔族の仲間たち(1)

「皆、大丈夫だった?どこも怪我してない?」


 荷馬車の中から皆に声を掛けると、最初に返事をしたのは同じ荷台に乗るネーヴェだった。


「するわけないよ。僕ら全員トワ様に<鉄壁防御>貰ってるんだからね!」

「ネーヴェ、トワ様に向かってその口の利き方は良くないですよ」


 私の向かい側に座るユリウスが、隣のネーヴェをたしなめる。

 ネーヴェは誰に対してもタメ口だ。

 それも別に気にしていないのだけど、こうしてよく他のメンバーに叱られている。


 戦闘スキルに関して、ネーヴェには魔法に特化した力を与えた。

 特に魔法発動速度に関しては、<高速詠唱>を取得したおかげで、尋常じゃない程の速さを得ている。

 優し気な美形のユリウスは意外にも武術が得意で、特に剣術はカナンと渡り合えるほどの腕前だとかで、体術と剣術スキルをいくつか取得した。

 私が与えた<高速行動>が、更に<光速行動>に進化し、その速度を利用して短時間であれば分身を作り出すことができるようになった。<光速行動>がなければ、脱出の際にネーヴェを抱えて馬車に戻ることはできなかったかもしれない。


「そうだぞ。俺たちがこうしていられるのも全部トワ様のおかげなんだ。図に乗るなよ」


 ピシャリと云ってのけたのは馬車に並走して馬を走らせているカナンだった。

 カナンに戦闘スキルを与えようとした時、彼は元々持っていたポテンシャルを強化したいという希望を伝えた。

 獣族に誇りを持っている彼は、獣らしさを失いたくないのだそうだ。

 その結果、彼は本物の獣に変身する能力<獣化>を得た。<獣化>すると、体力、攻撃力、瞬発力、移動速度などが飛びぬけて高くなる。

 彼の属性は地で、元々魔法よりも体を使う戦いが得意だ。

 体術だけでなく、実は剣の腕も相当なものだそうで、それらに関しては自身でスキルを磨きたいと云って、スキル付与を辞退した。彼は努力家なのだ。その努力はきっと彼を裏切らないだろう。


「は~い。ごめんなさい、トワ様」


 ネーヴェは肩をすくめて謝罪した。


「別にいいよ。そんなに堅苦しくしなくっても」

「ホント?じゃあいいよね?」

「仕方がないなあネーヴェは。すいません、トワ様。悪気はないんですよ」

 

 カナンの後ろに同乗しているテスカまでが謝罪の言葉を口にした。

 テスカは黒い翼を背に仕舞っている。

 彼は木属性で、元々持っていた<調合>スキルが<薬師>というスキルに進化した。このスキルは調味料を合成する程度で攻撃スキルには向かないはずだったけど、そこから派生した<毒手>という、毒精製スキルを得たことで戦闘を有利に進めることが出来るようになった。これは手に触れたものに毒を流し込むことができる状態異常系スキルだが、精製する毒によっては即死系に変化する必殺スキルだ。

 <毒手>を得たことで、解毒薬も精製できるようになった。

 魔族が回復系アイテムを作れること自体奇跡だけど、間違って仲間を毒状態にしてしまった時、私が居合わせれば回復できるけど、そうでない場合は毒消しがないとシャレにならないから、これは必須事項だった。


 馬車を操るアスタリスは遠くを見る<遠目>スキルを<遠見>スキルに進化させた。それにより、これまで難しかった近距離と遠距離の切り替え調整がうまくできるようになり、さらに見える範囲が拡大した。

 これまでせいぜい10キロ程度だった遠見の範囲が50キロメートル四方にまで広がった。範囲を絞ればその倍は見渡せ、障害物の透視も可能になった。

 属性は水だが、彼の水系魔法は攻撃魔法としては適性がなく、水を精製したり浄化したりする生活スキルに留まった。もっともそのおかげで飲み水に事欠かなかったのだけど。

 攻撃魔法が使えない分、カナンに師事して体術などの武術を磨いているという。カナンと同じように、努力すればスキルを得られるだろう。


 有翼人族のクシテフォンは翼を背中に収納して、アスタリスの隣に座っている。

 金属性の彼は、体力と防御にすぐれ、魔力も高い。攻撃魔法では物理系の爆裂魔法が強化されたようだ。

 おまけに空まで飛べる彼は、特に望むことはないと云ったけど、柔軟性が欲しいというので取得した能力が、魔法を吸収する能力<魔法吸収・放出>だった。

 これは吸収した魔法を一旦体内に溜めて、再び相手に放出できるスキルで、要は、魔法では彼にダメージを与えられないということだ。唯一の弱点は吸収も放出もできない聖属性だが、聖属性の攻撃魔法を使う敵はほぼいないので問題はなさそうだ。


 最後にジュスターだが、実は彼についてはよくわからない。

 もともとかなり魔力の高い魔族で、契約後も身体的な進化は特になかったように思える。しいていえば、背中からクシテフォンみたいな蝙蝠の翼が出てきて宙を飛べるようになったくらいだ。ただし長くは飛べず、跳躍の補助として使用する程度だが。

 今回、スキルを与えるにあたって彼が要望したのは指揮官としての能力だった。

 距離的な制限はあるものの、部下たち全員との遠隔通話テレパシーができるようになった。それは一方通行ではなく、メンバー間でも通じるようになって、今回はそれで全員に指示を出していたようだ。

 氷属性の彼の魔法の威力も全体的に底上げされたようだけど、元が強いからどれほど強くなったのかは謎だ。


 そして彼ら全員に付与したのは先程ネーヴェが云った通り、<鉄壁防御>という防御系スキルだ。

 これは文字通り、敵からの物理や魔法攻撃を無効化するもので、その強さは個々の魔力に依存する。おそらくだけど、勇者クラスの威力の攻撃でもない限り、ダメージを与えられることはないはずだ。

 武器を持たず、素手で戦っているのだから、これくらいあってもバチはあたらないだろう。


 そんなわけで彼らはその能力を遺憾なく発揮して国境を越え、私たちは無事魔族の版図へ入った。

 追手も来ていないようで、一安心だ。

 カイザーもネックレスに戻ってきて、私の体調にも問題はない。

 それなのに、ジュスターだけは心配そうに私を見つめている。


「トワ様、お体は大丈夫なのですか?」

「ん?何が?」

「いえ、人間が魔族の領土に入ると、具合が悪くなると聞いていましたので」

「ああ、カブラの花粉ね。私なら平気よ」


 馬を並走させながら、ジュスターはホッとした様子を見せた。


 そういえば忘れていた。

 自分が異世界人だということも、勇者候補だってことも彼らに話していなかった。

 彼らは私を普通の人間だと思っているのだ。

 この機会にちゃんと伝えておかなくてはいけない。

 

 国境を出てまもなく陽が暮れてきたので、アスタリスが水場のあるところを探して馬車を止め、皆で野営の準備を始めた。

 このまま夜通し走れば夜半過ぎには前線基地に着くはずだったけど、魔族の皆は、夜中に基地に着いてわざわざ門を開けさせるのは迷惑だし失礼だと考えた。

 一晩野宿して、明朝余裕を持って基地へ向かいたいというのだ。

 だけどそれは建前で、実際は魔王やサレオスに会うことに緊張していたことが、彼らの言動から読み取れた。心の準備をする時間が欲しかったようだ。


 焚火を囲んで暖を取りながら、ユリウスが保存食を解凍して作ってくれた食事を取った。

 カイザーはミニドラゴンになって、私の膝の上でカイロの役目をしてくれている。


 そこで私は自分の素性について魔族の皆に伝えた。

 最初は驚いたけれど、私が魔族を癒せる力を持っている不思議については、なんとなくそれで納得したようだった。

 包み隠さず本当のことを告げても、彼らは以前と態度を変えなかったので安心した。元勇者候補だったなんて知ったらどう思うだろうと、内心怖かった。


「前線基地に行ったら、皆は魔王の指揮下に入りたい?」

「魔族としてはそれが正しいのでしょうが、我々はあくまでトワ様と契約した下僕です。できればトワ様に付き従うことをお許しください」


 ジュスターの言葉は彼ら全員の意志だった。

 スキルを与えたことで、より一層私への忠誠心が芽生えたのだとカイザーが云った。


「別に構わないけど、私だって魔王を頼って基地に行くんだから、魔王の言う事には従ってね?」

「はい。ですが、魔王様は本当に復活なされたのですか?」


 ジュスターが改めて問い掛けた。


「うん、転生したばかりだって言ってたわ」

「前の戦いから100年くらい経ってるけど、なんで今まで転生しなかったんだろう?」


 無邪気なネーヴェが誰にともなく尋ねた。


「さあ…。まだ封印が完全に解けていないって言ってたから、時間がかかっただけなんじゃない?カイザーは何か知ってる?」

『さて、私は大戦中に魔王によって封じられたので、わからぬ』

「魔王様って怖いって噂だけど、トワ様は平気なの?」

「うん、全然。私が見た魔王は少年の姿だったから、怖くはなかったわよ」

「へえ、そうなんだ」

「あと、魔王ってイケメンていうか、ものすごい美形だしね」


 魔王の姿について説明したけど、彼らは誰も魔王に直接会ったことがなかったので、あまりピンと来ていなかったようだ。


「僕ら下級魔族にとっては魔王様なんて、雲の上の上の上のずーっと上の存在ですよ。直接お目にかかるなんてありえないことです」


 アスタリスの言葉に皆が同意した。


「基地に行けばお会いできるなんて、本当に信じられません」

「どうしよう、今から緊張してきた…」


 アスタリスとテスカがそんなことを云うと、なんだか全員がソワソワし出した。

 カイザーが「魔王に擬態してやろうか?」なんて云ったけど、皆は「恐れ多いです!」と固辞した。

 緊張している彼らがなんだか急に可愛く思えて来た。


「ジュスター様、魔王様の前に出るのに、礼装の方が良くはありませんか?」

「ふむ、そうだな。考えておこう」


 カナンがジュスターに相談しているのを聞いて、私は皆に尋ねた。


「魔王に会うのって、そんなに緊張するんだ?」

「もちろんですよ。魔王様のお姿を拝見できる機会なんてまずありませんし。そういう意味ではカイザー様にお会いできることも奇跡みたいなものですよ」


 カナンが答えた。

 するとカイザーはドヤ顔になった。


『ハッハッハ、そうかそうか』


 カイザーは上機嫌になった。

 自分が有名だったとわかり、自尊心をくすぐられたようだ。


『おまえたちも大戦に参戦しておったのだな。撤退し損ねて捕まったのか?』

「そういえば、皆はどうして研究施設あそこに囚われていたの?」


 私が尋ねると、皆は顔を見合わせた。

 誰がどこから話す?と相談している。


「俺がお話しします」


 カナンが代表して語りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る